【じゅうなな】カメ子さん 岬目線
今回、ついにカメ子の正体が!
お楽しみ頂ければ幸いです。
とうとう日曜日だ。
カメ子さんのイベントには一緒に行けないが、その後食事をする約束をしている。
吉川と!
彼女から『夕食に行きますか?』と誘ってくれたんだ。写真を教えるとかカメ子さんに会うとか、そういう大義名分がなくても俺と食事に行ってくれる!
これもう付き合えるよね?
五年前のことをちゃんと謝って、気持ちを伝えよう。
きっと大丈夫だ。
その前にカメ子さんのイベントへ。
写真撮って吉川に見せてやろう。きっと喜ぶ。
今日はちょっとゆっくり、夕方頃にカメ子さんが登場するショッピングセンターに着いた。
会場に行くとカメ子さんはいない。休憩中だろう。
だけど田島さんがいた。カメラの即売会で一眼レフカメラを客に勧めている。今日も押しが強そうだ。
田島さんは俺に気づくと笑顔で手を振ってくれる。俺は軽く頭を下げて、しばらく販売されているカメラを眺めることにする。
あ、これかっこいい。一眼レフって重いのな。望遠レンズ、前も思ったけどこれもうバズーカじゃん。
あ、アルバムも売ってる。最近、写真が増えてきたから一冊買ってもいいかな。カメ子さん用とそれ以外用。
そんなことを考えていると田島さんがやって来た。
「こんにちは。売れました?」
「こんにちは。おかげさまでね。岬くんこそ、フラワーパークはどうだった?」
「良かったですよ。景色がきれいで、写真たくさん撮りました」
「へえ! ぜひ見たいなあ」
そう言われると断れない。何しろ田島さんは俺の神様だからな!
まだ現像していないのでカメラの液晶画面で見てもらうことにする。
花畑やレンガ造りの建物など、我ながらきれいな写真がたくさんあって満足だ。田島さんも「これはいいね」「上手になったよ」と一枚一枚にコメントをくれる。俺は誉められて伸びるタイプだと、田島さんは知っているんじゃなかろうか?
だが田島さんのコメントが、ある一枚で止まった。
「これは…」
何だろうと田島さんの手元を覗き込むと。
「ああー!!」
慌てて田島さんの手からカメラを引ったくる。かなり乱暴だったが仕方ない。
そこにはこっそり撮った吉川の姿が!
ひまわり畑を見ているときの吉川の横顔が、その、何て言うか、…きれいだったので思わず撮ってしまいました。本人は気付いていませんでした。…すみません、隠し撮りです。
「すすすすみません! ちょっとこれは恥ずかしいので!!」
田島さんは怒った様子はないが、驚いているようだ。俺が乱暴なことをしたからだろうか。ホントすみません!
「………その子、岬くんの彼女?」
言う前の沈黙は何だろうか。だけど田島さんには正直に答える。
「…まだ付き合ってはいないんですけど。この前は見栄を張りました。すみません」
「そうなんだ…」
突然田島さんの歯切れが悪くなった気がする。やっぱり怒っているんだろうか。
「もう一度、見せてくれる?」
「えっ」
それは恥ずかしい! 個人的にはかなり気に入ってるけど、本人は知らないし!
それでも師匠には逆らえません。カメラを渡した。
田島さんは写真をじっくりと見ている。これ緊張する!
やがて、ふっと口許が綻んだ。
「いい写真だねぇ。優しい表情だ」
田島さんが何故か幸せそうな表情をしている。
「ぜひ本人に見せてあげるといい。きっと喜ぶよ」
それは俺も考えなかった訳ではない。でも、隠し撮りみたいになってしまったことに罪悪感があって、嫌われたくなくて勇気が出ない。
「そう、でしょうか?」
「そうだよ」
でも田島さんが言うなら見せてみようか。吉川が喜ぶなら。
その後、登場したカメ子さんとのふれあいタイム。至福の時間だ。
カメ子さんは今日も愛らしい。普段はゆったり動くのに、たまにものすごい俊敏に動く。特に俺が近付くと、驚くべき速さで後ずさる。藤井さんが困ったように笑う。
「ごめんねー岬くん、カメ子はイケメン見ると緊張するから」
…そういう設定なんだろうか。確かに初対面から俺に対して若干引いている感はあった。でも、中身がおじいちゃんなら緊張する理由がない。
設定だな! 気にしないことにしよう。
イケメン認定されて悪い気はしないしな!
そして、田島さんはあれから静かになった。俺とカメ子さんのことをじっと見ている。どうしたんだろう?
