82.恋に恋する女の子パワーは最強
みんなが見つめる中、クルバさんは立ち上がった。そのままアンナさんを見て、指示を出す。同時に領主にも許可を求めた。
「とりあえずスカルマッシャーを呼ぶ。
領主殿、こちらにスカルマッシャーを呼んでも宜しいですな?
それと、今日のご令嬢の婚礼を中止するなら、周囲に連絡がいるでしょう。デュシスの有力者達を招待した事、また町での慶事の噂に対する対応はどうするつもりですかな?」
「もしマスター・クルバが受けてくださるなら、スカルマッシャーの披露目とする。幸い、と言って良いのかは分からないが、娘の婚礼の日取りは知られていない。事情を知る者達には、こちらから説明しておこう」
領主さんはそう言うと執事を呼び、人を手配しているようだ。
「あ、なら私はこれで失礼しますね。なんだかご家庭の事情を聞いてしまってすみませんでした」
これ以上は私がいても出来ることはないと判断して割り込んだ。サイテー男の件に協力出来ないのは、残念だけどこれは大人の世界の事だ。しかし、私が席を立ったら、クルバさんから引き留められた。執事さんに別の応接室を手配するように頼みながら、私に向かってこの後も同席するように言う。
「ティナ、お前にも少し説明しなくてはならないことがある。それにおまえがいた方が神殿とは話をつけやすい。少し待て」
神殿と話をつけやすいって、何でだろう?
その後、領主とクルバさんの打ち合わせをボーッと聞いていたら、呼び出されたスカルマッシャーさんも到着したらしい。一度、私達冒険者ギルドの関係者は、別の応接室に移動することになった。
「……さて、スカルマッシャー、急な呼び出しを受けて貰い感謝する」
領主館に冒険者ギルドマスターの名前で呼び出されて、警戒しているスカルマッシャーさん達は、口々に挨拶を返す。私たちやマリアンヌが部屋の中にいたのにも驚いたらしい。
「マスター・クルバ、何事ですか? 緊急との事ですが……」
「突然だが、お前達のAランクへの昇進を推薦することに決まった。元々は冬の予定だったが、少々事情が変わった。急ぎで悪いが、夏の試験を受けてくれ」
「はぁ? 夏、だぁ?! 例年なら王都の試験は1週間後くらいで始まるだろ?! どうしたって間に合わねぇよ!!」
驚いて食って掛かるジョンさんに、手早くさっきの話をクルバさんは説明した。ケビンさんは弾かれた様にアンナさんを見て、覚悟を決めたように頷いた。
「承知した。では、我々は疾風迅雷の開けた穴を埋めつつ、領主令嬢の窮地を救う手助けをすれば良いのですね?」
「ケビン?!」
「誰かはランクアップ試験を受けなくてはならないでしょう。しかし準備不足でいっても、上がれるとは限りません。最近は試験自体は形骸化しているとも言われてはいますが、万一落ちればここには二度と戻って来られないでしょう。
……それでも、この申し出を受けるのですね?」
驚くカインさんと、決意を確認するマイケルさんを見据えながら、ケビンさんは腹をくくった声で言い切った。
「ここは辺境最大の都市だ。あのような形で、Aランクが減ったままでは治安に不安が残る。それに、いつかはAランクを……と若い頃から話していただろう? ならこのチャンスを掴まなくてどうする?」
「かぁ、ウチのリーダーは格好つけて行けねぇや。惚れた女が困ってるなら、加勢しなくちゃ男が廃る! はっきりそういったらどうだ?!」
ジョンさんはニヤリとアンナさんを笑いながら見て、ケビンさんの話をまぜっかえした。ケビンさんとアンナさんは赤くなっている。え、二人ってそう言う関係だったの?!
「……それでは決まりだ。町の住人達でも、今日何かの慶事が発表されると噂になっている。
令嬢の婚礼の代わりに、お前達のAランク昇進試験の発表をする。まぁ、試験なんぞ、一応の名目。実質は一定以上のギルドからの推薦状があれば、ほぼ合格は間違いない。今回はデュシスに加え、ケミスの町……クレフ老からの推薦状がある。新たなAランクがデュシスから生まれる事になるだろう。
住人達の視線を反らすのには十分だな。……ティナ」
スカルマッシャーさんたちと話していたクルバさんに突然呼ばれて驚いた。
「そんなわけで、お前の世話役がデュシスからいなくなる。おそらく昇進後の挨拶廻りで、冬までは戻れないだろうから、このまま世話役は解任という流れになるな。すまんが、理解してくれ」
「あ、はい。承知しました。
まぁ、もうすぐ成人ですし、大丈夫ですよ。今までありがとうございました」
スカルマッシャーさんたちに頭を下げながら挨拶をした。
ケビンさん達も感慨深げに私を見ている。思えば、こっちに来て、初めて会ったのが、スカルマッシャーさん達だったなぁ……。私達も、秋にはデュシスを去る予定だから、これでお別れかな?
