93.待て、ニンゲン!!
うーん、いくら考えても、こいつらと一晩とかゴメン被る。ならどうするかだ。強行突破で逃げたら、ジルさんが自由になった後の評価に関わりそうだし。かといって全員殺すのはナンセンスだしな。
「ニンゲン、食事を奪って悪かった。詫びに夕飯はこっちで作ろう。
レイモンド殿、これでよろしいか? 」
オスクロはそう言うと、私に対して軽く頭を下げ、レイモンドさんに確認する。そんなオスクロを怒りの視線で睨む獣人も多い。
「……謝罪は受け入れましょう。ただ、食事はお断りします」
こんな雰囲気のまま、獣人が作った食事を一緒になんて、私のご飯だけ変な物でも入れられたら嫌だ。
「この! コマンダーが誘っているんだ!! 感謝しろ!」
口々に叫ぶ獣人に、ため息しか出ない。人間に何をされたのかは知らないし、知りたくもないけれど、こうはなりたくないね。
「うるさい。私に指図するな」
軽く威嚇して獣人達を黙らせる。さて、嫌いな人とは物理的に距離をあけるのが一番だ。
「レイモンドさん、先程、皆さんはデュシスの北方から、他国へ抜けると教えていただきましたが、これから合流する予定の人員はいますか?」
「な?! レイモンド殿、脱出ルートは極秘のはず!」
オスクロが驚いているけれど無視だ。
「私が知る限りではおりません。境界の森もデュシス北部の山越えも、かなりの危険を伴います。特に今からでしたら、デュシスに着く頃には、雪が降るでしょう。半数、生き残って祖国へ帰れるかどうかかと、予想しております」
淡々と教えてくれるレイモンドさんを見て頷いた。もう、面倒だし、ショートカットさせちゃおう。それなら、今日一晩過ごさなくても良いよね? ジルさんの評価に傷が付くこともないだろう。うん、いいことずくめだ。
「……なら、デュシス近郊の山脈、双樹の森は分かりますか? そこに飛ばします。あとは何とかしてください」
「この小娘は、何を馬鹿なことを言ってるんだ」
「狂ったか?」
「妄言は休み休み言え。これだからニンゲンは……」
「ティナ嬢。それは娘が話していた、貴女の魔法を使っていただけると言うことですかな?」
何となく察したレイモンドさんは、確認してきた。いや、レイモンドさんの娘って誰なんだろう? 七色紋の疫病にかかった人で、私が移転を使える事を知る人なんていたっけか?
「オスクロ殿、移動の準備をなされよ」
私を馬鹿にするばかりで、まったく動く気のない獣人達に対して、レイモンドさんが指示を出した。この部隊で獣人でもないのに、強い発言力を持っているらしく、渋々出発の準備を始めた。
レイモンドさんは準備自体が不要なのか、のんびりとその風景を見ている。
「あの、レイモンドさんの娘さんって何方なんですか?私の魔法のことまで知ってるなんて、少ないはずなんですけど……?」
「お気になさらず。それよりも噂通り、ティナ嬢は優しいですね。あれだけのことをした獣人達を、それでもまだ助けてくださると言うのですから、これを慈悲深いと言わずになんと評しましょうか」
「へ? いや、慈悲深いとか優しいとかじゃなくて、ただ単にこのメンツと一晩過ごすのが嫌なだけです」
また妙な誤解をされそうだからはっきりとそう言った。それをどう解釈したのか、レイモンドさんは微笑ましい生き物をみる、もしくは孫をみる激甘な祖父のような顔をしている。
「ジルベルト殿でしたか? 狼獣人殿、よい主人を持たれましたな。この出会いを大切になされますように」
「ああ、分かっている」
言葉少なくジルさんは宣言すると、ダビデを抱き上げに行ってしまった。ジルさんの接触に合わせて守護結界を解除する。
「レイモンドさん、ジルさんは私に好きで仕えている訳ではないので、そう言ったことは言わないで欲しいです。いつか自由になって、彼の望む所で希望に満ちた人生を歩んでほしいと願っています。
第6境界の森を抜けても、レイモンドさんが道案内をするんですか? ……なら、獣人達の事をお願いします。ジルさんにはとても良くして貰っています。だから私はジルさんの仲間である彼らにも無事に帰還してほしいと思います」
「はは、やはり、ティナ嬢は強くお優しい。普通なら自分に悪意を向ける相手にそんな台詞は出ません。畏まりました、ティナお嬢様がそう仰るのであれば、この『謎多き吟遊詩人』のレイモンド、我が二つ名にかけて最善を尽くしましょう。……ふふ、クレフやスミスが加勢をしたくなるのも分かります。これは、逸材で御座いますね」
最後の方は早口で、聞き取れなかったけれど、クレフおじいちゃんや鍛治屋さんの名前が出ていた気がする。この人、一体何者だ?
