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91.迷宮都市へ向かおう!(3)

 目の前には、涎を垂らす行儀の悪い駄犬が、体勢を低くして唸っている。


「ジルベルト、ダビデをお願いね」


 後ろにいるジルさんにダビデの護衛を頼んだ。そのまま、武装をローブから軽鎧に変える。髪飾りは革のヘルメットに変化した。


「ティナ?! お前は後衛だろう! 何を考えている!! 戻れ!!」


 そんな切羽詰まったジルさんの警告を無視して、短剣の形のまま腰に差していた武器を抜く。手の中で弄びつつ、ケルベロスを見上げた。


「さぁーてと、少し付き合ってもらいますか」


 おばちゃん、一応、前衛も出来るんだよね。





 3つの頭の内1つが私を食い殺そうと突撃してきた。目を剥き、牙を剥き出しているけれど、そんなのでビビる私ではない。ここに生まれる前の、飛竜戦の迫力を考えたら分かるよね。

 すれ違い様に下から顎を蹴りあげた。


「ギャン!!」


 悲鳴だけは可愛らしい魔物は、驚いた様に私を見ている。まさか自分の脅威となる生き物がいるとは思わなかったんだろう。警戒して低く唸り出した。


「どうしたの? 来ないの? なら、こっちから行くね」


 見つめあっていても仕方ないから、私から仕掛ける。魔法だとすぐに片付いてつまらないかなと思って、物理攻撃を選択した。


 短剣で前足を切り付ける。苦痛に怯むかと思いきや、それで殺さなければ殺されると気がついたのか、先程以上に戦意を高めて襲ってきた。


 右の頭、左の頭、体当たり、後ろ足、繰り出される攻撃をいなしながら、短剣を振るった。微妙に避けきれなくて、多少手傷を追ったが、問題はないだろう。


 苛ついた心のままに、殴ったり殴られたりしていたら、背後から複数の悲鳴が響く。


「グルルル……」


 どうやら近くにいたモンスター達が乱入してきたらしい。護衛役の兵士を中心に、元気なって気力がある人達が迎い討っていた。


「さすが、元戦争捕虜。みんな闘えるんだ……」


 ケルベロスをいなしながら、隙を見て周りを観察する。さっきまでは人間の体に動物の耳や尻尾の姿だったのに、今は腕と頭を獣の姿に変えて、素手と噛みつき攻撃で戦っている。ジルさんはしっかりダビデを護衛してくれているようでなにより。こっちも心配しているらしく、チラチラと視線を寄越している。目があった瞬間に、ニッコリと笑いかけた。


「キャン!!」


 何度目かの交差で、ケルベロスが悲鳴を上げる。

 ようやくスッキリしてきたから、今まで戦っていたケルベロスを改めて見た。


「あ、やり過ぎた。ゴメン」


 3つあった頭の内、ひとつは地面に落ち、もうひとつは撲殺されて力なく頭を下げている。そんな落ちた首に唯一残った頭は、顔を寄せて心配そうに舐めている。そんな健気な事をやられると、後悔が襲ってくるから止めて欲しいわ。モンスターはモンスターらしくしててくれ、マジで。


 普段は動物に優しくって思っている私としては、正気に返ってさっそく後悔に苛まれてしまった。


「……お嬢様!!」


 挙動不審になっていた私の後ろから、小石が飛んでくる。


「ダビデ!!」


 心ここにあらずの私に向かって、ケルベロスが攻撃をしてきたんだろう。偶然にしろ、瞳に当たった小石にキレたケルベロスは、攻撃対象をダビデに変えて飛びかかる。


「ジルさん!!」


 ダビデとケルベロスの間に、ジルさんが立ちはだかった。

 いくらジルさんの装備でも、ケルベロスに体当たりをされれば痛い。とっさに魔法で焼き殺した。


「GruuGAAra!!」


 断末魔の悲鳴を上げて、ケルベロスが倒れる。


「ダビデ! ジルさん! 大丈夫?!」


 ジルさん達の所に駆け寄ったら、久々にアイアンクローで吊り下げられてしまった。


「ジ、ジルさん?! 痛いです!!」


「ご主人様、さっき、何を迷っていた?」


 叱り付けてくるジルさんの顔が、本気で怖い。


「え、なにが?!」


「一体、何を思って、地獄の番犬に手心を加えた? 謝ってただろう!」


「え、いや、少しやり過ぎたかと……。動物虐待は良くないですよね。ごめんなさい」


「何を言っている? あれは魔物だ。()らなければ、こちらが殺られる。息の根を止めるまで手を止めるな。後衛ならば迷っても、前衛がいる。だが、前に出たらそうはいかない。今まではそんな事しなかっただろう。いきなりどうした? 油断した瞬間に、殺し合いには負け、死ぬことになる。しっかりしてくれ」