「何かあったら、言ってこい。例え離れても、忘れる訳ではない」
「つーか、忘れられんだろ。ティナほど濃い未成年冒険者は初めてだったぜ」
スカルマッシャーさん達は、悲しむ私を見て苦笑している。
「おい、別れまでには数日ある。今は目先の事に集中してくれ。スカルマッシャー達の送別会は別途ギルドで行う予定だ」
「あぁ、すまん」
そこから、スカルマッシャーさん達とクルバさんの打ち合わせになった。ようやく終わって、神殿に移転の話を付けに行くというクルバさんと同行して、別の応接室に向かう。前回の軍神殿の件では、ギルドの貸しとなっているから無理も通りやすいそうだ。
スカルマッシャーさん達は、鎧を磨いたり、領主館から貸し出される衣装に着替えりと、これからの準備に大忙しだ。
扉を開けた所にパトリック君が立っていて、クルバさんも私も驚いた。
「パトリック君?」
「あん? パトリック?」
私の声に反応して、ジョンさんが廊下を覗く。
「ジョンのオジキ。頼むよ、俺も王都に移転させてくれ!」
スカルマッシャーさん達をみたパトリック君は、勢いよく頭を下げた。
「あん? 何だってお前を……そうか、そうかよ。お前も惚れた女の為かよ」
疑問をぶつけようとしたジョンさんは勝手に自己完結している。うーん、大人達の反応を見る限り、パトリック君が同行するのは難しそう……。
断るスカルマッシャーさんとクルバさんに、パトリック君は必死に食らい付いて頼み込んでいる。どうやら領主との話し合いでも断られたらしい。
「……ティナ様。少し宜しいでしょうか?」
普段とは違いすぎる口調に、誰が話しかけてきたか分からなかった。振り向いて控える相手に声をかける。
「……オル?」
「先程、ティナ様が命令された、エドウィンの情報及び王都での情報収集ですが……」
「あ、うん」
堂々巡りになっているマスター・クルバとパトリック君のやり取りに嫌気が差したのか、他所行きの口調のままオルは続けた。
「もしお許し頂けるのならば、私が王都に行き探ります。王都ならば、直接行った方が話は早い。どうか、許可を頂きたく思います」
ん? 何でいきなり? それに、アルと離れての行動は確実に嫌がると思ったのに……何を企んでいる?
「おい」
そのオルの提案には、スカルマッシャーさん達も驚いた様で、低く凄んでいる。そうだよね、普通警戒するよね。元々はこの町に害を及ぼした人たちだもん。
「ティナ様、前にパトリック様もお話しになったように、一見の客に情報を渡す闇の住人はおりません。ですから、もしお嬢様が、イザベル様の人生に傷をつけたくないとお思いならば、私を直接派遣するのが一番です。王都ならば、お役にたてます」
滔々と説得してくるオルに対して、警戒心がどんどん高まっているのが分かる。なんだ? 何かが怪しい。今度は何を企んでいる? 頭の中を疑問が回る。
「でも、移転にオルを入れるのは……。それに長く離れることになるし……」
渋る私に、パトリック君が掴みかかってきた。その勢いのまま、頭を下げられる。
「なら、こいつを俺に貸してくれ!
イザベルは今日この町を発つ。王都までは二週間だ。その間だけでいい。その期間で分からなければ諦める! 王都からの高速便を使えば、夏のこの時期なら急げば1週間で戻ってこられる。頼む!」
「高速便?」
「ワイバーン航空だ。王都からなら高速便があるが運送できる量も少ないし、運賃も高い。晩秋からは魔物が活性化するため運休すると問題だらけだが、足は早いな」
クルバさんがパトリック君の説得を一時中断して、冷静に教えてくれた。揉めているようでも周りに目配りしてるんだね。流石ギルドマスター。
でも、ワイバーン、翼竜かぁ。
一気にテンションが上がった私を、周りは変な目で見ているけれど気にしていられない。だって、ワイバーンって、アレだよ? 劣化ドラゴン。竜に乗って空を駆けるなんて、それ子供の頃に、どれだけ夢みたことか!!
いや、転生前のバトルはノンカンで。あー……私も乗りたいなー。
オルランドが羨ましくて、ついついジト目で睨んでしまった。
「ティナ様?」
答えない私に、オルが呼び掛けた。うん、羨ましいのは置いておくとして、さて、どうするか。
「あなた」
そんな私達の膠着状態を解除する、援護射撃が思いもかけない所からきた。今まで頑なに黙っていたマリアンヌのお母さんが、マスター・クルバに詰め寄っている。
「あなた、お願い。パトリック君とオルを王都へ移転させてあげてちょうだい。貴方だって、イザベルちゃんの事は小さい頃から知ってるでしょ? それなのに、こんな対応あんまりよ」
「そうだよ、お父さん! 冒険者は、困った人の味方でしょ?
