【じゅうろく】母の勘が鋭すぎます
家に帰ると、母が待ち構えていました。
「お帰りひまり。岬くんとのデートはどうだった?」
何で、何で知ってるんですか!?
この母こわい。
「あなた分かりやすいもの。同窓会の後そわそわしてるし、何度もスマホ確認するし、今日も朝からお弁当作ってるし。しかも二人分」
「で、でも岬くんとは限りませんよ!」
「同窓会であなたがそわそわする相手なんて岬くんしかいないじゃない。それとも違ったの?」
「ぐっ…、違わない、です」
悔しいです! 母には本当に敵いません。
「で? 付き合うの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
私は母から逃げるようにリビングへ行き、荷物を置いてお弁当箱を洗うために台所に入ります。うちの台所はカウンター式です。母はカウンターの椅子に座りました。…逃がしてくれない!
母はあからさまにがっかりしています。
「あら残念。イケメンの息子が出来ると思ったのに」
それ自分が嬉しいんじゃん! 私の意思は!?
「私たちにそういうのはないです。変な期待しないでください!」
ちょっと強気に出てみました。怖いですが、ここははっきりさせておかねば!
「じゃあどうして二人で会うの?」
母は怒るわけでもなく、心底不思議そうに聞いてきました。
…確かに、普通は会いませんね。
「…写真教えてくれるって言うから、お言葉に甘えただけです!」
そう、それが理由です。他に思うところなどありませんとも!
「あなたはそうだとして、岬くんはどうして写真教えるなんて言ったのかしら」
えっ? そこは深く考えていませんでした。私は浅はかな人間ですね。
最初は何か良からぬことを考えているのでは、なんて思ったけど、そんな様子もなく楽しく過ごしました。
どうして岬くんは私とわざわざ関わろうとしているのでしょう?
私は彼に、はっきりと振られたんです。女の子に不自由していない彼が、その気もない相手を勘違いさせるような行動をするでしょうか?
「…不可解です!」
私の正直な言葉に、母は大きなため息をつく。あれ、呆れられてる?
「あなた、どうしてそっち方面こんなに鈍いのかしらね」
そっちってどっちですかお母様。確かに色々と鋭い方ではないですが、そんなため息出ちゃうくらい娘にがっかりですか。
「ちょっと考えたらわかるじゃない。岬くんはあなたのことが気になってるのよ」
「ははは」
思わず笑いが出ました。あっ、母に睨まれました! 怖いです、猛禽類のようです。なまじ美人だと迫力が違いますね。
だって岬くんですよ? 私に気があるとか、ねえ?
そりゃあ笑いも出ますよ。
「…岬くんが不憫になってきたわ。今度差し入れでも持っていってあげようかしら」
母が何やら呟いていましたが、よく聞こえませんでした。
母は知らないからそんなことを考えるのでしょう。
卒業式の前日、何があったのか。
* * *
突然メールが来ました。
岬くんから、『放課後、校舎裏で待ってる』と。
はっきり言って恐怖です。またひどいことを言われるんでしょうか。いまだに引きずっているのに、そんなことになったら立ち直れる気がしない。
だけど心のどこかで、和解の機会になるかも、という期待もあって。
結局、行くことにしました。
そして緊張した様子の岬くんから、衝撃の一言。
「俺と付き合ってくれ!」
とっさに思い付いた返事は「どこに?」でした。
だけどすぐ、いやそういう意味じゃないよね、と気付きます。
でも、信じられるわけがないじゃないですか。岬くんが私のことを好きな要素なんて、今まで何一つなかったのに。
そうか、これはきっと罰ゲームだ、と思い至りました。
私が赤くなったり「喜んで」とか返事しちゃったり、本気にしている様子を期待して、最後に「どっきり大成功!」みたいにしてからかうんだ、きっと。
そう考えたらたまらなくて、岬くんを問い詰めたら、彼の顔から血の気が引きました。
バレないとでも思ったんでしょうか。
馬鹿にして!
