【いち】 8回目のクビです
初めてのお仕事小説です。
どうぞよろしくお願いします!
「あなた、明日から来なくていいわ」
会社の上司からそう言われたのは、就職してからわずか一ヶ月後の事でした。
「愛想笑いも出来ないようじゃ、うちでできる仕事なんてないからね。お疲れ様でした」
取り付く島もありません…。
なかなかハードな展開ですが、実はクビになるのはこれが初めてではありません。
なんと八回目! 末広がりだね!
そんなことを心の中で呟きながら、私はとぼとぼと家路についたのでした。
「困った子ねぇ、ひまりちゃん」
私は今、家のリビングのフローリングの上で正座をしています。
そして私の目の前、ソファーに足を組んでゆったりと座していらっしゃるのは私の母、この家の主でございます。
母に「正座しなさい」と言われたわけではないけれど、私にそうさせる何かが母から放出されています。何だこれ。オーラか? 私ってばいつの間にか、人のオーラが見えるようになったのか?
そんな下らない考えは、母からの言葉で掻き消された。
「吉川家の家訓、働かざる者食うべからず。働けないなら野垂れ死ね。だったわよね?」
若々しい笑顔でそう言う母が異様に怖い。
「お母様! それだけは、それだけは!」
端から見たら茶番だろうが、私は至極真面目だ。母は面白がっている気がしないでもないが、この人はやるといったらやる。一文無しで実の娘を放り出すことくらい簡単にやってのける。
母は右手を頬に当て、これ見よがしにため息をついた。
「真面目で勤勉なのに、どうして仕事が続かないか、あなた分かってる?」
「…顔が怖いからです」
言ってて悲しくなってくる。
美人の母から、どうしてこんな娘が生まれてしまったんだろう。
私の名前は吉川ひまり。
ひまわりのように大きく明るく育つようにとつけられた名前だが、完全な名前負けだ。
私は昔から笑うのが苦手だ。にこ、というより、にやり、になり、父親譲りの目付きの悪さのせいで驚くほど凶悪になる。周囲の大人も、同級生たちもそんな私を不気味がり、私はどんどん内向的になっていった。それでもグレずにやってこれたのは、母が私の味方でいてくれたからだ。
「ひまりちゃんはママの子なんだから、今にうんと美人になるのよ」
そんな事をいつも言ってくれていた。
たが二十三歳になっても、母の遺伝子は私に良い影響を及ぼす気配がない。無念です。
いつしか私は「顔面凶器」というあだ名を付けられ、不遇の青春時代を送る。
しかし私にも夢があった。
私は子どもが大好きだ。かわいいものも大好きだ。十人中十人の子どもに「顔が怖い」と泣かれても、ファンシーショップでかわいい小物を買っただけで「商品がかわいそう」と言われても、好きなものは好きなのだ。
まず私は保育士を目指した。真面目だったから保育士資格が取れる短大には受かったが、先生から「向いてないからやめなさい」とか「子どもにトラウマを植え付けるつもりか」とか言われ、気持ちが折れて退学した。
次にかわいいグッズをたくさん販売しているお店でアルバイトを始めた。たが、接客はもちろん、愛想笑いすら凶器となり、すぐにクビになった。
それでも諦めきれず、数々の販売バイトや接客、果ては事務やティッシュ配りまで手を出したが、全てクビになった。
全ての原因は、「顔面凶器」。
無念です。
あ、情けなくて涙が出てきた。
泣き顔も不気味だから気をつけてたのに。
必死で顔を拭っていると、母が「そうだわ」と呟いた。
「あなた、うちの会社でバイトしない?」
えっ?