「ニンゲン、準備は出来たぞ。さぁ、どうする気だ?」
そう言って私を見つめる獣人達の猜疑心に溢れた視線を浴びる。
「……そのまま動かないでください。ジルさん、どうします?
彼らに同行するなら、最後のチャンスですよ?」
ダビデを背負ったジルさんに、しつこいかもしれないけれど、確認をした。ここで帰った方が楽だと思うんだけどなぁ……?
「無用。
オスクロ、故郷に帰ったら、俺は主を見つけたとだけ伝えてくれ」
ジルさんの別れの挨拶が済んだと同時に、全員を連れ、双樹の森の入り口近くに移転する。いきなり景色変わった景色に驚く獣人達は放って置いて、レイモンドさんに別れの挨拶を送る。
「では、これで。私はデュシスから逃げた身。私のことは口外無用です。レイモンドさんの幸運をお祈りします。
帰ろう、ジルさん」
「待て、ニンゲン!」
私に腕を伸ばすオスクロの慌てた顔を最後に、私たちは第6境界の森へと戻った。
「ただいまー、アルオル、いるー??」
隠れ家の前に移転して、中に声をかける。そのままジルさんと一緒に階段を下りた。
「ハニーバニー? 今日は帰らないと聞いたが、何かあったのかい?」
リビングにオルランドがいて、帰って来た私たちに驚いている。
「あはは、ちょっとね。ジルさん、ダビデをこっちに。今日は私の部屋で寝かせます」
オルに苦笑を向けてから、ジルさんの腕の中で眠るダビデに手を伸ばす。
「おや、ダビデはどうしたんだい?」
ダビデに意識がない事に気がつき、事情を尋ねるオルに、種族進化の事を伝えた。それで私たちが帰って来たのは、意識のないダビデの安全確保の為だと思ったらしく、納得している。
「ダビデが起きたときに、隠れ家のベッドに一人だとビックリすると思いますし、私の部屋で一緒に寝ますね」
「ティナ、ダビデが起きるのは明日の夕方になるだろう。いつもの部屋に今日は寝かせておけばいい。それよりも、沢山魔法を使って疲れているはずだ。夕飯は俺が作る。休んでいてくれ」
「いえ、確かに久々に魔力をそれなりに使いましたけど、まだ余裕です。夕飯、何か希望はありますか? と言っても、私の料理の腕に期待はしないで欲しいですけどね」
「おや、キティ、何があったんだ? 犬ッコロがそんなに暗くなるなんて珍しい。明日は槍でも降るんじゃないか?」
私たちの間に流れる空気がおかしいことに気がついたオルランドが混ぜ返してくる。
「何でもないよ。それよりも、アルはどうしたの? 自室?」
「あぁ、アル様なら久々に訓練をなされると、闘技場に行かれたよ。呼んでくるかい?」
「いや、不要だよ。ならアルに会ったら、私たちが帰っているのを伝えてもらえる? 明日もダビデは寝たままだろうけど、朝から移動するからそのつもりでね。夕飯が出来たら呼ぶから、それまでは自由時間で」
そう言って、ダビデを抱えたジルさんと一緒にリビングを離れた。どうしてもダビデを渡してくれないまま、いつものダビデの部屋に着いた。そのままジルさんは口を開くことなく、そっとダビデをベッドに寝かせた。
「ジルさん、どうしたんですか? さっきからものすごく暗いですけど、何か気になってますか?」
ダビデの部屋から出た所で、我慢しきれずにジルさんに声をかけた。
「いや……」
そう話ながらも、何かを思い悩んでいるようで、ジルさんの表情は冴えない。珍しく歯切れの悪いジルさんをしばし見つめた。
「ジルさん?」
ついつい声がきつくなる。一体どうしたんだろう?
