【じゅういち】あの子とストラップ 岬目線
今回はいつもより長めですが、どうかお付き合いください!
「吉川ひまり、出席!」
「今日のカメ子」を見て癒されているときにもたらされた、田中からのメッセージ。
血の気が引いた。
え、来るの?
何で急に?
今までは返信すらなかったのに。
会いたくない訳ではない。だって高校時代の三年間、ずっと好きだった子だ。でも嫌われていると分かっているのにどんな顔して会えと言うのか。
田中め、何で吉川にまでハガキ送りやがった!
絶対に面白がってる。あいつはそういう奴だ。
そのあとは「今日のカメ子」をどれだけ見ても、これまで撮ったカメ子さんの写真を眺めても、ストラップをちょっと撫でてみても全く癒されず…。
ああ、カメ子さんに直接会いたい。田島さんのちょっとためになる話も聞きたい。そうすれば気が紛れるのに。
だが同窓会の日まで、カメ子さんが登場するイベントは特になく、俺は全く癒されないまま同窓会当日を迎えることになったのだった。
足取り重く駅へ向かい、「電車よ止まれ!」とか思いながらも、何事もなく無事に同窓会が行われる居酒屋の最寄り駅にたどり着き、順調にその店に着いてしまった。
…帰りてえ!
急な仕事とか入らないかな? あ、今日は有給にしてるからねえわ。
そこは田中の遠い親戚が経営してる居酒屋だ。毎回同窓会の時には貸切にさせてもらっている。
中に入って既に到着していた田中と合流し、メニューの最終確認や参加者の人数を擦り合わせる。そんなことをしながら田中がにやにやして聞いてくる。
「なあお前どうすんの。吉川とどんな話すんの」
「うるさいぶっ飛ばすぞ」
「ああ早く来ねえかなあ」
「もうお前ホントうるさい」
そうこうしているうちに、続々とメンバーが集まり和気あいあいと話を始める。吉川はまだ来ない。
このまま来ない可能性もあるんじゃないか?
だってあいつ、このクラスに仲のいい奴いないはずだし、そもそも来る理由もない。
返信だって、冷やかしだったのかも知れない。
そうだ、きっとそうだ!
そう思い込むと気が楽になり、ようやくその場を楽しむことが出来るようになった頃。
店の戸がゆっくりと開いて、彼女が現れた。
他のクラスメイトも驚いたのか、その場が静まり返った。
久しぶりに見た吉川は、不安そうに店の中を窺っている。濃紺のワンピースに白いカーディガンを羽織り、染めた様子のない艶やかな黒髪はハーフアップにしている。相変わらず、無表情で黙っていれば相当美人だ。そう、黙っていれば。
カメ子さんと会ったときと同じように、不覚にも胸が高鳴った。
「らっしゃっせー!」
田中の遠い親戚が大きな声で吉川を歓迎し、そこでようやく止まっていた時が動き出した。
「吉川、来てくれたんだな。久しぶり!」
そう言ったのは田中。にこにこしてやがる。完全に面白がってる。殴りたい。
「お、お久しぶりです」
吉川が小さな声で返事をした。すると、クラスでも派手な女子たちが動き出した。恐るべき押しの強さで、そのまま俺がいるテーブルに連れてきた。
何してくれとんじゃ! て言うか、こいつらの押しの強さ田島さん並みだな!
吉川がこちらに気づく。思わず目を泳がせてしまった。
「…久しぶり」
何とかそう声をかけると、吉川は無言で頷いた。
…えっ? 口も聞きたくないってこと?
ヤバいへこむ。帰りてえ。あ、ちょっと泣きそう。
「お、お元気そうで」
…えっ? 今の、俺に言ったの? 口を聞いてもらえた?
さらに会話を続けるチャンスか!?
だが会話をする権利を勝ち取ったのは押しの強い女子だった。
「ねえねえ、吉川さんって今何してるの?」
木田てめえ! 俺のチャンスを返せ!
「事務などを少々…」
へえ、そうなんだ。
「あ、あたしも事務!」
長谷部、お前の情報はいらん!
「ねえねえ、連絡先交換しよ!」
木田、ちょっと羨ましい!
