86.狂愛と血塗れ
クルバさんに促されるまま、封蝋を破って手紙を開く。
『リュスティーナ、もしくはまだ見ぬ娘になるあなたへ』
出だしに、柔らかな女性の筆跡でそう書かれていて、無意識に手が震えた。え、何、ヴィアさんは知ってたの? 私が13歳で調律神メントレの手により、貴方たちの娘として、発生したって。
『神託を受けた時は驚いたわ。数種類の混血である私では、決して望めないと諦めていた、最愛の夫との間に子供が授かれたのだもの。あなたが誰であれ、どんな経緯で生まれてくるのであれ、私は貴女の誕生を祝福します。
でも夫を初め誰にも、貴女のことは言っていないの。おそらく無邪気に喜ぶ最愛の人が、真実を知って悲しむ姿は見たくないから。 貴女は私たちの娘であると同時に、見知らぬ誰かでもあるのよね。どんな風に生きて、そしてこの世界にきたのかしら? 好奇心は尽きません。
もしかしたら、あなたは私が真実を知っている事を気にするかも知れないから一応、書いておきます。たとえ作られた娘でも、それでも私は、この運命を感謝しています。生まれてきてくれて、ありがとう。そして輪廻の枠を越えて、ようこそ、この大地へ。見知らぬ誰かの魂さん。
あなたの昔の名前は分からないから、この後はリュスティーナと呼ばせて貰うわ。
リュスティーナ、私たちの運命に巻き込んでごめんなさい。貴女は貴女らしく自由に生きて欲しいと願っています。だから、この手紙も、人生の選択を自由にできる成人を迎えるまで信頼できる友に預かってもらいます。無事に貴女の手に渡れば良いのだけれど……。今、この文を読んでくれているなら大丈夫よね。クルバを信じて先に進みます。
もう聞いたかも知れないけれど、フェーヤ、貴女の父親の生まれたときの名前はフェーヤブレッシャー。ゲリエの国の王族です。正しくは王族でした。
庶出の王子、認められない罪の子として、市井の民として本人も自分が王族だとは知らずに生きていました。でも、冒険者として生活するうちに、世間の耳目を集めてしまって、とうとう王族だと発覚してしまったの。
私もフェーヤも、王族として生きることなど、望んではいなかった。だから、逃げたの。もちろん、それを非難する人もいたわ。常識的に考えれば、非難されても仕方ないのは分かっているのよ。
だから、もしかしたら貴女に迷惑がかかるかも知れません。
もしも貴女が、王族として生きたいのならば、止めません。王都に向かってください。王都には昔のパーティーメンバーがいます。彼がきっと歓迎し、助けてくれるでしょう。
もし、王族として生きるのが嫌ならば、私たちのように逃げてください。大丈夫、私たちに娘がいることは、クルバしか知らないわ。問題なく逃げられるはず。あなたは私たちの様に、この世界に責任を負う訳ではないもの。何も気にすることなく、生きてください。
どうかリュスティーナ、この生を貴女が楽しめます様に。
心を込めて。
母 クラサーヴィアより』
「え……王族?」
最初の衝撃をやり過ごし、最後まで読んだ。王族って、オイオイ。
同封されていた父からの手紙も開く。ヴィアさんの手紙と似たような事が書かれていた。ただし、私は実子扱いされている。しがらみをすまないと、何度も謝罪していた。
そしてクラサーヴィアさんにも秘密があるらしいけれど、最後まで教えてもらえなかったから、妻からの手紙に書いてあると良いが……と案じて手紙を閉じていた。
本当に、良い人達だったんだね。
「読み終わったか。手紙には何処まで書いてあった?」
クルバさんが私を労りつつ聞いてきた。それに対して、転生云々は排除して答える。
「……そうか。元々、フェーヤは王都の孤児院育ちだ。俺もそうだった。俺は下町の、あいつは中流区域にある孤児院だったがな。
フェーヤが公式には存在を認められなかった王族だと知らされたのは、俺達がSランクに上がった後だ。幼い頃から必死に生き延びて、これからは無理をしなくても豊かに自由に生きられると思った矢先だった」
昔を思い出すように、遠い目をしたままクルバさんは続けた。
「その頃、お前の両親はもう結婚を言い交わしていた。だが、王家……いや、この国の貴族社会はヴィアを認めなかった。そして、フェーヤをも認めなかった。
何度も殺されそうになった。何度も依頼と称して、無理難題を押し付けられた。それでもお前の両親は、冒険者として依頼を果たし続けていた」
「ちょっと、クルバさん! ついていけません」
流れるように話される昔話一度遮ろうと、私は声をかけたけれど、クルバさんはもう少しだからと先を続けた。
