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87.デュシスからの旅立ち

 下に降りたら、アンナさんとマリアンヌ、それに顔見知りの冒険者達が待っていてくれて、口々に私に祝福を伝える。中には、本当に未成年だったのかと言う人達もいた。


「ティナ、顔色悪いよ? お父さんに何か言われたの?」


 未だにウチの父親の出生の衝撃から立ち直っていなかったせいか、マリアンヌに心配されてしまった。


「大丈夫だよー。アンナさん、冒険者カードは出来上がりましたか?」


 アンナさんも心配そうに私を見ていたけれど、そう聞いたら、カウンターから1枚の銀色のカードを出してきた。


「おい、銀だ」


「あぁ、銀だ」


 そのカードの色を見て、周囲の冒険者達はざわめいている。


「ティナ、貴女の本登録のカードはこれよ。紛失すると再発行に金貨1枚かかるから、気をつけてね。

 デュシスの冒険者ギルドは、未成年冒険者ティナの本登録にあたり、ティナをランクBに上げます。本来ならばAでもおかしくはないのだけど、Aランク昇格には複数のギルドマスターもしくはマスター経験者の推薦と、各国にある中央ギルドでの試験が必要になるのよ。だから、ごめんなさいね」


 高らかにアンナさんは私のBランク昇格を宣言した。居合わせた冒険者達は、拍手と足踏み、そして鎧に武器を打ち付ける等々して、祝福してくれる。


「え、あの、いきなりB? 私はDだったはずですよ」


 面食らってアンナさんに確認していたら、周囲の冒険者達が野次を飛ばす。


「あのなー、悪辣娘。お前がDなら俺たちはどうなるんだよ!」


「チビッ子女王サマ、自分がデュシスでやったことを思い出せ」


「嫌味か?」


「非常識娘が、ムカつくぜ!」


 けっこうキツイ内容を言われているけれど、みんな顔は笑っている。


「つまりはそう言うことよ。ティナが上がらないと周りに示しがつかないわ。ほら、受け取って!

 この後、お祝いもしたいけれど、ティナはまだ神殿に詣でてないんでしょ? 成人の報告は大事だから、行った方がいいわ」


 クルバさんにも言われたけれど、アンナさんにもまた神殿に詣でる様に言われた。聞けば、この世界は魔物が闊歩していたり、戦争や疫病もある。成人まで生きられるのが当然ではないから、節目節目で、神様にお礼を言う風習があるらしい。


「なら、一応行きますね。市場の先にあるし、ついでに寄ります」


 近々お祝いの席を設けるから、必ず来るようにと言われて、ギルドを後にした。



 ギルドから外に出ると、さっきの騒ぎが外まで聞こえていた様で、道行く住人達が冒険者ギルドを眺めている。注目を集めるのは嫌だから、さっさと横道に入って人目を避けた。


「ダビデ、買い物は何がしたいの?

 中央市場でいいのかな? それとも貴族街のお店に行く?」


 前後に誰もいないことを確認してから、ダビデに話しかけた。私の少し後ろをダビデやジルさん達が歩いている。


「お嬢様、何故、教えてくださらなかったのですか?」


 力なくダビデに問いかけられて振り向いた。おう、耳がへたって、忙しなく舌が鼻先を舐めている。


「ん? 大したことじゃないから。……あ、ゴメン、そうだよね。ジルさんやダビデとの約束を果たせるようになるって、報告しないと駄目だったよね。

 隠してた訳じゃないの。後、前に話した、みんなを自由にするのが嫌になった訳でもないから、安心して」


 内心は隠したまま、謝った。正直に言えば、まだ胸の中がモヤモヤしている。でも、これは私が決めたことだ。私が一人でこの想いに決着をつければ良い。


「そんな事じゃありません! どうしてボクらに、お嬢様の誕生日を教えて下さらなかったのですか?

 教えて貰えれば、せめてご馳走を作ってお祝いするくらいの事は出来たのに」


「ご馳走なんて、そんな大袈裟な。普通で良いよ。

 それよりも、5日以内にデュシスを去るから、そのつもりでね。迷宮都市国家連合に向かう予定だけど、地図やガイドブックなんかはどこで売ってるのかな?」


「また急だな」


「善は急げですよ。何が起こるか分かりませんし、さっさと目的地に向かいたいですから、協力して下さい」


「お嬢様、この国でもそうですが、大体の国家では地図は軍事機密です。売られてはいないでしょう。旅人は、町から町へと噂を頼りに歩くか、行商人のキャラバンに同行して移動します」


「え、あ、そうなの? ならどうしようか?」


 久々に博識の出番かな? 面倒だけど丁寧に検索すれば、迷宮都市への行き方も書いてあるだろう。


「心配無用さ、リトルキャット。

 直に旅をしたことはないが、各国の地理ならば、軍人だった犬ッコロやアル様、それに俺も知っている。町を辿っていけば、迷わずに着けるだろう」


 悩んでいたら、オルがそう教えてきた。そう言えば、アルは高位貴族だし、ジルさんは軍人だし、オルに至っては闇に生きる忍者だし、地理に詳しい人はいっぱいいるじゃないか。


「あら、なら助かるわ。誰か直接迷宮都市に行ったことがある人はいる? ……いないんだね。なら、大体の方角を定めて移動しよう。迷っても、私のスキルがあるから、最悪何とかなるのよ。

 さて、ではやるべき事は、旅装を整える事かな。ただ、隠れ家はあるから、携帯食料や簡易テントはいらないかも?