「あ、俺も知りたい! メッセージアプリやってる? あれでクラスのグループ作ろうぜ。今度から同窓生の召集それでかけるから」
「いいねー!」
お? これは俺も吉川の連絡先を交換できるチャンスでは?
吉川は戸惑っているみたいだ。だが断れない空気を察したのか、渋々といった様子でスマホを取り出した。
「あ、そのストラップ可愛いね」
目を疑った。
吉川のスマホには、俺の家にもあるカメ子さんのストラップが!
何で!? え、これもう運命じゃない!?
吉川はストラップに触れられ、動揺しているようだ。心なしか青ざめているように見える。…どうした!?
「あ、あのこれは、しょ、職場の方にいただきまして」
「えー、男?」
何だと!?
「え? いえ、女性です」
ああ、驚いた。
「あたしこれ知ってる! 天堂カメラのゆるキャラだよね」
「この前動画見たよ。名前が超だっせえの!」
木田ぁ!! てめえカメ子さんをだせえとは何様だ!!
「でも可愛いよね! 最近よくイベントとか出てるよ」
「てかあたし結構前にこれショッピングセンターで見たんだけどさあ。裏ハケてドア閉まる前に暑かったのか頭とっちゃってさ」
「えー、それマジウケる! それで?」
「中身おじいちゃんだったんだよ!」
わあああああ! 聞くんじゃなかったあああ!!
木田! 恨みます! 俺のハートは粉々です!
もうヤダ帰りたい。
「あ、あの」
小さな声が俺の鼓膜を震わせた。全員が吉川に注目する。
「中身とかじゃないです」
木田たちが首を傾げる。
「カメ子はカメ子です。他の誰でもありません」
冗談を言うような雰囲気ではなく、真面目な顔で吉川はそう言った。だがすぐ、皆の視線を感じて俯いてしまう。
「ヤダ吉川さん、そんな真面目に答えないでよ」
「そうそう。中身じゃないとか、大人なんだからさあ」
「何かシラケちゃったね。話変えよ!」
吉川はスマホを鞄にしまって立ち上がった。
「すみません、急用を思い出したので帰ります」
「あ、ちょっと吉川さん!」
田中が慌てて止めようとするが、座っている位置が他の人に挟まれているせいで、すぐに出られない。
その間に吉川は店を出て行ってしまった。
「…え、あたしらのせい?」
「帰っちゃったよ…」
女子たちに悪気は一切なかったのだろう。助けを求めるように田中と俺に視線を送ってくる。
俺も鞄を持って立ち上がった。
「俺も帰るわ。田中、あとよろしく」
「お? おお! 頼んだ!」
俺がフォローに行くと察した田中は安心したように俺を見送ってくれた。
吉川はカメ子さんのことをよく知っているのかも知れない。でなければあんな風にかばったりしないと思う。
俺はカメ子さんのファンなのに、何も言えなかった。二十三の男がゆるキャラを好きなんて、恥ずかしいと思っているからだ。バレたくなくて、会話に入らないようにしていた。それに中身がおじいちゃんだと聞いて、正直動揺もしていた。
だけど吉川は、空気が読めないと言われることも厭わず、カメ子さんをかばったんだ。
店を出てすぐ吉川を探すと、遠くにその背中を見つけた。歩くの速いな!
走って追いかけ、その腕を掴んだ。
吉川は突然のことに驚いたのか、あるいは変質者と間違えたのか。恐怖にひきつった顔で振り返った。俺の顔を見て瞠目する。
「岬くん?」
吉川に名前を呼ばれたのは久しぶりだ。何でこんなに嬉しいんだろう。
「吉川、大丈夫か?」
「? 何がですか?」
吉川は首を傾げる。あれ、平気そうだ。
「いや、さっき木田たちがキツイこと言ったから」
「ああ、別にあのくらい気になりませんよ。大丈夫です」
けろりとそう言われる。じゃあ何で帰ったんだ。
「じゃあ何で出ていったの」
吉川は目を泳がせた。
「…私がいると、みんなが気を使うから。それに」
それに、何だ?
「…何でもないです」
何でもなくない! 気になるじゃん!
だけど無理矢理聞き出すのは気が引ける。だって嫌われたくない。
…あっ、もう嫌われてた!
