【じゅうに】メッセージが届きました
こんなカメラアプリが欲しいです。
探したらあるのかな?
「カメ子育成カメラアプリ?」
渡された企画書のタイトルを読み上げた私に、田島さんが笑顔で答えました。
「そう。カメラアプリを開発することになったんだけどね、どうせならカメ子を絡めようということになって」
「使えば使うほど、アプリ内のカメ子がカメラマンとして成長していくのよ」
谷さんもにこにこしながらそう言います。
育てたい系ゆるキャラ…。こういう形で販売促進に使うとは。
「これ、いつからなんですか?」
「三日後」
「三日後!?」
早すぎやしませんか。そんなすぐ出来るものなんですか。
「企画自体は一年以上前からあったのよ。システム部がいろいろ試行錯誤して、実用試験もスタッフ達でやって。どうなるか分からなかったからひまりちゃんには言ってなかったんだけど、ようやく正式に決まったの」
そんな前から! …社長がごり押ししたんだろうなぁ。
「カメ子が日記で写真を載せるようになってから注目も浴びてるし、ゆるキャラコンテストに向けて、ちょうど良い時期だからね」
田島さん、嬉しそうです。ずっとカメ子のプロモーションやってきた人だもんなぁ。そりゃ嬉しいよね。
でも、カメラアプリかぁ。そういうの流行ってるけど使ったことはないんですよね。私みたいな下手な子でも、上手に撮れるんでしょうか?
「このアプリって、写真の撮り方を教えてくれるオプションとかあるんですか?」
思いきって聞いてみました。
「あるよ! カメ子と一緒に基本操作からカメラの構図まで、懇切丁寧に教えてくれるよ」
田島さんのテンションが高めです。ここで疑問が。
…教えてくれるって、誰が?
「社長がキャラクターとして登場して、講師になるから」
来ましたよ! 出たがりの社長ですよ。
とうとうキャラクターデビューしましたか。天堂カメラのゆるキャラの座は渡しませんよ!
でも、スマホを使った撮影だけとはいえ、これは良いアプリです。私みたいなへたっぴにはお誂え向きというやつです。
…デジカメを使った撮影は、別の人が教えてくれることになったし。
「ねえねえひまりちゃん、何かいいことあった?」
「へええ!?」
何故ですか!? 谷さんも私の心を読むのですか!
「うーん、何となくそんな感じがしたんだけど」
「あ、朝ごはんが美味しかっただけです!」
無理に理由をつけると、谷さんと田島さんが顔を見合わせて笑いました。
「ひまりちゃん、カメ子に似てきたねー」
…それは喜んでいいのか、ちょっと複雑ですね!
いいこと、と言えば。
先日の同窓会で、岬くんとちゃんと再会しました。カメ子ではなく、吉川ひまりとして。
そこで、何がどうなったのか、岬くんからカメラを教えてもらうことになったのです。
同窓会は、十分もしないうちに出てしまいました。二年間同じクラスではありましたが、ほとんど関わりのなかった人たちです。話が合うわけもない。
きっかけはカメ子でしたね、そういえば。ストラップをつけたまま同窓会に行ってしまったのは失敗でした。そこで私が空気の読めない発言をしたことで、場をしらけさせてしまいました。
だって、カメ子の中身がおじいちゃんだって話になったとき、かすかにですが、岬くんが悲しそうに見えたんです。それはそうですよね。結構な頻度で会っていて、写真の被写体にもしていたかわいいゆるキャラの中身がおじいちゃんと言われたら、心中察するに余りあるというものです。まあ実際は私こと顔面凶器が現在の中身で、さらにショックでしょうけどね。
そんな岬くんを見てしまったら、思わず口を挟んでしまってました。
ああ、やってしまいました。岬くんに天堂カメラの関係者だとバレていなければいいんですが。
変な空気になったところで、「帰るなら今だ!」と思い立ちお店を出ました。連絡先も結局交換してないし、このまま消えればもう関わることもないし、岬くんに怪しまれることもない!
