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90.迷宮都市へ向かおう!(2)

 ジルさんが跪いて私に頭を下げたら、カルカラ族?のジルさんのお友達がキレた。


 今、私が置かれた状況を端的にまとめるとそうなる。


「……ッ、ゲホッ、すみません、ちょっと苦しいので、放して貰えませんか?」


 出来るだけ冷静に優しく頼む。野性動物相手に、怯えを見せるのは悪手だ。本当は殴り倒したいけれど、2回もジルさんに攻撃しないで欲しいって頼まれちゃったからなぁ。


 私の首を持ち持ち上げている青年の腕に手を添える。同じ高さになった視線の先には猫化っぽい三角形の耳がある。先端から生えている黒い飾り気が風に靡いている。こんな状況でなんだけど、触りたい。


 横目で残りのメンバーを確認したら、アルオルは隙を窺い、ダビデはパニック中だ。何もするなと視線に込めて、指示を出す。


「止めろ! オスクロ! ティナに手を出すな!!」


 ジルさんは立ち上がりつつ再度獣相化し、低く威嚇の唸り声を上げている。


「ジル! お前、このニンゲンに何をされたんだ?! お前が膝を屈するなど、余程の事だろう? 安心しろ、すぐにこのニンゲンをくびり殺してやる。そうすれば、お前だって自由になれる!」


 ー……んー、くびり殺されるのはイヤだなぁ。そろそろ反撃してもいいかしら?


「オスクロ! ティナには何もされていない!

 それどころか、拷問にあった際の古傷や、戯れに焼き潰された俺の目を治してくれた! 隷属魔法で死にかけていた俺を助けてくれたのもティナだ!!

 なぁ、オスクロ、ティナを放せ。ご主人様ならば、この先にいる仲間を助けることが出来るかもしれない」


 私の急所(くび)を握るオスクロをこれ以上刺激しないためか、最後まで攻撃性は出さずに穏やかに話している。


 目の前が暗くなってきた。これで駄目なら反撃しよう。


「……ッ、ゲッホ!」


 突然腕を離されて、地面に尻餅をつく。そのまま、自由になった呼吸を求めて、忙しなく息をした。


「あー……ビックリした」


「グッ!」


 ようやく落ち着いて、声が出るようになったら、至近距離か押し殺した悲鳴が聞こえる。


「ティナ、申し訳ない」


 オスクロを地面に押し付けたまま、ジルさんはそう謝った。アルオルも持っていた武器を抜いて威嚇している。


「殺しますか?」


 聞いたこともないような冷たい声音で、オルランドはそう言うと押さえつけられたままの、オスクロの首に鎌を寄せる。


「オル、やめて。

 ジルさん、何が起きてるの? 説明!!」


 オスクロを押さえた姿勢のまま、ジルさんは言葉少なに話し出した。


「この先に、仲間の部隊がいた。囚われた獣人の救出を目的とする特殊部隊だ。

 最初は隷属魔法の使い手もいたが殺されたらしい。救い出された戦友(なかま)たちが苦しんでいる。ご主人様ならば何とか出来るかもしれないと思った。どうか、助けて欲しい」