「いや……、ご主人様との約束を守りつつ、どうしたら謝罪できるかと考えていた」
躊躇いながらもジルさんは話し出す。謝罪って?
「体罰を求めない。土下座をしない。それを守りつつ、どうしたらこの後悔を伝えられるだろう。なぁ、ティナ、今回は同居の約束を破っても構わないか?」
はぁ?! ジルさん、どうしたのよ!!
下手したらそのまま廊下で座り込みそうなジルさんを私の部屋まで連れていった。そして、ソファーに掛けるように伝える。二人ともソファーに座って落ち着いた所で、事情聴取だ。アルじゃあるまいし、なんでそんな思考になった。
「ご主人様、今回、俺が獣人達を助けて欲しいと頼んだのは間違いだった。申し訳ない。あの時、俺はご主人様の事を仲間に伝えずに、去るべきだった。
獣人達に使ったポーション代金は、どれだけかかっても必ず支払う。魔法の礼はどうしたらいいか分からない。俺で出来ることがあるなら、何でも言ってくれ。まぁ、俺の立場を考えれば、ご主人様に支払う金銭も行動も、本来は全てご主人様の物なんだが、そこは許してほしい」
一度話始めたら、そこからは流暢に話すジルさんに、言葉を挟めなかった。言い切ったジルさんは相変わらず思い詰めた顔をしている。
「あの、ジルさん、ちょっと聞いてもらえます?」
「なんだ?」
「とりあえず、ご主人様はやめてください。怒りますよ?
それに、今回獣人達を助けたのは、今までアルオルの件や、首輪の件で沢山ジルさんには我慢させちゃってたから、そのお詫びです。お詫びに謝られると困ります。
ジルさんは堂々と、今まで私たちを助けてきた貸しを返して貰ったとでも思っていてください」
いや、今でもジルさんの首に填まっている、高級愛玩女奴隷用の首輪って、見る度にビミョーに良心が痛むんだよ。ジルさんに買い直すって話しても、頑として認めてもらえないし……。
「しかし……」
「シカシもカカシもありません。どうしても気になるなら、仲間がごめんなさいってだけ伝えてもらえれば十分ですよ。あの人たちだって、今まで人間に虐待されてきて、更には逃げる途中だから極限状態なんだろうし、私は気にしません。大丈夫ですよ」
いや、本音を言えば、腹も立ててるし悲しんでもいるけれど、そこはまぁ、私の腹の中に沈めておけばいい。
「仲間がすまない……」
「いえいえ、いつかジルさんが自由になったら、今度は普通に会話できると良いですね。さぁ、これで今回のことは終わりです。ご飯作りますから、キッチンに行きますね」
ジルさんと一緒に、部屋から出る。さて、何を作ろうかな?
久々にこんにゃく抜きの肉じゃがモドキにするか、それとも、シチューにするか。まだ夕飯の時間まで少しあるから、森で何か獲ってこようかな?
そんな風に考えながら、階段を上がる。
その後、可もなく不可もなく仕上がった茶色い夕飯を、アルオル、ジルさん共に文句も言わずに食べてくれた。
私としては、久々の和食モドキだったから、大変満足したんだけどね。




