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89.迷宮都市へ向かおう!(1)

 デュシスにいきなり現れたドラゴンから逃げる為に、私が知る最も遠い地点に移転した。

 そう、実家だ。


「ビックリした……」


 まだ心臓の鼓動が早い。何だったんだ。あれは。何でドラゴンに乗った騎士に強制連行されにゃならんのだ。ただ、あのアンナさんの迫力じゃ、嘘ついてるって風もないし、逃げた方がいいんだろうなぁ。


「あの、ティナお嬢様、ここは何処ですか?」


 キョロキョロと周囲を確認しながら、ダビデが尋ねてくる。


「ん? 実家だよ。私が生まれた場所。咄嗟にデュシスから遠くて、かつ人がいなくて安全なところってここしか思い付かなかったんだ」


 入る? と問いかけながら、坩堝さんたちを匿った時より、もう少し傷んできている家の中に招き入れた。


 あ、左の隅の天井、雨漏りしてる。空気もカビ臭いなぁ。住まないと家って痛むんだよね。でも、野生生物の巣になってないだけ、まだましかな? 次に来ることがあったら、廃墟かな? それは悲しいけど致し方ないと思わなくてはならないのだろう。


「汚れてるけど、嫌じゃなかったら適当に座ってね。

 ここは、第6境界の森だよ」


「え、第6? そこは邪気が強くなりすぎ、廃棄されたはず。今では腕自慢の冒険者が時折入る位で、人が住める状況ではないと聞いておりましたが」


 流石に元貴族。国土の事は詳しいね。

 うん、ウチの親の不法占拠だから。ただ、そうも言えないから、曖昧に笑った。


「少しだけ待ってて貰える? せっかく来たから、成人の報告と出発の挨拶をしてくるよ」


 そう言って席を立って、家の脇に立つ、墓石変わりの武器の残骸の前に立った。


 ー……ヴィアさん、お母さん、貴女は全てを知っても、あの時私を抱き締めてくれたんですね。


 ー……フェーヤさん、お父さん、何も知らされなかったお父さん。王族だって教えてくれなかったから、おあいこかな?


「……どうか、許してください」


 ー……貴方がたの娘として生まれてしまって。助けられなくて。そして、神殿で正式に弔うことも出来なくて。


「どうかお許し下さい」


 しゃがみこんで手を合わせ頭を下げた。


「ティナ……」


 真後ろから聞きなれた声がして驚く。顔を上げて振り返ったら、そこには同居人達が勢揃いしていた。


「あ、ごめんね。待たせた。

 さぁ、アンナさんに貰った地図で、位置は分かるかな?

 迷宮都市国家連合、混沌都市に向かおう!! 目指せ! 自由!!」


 わざと明るく言ったら、少し待てと言われてしまった。そのまま、ジルさんとダビデは、両親の墓の前に立つ。


「あの、ボクはダビデと言います。お嬢様、娘さんに助けられて、本当に感謝してます。あの、その、ありがとうございました」


「どうか、安らかに。

 人の縁は 巡り 廻る。

 我 狼獣人 ジルベルト。

 貴方達のご息女に助けられて、今、命を繋いでいます。

 この出会いに感謝を」


 静かに瞑目するジルさんとダビデの後ろで、アルオルも目礼していた。


「そう言えば、ご主人様のご両親の名前は何と仰るのですか?」


 しばらくしんみりとしていたら、アルが爆弾を投げつけてきた。いや、話したら不味いよね。異端落ちしたとは言え、アルもゲリエの国の貴族だったし。王家の義務から逃げた男の娘だなんて話したら、面倒事の予感しかしないよ!!


 困って挙動不審になっていたら、ジルさんが助け船を出してくれた。


「黙れ、アル。ご主人様は前に仰ったはずだぞ。自由になったら、その時は教えてくださると、それを忘れたか?」


「あー、ジルさん、怒んないで。アル、悪いけど、両親の名前は言わないよ。そのうちバレるかも知れないけど、それでも私から話すまでは知らないフリをしていてくれないかな?」


 分かりましたと全員が頷いたところで、デュシスで買い込んできた品物の確認となった。全員、目的の物は買えていた様で、なにより。ただね、オル、その酒の量は一体何?!


