95.混沌都市の冒険者ギルド
城門を入った所で、周囲に圧倒されて足を止めた。
デュシスも大きな町だったけれど、この迷宮都市はそれ以上だ。
多種多様、人間、獣人、爬虫類系、魚類系、翼人、エルフにドワーフ、小人に巨人、ありとあらゆる種族がいる。服装もそれぞれだし、武装も違う。
大理石っぽい建物の前には、布のひさしが作られ、そこで店を開いている人もいる。首輪付きの人もいるけれど、虐待されている風には見えない。皆がやる気に溢れ、未来と自分への自信で満ち溢れているようだった。
「邪魔だ!」
後ろから突然押されてたたらを踏む。とっさにジルさんが支えてくれた。
「あ、ごめんなさい」
「けっ! この田舎者が、気を付けろ!!」
城門の前にぼんやりと立ってたらそりゃ邪魔だよね。荷車を引いたおっさんに押されたらしい。とっさに謝りつつ道の脇に避ける。
「ちょっと待て。キティから盗ったものを返してくれるかな?」
オルランドが城門にたむろしていた子供のひとりを捕まえて、ぶら下げつつ凄んでいる。
「え? オル、どうしたの?」
「キティ、何か無くなったものはないかい?」
そう確認されて、ポケットを上から叩いてみる。アレ? 親から貰った実用一辺倒な小袋がない。毎回アイテムボックスから出したり、高価なマジックバックから出すのは危険だから、最近はあれに細かいお金を入れていたのに……。
「……こちらでは?」
ツカツカと子供に近づいたアルが、服の中に手を入れて、見覚えのある小袋を取り出す。
「あれ。さっぱり気が付かなかったよ。アルオル、ありがとう」
「く! 放せよ!」
財布を盗んでいたとバレた子供は逃げようと暴れだした。ボサボサの髪に小汚いシャツと短いズボンだから、男の子かと思いきや、こりゃ女の子だわ。骨格が微妙に丸い。
「キティ、どうする? 痛め付けるかい?」
片手で少女をぶら下げたまま、オルが私の指図を仰ぐ。アルオルはまだ相手が女の子だって気がついてないのかな?
「クソっ!! やるならやれよ!! どうせ親もいなけりゃ、守ってくれるケツ持ちもいない。殴るなり蹴るなり犯すなり、好きにしやがれってんだ!!」
暴れつつも元気に啖呵を切る少女の顔を見る。私と同じか少し下かな? 痩せてはいるけれど、瞳は強い光を放っている。……この子、気に入ったかも。そして、相手が女の子だった事にようやく気がついた男どもが動揺している。
「運がいいね。ねぇ、少し雇われる気ない?」
アルから渡された小袋の中から銅貨を数枚取り出して、目の前で振りつつ問いかけた。
「なんだよ」
スリを働こうとして捕まったはずなのに、いきなり私がそんな事を言い出したから、怪訝な顔で聞いてくる。
「私を狙ったのは、お登りさんの田舎者だとでも思ったからでしょ。これでも一応、冒険者なんだよね。ただし、ご明察。さっきこの都市に着いたばっかり。だから、道案内をしてくれる人を限定1名様で募集してるの。お嬢さん、この街の人だよね。冒険者ギルドまで連れていってくれない?
