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97.ハイエナという職業

 頭の中は予想外の非戦闘員の登場にパニックだけれど、魔物は待ってくれない。食べかけの食料(ぼうけんしゃ)を投げ捨てて、私たちに向かって触手をうねらせ、突進してきた。


「ジルさん!」


 私の一歩前に出て、ジルさんが身構える。どうやら、足止めをしてくれる気らしい。


 下手に長引かせて、まだ生きている子供にスキュラの興味が行くと困る。ここは短期決戦だろうと覚悟を決めて、魔法の準備を始めた。あまり高レベルの魔法を使いすぎてもいけないだろうし、とりあえずは足止めか?


 そんな私達の横を大回りして、オルランドは子供の保護に向かっている。


「トリプルスペル! 一発目、黒き焔!! 二発目、拘束せしは鋼の茨! 三発目、火球!!」


 ジルさんに警告するためにも、わざと技名を叫びながら発動させる。『黒き焔』は敵対象に炎の継続ダメージを与えると同時に、行動阻害を起こす魔法。『拘束せしは鋼の茨』は地面から鉄分を抽出して、敵対象の移動を不可にする魔法。『火球』は敵に当たると爆発する炎の塊を打ち出す魔法だ。


 火球の発動と同時に、ジルさんは横に転がり、爆発する炎を避ける。いや、そんなに必死に避けなくても、制御してるから攻撃はしないんだけどなぁ。もしかして私、信頼ない?


 転がって逃げたジルさんは、勢いそのままに剣をスキュラに振るう。あら、触手がまとめて数本千切れたわ。ジルさんもすっかり強くなって……。


「キャァァァァ!!」


 美しい上半身から、絹を裂くような悲鳴が発せられた。ついつい同情したくなるけれど、コイツは魔物、腰は犬、下半身は触手。同情は厳禁。


「ハニーバニー!!」


 子供の所まで辿り着いたオルランドは素早く子供を担いで、こちらに戻って来ようとしている。チラッと見えたけれど、子供は足に酷い怪我を負っている。これじゃ自力での逃走は出来なかっただろう。


「ダビデ! オルと合流後ポーションで、子供の怪我を治して!!

 アル、護衛は任せたよ!!」


「はい!」


「お任せください!」


 力強い仲間達の返事を聞いて、スキュラに視線を戻す。拘束を剥がそうと暴れているけれど、これなら引きちぎられる恐れはないだろう。


「風の刃、火球、火球」


 ジルさんが斬り、私がトリプルスペルを使って一度に三発入れる。そうしてタコ殴りもしくは集団リンチの様に戦っていたら、鋼の茨と黒き焔の有効時間が終わってしまった。いや、なんか攻撃が効きにくいんだよ。なんでこんなに防御力が高いのさ!!


 スキュラの瞳が輝き、私達を捕らえる。ジルさんがグラッと揺れたかと思ったら、剣先をこっちに向けた。あっちゃー、魅了にかかったな。


「ご主人様!!」


 ダビデの悲鳴に視線を動かせば、アルフレッドも魅了されたらしい。オルランドが牽制しつつ、アルの興味をひいている。ついでに助けた子供も魅了されたらしく、ダビデと駄々っ子パンチで取っ組み合いをしていた。


「ダビデ! 大丈夫?!」


「はい! ダメージは入りません!! でも、どうしたら?!」


 状態異常の回復を優先するか、それとも攻撃を優先するか……。

 改心の攻撃だったようで、にやりと笑うスキュラが憎々しい。


 一瞬迷って、回復を優先した。いや、ジルさんが本気で斬りかかってきていて、怖いんだよ。トリプルスペルを使う余裕がなくなってきている。これは早く敵の手数を減らさないと、じり貧だ。


「範囲状態回復、リフレクソロジー!!」


 回避したつもりだったけれど、ジルさんの剣が少し腕にかすってしまった。状態異常から回復したジルさんは、自分が何故私に斬りかかっているか、とっさには分からないようで混乱している。


 そんなジルさんの隙をつくように、スキュラが触手を伸ばしてきた。狙いは、私か!!


 回避行動が遅れて、スキュラの触手に絡めとられる。そのままスキュラのほうに引き寄せられた。


「お嬢様!」


「ティナ!」


 私がスキュラの触手に引きずり込まれて、はっとしたようでジルさんが腕を伸ばし救出しようとしてくれた。スキュラの触手から脱出しようと私ももがくが、一本二本なら引きちぎれるけれど、こう多いと力負けしてしまう。やはり後衛が拘束されるとキツいねぇ。そして、生臭さで集中力も尽きてきた。


 触手の終点、体の真下中央に牙をびっしりと生やした口が見えた。触手の外から同居人達の切羽詰まった声がしている。どうやら私を心配しているらしい。


「大丈夫だよ!!」


 生臭いのを我慢して、叫ぶ。あー、臭い。呼吸したくない。

 スキュラの口に放り込まれる瞬間、無詠唱で口から体内に魔法を叩き込む。


 体の外は頑丈でも、中はどうかな?


