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83.箸休めーオルランド

 夏の精霊祭が終わったのにも関わらず、相変わらず王都は人でごった返している。

 戦場に向かう増援、王都に店を構える大商人、町と王都を結ぶ行商人、それに冒険者達、みな晴れやかな顔で、自慢げに王都を闊歩していた。


 ー……まったく、甘い子供だ。


 そんな中を、考えている事を顔に出さない様に気を付けながら、人混みを避けてを進む。一緒に歩くのはパトリックとか言う女装癖のある少年と、今の主人の世話役だった冒険者だ。パトリックは痛みのない長髪を一品に括った男の格好をしている。こうしていればそれなりに美形の部類に入る少年なのに、何故女装に目覚めたのやら。まったく、今の主人、通称「非常識規格外女王サマ」の周りには、変なヤツが多くて退屈しない。


 出発前に「まさかアルの従者のオルが、アルの側を離れるなんて言うと思わなかったよ」と主人はキョトンとしながら話していたが、きっとあの子供は、従者と従僕の違いも分かってはいないんだろうな……。主人がキャットに変わった時点で、否応なく俺はアルフレッド様の従者ではなくなっていた。


 そんな俺がなぜ単独で、こいつらの協力をしているかと言えば、王都に残っている支援を主にした仲間に繋ぎをつける為だ。


 俺とアルフレッド様が今の主人に買われた時に、全滅したのは実働部隊である俺の祖父を中心とした我々の主力メンバーだ。それ以外にも、公爵派と呼ばれた俺達一族には、情報収集を主にする、普段はただの商人や食べ物屋の女将、行商人などもいる。戦闘では役に立たないし、汎用性も低い連中だが、今の状況なら役に立つだろう。


 まぁ、執行局の追跡がキツかったから、市勢に沈んでいたとは言え、全員が無事とは限らないが、それでも何人かは残っていると思われる。表向きは、今からそのうちの何ヵ所かを訪ね、今の主人の命令で、昔から素行の悪かったエドウィンの弱味を掴む予定だ。


 そのついでに、現在のアルフレッド様の状況を伝えられれば御の字。対拷問訓練も当然に修めていたから、多少ならば首輪の責めにも耐える事が出来る。このチャンスを逃すわけにはいかない。危ない橋を渡ってでも、味方に繋ぎをつけなくては……。


 出来るなら、今後、バックアップ人員を数人アルフレッド様のお近くに配し安全を図りたいが、不用意に王都で目立つのは厳禁だろう。


 夏に薄手とはいえ、マントで身体を隠したまま首を振る。正直暑いが、これも俺がここにいるのを気づかせない為だ。我慢しなくてはいけない。


 王都について一番初めにしたのは、髪を染めて肌の色を変えた事だ。これは、パトリックが持っていた染め粉を使った。父親が経営する娼館で、訳ありの客に高値で売っているものらしく、かなり上等な品だった。


「おい、オルランド! さっきから何処に向かってるんだ!!」


「ついてきて欲しいとは、頼んでいない。お嬢様の望みを叶えるための場所に向かっているだけだ」


 ずっと何も言わず俺の後を追ってきていたスカルマッシャーのリーダーが、耐えきれなくなったのか叫んだ。


 それなりに反抗的に返答したが、首輪はなんの反応も示さない。ここまではセーフ……か。ならば、これはどうだ?