お礼は、さっきのスリ未遂を見逃すのと、お駄賃を少し。どう?」
視線は私の指先から離れないまま、スリの少女の喉が動く。
「目的は何? わたいになんで?」
「着いたばかりの旅人を狙う度胸と、捕まってからの態度。それに、目に力があるからね。強いていうなら、気に入った。それだけ。受けてくれるなら、犯さない、殴らない、痛め付けない。もちろん売り払うこともしないし、殺しもしないよ。
どうする? 道で聞きながらでも、たどり着けないことはないと思うんだけど、面倒だしね。私たちを最短経路で、安全に冒険者ギルドまで案内してくれない?」
「分かった。なら、前金を寄越しな!」
オルに向かって、少女を放すように伝えながら、手に持っていた硬貨を差し出す。ひったくるように受けとると、服、それも下着の中に隠したようだ。
「わたいは、ぺルルさ。
田舎者の冒険者達、このぺルル姉さんが迷子を送ってやろうじゃないか。着いてきな!」
「この!」
ジルさんが怒るがそれを制しつつ、笑いかけた。アルオルは女の子に乱暴しかけたせいか大人しい。
「あはは、私はティナだよ。よろしくね」
大通りを抜けて、慣れた雰囲気でぺルルは横道を歩く。信じていない訳ではないけれど、警戒は怠らずにマップを表示させたまま、後ろを着いていく。
「なぁ、ティナ。そいつら全員お前の奴隷か?」
「うん? なんで?」
「首輪。ティナだけが付けてない。そっちのヤツはコボルドにしてはデカイし、レア物の狼獣人、それに見目が良い若い男二人。なぁ、お前何者?」
「ただの田舎者の冒険者だよ。山や森に囲まれた北の町からきたの。生まれは深い森の中。なんでこの面子と一緒に冒険者してるかはヒミツ」
そんな探りを入れてきているのか、そもそもの好奇心なのか、質問が途切れないぺルルをいなしながら、しばらく歩く。
「ほら、ここだよ!」
うん、確かに冒険者ギルドだ。目印の剣と斧がクロスする看板が掲げられている。マップを確認していたら、横道を歩いたから何度か曲がったけれど、城門から大通りを道なりに歩けば着いたんだね。
「確かに」
「何処かで襲われるかと思ったが、杞憂だったか」
「オルさん、ジルさん、酷いです!」
何事もなく冒険者ギルドに着いた事に驚くジルさん達に、ダビデの突っ込みが入っている。
「ありがとう。はい、これ、お礼の後金」
小袋にいれていた唯一の銀貨を渡す。
「え? こんなに??」
さすがに銀貨はやりすぎだったかな?
一瞬後悔したけれど、まぁ、顔繋ぎだと思えば良いか。
「うん、また何処かで会ったらよろしくね」
「ああ、わたいはだいたい城門かスラムの寝床にいるから、何かあったら声をかけろよ。それと、こんなにポンポン金を渡してたら、身ぐるみ剥がされちまうから、気を付けな!!」
ぺルルは「城門には前の大通りをまっすぐ行けば良いからなー!!」と叫びつつ、横道に消えていった。
ぼったくられたと判断したジルさんは後を追おうとしたが、笑って止める。
「分かっていて払ったから大丈夫です。それよりも早く冒険者ギルドに行きましょ?」
「人が良すぎる」
「ただの出来心ですよ。万人に優しいわけではありません」
ジルさんに叱られながらも、道を渡りギルドに入った。
「混沌都市の冒険者ギルドへようこそ。
ご依頼ですか? それとも新しい冒険者さんかしら?」
迷彩柄のメイド服を着た受付嬢が私たちを見つけて挨拶してくれた。まだ日も高い時間だから、ギルドは比較的暇なんだろう。
「こんにちは。今日この街に来ました。冒険者です。よろしくお願いします」
「はい、いらっしゃいませ。雛鳥がまた冒険者になりに来たのね。登録で良いのかしら?」
どこか気だるげな雰囲気になりながらも、申し込み用紙を出してくる受付嬢に首を振る。迷彩柄のメイド服のインパクトで気が付かなかったけれど、片頬に傷がある端整な顔立ちの美人さんだ。
「いえ、冒険者登録は済んでいます。今日からこちらのダンジョンに潜ろうと思って移動して来ました」
「へぇー。なら、依頼はそこに貼ってあるから、好きに見るといいわ。Dくらいかしら? ならあっちよ」
急に興味を無くしたらしい受付嬢は壁の一部を指差してから手を振った。あっちへ行けってことかな?
「いえ、私はBなので。Bランクの依頼は何処にありますか?
それと、この街のダンジョンをまとめたパンフレットのようなものがあったら、有料で構わないので見せていただけませんか?」
まだ追い払われる訳には行かないから、頑張って質問する。私みたいな新顔が沢山来るから、話すのも面倒になっているのかもしれないけれど、ここでDランクの依頼を確認しても意味はないからね。
「はあ? Bですって? 何をいっているのかしら?
Bランクはギルドでも主力よ。それを他のギルドに出すとしたら紹介状のひとつも書くでしょ」
呆れた風に話す受付嬢に向けて、銀の冒険者カードとクルバさんに持たされた赤いの魔石を出す。
「え? 本当に銀? しかも深紅の紹介状??