 炭化して崩れ落ちる組織に向かって、剣を振るった。おう、スパスパ切れるね。手当たり次第に斬って捨てて、触手から脱出する。


「ティナ! 無事か?!」


 私の姿を見て、ジルさんが駆け寄ってきた。


「大丈夫です! それよりも……。え?」


 瀕死のスキュラに止めを刺そうと思ったら、目の前で倒れている。倒れたスキュラの近くにはダビデ。


「スキル・活〆。ボクのご主人様に手を出すのは許しません。ゴハンになって貰います!!」


 毛を逆立てて怒りに震えるダビデは、解体用包丁を片手に、倒れたスキュラを睨んでいる。いや、ダビデ、ダビデさん、あなた何をやったの?!


 そう思っていたのは私だけじゃないみたいで、ジルさんやアルオル達も引いている。


「ティナお嬢様!! どうぞこちらを」


 ドロップ品に変わったスキュラを拾って差し出してくるダビデは、さっきまでと違い、いつも通りだ。


「えーっと、魔石と蛸の足?」


 一抱えもある蛸の足と、群青の魔石を渡されて呆然と呟く。


「ティナ、何故あんな事を。俺ごと魔法で焼けば良かっただろう!!」


 ジルさんはそんな私に向けて責めるように叫んだ。


「へ?」


「何故、戦闘の最中に、我々を助けることを優先されたのですか? ここに着く前に、もし魅了されれば魔法で殴ると仰られていたはず。そうされていれば、触手に絡めとられる事もなかったでしょう」


 アルも私たちに近付きつつ、不満げに話す。後ろから子供を抱いたオルランドも合流してきた。


「え、ごめん」


 いや、助けてクレームを言われるとは思わなかったわ。


「あのままだとじり貧だから仕方なく。すぐに狩れるか自信なかったし」


 言い訳をしていると、諦めた様にジルさんとアルがため息をついた。いや、そこだけ仲良しだね。


「おーい、リトルキティ、話がついたところで、この臭い子供はどうしたらいいんだい? ついでにキティも生臭くなっているから、水浴びを推奨するよ」


 雰囲気を変えるように、オルが声をかけてきた。それを有り難く感じつつ、視線を動かす。


「あの、ありがとうございました」


 オルに抱かれた子供は、そういうと軽く頭を下げた。臭い子供って、オルも失礼だな。そして主人に生臭いと直接言う度胸は買おう。年頃の女の子に対する、デリカシーは皆無だけど!!


「……浄化。これで文句はないね?

 ダビデ、この蛸の足は預かっておいてもらえる? 後で食材にしよう」


 子供の前でアイテムボックスを開くわけにもいかないから、ダビデにドロップ品を押し付けた。魔石は手持ちの無限バックに入れる。


「えーっと、なんでこんなところに?」


「そこにいる冒険者パーティーの後ろをつけてきた」


「何故?」


「決まってるだろ? 俺はハイエナだよ。冒険者ギルドに引き渡すならそうしろよ」


 痩せた子供はそう言うと、頑として口を開かなくなる。

 ハイエナってなんだろう?

 誰がどう質問しても、それ以上の答えは返ってこなかった。仕方ないから冒険者達の身分証を回収して帰路につく。CランクとBランクの混合パーティーだったらしい。体の回収が必要なら誰かがまた来ればいいさ。今は報告に必要なものだけ持っていこう。


 抱き上げままだと辛いかなと思って、オルに子供を下ろすように言い、護衛も兼ねて全員で周囲を囲み、冒険者ギルドに戻った。





 *****






「誰か! 弟を助けてくれよ!!」


 冒険者ギルドに戻ったら、入り口でそんな声が響いていた。それに答える声はない。それどころか、罵倒する冒険者もいるくらいだ。夕方になって依頼を終わらせ戻ってきた冒険者達も多いようで、出発時点よりは混雑している。


「あれ? さっきぶり。ぺルルちゃんだっけ?」


 ギルドの入り口で騒いでいたのは、ぼったくり道案内してくれたぺルルだった。


「あ、あんた、さっきの!!」


「ねぇ、お願いだよ!! わたいの依頼を受けて! 弟が、弟が!!」


 泣きながら私たちに向かって歩いてくるぺルルを見ながら、居合わせた冒険者から、そいつの弟はハイエナだと警告される。


「ハイエナ?」


 さっきも聞いたなと思いながら、繰り返した。


「どうかお願いだよ。スキュラが出る湖に弟が迷い込んだんだ。保護して……え?」


 私たちの間で、体を縮めている保護した子供を見つけて、目を丸くした。そのまま、無言で駆け寄ると、まさかのラリアット?!