「ジルベルト、ティナ様に牙を向いた獣人を助けろと、どの口が言うのですか?」


 珍しく怒った声でアルがそう話す。ダビデも思っていることは同じようで、オスクロに向けて震える手で解体用包丁(ぶき)を握りしめ睨んでいる。


「ティナ、頼む」


 周囲の非難を受けてもジルさんの意思は変わらないようで、真っ直ぐに私を見つめている。


「……仕方ないな。アルオル、武器を引きなさい。ダビデ、大丈夫だからね。恐かったね、驚いたね。大丈夫、大丈夫」


 アルオルには武器を仕舞うように言い、ダビデには近づいて頭を撫でた。そのうちに落ち着いてきたらしく、ダビデの腕から力が抜けた。


「包丁は仕舞おうね。ダビデ、出来たらお料理で使うもので、戦うのはやめようね」


 何と言うか、武器と調理器具は区別して欲しい。


「あ、はい。ティナお嬢様、ごめんなさい」


「ジルさん、オスクロさんを離してください」


 謝るダビデの頭をもう一度撫でてから、ジルさんに指示を出す。ウチの同居人たちが油断なく囲んでいるから、私への攻撃は諦めたようだ。


「えーっと、オスクロさん、私は獣人(みなさん)に対する悪意も害意もありません。ついでに言うと、興味もあんまりないです」


 ー……そのモケモケの耳と尻尾以外は。


「でも、お世話になっているジルさんのお願いだから、私に出来ることはします。案内してもらえますか?」


「ティナ……すまない」


「どういたしまして。アルオルの件や、首輪の時とかいっぱい負担かけちゃいましたから、こんな時くらいは手伝いますよ。って、あ、マズイかな。

 アルオル、二人は隠れ家を出すから、そこで待機ね」


 危ない。救出された獣人ってことは、この国の貴族だったアルに良い感情を持ってるはずないから、連れていかない方が無難だわ。


「ティナ様?!」


「ハニー・バニー?!」


 アルオルがクレームを入れてくるけれど、首を振って否定した。


「獣人の人達なら、人間は嫌いでしょ? 刺激しないためには、私ひとりの方がいいよ。いっそのこと幻影でも纏って、獣人に見えるようにしようかな?」


「あの、ティナお嬢様、獣人なら匂いでバレます」


「そうなの? なら無駄なことは止めようか。ダビデも危ないから待っててね」


「イヤです。ボクはコボルドです。獣人の人達の中に入っても問題はありません。お守り致します!」


 危ないところにダビデを連れていきたくないから、待っているように頼んだけれど、即拒否された。


「ニンゲン、早くしろ」


 揉めている私たちを見て、オスクロが急かしてくる。いや、揉める原因を作ったのはあんただから。


「オスクロ、失礼な口は叩くな」


「ふん、ニンゲンに捕らわれて、牙を失った狼に何が出来る?

 この恥さらしの犬め」


 ジルさんに殴られて切れた口元を拭いながら、オスクロは馬鹿にしたようにそう言う。ジルさんは怒りに牙を剥いたけれど、何とか自制した様で低く唸り声を上げるだけだ。


「ジルベルトを悪く言うことは許さない。この人は、誇りを失ってはいないし、牙もそのままだ。誇り高き狼獣人。私の大切な同居人。目的を同じくする仲間。

 分かったら、私の助勢を必要とするあんたの仲間の所に案内しなさい」


 流石に少しイラッとして、殺気混じりに脅しつけた。長い尻尾の毛が逆立っている。


「あ、あぁ、こっちだ」


 私の殺気に当てられたのか、急に大人しくなったオスクロはそう言うと、先頭に立って藪の中に入っていった。


 手早くその場に隠れ家を設置して、アルオルに待つように言うと、私たちも後を追った。






 しばらく藪をかき分けて歩き、広い場所に出る。目の前には地面に横たわる多種多様な獣人たちと、その獣人を護衛する少数の獣人兵士がいる。


「おや、お客様ですか?」


 青空野戦病院を思わせる風景に絶句していたら、横手から美声が響いた。驚いてそちらを見ると、燕尾服に白手袋を付け、袋の口から楽器の頭だけを覗かせた美形なおじいちゃんがいた。


 ピンと伸びた背筋と、オールバックの髪型も似合っていて格好いい。


「……え、燕尾服?」


 深層に近い森に、純白の手袋、一抱えほどの前世のアイリッシュハープに似た楽器を持つおじいちゃん。この場所にいるのに、大変な違和感を感じる。


「おや、お嬢様。燕尾服をご存じですか? 博識でいらっしゃいますね。

 私は吟遊詩人のレイモンドと申します。どうぞお見知りおき下さい」


 仰々しい身振りで挨拶をする、レイモンドおじいさんに私も挨拶を返す。


「冒険者のティナ……リュスティーナと言います。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言えば偽名を名乗る必要もなくなったんだと思って、本名を名乗った。