「少し先に、旨い食べ物屋がある。この時期なら、新鮮な果物が豊富だろう。とりあえずそこに入らないか?」


 スカルマッシャーに肩で息をするパトリックを視線で示しながら、提案した。……これもセーフか。

 俺や冒険者達はこれくらいの強行軍は慣れているが、パトリックは辛そうだしな。善意からの判断だと思われたんだろう。ならば、ひとつ目の心当たりに向かうとしよう。


 まったく、子猫ちゃんは甘い。俺がいきなり王都に行くと言った時には、あれだけ警戒していたのに、穴がありすぎだろう。

 俺を制限したければ、エドウィン関連以外で一切口を開くな、行動するな、思考もするなとでも、命令すれば良かったんだ。


「疲れていては、この先身体が持たない。

 そこの路地を入ってくれ」


 主人と恋に生きるパトリック双方に、半ば呆れながら、俺は隠れ家的名店と呼ばれていた店に案内した。




「いらっしゃいませー」


「ああ、邪魔をする」


 ウエイトレスにスカルマッシャーが答えている間に、店の女将に向かって、指を微かに動かした。

 驚きに目を見張る女将は、俺の首に嵌まる悪趣味な首輪に気がついたのだろう。警戒するように、俺を観察している。


 バックアップ人員や、その地に根を張り、情報収集を主にする人員には、強力な呪がかかっている。例え本人が裏切りたいと思っても、それは出来ない。実行した途端に死ぬだけだ。


「あら……、お客様、こちらに奴隷を連れてこられては困ります。外に待機させるか、帰らせるかして下さい」


 柔らかく微笑みながら、女将は俺を周りから引き離そうとする。パトリックは当然だと言うように、屋外にある奴隷の待機スペースで待つように、俺に向かって指示を出した。


「りょーかい。

 ここでは、チャイがオススメだ」


 そう言って俺は外に向かう振りをして、中庭へと出た。


 中庭と言っても大した物はない。井戸と小さな物置があるくらいだ。


「若、ご無沙汰しております。ご無事で何より」


 物置の陰から声をかけられて、壁際に近づいた。


「久しぶりだな」


「お頭の噂を聞き、案じておりました。今は……?」


 決して俺の視界に出てこようとしない声に答える。


「計画は失敗したが、アルフレッド様の命はご無事だ。

 我々は変わり者の少女に買われた」


 そう言って首輪を指差す。犬ッころとアルフレッド様の提案した首輪の拘束は、主人(ティナ)の話をすることを禁じている。変わり者の少女と言った所で、軽く首輪が締まった。これ以上は危険、か。ここまで話せた事で良しとしよう。


 タイムリミットまで、まだ時間はある。何とかして、俺の望みを伝えなくてはならない。こんなチャンスがまた来るとは思えないからな。息苦しいほどに狭まった首輪に指を入れつつ、そう考える。


「では、新たなお頭様。次のご命令を。我ら残党はいかが動けば宜しいですか?」


 俺を祖父であるヤハフェの後継者と認めた影に、新しい命令を出す。確かに生き残っている主家の人間は俺だけだ。もう、俺ひとりになってしまった。ここから今一度、アルフレッド様をお守りする布陣を整えなくてはならない。難しいがやるしかないだろう。


「根の者達は、誰が無事で、誰が駄目だった?

 それと、エドウィンの事を調べてほしい。期限は7日。王の承認を得た結婚を壊すに価する、情報が欲しい」


 そこから時間の許す限り、情報収集をした。王都からこのゲリエの国全体に根を張り巡らしていた、俺達一族の情報網(通称:根)のほとんどは、無事らしい。


 一週間後、エドウィンの報告を受ける事になり、繋ぎの方法を決めて俺は店を後にした。



 それ以後、毎日の様に中間結果の報告が入る。まったく、デュシスの領主は先代と違って、甘ちゃんだとは聞いていたがここまでとは。


 少し叩いただけでも、借金、女癖、戦場での残虐行為等々、次々と不味い話が出てきた。結婚に向けて、清算をしているのかとも思って詳しく探らせた。だが、それどころか辺境に婿に行けば、金銭の心配がなくなるとでも言うように、遊びまくっている。


