96.スキュラ退治の依頼
はじめましてなギルドマスマーに初対面で、スキュラを殺してきてくれって頼まれたら、普通の人はどんな反応をするのかな?
イェーイ!! もっちのロンさ! って快諾する殺意高過ぎな人もいるだろうし、間髪いれずに、無理!! って断る人もいると思う。ただ、一番多いのは、きっと私と同じく目が点になる人だと思う。
「……はい?」
しばらく沈黙していたけれど、何とかそんな声を絞り出した。こういう時、連れが全員奴隷っていうのも考えものだ。私以外口を開かないから、話が続かないわ。
「アハハ♪ さっすが~。クルバ君の秘蔵っコ。詳しいことを聞かないで、二つ返事で快諾してくれるなんて、トリリン、惚れちゃいそう♪」
「いや、快諾した訳じゃなくて、意味が分からないから、聞き返しただけっ?!」
パンと手を打ち鳴らして喜ぶトリリンに慌てて訂正をいれるけれど、聞いちゃいねぇな。側に立っている迷彩メイドの受付嬢も首を振っているし。
「だ~めだよ。ボクはキミの承諾を聞いたからね、待ったはなしだよ。
詳しいことは、ラピダ、説明してあげてね。アハハ、これで肩の荷が降りたよ。さぁ、ボクは寝るからね」
小さく欠伸をしながらさっさとギルドの奥に引っ込んでいったギルドマスターを半眼で眺める。奥からパタンと扉が開く音がしてから、迷彩メイドさんは深く深く、内臓飛び出すんじゃないかと思うほど、深くため息をついた。
「ギルドマスター・トリープ様のご無礼をお詫び申し上げます。合わせて、先程の非礼もお許し頂ければと思います」
スカートを両手で持ち上げながら、美しく一礼される。
「リュスティーナ様、到着してすぐの依頼で大変申し訳なく思いますが、是非、混沌都市の冒険者ギルドと致しまして、指名依頼をいたしたいと考えております。詳しい内容を聞いて頂けませんか?」
礼の格好のまま、微動だにせず頼まれる。
「えーっと、私もギルドに相談に乗って欲しいことがあります。ギブアンドテイクでお願いできるのであれば……」
こちらにと誘導されるまま、受付の脇にある応接室のひとつへ案内される。
「まずは話を聞いてくださること、感謝いたします」
そう言って頭を下げる迷彩メイドさんに挨拶を返しつつ、疑問を投げ掛けた。
「あの、さっきから私に対する態度がおかしいのですが、何故そんなに丁寧になっているのですか? 私はただの流れ者の冒険者、しかも高々Bランクです。そんなに恭しく対応される相手だとは思えません。それに、実力も分からない相手に、いきなり魔物退治を依頼するなど、そんなにこのギルドは人手不足なのですか?」
「ご謙遜を。
冒険者ギルド本部の長老議会を統べる『目覚めたキマイラ』クレフ老、元Sランク冒険者兼現デュシスの冒険者ギルドマスターである『殺戮幻影』のクルバ様、同じく元Sランク冒険者兼現ケミスの町の冒険者ギルドマスター『絢爛なる爆撃』のジュエリー様、その三名から連名での推薦状を受ける冒険者が、高々などということはございません。
全員、冒険者ギルドマスター様方の中でも、武闘派と言われている方々です。リュスティーナ様の実力も、分かろうものですわ」
「目覚めたキマイラ、殺戮幻影、絢爛なる爆撃……どんだけ厨二よ」
「チュウニ?」
「いえいえ、お気になさらず」
ついつい思っていた事が口から出てしまった。怪訝そうなラピダさんに対して、誤魔化しながら苦笑する。そっか、クルバさんは、殺戮幻影ですか。次に会ったら呼びかけてみようかな。どんな反応をするだろう。あと、ジュエリーさんってどなた? 会ったこともない人から、一方的に推薦されてるってちょっと怖い。
「それで、リュスティーナ様。私共からの依頼の件です。
西にある湖で、スキュラが確認されました。そのままスキュラに居座られますと、湖全体がダンジョン化してしまいますし、何より湖周辺に点在するダンジョンへ、一般冒険者の立ち入りが難しくなります。
よって我ら混沌都市の冒険者ギルドは、緊急依頼として、スキュラ退治を所属冒険者全員に告知しました。ですが湖は広大で、更には水生生物であるスキュラを水辺で狩りきる事は中々に難しく……。とうとう先日、湖への立ち入りを制限いたしました。
どうか、このスキュラを退治して下さい」
うっわー、また面倒そうな依頼だね。何処にいるかも分からない、水生魔物退治ですか。
「それと、ご存知かも知れませんが、スキュラには異性に対する魅了がございます。それも男の冒険者達がスキュラを狩りきれぬ原因の一端でございます。
リュスティーナ様ならば、女性ですし問題はないでしょう。冒険者達の目撃情報で、大体の活動範囲と餌場は確認できております。受けていただけるのであれば、詳しくお話致します」
「受けて頂けるって、ギルドマスターのトリリンちゃんの中ではもう確定だったようですけど」
「問題ございません。もし、どうしても無理だと思われたら、無理強いは致しません。それとトリープ様の前ではトリリンちゃんとお呼びしないようにお願いします。本人が調子にのります」
「うーん、報酬は?」
この迷彩メイドとギルドマスターの関係が分からない。なんか微妙にディスってない?
「金貨100枚。無論ダンジョン産のものでございます。
それと、各種優遇をさせていただきます。具体的には、各ダンジョンの情報公開の優先権、ランク以上のダンジョンや普通でしたら攻略不可となっているダンジョンの入場権。あとは、左様で御座いますね、住む所、ホテルか貸家になりますがそちらの斡旋とギルド員価格での利用などでしょうか? 他にも何かお望みがあれば、出来る限り対応させて頂きます。受けて下さいますか?」
優遇されすぎじゃない? そんなにスキュラって強いの?