 うーん、食料と水さえあれば、何とかなる気がしてきたよ。その食料もけっこう買いだめしてるしねぇ」


 何を買おうか悩んでいたら、行軍経験のあるジルさんが、万一はぐれた時のために携帯食料と、毛布くらいはあった方が良いと提案してきた。


「携帯食料もだが長い旅になるなら、嗜好品も必要になるな。

 キャット、買いに行く機会をくれないか?」


「そうだな、オルランド、後はティナ様の護衛か……」


「ん? ちょっと待って? 何か変なこと言ってない?」


「何を言っている? ティナが成人の報告を神殿でしている間に、買い出しをするんだろう?

 どうせ俺達奴隷は中には入れない。なら、時間は有効に活用しなくてはな」


 私としては日を改めて、買いに来る予定だったんだけど、あれよあれよと言う間に、買い出し組と私の護衛に別れることになったようだ。そんなに急がなくても、私はちゃんと旅立つよ。それとも、みんなそんなに早く自由になりたいのかな? ……そんなの悩むまでもなく当たり前か。なら私も頑張ろう。


「では、行ってくる。待ち合わせは城門でいいな?

 アル、ティナに妙な事をしたら許さん」


「大丈夫ですよ。マジックバックがあるから、問題はないでしょうが、重くなったら日を改めますから、無理しないでくださいね」


 私の護衛は、一番生活力がないアルに決まったようだ。ジルさんは買い出しのため別れる時まで心配して威嚇していた。


 そんなジルさんは毛布なんかの夜営道具全般。ついでに、火打ち石や鎌等の旅に必要な道具の担当。ダビデは食べ物全般。オルはお酒や甘いものを中心とした嗜好品と手分けをして、大量買いするために足早に去っていった。


「さて、アル、私たちも行こうか。ついでだから、途中で買いたいものがあったら買おうね」


 そんな風に話して大通りに戻り、神殿を目指した。


 食べ物系の屋台で大量買いをしつつ、神殿に問題なく到着した。入り口から伸びる道の脇には、一角、低い柵で囲われた場所があり、そこが奴隷の待機所らしい。待機所で待つと言うアルと別れては建物内に入った。


 一般解放されており、今もあちこちで祈りを捧げる町の人達に混じって、私も中央に進む。中央には、去りし至高神のモニュメントがある。一応、私がここにいるのは、この世界で至高神として認識されている調律神メントレのお陰だ。膝を屈して頭を下げる。


 ただし祈る内容は、クレームだ。


 ー……メントレ様、ちょいワル親父様、荒ぶる厨ニ病の神様。

 なんて事をしてくれたんだよ! 確かに私の運命にも職業にも干渉はないし、制限もない。でも、隠された王族、失われた王子って、どこの名作RPGよ!! 主人公なんてゴメンだよ!!


 私は普通が良かったの!! 普通に生きて、普通に恋をして、普通に死ぬ。それが正義!!


 ……それでも、この世界に生まれてきた事は感謝してます。神様の慈悲やハロさんを遣わせてくれた事も、ありがとうございました。


 どうか、これ以上、なにも起こりませんように。バレて王族として生きなくてはならないなんて事になりませんように。

 だから普通が良かったんだよ。


 思考がループしている事に気がついて、頭を上げて瞳を開いた。周囲に人は居らず、膝の先に一機の紙飛行機があった。


 差出人の予想は出来ていたが、紙飛行機を手に取る。そこにはやはり日本語で、リュスティーナまたはユリへと書かれている。


『よう、成人おめでとう。成人祝いをと思ったが、間に合わなかったから、そのうちハロに届けさせる。

 ……まぁ、なんだ。俺も少しやり過ぎたかと反省はしている。だが、後悔はしていない。

 ユリをベースに、色んな転生者にチートとか呼ばれるスキルを付けたがけっこううまくいったぞ。

 そんな訳で、犠牲になったユリには悪いが、俺は大変満足している。詫びと言っては何だが、今後も多少のサポートならしてやる。調律神として許す範囲でしか出来ないから、無理なものもあるがな。何かあったらダメ元で言ってよこせ。

 モニュメントか、同封の紙に書いて飛ばすが良い。不器用なユリでも紙飛行機くらいは折れるだろう?