気付いてへこみ、そして今のこの状況は吉川にとって相当嫌なのではないかと思い始める。
吉川の目は未だに泳いでいる。その顔はあれか。早く解放しろよって顔か!
だけど今ここで別れたら、もう二度と会えない気がする。きっと吉川は、もう同窓会に来ないだろうから。
会話を続けなければと思い、咄嗟に口から出たのは避けていたはずの話題だった。
「そのストラップ、俺も持ってる」
「え?」
ああー! やってしまった! 言っちゃったよ俺! この後どうするよ!
「もしかして、カメラ買ったんですか?」
「え!? ああ、うん」
動揺して声がひっくり返った。恥ずかしい!
だけど吉川の目はもう泳いでいない。俺をちゃんと見てくれてる。
「…カメラ、好きなんですか」
「あー、いや、ちょうどカメラ安くなるって開店キャンペーンやってたから、そこでカメラ買ってから興味出てきた」
「そこでストラップもらったんですね」
「うん、てか吉川詳しいな。それ職場の人に貰ったんだろ?」
自分でカメラ買ったわけでもないのに、何でこんなに理解が早いんだろう?
「え!?」
今度は吉川の声がひっくり返った。なぜ。
「あー、あの、ええと」
ものすごく動揺してる。どうした? 俺何か悪いこと言った?
勘のいい俺は、そこである説に辿り着いた。
「ホントはカメラ買ったとか?」
吉川がびっくりしたような顔をする。当たりか!
「お前あれか。買ったものの上手く使えなくてなかったことにしたとか」
さっきの女子たちなら、カメラ見せてとか何撮ったのとかものすごく聞いたり見たりしそうだ。それが嫌で嘘をついたのではないかと考えたが、俺の名探偵!
少し間があったが、吉川が返事をした。
「カメラは最近始めたんですが、ことごとくぶれるわピントが合わないわで…」
何だそれ。ちょっとカメ子さんに似てるじゃないか。カメ子さんの日記の写真は、ことごとくぶれている。前に載っていた社長もブレブレだった。
何だかおかしくなって笑ってしまった。吉川がまたびっくりしたような顔をする。
「あ、悪い」
「い、いいえ」
「…教えてやろうか?」
「え?」
相当勇気を出して提案した。だってこのまま別れたくない。
「俺も今教わっている段階だから、そこまで上手くないけど。俺で良かったら」
「何でですか」
…やっぱりダメか。俺、嫌われてるし。
「だって岬くん、私のこと嫌いですよね」
…ええ!? 何でそうなる!?
「…最後に会ったとき…」
その言葉を聞いて青ざめる。あれは俺も悪い。そう思われても仕方ない。
だけどそうか。吉川はずっと、俺に嫌われてると思ってたのか。
「あの件は…、ちょっと置いといて」
いや、置いちゃダメだろ! そう思いながらも必死で言葉を続ける。
「別に、嫌いではねえよ」
「…そうなんですか?」
心底信じられないという風に首を傾げている。ああ、五年経っても、信じてもらえない。身から出た錆とはいえ、やっぱりキツイ。
一人でへこんでいると、吉川がスマホを取り出した。
「メッセージアプリのID教えて下さい」
「え」
気まずいのか目を合わせず、だが思いがけないことを言われた。
「カメラ、教えて下さい。上手くなりたいです」
「あ、ああ!」
そう言えば、さっきは途中で吉川が帰ってしまったから、結局誰も吉川の連絡先を知らない。
教えてもらえた! 俺だけに!
お互いのIDを交換し、友達登録する。その場ですぐに「これからよろしく」とメッセージを送ると、吉川の頬がわずかに緩んだ。
あれ、今の顔。一目惚れしたときの表情に似てる。
ものすごくドキドキしたが、吉川は俺の視線に気づくとすぐに顔を引き締めてしまった。意地でも笑うものかと言わんばかりに。
駅までの道を二人で歩いた。特に会話はなかった。
電車の方向は正反対で、そこで別れた。その時「またな」と言うと、吉川は「また」と小さな声で返してくれた。
それだけで、たまらなく幸せだった。
岬くんは本命になると初恋の中学生みたいですね(笑)