「……」


 報告に来た妖艶な美女(王都でも指折りの娼婦)も呆れたように首を振っている。


 ー……なんでこんなのに引っ掛かったのやら。デュシスの領主の諜報はザルだな。


 俺自身もまさかここまでだとは思っていなかった。最悪の場合は、証拠を捏造するくらいの事はやらなくてはならないと考えていたが、杞憂に終わるだろう。


「オルランド」


 イラついた少年の声がするが、今は忙しい。スカルマッシャー達は、試験の事前説明と準備があるといい、三日目からは別行動だ。


「パトリック、もう少し待ってくれ。

 あぁ、美しい都会の蝶よ。芳しい風を呼ぶ美神の化身」


 膝に乗せた娼婦の口に顔を近づけながら、その美を称賛する。膝に押し付けて握った手の中では、忙しなく指が動いて、情報と命令をやり取りする。片手は、女の身体を適当に撫で回している。


 古典的な手だが、人目を反らすなら、やはり有効な手段だ。

 粘膜が触れあい湿った音を発てながらも、俺も相手もそれに溺れる事はない。表面的には、場所を弁えない困った恋人達に見られてもだ。


「オルランドっ!!」


「っ!! 痛いな。殴るのは止めていただきたい」


 我慢しきれずに、俺を殴ってきたパトリックと話ながら、女に去るように合図をする。それに気がついた女は「あら、お邪魔だったかしら?」と余裕の捨て台詞を残して悠々と去っていった。


「王都に来てから、毎日、毎日、何をしてるんだ?!

 イザベルの件はどうなった?!」


 この少年からしたら、俺は女とイチャついているようにしか見えていないんだろう。


「大丈夫だ。問題ない。明後日には証拠が手に入る。

 それよりも、お前の方はどうなんだ? 何か掴めたのか?」


 この4日で随分砕けた口調で話すようになった。パトリックも慣れない土地で頑張っているが、効果は出ていない。今も悔しそうに唇を噛んでいる。


「本当に、明後日には証拠が手に入るんだな?

 もしダメだったらどうする気だ?」


 おれ自身は別にどうもしない。

 危うく喉元まで出なかったその言葉を飲み込んで、パトリックに笑いかける。


「そんな事はあり得ないから安心しろ。

 万一そうなったら、お嬢様に告げ口でもクレームでも好きに入れればいい」


「ティナにか?

 まぁ、あいつに無理を言ってお前を借りたが、小娘の性格だ。お前の怠慢は許さないだろう」


 苦笑しつつも、パトリックはそう言って席についた。女装癖の少年も、たまにはいいことを言う。


 ほら、そこの入り口で食い物を求める子供は、俺達の根のひとりだ。これでアルフレッド様の所有者が分かっただろう。


 それにエドウィンについても調べさせている。結婚を壊す為と知っているから、デュシスまで辿り着くのは容易だ。


 子猫ちゃんが本気で成人したら、迷宮都市へと移動し、ダンジョンに潜るつもりなら何の問題もない。ただし、デュシスの居心地が良くなり、このまま居付かれればアルフレッド様が自由になる可能性は低い。


 ならば、移動せざるを得ない様に仕向ければいい。子猫ちゃんは目立つことを嫌っており、貴族に抱えられるのを何よりも警戒しているようだしな。周囲の大人達の警戒っぷりも笑えるほどだ。ならば、王都の目をデュシスの町に向ければいい。そうすれば、周りが総掛りで子猫ちゃんを町から遠ざけるだろう。


 だが、どうする? どうすれば上手く子猫ちゃんが非常識規格外であり、抱き込めば国にとって役に立つとこの国の上層部に知らせることが出来る?