「ニンゲン、早くしろ。レイモンド殿、こんな下等種族と会話をする必要はない」


 私をここまで案内してきたオスクロが急かしてくる。


「ジルさん、落ち着いて。

 さて、では何が出来るか見てみようか。護衛よろしくお願いします」


 またジルさんが獣相化したから、宥めて横たわる人影に向かう。熊、犬、猫、豹、栗鼠、ネズミ……ここは動物園かいって言いたくなるほど多種多様な獣人が地面に寝ている。みんなそれぞれに酷い怪我をしており、衰弱も激しい。


「ヒッ?! ニンゲン!!」


 何とか意識がある人達の中には、私を見て不自由なその体を引き摺り、逃げようとする人も多い。逆に、攻撃してくる人もいたけれど、それはジルさんに押さえられていた。


 護衛役の兵士たちも、私の方を苦々しく見ている。そんな針のむしろのような空間に、逃げ去りたくなりながらも鑑定を行った。


 ー……一番多い状態異常は、衰弱。次に多いのは部位欠損。隷属魔法の発動も多い。初級なら私が解除できる。中級ならば、とりあえず発動しないように押さえられる。上級は……まぁ、条件変化で、味方獣人の隷属魔法の使い手がいる場所まで持つようにすればいい。……あ、あの人、呪印がある。あの人には昔アルオルに使った強制キャンセルの膏薬を使えば良いか。


 ざっとどの順番で治癒を行うか決めて、気合いを入れた。


「ダビデ、私たちから離れないでね。ジルさん、私かダビデの2択なら、ダビデの護衛を優先してください。始めます」


 マジックバックから霊薬(ポーション)を取り出し、問答無用でかける。身体が回復したことにより強化された、隷属魔法の責めは私が持つ初級隷属魔法で上書きした。


 元気になった途端に襲ってくる人もいた。感謝して欲しいとは思わないけれど、物資を渡し、苦手な隷属魔法を使ってまで助けているのに、攻撃されるのは納得出来ない。


 本当であれば全てを放棄して帰りたいけれど、他ならぬジルさんの頼みだ。ジルさんが今まで我慢してくれた分は私も我慢しないといけないと、自分を律して、なんとか全員の治療を終える。


「コマンダー!! 接敵確認!」


 やれやれ、ようやく終わった、さあ、帰ろうと思っていたら、斥候に出ていたらしい獣人のひとりがオスクロに向かって走ってきつつ叫んだ。


 その声と前後して、森の木が揺れ、三頭の犬が森の間から顔を覗かせる。


「地獄の番犬!!」


 元気になった獣人達から悲鳴が漏れる。


 おや、長男(ケルベロス)だ。スカルマッシャーさん達と出会ったときは次男(オルトロス)だったな。第6境界の森は、犬系モンスター天国なのかしら?


 三々五々、必死に逃げる獣人達を尻目に、私は呑気にそんなことを考えていた。


「くそ、ここはあいつのテリトリーかよ。だからこんな空間があったのか?!

 負傷者を逃がせ! 俺は時間を稼ぐ!!」


 決死の顔で、部下達にそう指示を出すオスクロの顔を仰ぎ見た。


「あれ、貰っても良いですか?」


 私を確保して逃げようとしていたジルさんの動きが止まる。


「ティナ?」


「オスクロ、アレ、貰っても構いませんか?」


 そんなジルさんは無視して、驚いて反応できないオスクロに再度尋ねた。


「……あ、あぁ、ニンゲン。好きにしろ」


 私の意図は分からないまでも、頷くオスクロに、ニヤリと笑った。我慢はしていたけれど、怒ってない訳ではない。八つ当たりに付き合ってもらおう。


「ジルさん、腕を放して? ……ジルベルト、離しなさい」


 頼んでも放してもらえない所か、拘束が強くなったから、命令した。それで渋々腕を離される。


 さぁてと、すこーしストレス解消に付き合ってもらいましょうか? 目玉お化けと同じレア度を誇るボス級モンスターだもんね。歯応えあるよね?


 準備運動に首を回しつつ、私は自分のテリトリーを侵され、怒り狂い涎を垂らす、ケルベロスを睨み付けた。




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