パトリック君の恋と、イザベル様の未来を守るお手伝いをしてよ!」
えーっと、お二人さん? なんか、今までは結構シリアスだったのに、いきなり恋愛話になってない?
そこから、奥さんと娘に責められると言う珍しいマスター・クルバを観察していたら、騒ぎを聞き付けた神官達が外に出てきてしまった。
あ、2つ隣の部屋にいらしたんですね。騒がしくてすみません。
「あらあら、薬剤師さん」
私の顔を見て声をかけてきたのは、豊穣神殿のミールおばあちゃんだ。久々に会ったから挨拶をしていたら、何事かと聞かれしまう。マスター・クルバはまだ手一杯みたいだったから、私とスカルマッシャーの頭脳担当のカインさん、マイケルさんから状況を説明した。
「あらあら、そんな事ならお安い御用よ。うふふ、大した違いはないし、何人でも構わないわよ。貴族の娘にとって評判は何よりも大切なものだし。薬剤師さんやギルドの皆さんには、先日軍神殿が大変なご迷惑をかけてしまったしね」
太っ腹なミールおばあちゃんは、そう言い笑って快諾してくれた。あれ、いつの間にか、オルの貸し出しが既成事実化してる?
私は認めた覚えがないんだけれど……。
そんな私の心の声が聞こえたのか、マリアンヌとマリアンヌ母が私の所へやって来た。
「ティナ!」
「ティナちゃん!!」
「ティナだって、女の子だもん! 分かってくれるよね?!」
「ティナちゃんだってイザベルちゃんのお友達だもの! 助けてくれるわよね?!」
いや、この母子、息ピッタリだ。
「え、あ、はい……」
女の子達の恋愛パワーに逆らっても、ロクなことはない。逆らわずにコクコクと頷いた。いや、目が笑ってなくて、怖いからッ!!
クルバさんがすまなそうにこっちを見てるけど、分かってるなら止めてよ! 貴方の奥さんと娘さんだよ!!
まぁ、結局、女の子パワーに押しきられて、オルの同行は認めたんだけどね。恋に恋する女の子は最強って、再認識しちゃったわ。
その後、スカルマッシャーさん達の御披露目が、領主館のバルコニーで行われたり、ギルドの送別会が盛大に行われたりと、瞬く間に時間は過ぎ去った。酔った周りに煽られて、ケビンさんが、アンナさんにプロポーズした。でも、アンナさんに酔っぱらいは嫌いと言われて撃沈。そんなケビンさんを慰めていたら、真っ赤になったアンナさんが、戻ったら仕切り直しなさいとツンデレ化したりと、出発前に面白いことが多かったよ。
まぁ、私はそんな桃色の話ばかりではなかったんだけど……。とりあえず、オルランドにはしっかり釘を刺しておいた。
「オル、分かってるとは思うけど、変なことはしないでね?」
「分かってるよ、ハニー。オレの心は子猫ちゃんの元に置いていく。用が済んだら、寄り道せずに飛んで帰ってくる。
お土産を期待していてくれ」
ウインクしながらそう言うオルをジト目で睨む。
「あー……なんか不安。いっそのこと、久々にアレ着けようかな。イヤだけど……」
「アレ、ですか? 何でしょう? ティナお嬢様??」
「コレ」
ドコッっと鈍い音をたてて、テーブルに隷従の首輪を置く。オルは一瞬顔を歪めた気がしたけれど、動じることなく肩を竦めた。
ジルさんは当然って顔で、こちらを観察している。
「キャットは相変わらずだな。まぁ、構わないよ。その代わり、変なことに、情報収集は含めないでくれよ。せっかく王都まで行くのに、役立たずになる。本末転倒だろ?」
まぁ、そんなこんなで目の前には、スカルマッシャーさんを始め、領主館から派遣された対策員達、パトリック君がいる。その人たちと一緒に旅立つオルランドの首には、悪趣味な首輪が嵌まっていた。
しかも、ジルさんと何故かアルの協力の元に、強力な制約がかかっている。命令違反で首輪が発動しても、権限持ちの私やダビデがいないから、簡単には解除できない。危ないから最低限だけと思っていたんだけど、いつも間にかけっこうガチガチに管理するようになっていた。
パトリック君を見送るマダムの横には、見たことのないご婦人もいた。噂のマダムの奥さん、かな? 遠目だけれど、可愛い人だったよ。
「では、行って参ります」
「うん、気を付けてね。あと、コレ。持っていってね。色々入ってるから、必要なら使って。上手く片付けて帰って来るのを待ってる」
簡潔に挨拶するオルを見送りながら、何故か私は不安に苛まれていた。