 ここ数日の悩みが、また再燃した。俺が糸を引いている事を気付かせず、上手く子猫ちゃんとその周囲だけを警戒させ、デュシスから旅立たせる。中々の難易度だろう。


「オルランド、何を考えている?」


 パトリックが尋ねてきた。それに曖昧に笑う。宿屋の給仕にも根はいる。ならばもう少し、デュシスの町の事を話していてもいいか。


「うん? ハニーバニーへのお土産はどうしようかと思ってね。

 何が良いと思う? 本来なら王都でしか手に入らない薬や香水なんかがいいんだろうが……」


「何を寝ぼけた事を言ってるんだ? 薬剤師に薬を贈ってどうするんだよ。しかも、あいつなら香水くらい自分で作るだろ。あの非常識冒険者。どこまで有能か分からないからな。

 ……オルランド、何を企んでいる? ティナの害になることなら許さないぞ」


 流石に今の一言は悪手だったか。パトリックが警戒した顔になった。俺が元何なのか、この少年は知っているからな。今はここまでだな。






 *****



「ほら、これがイザベル嬢が結婚出来ない証拠だ。

 領主一家が到着するまで後3日か? 到着までに外堀は王都にある領主館の連中に埋めさせればいい」


 そう言って、さっき根のひとりから渡された、婚姻証明の写しをパトリックに差し出した。俺がどう動いていたか知らないパトリックは、驚きに絶句している。


 ふん、これでも元はこの国の上層部とやり合っていたからな。エドウィンが馬鹿で助かった面も大きいが、あまり侮らないで貰おうか。この一週間で報告が入っていたエドウィンの素行も合わせて報告する。


「エドウィンに息子がいると、アル様が話しただろう?

 その母親と極秘に結婚した証明がそれだ。母親の方には、今回の結婚でデュシスの領主になれる。息子にそこを継がせると約束したそうだぞ。

 そんな事はない、イザベル嬢との婚儀が成立すれば、用済みとして殺されるか一生日陰者だと丁寧に説得したら、理解してくれてな。どうせ駄目なら、イザベル嬢とエドウィンの対決の場に乗り込みたいと意気込んでいるそうだ」


 ……まぁ、子供の居所も分からず、自身も自由を奪われた上で、懇切丁寧に説得されれば大概の母親は折れるが、それを言う必要はないだろう。


 全てを知るのは、その必要がある人間だけで十分。だからこそ秘密は守られる。


「流石だな。まったく、ティナの周りは規格外ばかりか。

 そうだ、オルランド、町で流れている噂を知っているか?

 俺はティナの事だと思った。お前の土産話にいいんじゃないか」


 婚姻証明を日に翳し、しげしげと読みながら、パトリックはどうでもいい事のようにそう言う。


「お嬢様の?」


 それらしい噂がある事は知っていたが、パトリックがどう判断するのか気になり、話に乗る。給仕の根も静かに近づいてきた。


「ほら、町で噂の、辺境の大都市にいた、黒い手を持つアイテムボックス持ちの絶世の美少女の噂だ。

 行商人が見たと話していたが、あれはおそらくティナの事だろう? 強力魔力を持つ、絶世の美少女。見かけたのは去年の夏だって話だから、あいつが来た頃と一致するし、ティナは見た目だけなら、美少女だからな。話したら笑えるほど残念娘でびっくりするけど。

 アイテムボックス持ちかは知らないが、オルランドは知っているのか?」


 結婚証明の写しに集中したまま、パトリックは上の空で答えた。

 それに答えようとして、首輪から苦痛が襲う。


「すまない。お嬢様の制限に入った様だ。話せないな」


 俺は給仕に目配せしつつも、パトリックにそう答えた。興味が無いように、相槌をうったパトリックは、ようやく証明書に納得したのか、立ち上がった。


「とりあえず、礼を言う。

 俺は今から領主様の館に行くが、オルランドはどうする?

 ここで待つなら、それでも構わない」


 いまだに襲う苦痛をやり過ごしながら、パトリックに酒の入ったカップを振って見せた。まぁ、奴隷(おれ)がこうして、普通の客として宿屋に泊まり、酒まで飲むようになるまで宿屋と揉めたが、今では誰も気にしない。


 ここで待たせてもらうことにしよう。その方が、これからの仕込みもやりやすいからな。


 子猫ちゃんにしろ、貸し出し先のパトリックにしろ、甘くて何よりだ。




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