早足で駅に向かって歩いていたら、何と岬くんが追いかけてきました。
嘘でしょ? バレた? 私とカメ子の関係に!
岬くんは同じストラップを持っていると言ってきました。岬くんは天堂カメラでカメラを買ったんですね! 初めて知りました。
そこから岬くんが私も天堂カメラでカメラを買ったのだと勘違いをし、それで何となく上手く誤魔化せそうだったので私も否定しませんでした。…私がカメラを上手く使えないという岬くんの推理だけは当たってますしね。
そこから岬くんは何を思ったか、私にカメラを教えてくれると言い出したんです。驚きましたよ、そりゃあもう。だって岬くんは私のこと、どちらかというと嫌いだと思っていたので。思い切って聞いてみると、「嫌いではねえよ」と言われました。
驚きの連続ですね。
だけど嫌いなら、わざわざ追いかけてきたり、写真を教えるなんて提案はしませんよね。…変な企みとかない限り。その企みにしても、私に仕掛けて何の得がある、という結論に達し、厚意に甘えることにしました。
間接的に、田島さんのカメラの技術を盗むチャンスです! お母さんから、田島さんは相当腕のいいカメラマンだったと聞きました。
岬くん、こうなったらとことん利用させて頂きますよ!
カメラ上手になって、カメ子も良い写真を撮れるようになって、みんなを驚かせてやります!
だけど岬くん、ずいぶん丸くなったんですね。
私に顔面凶器というあだ名をつけたり、ひどい振り方をした人と同一人物とは思えません。
駅まで一緒に帰った時、昔のように私をからかったりちょっかいを出したりもなく、とても静かでした。駅で別れるときに「またな」と言ってくれて、「また」と返したら驚くほど嬉しそうに笑いました。
うっかりときめいてしまったのは誰にも秘密です。
イケメンめ!
そんなことを考えながらお昼ご飯に自分で作ったお弁当を食べていると、私のスマホが鳴りました。この音はメッセージアプリの受信です。
はっきり言って私には友達がいないので、メッセージをくれるのは母と広報の方、そして登録しているお店のアカウントからくらいです。
言いたいことはわかりますよ。でも慣れてます。交遊関係は狭い方が楽なんですよ。…強がりじゃないですからね!
今は会社です。母や広報の皆さんからのメッセージでないことは明らかです。てことはどこかのお店とかですかね?
そう思いながらスマホを確認しました。
「ひょええ!?」
あっ変な声が出ました! 休憩室にいた皆さん、申し訳ありません! 奇声の犯人は私です!
心の中で詫びながら、もう一度恐る恐るメッセージを確認します。
…岬くんです!
友達登録したのだから、来てもおかしくないですが、…本当に来るとは正直思っていなかった!
確かにカメラを教えてもらおうとも思いましたが、岬くんがあの場のノリで言った可能性もあるよね、とも思っていたので油断してました。
ああ、手が震える。どうしてこんなに動揺するんでしょう。
『今週の日曜、空いてる?』
こ、これは!
本当に本気で教えてくれるということでしょうか!
土曜日にはカメ子のイベントがありますが、日曜ならお休みです!
…行くべきか、行かざるべきか。
ええ、さっきは強がりましたとも。岬くんをとことん利用してカメラの技術を盗んでやろうと息巻いていましたが、本当はビビっています。
誘っておいてドタキャンされるのでは、とか、またからかわれてるだけなんじゃないか、とか。
…だけど、でも。
岬くんの別れ際の笑顔を思い出します。
もう、そんなことしないんじゃないかな。
楽観的すぎるでしょうか? それでも疑うよりは信じる方が気分がいいですよね。
それに、五年間引きずっていた失恋、ここが見切りをつけるチャンスかもしれません。
飛び込んでみなければ何も変わりません! どこかの偉い人がそんなことを言っていたような言ってなかったような。
女は度胸です!
吉川ひまり、行きます!
二人は仲良くなれるのでしょうか?
次回もよろしくお願いします!