予想外の提案に、涙が止まった。
何故なら、母の勤める会社は接客業なのだ。
『天堂カメラ』という、写真の現像やカメラの販売、またカメラマンを育てて学校の遠足などに同行するカメラマンを派遣する会社だ。
私はカメラのの知識なんて全くないし、接客が出来ないことも明らかだ。
私が驚いていると、母は名案とばかりに笑顔を浮かべる。
「ちょうどひまりちゃんでも出来そうな仕事に空きがあるのよ! どうかしら?」
魅力的な提案だが、この母を侮ってはいけない。私への腹いせに、とんでもない提案をしてくる可能性もある。
ただ、とんでもなかったとしても、今のところ「野垂れ死ぬ」という選択肢しか持たない私に、断れる訳がないが。
「あの、ちなみにどんなお仕事で?」
「ゆるキャラ」
とんでもない方向からボールをぶつけられたような衝撃でした。そう来たか。
「わたし、広報でしょ? 会社のゆるキャラ使用も担当なんだけど、前の人がぎっくり腰で辞めちゃったのよ。もう七十八だったから仕方ないわよね」
そんなお年寄りに着ぐるみアクターをさせてたのか。
恐ろしい、広報部長。
「着ぐるみだから顔は見えないし、喋らなくていいじゃない? あとはジェスチャーだけど、あなたいつも挙動不審な動きしてるから、それで行けるでしょ」
挙動不審なゆるキャラは会社的にOKなのでしょうか。
だが母は素晴らしい思いつきと言わんばかりに、きらきらした瞳で私を見つめてくる。
私はとりあえず、詳しい話を聞くことにした。
「時給は800円」
数々の仕事を探してきた私だから知っている。それはこの地域の最低賃金です。世知辛い。
「ゆるキャラはある動物をモチーフにしてるんだけど」
それは可愛いんじゃないでしょうか!? 期待が高まります。
その動物とは!
「テン」
テンとな!?
心の中で、ちょっと古風な突っ込みをしてしまった。
「テン、てどんな動物…?」
「やっぱりそう思うわよねぇ」
母は困り顔で首を傾げる。そんな姿も様になる。
「イタチみたいな生き物よ。うちの社長、名前がてんどう、だから、テンっていう名前が気に入ったんですって」
社長の噂は母から聞いている。ノリで生きている気の良いおっさん。予想以上かも知れない。
「ゆるキャラは可愛いのよ? ほら写真」
母がスマートフォンで出してくれた画像を見ると。
「ほああ! 可愛い!」
思わず変な声が出ました。
レモン色に近い黄色い体。丸い顔の右上と左上に小さなお耳。右上の耳にはピンクの花が飾られている。手足はとても短く、上半身にピンクのフリルがついたノースリーブのワンピースを着ている。さらに首から、おもちゃの一眼レフカメラを提げている。
そしてつぶらな瞳、茶色いお鼻、小さなお口。
可愛い。文句なしに可愛い!
社長、グッジョブ!
「名前は『天堂カメ子』」
ダッサ!
上がったはずの社長の評価がグンと下がります。
「ダサいわよね」
お母さん、それ社長の前で言ったんじゃなかろうか。
「詳しいプロフィールが会社のホームページにあるわよ。はい」
母にホームページを出してもらい、目を通す。
天堂カメ子 五歳
もともと野生のテンだったが、獲物を捕るのが下手なせいで死にかけていたところを天堂カメラの社長に助けられ、カメラマンを志す。
趣味:ピクニック、草花採集
特技:止まっているものを写真に撮る
性格:温厚でのんびり屋
色々と突っ込みたいところは多いのですが、とりあえず。
社長、これ絶対、夜中に一人でテンション上がって決めちゃったやつでしょ。
ていうか、ゆるキャラのプロフィールに自分を登場させる辺り、かなりの出たがりと見た。しかも命の恩人ポジション。
図々しいにも程があるわ!
しかもカメラマンを志すカメ子の特技、「止まっているものを写真に撮る」って、風景と無機物限定じゃん! 人間は撮れないんじゃん! 天堂カメラで遠足の引率出来ないじゃん!
そして序盤で死にかけるって、暗い過去すぎて引くし!
心の中で一通り突っ込んだあと、私はにやり笑いを発動する。
「えーと、可愛い、ね?」
しまった! 思わず疑問形にしてしまった! 私の正直者!
しかし母は気にしない、というか私の戸惑いをねじ伏せた。
「気に入ったのね?」
有無を言わせぬ圧力に、涙が出そうになる。
「気に入りました…」
「やるわね?」
もちろん選択肢はない。
この仕事をしなければ、私は野垂れ死ぬのだから。
私は正座のまま、三つ指ついて頭を下げた。
「や、やらせていただきます!」
声が裏返った。
無念です。
次はアルバイト契約回ですね。