「えーっと、一度戦ってみて、無理だと思ったらキャンセル出来ますか?」
「その場合ですと、討伐した時にのみ先程の報酬をお支払いする事となりますが……」
「構いません。では、スキュラの情報をいただけますか?」
キャンセル可能なら良いよね。水生魔物狩りは初めてだけど、魔法使いの私なら相性は悪くないはず。最悪湖全部凍らせて砕いちゃえばいいし……。
「ありがとうございます。まずは出没地点ですが………」
****
「みんな、ごめんね。勝手に依頼を受けちゃって。スキュラとは私がメインで戦うから、町でお茶でも飲んで待ってて」
ギルドでラピダさんから一通りの説明を受けて、今は湖に向かっている所だ。スキュラは夜行性だと言うことで、その日のうちに向かうことになった。皆は取りあえずの宿でも決めて寝ていてくれてても良いんだけど、やはりと言うか、なんと言うか全員同行することになった。
「もう、わざわざ苦労することもないでしょうに。スキュラにもし魅了されたら、容赦なく魔法で殴りますからね! 気合い入れて抵抗してくださいよ!!」
照れ隠しにそんな事を言った私は悪くないと思う。
「……ここか」
「魔物の気配はないようですね。ダビデ、魔物の匂いはしますか?」
「いえ、ただ全体的に生臭いです」
その生臭さは、人間である私も感じている。広大な湖の一角、葦が茂り遠浅になっている辺りで、スキュラはよく目撃されているらしい。確かに葦の隙間から、動物の骨がチラホラ確認できる。何か捕食者である生き物がいるのは確定だ。
「マップを使う。少し待って」
湖の中は分からないけれど、葦の草原の何処かにスキュラがいればマップに表示になるだろう。大きな敵対反応を探す。
「……いた。敵対反応、ここから左にしばらく入ったところ。反応が大きいからおそらくスキュラだ。
みんな、戦闘準備。スキュラを目視し次第、魅了に対する抵抗を上げる。攻撃はそれまでしないで。いいね?」
全員の承諾を確認してから、進行方向に無詠唱で沈黙をかける。これで足音は立たない。まぁ、葦は揺れるけど。
私を先頭に葦をかき分けて進む。しばらく進んだところで、葦が風に靡く以外の音がし始めた。生き物が骨を砕き肉を引きちぎり咀嚼する音だ。
全員に魅了抵抗をかける。沈黙の効果内だから会話は出来ない。目を合わせて頷き、覚悟を決めて葦の陰から音のする方を覗く。
群青のウェーブヘアに上半身裸な若い女の後ろ姿が見えた。咀嚼音は彼女から聞こえる。彼女のいる周囲だけ、葦がなぎ倒されて広場が出来ていた。鑑定技能を使えば、彼女はスキュラレベル86と表示されている。ビンゴだ。探す手間が省けて良かったよ。
ジルさん達に頷いて、弓を構える。慎重に狙いを定めて魔力で形作られた矢を放った。物語の英雄や勇者なら、攻撃する前に口上のひとつも言うんだろうけれど、不意打ちのチャンスを逃すつもりはない。卑怯と謗られようとも、私は楽に確実に狩れる方を選ぶ。
狙いは違わず、スキュラの背中の真ん中に矢は吸い込まれていく。無事に当たったと思った瞬間、地面が盛り上がり、何かが矢に当たった。本体を守る為に、割り込んだのかな?
攻撃を受けて四散したそれは、水音をたてつつ湖に消えていく。よく見れば、葦とスキュラの触手が数本まとめて私の攻撃に当たった様だ。
「ティナ!」
「うん! みんな行くよ!!」
沈黙の効果が切れると同時に、獣相化したジルさんが飛び出していく。続いてアルオル、そして私とダビデだ。
「うっわぁ……」
振り向いた彼女を見て堪えきれずに呻き声を上げてしまった。口には人からもぎ取った足を咥えて、腰から生えた3匹の犬の頭はそれぞれ人間の体の一部を咥えている。残った胴体や大きな部位は防具ごとウネウネと動く触手の中に呑み込まれ、咀嚼されているらしい。正直、かなりエグい。そして、残った防具の成れの果てから判断して食事の主原料は、おそらく冒険者だ。
そっか、デュシスでは見たことなかったから実感なかったけれど、冒険者が負けたらこんな風になるんだね。これは負けるわけにはいかない。最悪でも逃げ切らなくては。気合いも新たに、他のメンバーの顔色を伺う。
そんなスキュラのお食事風景を見て、ジルさんとアルは視線をキツくし、オルは無反応。ダビデは怯えていた。これなら問題なく戦えるだろう。
食事を邪魔されたスキュラは怒り狂って、食べかけの冒険者達の残骸を投げ捨て、奇声を発してこちらに向かってきた。
「助けて!!」
スキュラの体の向こうから、幼い声が響く。私たちと反対側に、子供がいる。多分、男の子だ。
「ティナ、子供がいる。どうする?」
「なんでこんなところに子供がいるのよ!」
ついつい悲鳴に近い声を上げてしまう。何だって冒険者ギルドが立ち入りを制限している区画に、子供が。舌打ちしつつ、スキュラを見据える。
「私がスキュラの相手をする。その内にオルは子供を確保。アルは確保した子供とダビデの護衛、ジルさんは牽制をお願いします」
「承知」
もう! 子供を守りながら魔物狩りなんて、ゲームじゃ王道だけど、現実でなんて、本気で勘弁してよね!!




