81.ドリルちゃんの憂鬱
今日はドリルちゃんの結婚式当日だ。早起きしてお風呂に入り、町で買ったちょっといいワンピースに前に貰ったイヤリングをつける。アルに髪を結い上げて貰って、いつもの髪飾りを飾った。
久々に化粧もして、これで完璧。少なくとも会場から叩き出される事はないだろう。
そもそも身内だけの式で、ちゃんとした貴族への御披露目は、王都でやることになっているらしいし……。今日は同じく招待を受けたクルバさんと待ち合わせしている。マリアンヌも連れていくって言っていたし、護衛に一部冒険者も動員されているらしいし、まぁ、何とかなるだろう。正直、面倒だから行きたくないんだよね、行かないと問題になりそうだから行くけどさ。
あー……そうそう、赤心の実は無事にパトリシア君に納品した。その後何回か会う機会があったけれど、日に日に沈んでいくようだった。
ちなみに私の分の結婚祝いは、薬剤師らしくポーション詰め合わせにしたよ。基本二個セットで霊薬と万能薬。その上にまだレアな『退色なりし無』を嵌め込んだ。入れ物の箱は、スミスさんがベースを作り、取引先だと言うオススメの飾り職人の人が丹精込めて装飾を施している。
箱だけでもひと財産だと言われたから、領主令嬢のお祝いの品にしても恥はかかないだろう。
「じゃ、行こうか。式の間はみんな自由にしててね」
今日明日とデュシスの町は夏の祭り「精霊祭」だ。人出も多くなると聞いたし、みんなも楽しんでくればいいよ。
町に着いてギルドに向かう。ギルドの一階、受け付け前には着飾ったクルバさんとマリアンヌちゃん、それとマリアンヌと良く似たご婦人がいた。
「あら、初めまして。ようやく会えたわ。
夫に頼んでも、さっぱり連れてきてくれないんだもの。貴女がティナちゃんね。私はマリアンヌの母です。会えて嬉しいわ」
笑顔で握手を交わしながら、ポーション納品のお礼を言われる。そう言えばクルバさんの奥さんは、かなり大変な思いをしていた薬師さんだっけ。
「いえいえ、私も生活が楽になって助かります。今日は私まで同行させていただいてありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私たちの挨拶が終わった事を確認して、クルバさんが出かけると声をかける。ここでジルさん達とは別れる予定だったけれど、結婚祝いを私が抱えていくのは外聞が悪いと諌められた。
「うーん、なら誰か1人ついてきて貰える?
結婚祝いをお渡ししたら、そこからは自由時間で……」
中身はポーションだけど、金属の箱でそれなりに重いから、ジルさんかアルに頼もうかと思って声をかける。結局、全員がついてきて、領主館で別れることになった。
馬車2台に分乗して、領主館に向かう。当然のごとく、クルバさん一家と私達に分かれると思っていたのに、マリアンヌとマリアンヌ母の間に挟まれて馬車に乗る。もちろんクルバさんも一緒だったから、招待客と奴隷に分かれる形になった。
楽しく話していたら、すぐに領主館に到着した。
「騒がしいな。何事だ?」
門番に招待状を見せて中に入った途端、異様な雰囲気にクルバさんは訝しげに周りを見渡した。
「これは、これはマスター・クルバ。今日という慶事にご出席賜りありがとうございます」
働き盛りの中年執事がクルバさんを何事もないかのように控え室に誘導しようとした。
「ムードス殿、お久しぶりです。慶事にしては、館の中に不穏な気配があるようですが、何か出来ることはありますか?」
どうやらクルバさんは執事さんと知り合いだった様で、ざっくばらんに問いかけている。何かしら言いたいことはあるようだけれど、職務上言えないらしい執事さんは瞬巡してから、恭しく頭を下げて私たちを控え室に改めて誘った。
本当はここでジルさん達とは別れる予定だったけれど、どこかザワつく館の雰囲気を警戒して、みんな着いてきてしまった。
もう少しで控え室っていう所で、聞き覚えのある声がした。どうやら怒り狂っているらしい。
「……アンナさん?」
そう、この声はアンナさんだ。他にも何人もの声がする。しかしなんで領主館にアンナさんがいるんだろう?
「……どうか、何も言わず、こちらへ」
執事さんが平身低頭で誘導する。
開けられた扉の中に入ろうとした所で、廊下の奥にある扉が開いた。
「我々の主人の言葉はお伝えした!
若君はこの疫病吹きすさむ地に来ることはない!!