あまりに気になって「どうかしましたか?」と聞いてみたが、「いやいや、なかなかお似合いの二人だと…、あっ、やっぱり何でもないよ」とおかしなはぐらかし方をされた。…不可解だ。
カメ子さんのイベントが終わると、俺はショッピングセンターのそこかしこにあるソファに腰かけた。
吉川との待ち合わせまであと少し。今日行くのはここからすぐ近くの店なので、このショッピングセンター内での待ち合わせにした。吉川の職場も近いらしくてちょうど良かった。
予約したイタリアンの店は、俺が大学生の時にアルバイトをしていた店だ。
少し割高だが、料理は絶品だった。賄いが美味しくて辞め時を失い、四年間続けた店だ。
店長もいい人で、今でもたまに行くとサービスしてくれる。だけど、女の子を連れて行くのは初めてだ。ちょっと緊張するな。
そんなことを考えていると、ショッピングセンターのスタッフ専用出入口から吉川が出てきた。えっ、スタッフ?
職場が近いって言ってたけど、ここなのか?
戸惑いつつも立ち上がって声をかけようとしたが、吉川の後を追うようにスタッフ専用出入口から出てきた人物が声をかける方が早かった。
「あ、ちょっと待ってカメ子!」
あれ、出てきたの藤井さんだよな? 今、カメ子って言った?
吉川が慌てて振り返る。
「ふ、藤井さん! その名前で呼んじゃダメです!」
「あっごめん!」
藤井さんは吉川に茶色い封筒を差し出した。
「これ、ゆるキャラコンテストの開催概要ね。気になってると思ったからコピーしといたよ」
「わあ、ありがとうございます! 目を通しておきます」
目の前で何が起こっているのか、理解できない。
吉川がカメ子と呼ばれ、天堂カメラの藤井さんと何やら仕事の話をしている。
吹けば飛ぶような小さな会社?
どこが?
だんだん冷静になり、状況を理解し始める。
カメ子さんの中身はおじいちゃんではない。吉川だ。
天堂カメラで、事務ではなく着ぐるみアクターをしている。
カメ子のストラップを持っていたのは、カメラを買ったからではなくそこの従業員だからだ。
五年ぶりに再会してから、会ったのはたった二回。
その二回で、どれだけの嘘を吉川は俺についたんだろう。
息が止まるような驚きは、すぐに怒りに変わる。
だけど自分が何にそこまで怒っているのかもわからない。
カメ子さんの正体が吉川だったこと?
嘘をつかれていたこと?
きっと両方だ。
今すぐ吉川を問い質したい。怒りをぶつければ、少しはすっきりするんだろうか?
だけど、でも。これが五年前に俺がしたことの報いだというなら、俺に何かを言う資格はない。
それに、俺が怒ったら吉川はまた俺の前からいなくなるんだろうか。
そうなってもいい?
答えは出ず、だけど今吉川に会ってはいけないと思い、俺はその場から逃げ出した。
『ごめん急用できた。今日は行けない』
吉川にメッセージを送ると、すぐ返信が来た。
『分かりました。大丈夫です』
ほっとすると同時に、残念に思ってくれないことにがっかりもする。俺は女子か! 我ながら面倒くさい!
そのまま一人でレストランに行った。予約しているのに顔を出さないのも申し訳ないし、店長なら話を聞いてくれるかも!
「お、いらっしゃい。あれ、一人?」
店長は爽やかな笑顔を向けてきた。
高級レストランで修行した後にこのレストランをオープンしたという店長は、三十代半ばのイケメンだ。店長目当てに店に通う女の子が後をたたない。
「店長おおお! 聞いてください!」
カウンター席になだれ込んだ俺を、店長は驚いたように見つめる。
「おお? どうしたどうした。ビール飲むか?」
「うう…。飲みます…」
店はほどほどに混んでいるが、カウンターにいるのは俺だけだ。意外と会話も聞こえないと知っている。
「で? 連れてくるはずの子は? 振られたか」
「まだ振られてません!」
店長は言いにくいこともズバズバ言うタイプだ。だから結婚出来ないんだと密かに思っている。
俺は意を決して今の状況を伝えた。
「俺の好きなゆるキャラの中身が、俺の好きな子だった…!」
「え、意味がよくわかんないけどすげえ面白そう」
…ホントだ! 今の俺の状況、言葉にしたら面白く聞こえる!
俺は結構本気で悩んでるのに!
「店長のバカー!」
そう言ってカウンターに突っ伏した俺を見て、店長は軽く「ごめんな!」と謝っていた。
くそっ、これだからイケメンの店長は!
ちなみに、やけ食いしたパスタとビールはとても美味しかった。
ああ、吉川と来たかったなぁ。
でも次会ったら何話そう。
答えは出ないまま、日曜の夜は更けていった。
イタリアンの店長を掘り下げたい気分ですが、本編に関係ないので機会があればいつか…(笑)