「オル、これ、本当に全部飲む気?」


 目の前に広げられた酒瓶の林を指差して、問いかける。


「いや、ハニー・バニーも大人になったし、飲むかな思ってね」


 色気がある微笑みを久々に浮かべながら、酒瓶を振って見せる。


「いや、飲まないから。体質は変わらないから。無理だから」


「残念だな」


 はぁ、まったく、オルはブレない。

 出会った頃からまったく変わらないオルに、苦笑を向けた。


「さて、ここから混沌都市に向かうには、どうすればいいのか分かる?」


「第6境界の森を突っ切るのが一番早いが危険です。街道に出て、道沿いに向かうべきでしょう」


「アル様。追っ手が来たらどうなさるのですか? 相手はドラゴンを駆るのです。この距離でも逃げ切ったとは言えない。

 今日一日だけでもここを抜けた方が安全ではありませんか?」


「しかし、それで万一誰かが怪我でもしたらどうする気だ?

 確かに、大回りになる街道よりも、境界の森を抜けた方が距離は近い。だが、魔物は強く、人が入らなくなったダンジョンだ。空でも飛ばない限りは、かなりキツいぞ」


 旅馴れたメンバーで、旅程の検討に入ったようだ。ダビデと私は静かに結論が出るのを待つ。まぁ、ここで育った事になっている私の記憶からしたら、このメンバーなら突っ切れると思うんだけどね。深部はウチの親に絶対に近づくなと言われたから謎だけど、深層を掠めるように走り抜けるのは可能だと思う。


「あ、ジルさんストップ。空飛べるよ?

 ほら、レジャーシート」


 昨日使ったばかりのレジャーシートと名付けた布を取り出した。絨毯で作りたかった、空飛ぶ布だ。私が余裕で寝転がれるくらいの広さはある。少し狭いが、全員問題なく乗れるだろう余計な荷物はアイテムボックスにでも仕舞っておけばいいさ。


「それが空を飛ぶのは知っている。だが、ティナが魔法をかけて飛ばしているのだろう? 我々全員分の負担は掛けさせられない」


 首を振って否定するジルさんに、笑いかけた。


「大した負担じゃないですよ。それに、空を飛ぶ間は、認識阻害と、防御結界を併用しますから戦いにはならないと思います。もし空中戦になったら、その時はよろしくです。深層を掠める様に飛べば大して危険はないと思います」


 話し合いの結果、空を飛んで行くことになった。ただし今日はもうすぐ日が暮れる。私の残存魔力を心配されて、明日の早朝、ここを発つことにした。


「あの! お嬢様、今日はどちらで休むのですか? ご実家ですか? いつものお家ですか?!」


「え、あぁ、掃除も面倒だし、隠れ家を出すよ。夜になるし、明日は早くから移動したいから、夕飯は簡単なものにしようね」


 身を乗り出して聞いてきたダビデにそう言ったら、目に見えて凹んでしまった。


「え……頑張って大急ぎで作りますから、少しだけお夕飯をお待ちいただけませんか?」


「まぁ、良いけど……?」


 その時は何でだろうなーと思っただけだったけれど、夕飯の時に分かった。


 リビングのテーブルの上に、所狭しと並べられたご馳走。普段、ダビデはイマイチ苦手だと言って使わない出汁を使った煮物もある。


「「「「成人おめでとうございます」」」」


「まぁ、お前らしく、ドタバタとした成人だったが、おめでとう」


「ティナお嬢様、成人おめでとうございます。これからも、よろしくお願いします」


「ティナ様、ご成人のお祝いを申し上げます」


「リトルキャット。これで成人だね。本当の意味で大人になりたくなったら、声をかけてくれ」


「オル!!」


 ウィンクひとつを寄越しながら口説き文句を言うオルを、ジルさんがツッコミスリッパで殴るまでが一連の流れだ。


「………あ、え、ありがと」


 まさか祝って貰えるとは思わなかったから、言葉少なくお礼を言う。あ、ヤバい。視界が潤んできてる……。


「……お嬢様! ごめんなさい、ボクらがお祝いをするより、デュシスの皆様と祝われた方が良かったですよね。急に出発のする事になったし、時間もなかったので、こんな物しか作れなくて。

 あの、お出汁の煮物はオルさんが作ってくれました。だから、美味しいですよ?

 ……泣かないでください、お嬢様、どうか泣かないで」


 潤んだ視線のまま首を振る。子供に誕生日のお祝いを貰って泣く親の気持ちが何となくだけど分かったよ。こんなに嬉しいものなんだね。


「違うの。まさか、みんなに祝って貰えるとは思ってなかったから……。ごめん、少し待って。お腹減ったよね」


 瞼を乱暴に袖で拭く。そして、改めてお礼を言って、食事を始めた。







「さぁ、迷宮都市へ向けて、しゅっぱーつ!