 最後には瞳を覗き込まれて頼まれる。よっぽど私の戦い方は危なっかしかったんだろう。


「ごめんなさい」


「おい、お前達!」


 オスクロが雑魚と格闘しながら、私たちに呼び掛けた。


 形勢は有利とは言え、空手の獣人達がほとんどだ。手伝った方が良いだろう。私を吊り上げるジルさんの腕に手を添え、苦笑した。


「ごめんなさい、少し迷ったみたいです。虐待がいやなら、一瞬で片をつければいい。やっぱり私は後衛だと言うことです。そうですよね?……魔法で片付けます! 取りこぼしはお願いします!!」


 能力があるのと、前衛が出来るのはやはり話が違うのだろう。私の頭を放してくれたジルさんを背後に従えて、狙いを定める。そのまま、広域破壊呪で勝負を付けた。


 私がやらかした結果に、周りがドン引きしている気がしているけれど、そんなん知るか。デュシスでは出会って30分で喪った親だったけれど、親の友人(クルバさん)がいたし、未成年という不自由な身分だから我慢した。でも、もう、いいよね。特にここ、何処の領土でもない境界の森だし、見ているのは逃走中の獣人だけだし。広まることもないだろう。


「お疲れ様でした。って、アレ、ダビデは?……ダビデ!」


 そう言えば、ダビデの声がしないなと思って、辺りを見渡したら、ジルさんのすぐ後ろにうつ伏せに倒れていた。驚いて一足飛びにダビデの側に戻る。


「え、なんで?! 怪我してないよね? 攻撃されてなかったし!! ダビデ! しっかりして、ダビデ!!」


 仰向けに抱き直し、両肩を揺さぶる。


「ニンゲン! 落ち着け!! そいつは種族進化中だ。無理に起こすな!! コボルドの種族進化など、久々に見るな」


 慌てる私に、自分の目の前にいた魔物のドロップ品を拾って歩いてきたオスクロはそう話す。


「種族進化?」


「あぁ、進化の眠りだ。コイツはハイ・コボルドか? なら次は職業コボルドだな」


 ダビデを覗き込みながら、オスクロは私に手に持っていたドロップ品を落としながらそう言った。


「職業コボルド?」


「職業についたハイ・コボルドでごさいますね。ティナ嬢、先程の戦い、お見事で御座いました」


 燕尾服のレイモンドさんが、楽器を片手に歩み寄る。


「お恥ずかしい所をお見せして……」


「いえいえ、お見事で御座いました。まさか深層のボスレベルである地獄の番犬をお一人で狩りきるとは……。娘から聞いていた通り、規格外の強さですね」


 ニコリと笑いながら、楽器の弦を弾いた。軽快で勇ましいフレーズが森に響いた。


「え、娘?」


「いえいえ、お気になさらず。それよりも、ダビデ殿でしたかな? コボルドの三段階目ですね。弓士(アーチャー)や、兵士(ソルジャー)が有名ですが、珍しいところではニンジャになるものもいると聞きます。

 その時一番適正がある職業につくはずですが、何になると思われますかな?」


 気になる単語を聞いて、聞き返したけれど曖昧に笑われて、話題をそらされた。


「ご主人様、ダビデをこちらへ」


 ジルさんは恐る恐る集まってきた獣人たちを睨みながら、私に向かって手を伸ばす。


「大丈夫ですよ。とりあえず、ジルさんに頼まれたことは終わりましたし、帰りましょうか。オスクロさん、これで失礼しますね」


「待て。それは許可できない」


 ダビデをおぶって去ろうとしたら、オスクロが前に立ちはだかった。私たちを囲む、獣人達の環も狭まっている。


「……何故?」


 戦闘モードにスイッチを切り替えつつ、オスクロに尋ねる。


「我々がここにいる事を知られた。ただで帰すわけにはいかない」


「ジルさん?」


 どうするのかと尋ねるつもりで、名前を呼んだ。


「ご主人様に手を出すつもりか? さっきの約束はどうなる?」


「ジルベルト、確かにそのニンゲンに会う前は、何もせずに帰す約束をした。だが、そのニンゲンの実力を見てしまっては、そうも言ってはいられない。

 先程使ったポーションもなんだ。あの数だ。どうして成人前後の若いニンゲンが持っている? その上、その強さだ。野にいれば脅威になる。同行してもらおうか」


 うーん、確かに相手の立場に立てば、一理有るのかもしれないけれど、ただの善意の民間人である私からみたら、勝手な言い分だよね。これは、物理でどうにかしてでも、逃げるべきかな?