「フェーヤの名声が高まり、放置できなくなった貴族社会と王家は、フェーヤに公爵家の娘と結婚し貴族となるように迫った。
なりふり構わぬ、脅迫混じりに人質すらもとられ、決断を迫られて、フェーヤは最後の手段を取ることにした。敵対貴族に属する神官を利用し、知り合いの奴隷商と結託して、自分を異端奴隷としたんだ。
その時ようやく、庶出の王子・フェーヤブレッシャー殿下は死んだ。フェーヤが必死に手にいれた、Sランク冒険者としての資産も名声もドブに捨てるのと引き換えだったがな」
最後は吐き捨てる様に言い放つと、意識を私に戻し、最初の問いに戻った。
「さて、リュスティーナ姫。どうされる?
王都に戻り、王族として義務を果たされるか?
このまま、冒険者として生きられるか?」
いや、姫って、変だから!
「あの、クルバさん! ちょっと待って下さい。少し質問があります」
必死にアピールしたらようやく答えてくれる気になったようで、片眉を上げて私を見た。
「姫って変ですよね? 私は、排除された? 死んだ事になっている? そんな王族、いや、父が王族とか言われてもピンときませんけど、そんな王族の、それも認められない結婚をした相手との間に出来た娘です。姫ってあり得ないでしょう。今の王様が私から見た何に当たるのかは知りませんけど、私に王位継承権なんて、あるはずがない。だから姫は変です」
「残念な事に、お前には王位継承権がある。それにお前の存在を民が知ったら、熱狂的に迎えるだろうな。真実の愛に生きた『狂愛と血塗れ』の娘だ。救世主とも言われたフェーヤの血を受け継ぐ娘。熱狂しないはずがない」
もう少し説明する、面倒になったら聞き流せと言ってクルバさんは流れるように話し出した。ただ、その声には隠しきれない嫌悪感が滲んでいる。
「今のこの国の王はお前から見たら伯父にあたる。そして、ヤツは不能だ」
誰かに聞かれたら、不敬罪で捕まりそうな事をクルバさんは顔色ひとつ変えずに話す。逆に私が驚きすぎて、挙動不審だ。
「先王の時代、王位継承権を持つ王の子供たちそれぞれに、有力貴族が結託して、激しい争いがあった。血で血を洗う、負ければ死しかない争いだった。
現王はその争いに勝利はしたが、その争いの最中、血族を残す能力を失った。王の役割のひとつであるその能力を失っても、なお、権力には執着していた様でな。男女を問わず、争う意思の有無を問わず、競争相手のほぼ全てを殺し尽くした」
「フェーヤは、その争いが大体片付いた時に見つかった最後の王子だ。それも高名な冒険者。民衆にも人気もあった。
フェーヤを立てて、現王と争う気を起こす貴族が出ても当然だったのだろう。ただ、さっきも話したように、当のフェーヤの手によりそれは失敗した」
相づちすら打てずに、聞き入る私の顔を見ながら、クルバさんは続ける。
「この国に現王の直系の血を受け継ぐ子供はいない。
殺害を免れた先王の血筋は少なく、その多くは他国の有力貴族や王族に側女として嫁いだ、母方の身分が低い私生児だ。その子供を養子に迎え、跡継ぎにとの話もあるが、他国の影響を排除しきれないと憂慮されて、いまだに王位継承者は決まっていない。
そこに、お前が……、国の為に働いたが、真実の愛に目覚め、身分よりも聖女との恋を選択した英雄『妖精王』の娘が現れたらどうなるか、予想はつくだろう?」
問いかけられて、嫌な予感しかしない。しかも二つ名に『王』の字が入る、王位継承権を持つ男児って、ライバルから見たら、マズイなんてもんじゃないよね。その娘である私も使いようによっては、切り札になるかも。
「狂愛と血塗れって?」
何度か出てきた二つ名を、確認のために尋ねた。
「狂うほどに凶悪な愛に堕ちた者、出自を認めなかった王子、王家の凶兆、狂愛の妖精王。
神からの神託を受けた聖女でありながら、恋人を助けるためにその全身を血に染め、愛に生きた堕ちた聖女。血塗れの聖女。
それが、吟遊詩人達に歌われる『狂愛と血塗れ』だな。
だが、俺が知るあいつらは、普通の恋人たちだった。周りが過剰な期待をして、そしてその期待を裏切られた時に勝手に失望し、勝手に口さがなく話すだけだ。
お前が知っている両親はどうだった?」
「常に幸せそうにイチャイチャしてましたね」
間髪いれずに答える私を見て、やっぱりか、あのスイート共とクルバさんは毒づいた。作られた記憶かも知れないけれど、私が覚えている両親はいつも幸せそうだった。
「なら誰がなんと言おうと、それが全てだ。
これで俺が知る事は話した。さぁ、どうするんだ?