泣きそうなのを必死に我慢していると、岬くんはこう言いました。
「ああそうだよ! 罰ゲームじゃなきゃ、誰が顔面凶器に告白なんか」
もう駄目でした。我慢できない。涙がこぼれます。
こんなのあんまりだ。
「私は、岬くんが好きでした」
気がついたら言っていました。
「嫌い。大嫌いです」
そのまま私は走って逃げました。ええ、言い逃げです。
家に帰って、部屋で声を上げて泣きました。
母が心配して何度も部屋を訪ねて来るほどでした。
岬くんから「ごめん」とメールが来ましたが、返信する気もおきませんでした。もう関わりたくなくてメールアドレスを変更し、電話も着信拒否しました。
卒業式の日、私は母に「行かない」と言いました。いつもならこういうことには厳しい母なのに、その時は「分かったわ」と言っただけでした。
わざわざ休みを取っていたのに、怒ることもなく卒業祝いのごちそうを作って祝ってくれました。
私の味方でいてくれるのは母だけなんだと、実感した出来事でしたね。
* * *
ええもう、トラウマです。
そんなことをした人が、今更私に気があるとか、笑ってしまうのも無理はないと思いませんか?
そんな思い出と自問自答に浸っていると、母がこんなことを言い出しました。
「じゃあまた岬くんからお誘いがあったら、あなたどうするの」
「えええ…。ないですよ」
「どうかしら?」
そんな話をしていると、私のスマホが鳴りました。
「あらあら、岬くんかしら」
楽しそうですね、母よ! そんなわけないじゃないですか。
そう思いながらスマホを見ると、…岬くんですよ。
私の顔を見て、母はしたり顔です。くっ、悔しい!
『今日はありがとう。
来週の日曜、天堂カメラのイベントにカメ子さん来るみたいだけど、一緒に行かねえ?』
お誘いだよ! とか思う以前に、一ついいですか。
どうして岬くん、カメ子に「さん」付けしてるんだろう?
…そして。
カメ子のイベント、知ってますとも! 出ますからね!
つまりその日のその時間は、仕事です。
行けるわけないじゃないですか! 本人ですから!
『こちらこそ、ありがとうございました。
その日は仕事があります。すみません』
ごめんね岬くん。
するとしばらくして、別の日のカメ子イベントを提案してきました。意外と食い下がって来ますね。
もちろん断りました。私とカメ子が対面するとき、それは私が九回目の失職をしたときです。ですが私はこの仕事を手放す気はありません!
だけど送ってから、二回も素っ気ない文面で断ってることが申し訳なくなってきます。今日はホントにお世話になったのに、あんまりですよね。
だけどカメ子から話を逸らしたくて、こちらから提案してみることにします!
『仕事の後なら少しだけ会えます。カメ子のイベントは終わっている時間ですが、夕食でも行きますか?』
岬くんからすぐ返信が。
『何食べたい?』
よし、カメ子から離れた!
そのまま何度かやり取りをし、イタリアンに行くことになりました。パスタとか大好きです!
最後に『楽しみにしてます』と送った後、見計らったように母が口を開きました。
「また会うのね?」
…はっ!
本当です。会う流れになってます。しかも今回はカメラとか関係なくて、しかも私から誘ったみたいになってます。
何で!?
「ひまりも岬くんに会いたいんじゃないの」
「ええ!?」
予想以上に大きな声が出ました。
だけど、そんなことないとすぐに否定できないのは何故でしょうか?
会いたいなんて、そんなのまるで。
「認めちゃったら? 今も好きだって」
ぎゃー! お母さん!
必死で打ち消した答えをさらっと言わないでー!!
だってあんな振られ方して、尚も好きとかおかしいじゃないですか! 大体、岬くんにそんな気ないのに、不毛です。
どんな顔して岬くんに会えばいいんですか。
ああ、日曜にならなければいいのに。
母と娘のガールズトークって良いですよね(笑)