これは、お嬢さんが貰ったものなの? それとも後ろにいる連れの方々の誰かの物かしら?」
「私の物です。魔力認証出来るので、持ち主はすぐに特定出来るでしょう? 確認して頂いても結構です」
さすがに少し苛立って口調が丁寧なものになる。反比例するように声は硬質に低くなった。昔からの苛立った時の癖だ。
「失礼します……、え? まさか、なんで??
少しお待ち下さい!!」
私のカードと魔石に専用の装置に入れたらしい受付嬢は、しばらく文面を読んでいたようだったが、フリーズした後に、走り去ってしまった。
「えーっと、何事?」
「ティナ、何をやった?」
「お嬢様、アレは何ですか?」
「キャット、いつの間にあんなものは受け取っていたんだい?」
「お嬢様、深紅の魔石は冒険者ギルドの紹介状でも、かなり上のランクの物のはずです。なぜあのような物をお持ちですか?」
私が尋ねたのに、全員から聞き返されてしまった。
「あれはデュシスでマスター・クルバから持たされたんだよ」
「………ふふ、キミが噂のお嬢さんか!
ようこそ、ボクのギルトヘ!!」
アルへと答えていたら、後ろから金属の触れ合う鈴のような高い音と共に、明るい声がした。
「どちら様で?」
振り向いたら、上半身は一枚の布を背中から通し、胸を覆い首で止める形で身につけ、下半身はだぶっとした、アラビアンナイト的な、薄く透ける布地のパンツを足首で縛った少女が立っていた。美しい銀髪は、鮮やかなピンクの布地を巻き込みながら纏め上げている。歳は10歳くらいかな? 足首につけた金の飾りがついた足輪がワンポイントだ。さっきの音はこれだろう。
「は~い、ボクはこの混沌都市の冒険者ギルドマスターである、月光姫トリープだよ。トリリンって呼んでね?」
わざと首を軽く傾げて、上目遣いに見られる。ある意味アイドル的と言えなくもない。
「マスター! おふざけになるのは止めてください!
そんな風だから、このギルドの信頼を無くすんです」
「はは、ボクは誰から何を言われても気にしないよ。それに、冒険者がいなければ生活も成り立たない、そんな弱っちいボンクラ共に気を使ってやる必要があるのかな? トリリン、わっかんなーい」
可愛らしい身ぶり手振りで話しているけれど、内容は辛辣だ。しかしここも、何かトラブってんのか?
「……ふん、長期未踏破だ、冒険者の質が落ちた、トリリンのせいだ。ふざけんな、ボンクラの脳足りんどもめが。なんならお前達をダンジョンの深層にぶちこんでやろうか」
小さな声でブツブツと独り言を言っているけれど、おーい、ちょっと帰ってきてよ!
「トリリン様? ギルマスさん?」
「あ、ごめんねー。トリリン、ちょっと素が出ちゃった。
キミがリュスティーナちゃんだよね?
デュシスで悪辣娘さんとか、チビッ子女王サマとか呼ばれてたコで間違いないかな?」
口調は軽いけれど、目の奥は笑っていない。得体のしれない迫力に呑まれそうになりながらも頷いた。
「……なら良かったよー。これで違ったらトリリン、怒って殺しちゃってたかも。リュスティーナちゃん、少しお話しよう?
あと、さっき失礼をしたと思うこの受付嬢、ラピダって言うんだけどね? コイツは好きにして良いから」
「え? マスター! 何をおっしゃっているのですか!?」
驚いた受付嬢、ラピダさんはトリリンに食って掛かっている。
「ボクの事を何度言ってもトリリンと呼ばない、そんなおバカさんは殺されても良いと思うんだ。と言うか、積極的に苦しめて殺そうね、リュスティーナちゃん」
パチンとウィンクひとつを送られながら、満面の笑みでそう言われた。
デュシスのギルドは比較的普通だったのに、このギルドは随分と混沌としてるなぁ。あ、混沌都市だからそれで良いのか?
「いえ、やりませんから。それよりもお話って?」
「優しいね、リュスティーナちゃん。そんな優しくて悪辣で、荒事にも対応できると、クレフ老を始めとした複数の武闘派マスターに太鼓判を押されているキミに、軽いお願いがあるんだよ。
ねぇ、ちょっとスキュラ殺してきてくんない?」