 ジルさんのお仲間に止めを刺すと哀しまれそうだから、そこだけは気を付けよう。


 さて、何処から攻撃しようかな? と考えていたら、レイモンドさんが楽器を爪弾きながら語りかけ始めた。


『オスクロ殿、皆様、冷静になってくださいませ。

 ティナ嬢が本気になれば、我々全員を殺すことなど簡単でしょう。それでは本末転倒。今夜一晩、ティナ嬢とお連れの方々には、我々と過ごしていただきましょう。我々は明日、北へ向けて旅立ちます。この深い森です。一度別れれば、再び出会うのは困難。それでよいではありませんか』


 魔力が宿った声音で独特の曲に乗せて、レイモンドは獣人達に語りかけている。


「レイモンドさん?」


「シッ、静かに。呪言歌だ。変形させて言葉自体に力を持たせている。……あの老人、何者だ?」


 しばらく、レイモンドさんとオスクロが話していて、翌日私達と別れることに同意したようだ。囲んでいた獣人達が散会して、野営の準備をし始める。その中で、森との境目に穴を堀始めた人達もいた。


「ニンゲン、さっきは悪かったな。だが、お前の脅威がなくなった訳ではない。悪いが明日までは拘束させてもらう」


「オスクロ! ティナに手を出すなら、俺が相手になるぞ」


「ジルベルト、一体どうしたと言うんだ。お前だって戦争奴隷として、このニンゲンに買われたんだろう? 明日、俺達と来れば、お前だって自由になれる。何をそんなに怒っている」


 あ、確かに、ジルさんはこの人達と一緒に行った方がいいね。わざわざダンジョンに潜って、危険な目に合わなくても自由になれるんだし。


「不要だ。俺はティナと約束した。迷宮都市の攻略報酬で自由になるとな。そこまで仕えると決めている。同行はしない」


 え? いや、そんな義理堅いこと言わなくて良いよ。それよりも、獣人なら大丈夫ってことならついでにダビデも頼んでしまおうかな。その方が、同じ種族と一緒にいられるだろうし。


「あの、ジルさん。そんなに堅く考えなくていいですよ。それよりも、もしジルさんが行くなら、ダビデも一緒にお願いします。同じ獣人だから」


「ハッ?! 同じ獣人だと? 我々と犬妖精がか?」


「ティナ、我々の国でも、コボルドは種族奴隷だ。ダビデを連れていけば、転売されることになる。

 なぁ、俺が同行しては駄目なのか? ご主人様の邪魔になっているのか?」


 私が途中まで話したら、オスクロとジルさん双方から、間髪入れずにツッコミが入った。


「え、いや、邪魔って訳では……。でも、早く自由になれた方が良いでしょう? 遠慮は要りませんよ」


「いや、良いんだ。俺は狼獣人。受けた恩は返す。

 オスクロ、明日、俺が同行することはない」


「チッ! 後悔しても知らんぞ。

 ふん、時間切れだ。もういい。ニンゲン、大人しくしていろ」


 オスクロは最後に私にそう釘を刺すと、さっき穴を掘っていた辺りに進む。地面を見れば、布をかけられた盛り上がりがある。


「え?」


「あぁ、さっきの魔物との戦闘の犠牲者だ。

 ここから、祖国まで持っていくことは難しい。森に返すんだろう」


 ジルさんが静かにそう言うと、私の視線を逸らすように肩に手を当てて、押してきた。


「え……、私が魔法を使うのを遅れたから」


「違う。最初の激突で死んだ。ご主人様は気にしなくて良い。ほら、ダビデをこっちに」


 布で包まれたそれは、丁重に浅く掘られた穴の中に入れられる。レイモンドさんがその傍らで、もの悲しい曲を奏で始めた。獣人達がみんな集まってきた。


「人の縁は 巡り廻る

 その魂も また同じ

 我らが友を ここに送らん


 その身は大地に

 思いは空に

 魂は輪廻の環へと


 汝の想いは 我らが受け継がん

 慈悲深き神子姫よ

 我らを統べし至高神よ

 どうか慈悲を持ち 彼らに安寧を」


 オスクロが読み上げる詩を聞きながら、獣人達は微動だにせず立っている。そして詩が終わると、厳粛な雰囲気のまま獣人達が頭を下げた。それぞれ墓に向かい一礼して、葬儀が終わったらしい。また、作業を再開している。


「ジルさん、お願いがあります。獣人達の目を盗んで、アルオルに連絡を取ってください。今日は帰れないから食事は各自自由に取るように。それと、明日には帰るから心配しないでと伝えて下さい。可能ですか?」


「あ、あぁ、分かった。ご主人様よりは俺の方が目立たない。アルオルに伝えてくる。だが、護衛はどうする?」


「不要ですよ。大丈夫、大人しくしてます。さぁ、行って下さい」


 心配するジルさんを送り出して、ため息をつく。


 参ったなぁ。私が遊んでいたせいで、死人が出たかも知れないのか……。


 そう考えて自己嫌悪に沈んでいたら、レイモンドさんが近づいてきていた。


「ティナ嬢、先程は獣人達が大変な失礼を致しました。変わって謝罪致します。

 ……少しお話をさせていただいても宜しいですかな?」


 眠るダビデの顔を見て、優しく微笑みながら、吟遊詩人のレイモンドさんは燕尾服が汚れるのも厭わずに、私の目の前、地面に直に腰を下ろした。



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