悩むなら、日を改めるが?」
そんなの聞かれるまでもないでしょう。それにクルバさんがこの国の上層部が物凄くキライなのは良く分かった。
「いや、今の話を聞かされての選択で、悩むはずがないでしょう。それに私の意思を誘導しようとしませんでしたか?
前にも話しましたが、貴族なんか真っ平ゴメン。権力闘争なんぞ、どこか他所でやってくれ。私は、平民のフェーヤと、テリオのクラサーヴィアの娘です。王族なんて、そんな大層なモノではありません。
クルバさん、私は近々、この町、いえ、この国を去ります。今回の話を聞いて、急いだ方が良さそうだと良く分かりました。
だから、コレをどうぞ。頑張って作ったんですよ」
「バレたか。俺の個人としての意見は、こんな国、滅びてしまえと本気で思っていたからな。妻や娘ができてからは、落ち着いているが……。それで、これはなんだ?」
「双方向の宝箱です。頑張りました。
この中に物を入れて蓋を閉めると、アラ不思議。もう一方の宝箱に中身が移ります。もう一度開け閉めすると、元に戻ります。
これがあれば、私がポーションを納品することが出来ますから、クルバさんの奥さんの負担が大きくなりすぎる事はなくなるでしょう。
注文は、宝箱経由か、通信機で直接でいかがですか?」
私が持つ予定の宝箱も出して、クルバさんに実演しながら説明した。これの原材料は双樹の森のドロップ品だ。オルが王都に行っている間に作成した。珍しくアイテム作成技能を使ったけれど、とても面倒だった。
「申し出は有りがたいが、国が変われば冒険者ギルドとして買い取りは出来ても、ポイントは付けられないだろう」
「構いませんよ。クルバさんが気になるなら、もしもの時だけと言うことにしてもらっても良いです。私は受けた恩は忘れないタチなので、どうかお納めください。
今まで、色々と訳あり過ぎる私を守ってくださり、ありがとうございました。このご恩はいつか必ず返します」
クルバさんが守ってくれなければ、既に王都に知られていたのかも知れないし、何より執行局から逃げることは出来なかっただろう。本当に感謝だわ。ん? なら、クレフおじいちゃんもこの事を知ってるのか??
「なら、貰っておく。では、下で本登録のギルドカードを受けとるように。それと、出来れば神殿に詣でて、神々に成人のお礼と報告をしておけ。
この町を発つ、出発はいつだ? それまでに、デュシスからの推薦状を作っておく」
「5日以内には……。食料を買い込んで、道を確認して出ます。出来れば冬が来る前に、新しい拠点を決めたいですから」
「分かった。なら、準備を急ごう。
リュスティーナ、お前の成人をフェーヤもヴィアも喜んでいるよ。さぁ、下でマリアンヌやアンナが待っているはずだ。
気をつけて帰りなさい」
珍しく優しく微笑むクルバさんに見送られて、執務室を後にした。