 では、とにかく、成人まで生存おめでとう。この生を充実して楽しめる事を祈る』


 今までの手紙を考えたら、格段にマトモな内容で驚いた。いや、神様だし不敬に当たるのかもしれないけどね。


 何となく落ち着いて、祈祷所から出てアルを迎えに行った。日が傾き出している。そんなにゆっくりしたつもりはなかったんだけれど、案外長く祈っていたみたいだ。


「お帰りなさいませ。無事終わられましたか?」


 柵の中でボーっと立っていたアルは、私の顔を見ると挨拶しながら外に出てくる。そのまま神殿の入り口を見て、首を傾けた。


「ティナお嬢様、ギルドのマリアンヌ様がこちらに走ってきています」


「え? マリアンヌ??」


 アルに促されるまま道の先を見れば、遠目に見ても、血相を変えているのが分かる。何事だ?!


「ティナ!! 良かった!! まだここにいた!!

 一緒に来て!!」


 私の腕を強引に取り、マリアンヌは元来た道を走り出す。


「マリアンヌ、何事?!」


「分からない! でも、お父さんとチーフが、ティナを逃がせって!!

 王都の騎士団長様が、ティナを捕らえに、向かってるからっ!

 ダビデ君やジル達は?!」


「別れて買い物してるよ。

 いや、なんで王都の騎士団長が私を捕らえにくるのさ!!」


 驚きのあまり叫び返しながら、マリアンヌに尋ねた。


「だから、知らないってば。どうしよう? ティナだけでも外に逃げて、後からダビデ君達を探す?!」


 悩みながらも、城門に向かって走るマリアンヌに引かれて、私も走る。マップを表示させたら、夕方近くになったせいか、ジルさん達も城門近くにいる。これなら、少し回り道をすれば合流出来るだろう。


「ティナお嬢様!!」


 マップを睨みながらルートを考えていたら、アルが上空を見て叫び声を上げた。同時に乱暴に私のフードを被せてくる。


「アル?!」


 文句を言おうと振り替えったら、一瞬アルの背後に、巨大な影が見えた。


「ドラゴン!!」


 いきなり町に現れたドラゴンに、町の人達も恐慌を起こしている。その中でいち早く正気に帰ったと思われる屋台のおっちゃんが、騎士団長の騎竜だ! 何故こんな所に!! と叫んでいる。


「ティナ、急ごう!!」


 それを聞いたマリアンヌが、足に力を込め、また走り出した。


『風よ! 私の囁きを届けておくれ。

 ジル、ダビデ、オル、一刻も早く、城門へ!!』


 何が起きているのかは分からないけれど、時間の余裕がないと感じて、魔法で別れているメンバーに声を送る。これで城門で間違いなく出会えるだろう。


 慌てふためく町の住人達に頓着することはなく、ドラゴンは領主館の中庭に降り立ったようだ。


 そこからは、竜を見て呆ける住人達の間をすり抜けるように、城門へ向かった。



「ティナ!!

 マリアンヌ、良くやったわ!! こっちへ!! 急いで!!」


 アンナさんが城門の外で必死に手を振っている。その周りには、マジックバックを持ったジルさん達がいる。良かった、全員揃っている。


「アンナさん! 何事ですか?!」


「今、詳しく話す時間はないわ!

 マスター・クルバから、これを預かってきてます。あと、こっちは私たちデュシスの冒険者ギルド、有志一同から。急いで詰め込んできたから、ごちゃごちゃしてるのは許してね」


 そう言うと、アンナさんは今までポーションの納品に使っていたのと良く似たバスケットと、坩堝さんに渡した紹介状入りの魔石を私に押し付けた。


「ティナ、いえ、リュスティーナ! 貴女の事が、何故か王都にいる、ヴィア姉様の昔の仲間、現騎士団長レントゥスに伝わったのよ!! このままじゃ、貴女は王都に強制連行される!

 逃げる、いえ、貴女の目的のために、出発するなら今しかないの!! 今はまだ知られていないから良いけれど、冒険者だって一枚岩じゃないわ。時間をかければ、リュスティーナを売り渡そうとする動きだって出てくる!

 デュシスなら大丈夫。マスター・クルバが上手く対応するから心配はいらないわ。

 さぁ、行って!! ギルドにある、職員用の地図も入れておいたから、どうか、無事で! 落ち着いたら手紙をちょうだい!!」


「アンナさん、ドラゴンがっ!!」


 アンナさんに、門番役の冒険者から警告が飛ぶ。領主館に着地したドラゴンがまた空に飛び上がっていた。


 本当に別れを惜しんでいる暇は無さそうだ。


「アンナさん、マリアンヌ、それと冒険者の皆さん! 本当にお世話になりました!!

 挨拶出来ないみんなにも、よろしく伝えてください!」


 周りに集まっていた同居人達を呼び集め、移転を唱える。大気で蠢く魔力に気がついたのか、空中にいたドラゴンはこちらを向いた。そのドラゴンの背に、人影があるが遠くて詳しくは分からない。ただ、何となく、視線は感じた。すがりつく様な、敵を見定める様な強いものだ。


「行くよ!!」


 私はそう一声残して、デュシスを後にした。

 ……本当に、何だって、こう、トラブルかなぁ。




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