 少し揺れるから、安定するまで立たないでね!!」


 翌日早朝、夜明けと同時に、空飛ぶ布に全員が乗り込み、空へと浮かび上がった。


 昨日からお弁当の作成でおそらくほとんど寝ていないダビデは眠そうだ。案の定、安定して飛び始めると船を漕ぎ始めた。


「ジルさん、ごめんなさい。ダビデが寝そうだから、中央に。

 アルオル、そんなに身を乗り出すと危ないよ?」


 時々着陸してトイレ休憩を挟みつつ、順調に境界の森上空を進む。ごく稀に、魔物との遭遇もあったが、問題なく片付けた。


 そんな風に距離を稼いで、昼前、前方の森に切れ目を見つける。


「お、丁度いい。ジルさん、ダビデを起こしてください。

 降りてご飯にしましょう。このペースで行けば、明日には境界の森を抜けられるでしょう。……? あれ??」


 スキルで表示される境界の森の広域マップと、アンナさんから貰った地図を見比べながら、昼御飯を食べられる場所を探し高度を下げた所でそれを見つけた。


「ハニー・バニー?」


 私の疑問の声を受けて、アルオルは周囲を警戒し始める。ジルさんは私の頼みの通り、けれども少し乱暴に、ダビデを揺さぶり起こしていた。


「マップに反応がある。何でこんな奥地に、人、それも複数の中立反応があるの?」


 結界を強化して、高度を更に落とす。


「この気配は……」


 ジルさんが耳と尻尾をこれ以上ないくらい立てて、気配を探っている。寝ぼけ眼のダビデは私たちのそんな雰囲気に飲まれている。


「ティナお嬢様! あちらを! ッ!」


 アルが何かに気がついて、森の切れ目を指差した。それと同時に陽光を反射して、何かが高速で飛んで来る。反射的にアルは顔を庇ったが、結界を突破する事は出来ずに、それは弾かれて落ちていった。


「矢?!」


「襲撃かッ?!」


「あっちだ!!」


 空飛ぶ布の上がにわかに騒がしくなった。

 スキルで敵の位置は確認できるとはいえ、空中では良い的だ。


「ジルさん、アルオル! 着陸するよ!!

 下には魔物もいるけど、さっきまで中立だった反応もある!

 防御優先! 敵の正体を確認するのが先決! 追っ手ならば、逃げる!!」


 私自身もオススメシリーズの武器を取り出して、抜き身を構える。今回は密集した森林での戦闘が予想される。弓や長剣よりも、短剣の方が使い勝手がいいだろう。


「あ、お嬢様! あそこに誰かいます!!」


 武器は抜かずに、小さくなって周りを観察していたダビデは、視界が通る場所にいた、敵を見つけて指差した。


 確かに、狩人のような格好をした人影が見える。一発、牽制で魔法を投げつけようかな?


「やはり、この匂いは……」


 ジルさんは何かに気がついたのか、布の上で立ち上がった。


「ティナ! 頼む、攻撃しないでくれ!

 説得してくる!!」


 そう言うとジルさんは獣相化して、布から飛び降りてしまう。まだ高度があって怪我をしかねないから焦ったが、近くの木の枝に着地して、朗々とした遠吠えを辺りに響かせた。


「おや、良い声だ」


「ホントだね」


 呑気なオルの感想に合いの手を入れてしまう程度には、良い声だった。深い原生林の何処までも広がるように、よく響いていた。

 そして、ジルさんは木々の間を滑り降り、地上に降りると走り去った。




 ジルさんが向かった先の敵対反応は徐々に中立を示す、黄色に戻っていく。結構時間は経っているけれど、さっぱりジルさんは帰ってこなかった。


「……何が起きてるんだろう?」


「えっと、お嬢様、あの、獣人の匂いがします」


「それは、ジルがいるから当然だろう? 何を言ってるんだい?」


 遠慮がちに口を開いたダビデに対して、アルがツッコミを入れている。


「いえ、アル様。ジルさんじゃなくて、別の……」


 そう、ダビデが言いかけた時だった。正面の薮が揺れる。

 武器を構え直すアルオルを制して、声をかけた。


「ジルさん、戻ってきたんですか?

 どうして突然走り出したか教えて下さいよー」


 出来るだけ軽い口調で藪に声をかける。マップにはジルさんの反応と、もうひとつ中立反応があった。何があったのやら。やれやれ、また面倒事の予感がするよ。


「ティナ、すまんが頼みがある。出ていくが、驚かないでくれ。

 攻撃もしないで欲しい」


 そう前置きをして出てきた獣相のままのジルさんの後ろから、尖った耳の先に飾り毛をつけた青年が現れた。


「カラカル族の戦友(とも)だ。ご主人様、どうか、お慈悲を。仲間を助けて欲しい」


 藪から出てきたジルさんは、跪いて頭を下げた。



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