 勢い余って二人とも地面に転がり、そのままぺルルは保護した子供の上に馬乗りになった。


「この、馬鹿ロルル!! なんでよりにもよって、湖なんかに!! ハルト兄ちゃんとも約束したろ?! 危険な事はしないって!! 今日は良いカモがいて、金も手に入ったんだよ!

 それなのに、それなのに……」


「ねぇちゃん」


 泣きながら殴るぺルルと姉を呼ぶ助けた子供改めて、ロルル。ギルドの入口でそんな事をやっているから、当たり前に注目を浴び、受付嬢の一人が様子を見に外に出てきた。


「おや、リュスティーナ様。お早いお帰りでございますね。

 それと、そこにいるのはハイエナですか。ギルドに堂々と顔を出すとは良い度胸です。覚悟はよろしいですか?」


 出てきたラピダさんはそう言うと、スカートの裾を靡かせて、二人の子供を両手で吊り下げた。


「リュスティーナ様もこのハイエナに迷惑をかけられましたか?

 ギルドと致しましても、取り締まってはおりますが、根絶は中々に難しく……。見つけ捕まえた場合は、冒険者達に制裁は一任しております。殴られますか? この様に若いハイエナですと、買い手がつかない恐れも多いのでオススメは致しませんが、奴隷に売られますか?」


 当然の様にそう聞いてくるラピダさんに、ようやく疑問をぶつけるチャンスが来た。


「あの! その前に、ハイエナって何ですか?!」


「おや、ご存知ないのですか。迷宮都市国家連合では、珍しくない職業なので、失念しておりましたが、他国ではいないのですね。

 ハイエナとは、冒険者達が持ちきれなくなって捨てたドロップ品を回収、又は疲れた冒険者を集団で襲ってドロップ品を強奪する冒険者登録が何らかの理由で出来ない者達のことです。ゴミあさり、死肉あさり等とも呼ばれます。多くは冒険者登録が出来ない孤児がなることが多いのですが、稀に冒険者崩れの無法者が率いることもあります。ご注意下さい」


「未成年冒険者はこの国では認められていないんですか?」


「ここはダンジョン攻略を主としておりますので、未成年冒険者の登録は認めておりません。未成年の場合は成人まで生き抜いてからの登録となります」


「そうなんですね。すみませんが、その子達に何かするつもりはないので、放してあげて貰えませんか?」


 ジタバタと暴れている二人を放してくれるように頼む。お優しいことでと言いつつも、ラピダさんは放してくれた。ただし、その前に二人の子供を凄むことも忘れない。


「ハイエナ共、よく聞きなさい。今日はこちらの冒険者の慈悲により、何もせずに解放しましょう。ただし、次はありません。冒険者がみなこんな風に慈悲深いとは思わないことです」


「わ、分かってる。ハルト兄ちゃんとも約束した。ハイエナはもう止める。何とか孤児院にも潜り込めたから、成人まで危ないことはしない」


 怯えながらもぺルルはそう言うと、ロルルの手を引いてここから去ろうとした。さっきから出てきているハルト兄ちゃんって、なんか懐かしい音の並びだよね。この世界にも偶然にしろ、日本人っぽい名前の音があったんだ。陽斗かな、晴人かなと、勝手に漢字を当てはめつつ、懐かしさに沈む。


 ロルルは十分に離れた所で一度足を止めると私たちに向き直る。


「スキュラから助けてくれてありがとうございました!!」


 深々と頭を下げてから、二人の子供は手を繋いで、町の雑踏に消えていった。


「スキュラから?」


「おい、聞いたか」


「あぁ、スキュラからって言ったぞ」


 冒険者ギルドに陣取り見物していた冒険者達からさざ波のように囁きが広がる。


「リュスティーナ様?」


 問いかけるラピダさんに頷いて、肯定した。そのまま、無限バックからスキュラの魔石と、回収した冒険者達の身分証を取り出す。


「スキュラは退治しました。ただ、私達の前に戦っていた冒険者がいたようで、その人達はダメでした。

 詳しく説明をしたいので、とりあえず、中に入りませんか?」


「そうですね、確かにこれはスキュラの……。どうぞ中へ。すぐにギルドマスターをお呼びします」


 足早に私達を誘導して、ギルドの応接室のひとつに入る。ここで待っていて欲しいと頼まれて、ラピダさんはまた小走りで外に出ていった。


 開けっ放しの扉から、「スキュラ殺しだ」と浮かれ騒ぐ冒険者達の声が響いていた。




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