この婚礼を成立させたいとお思いならば、若君の申し出を受けて、疾く王都へ来られよ! 今日の式をなされるのであれば、新郎の代理を立てる」
そんな捨て台詞を吐きながら、下級貴族っぽい見た目のお兄さんは足早に去っていく。
その剣幕に、偶然居合わせた私たちは目が点だ。そのまま呆然と見送っていたら、奥から貴族を追いかけてきたらしいアンナさんと見たことがない中年貴族と目があった。
家庭の修羅場を偶然とはいえ見てしまったから、ペコリと頭を下げて、逃げようとしたら猛然とアンナさんが駆け寄ってきた。
「お待ちなさい!
デュシスの疫病は、この薬剤師、ティナのお陰でもう沈静化しています! 貴方の臆病な若君にお伝えなさい!! この地で生きるおつもりならば、もう少し勇気を持たなくてはいけないと!!」
アンナさんは私の腕を取りながら、去る貴族の背中にそう叫ぶ。貴族の背中が一度大きく揺れたけれど、振り返ることはなく去っていった。
「これは、マスター・クルバ。それと皆さん、大変お見苦しい所を見られてしまいましたな」
アンナさんと一緒に出てきた貴族はそう言うと力なく笑った。隣にいた貴婦人は涙ぐんでいる。
「お母様、叔母様……」
男の格好をしたパトリシア君に支えられて、廊下に出てきたドリルちゃんは、真っ青な顔色でアンナさんにそう呼び掛けた。
ー……おばさま?! 確かにこの世界だと二十歳過ぎればいい大人だけど、面と向かってオバサン呼ばわり?!
「イザベル! なんて可哀想な」
ドリルちゃんを抱き締めて、アンナさんは泣いていた。貴婦人もドリルちゃんを慰める様に、撫でている。
ここでは外聞が悪いからと奥の扉の中に招き入れられたら、かなり立派な応接間だった。適当に掛けるように言われて思い思いに座る。ジルさん達は、入り口近くの壁際に立ったまま控えた。
「改めて、お恥ずかしいところを見られてしまいましたな。
私はデュシスの領主を勤めいるクリスチャンです。お礼が遅くなりましたが、ティナ嬢、デュシスを救ってくれた事、感謝する」
あら、領主様でしたか。いや、ドリルちゃんがお母様と呼び掛けていたから、予想はしてたけれど。
「いえ、ご領主様にお礼を言われる様なことは何も。大変光栄に思います」
座ったまま出来る限り丁寧に答えた。貴族って関わりたくなかったけど、案外マトモそうだね。ドリルちゃんを挟むように座ったアンナさんとドリルちゃん母からもお礼の声がかかる。
「いえ、お気遣いなく。……アンナさん?」
当然のごとく貴族と一緒になっているアンナさんに説明を求めて、視線を向けた。
「そうね、ティナは知らないのよね。私の父は、先代デュシス領主なの。遅くに下働きの者に手を出して産まれた子供。公式には存在しない領主の血統よ。だからイザベルは姪にあたるわ」
苦笑しながら、騙していたわけでも、隠していたわけでもないのよ? と念を押された。後でチラッと聞いた所では、アンナさんのお母さんは、身籠った事に気がついてデュシスから逃げた。その後アンナさんを生んで死に、自分がデュシス領主の血筋だと知らずにアンナさんは大きくなる。その後色々あって、デュシス領主の娘だと分かり、ギルドに所属しながら領主とのパイプ役もやっているとの事だ。
妙に冒険者ギルドと領主館の連携が上手いなとは思ってたけれど、そういう理由だったんだね。納得。
「イザベル、どうする?
お前が本気で嫌だと言うなら、この話はなかったことにする」
「ええ、そうよ。先代様の往年の力はないとは言え、私達だって派閥の雄です。貴女のほうが身分も高いし、血筋も良いのだから、あんな無礼者断ってしまいなさい」
さっきの貴族との婚礼をどうするのか、ドリルちゃんに決めさせる気らしく領主夫婦はそういった。
「お父様、お母様。ですがここまで話が大きくなって破談になっては、外聞が……」
「イザベル、お前が気にすることではない。申し訳ない事をした。新興貴族でも特に勢いがあり、評判もいい青年だからと決めたが、こんな男だったとは……」
「お父様、ご自分を責めないで下さい。大丈夫ですわ、私がエドウィン様のお眼鏡に叶わなかっただけです……」
自身を責める領主さんとドリルちゃんの会話を聞いていたら、入口から音がした。アルが身じろぎをして持っていたプレゼントを壁に当てたらしい。
「アル?」
「申し訳ございません。発言をお許し頂けますか?」
自分に注目が集まったのを確認して、アルはそう問いかけた。領主一家の前で何を言う気かと思いながらも曖昧に頷く。
「失礼ですが、ご息女様の婚礼のお相手は、トムキ地方の男爵家の次男、エドウィンでしょうか?」
「エドウィン様、ね」
元公爵家のアルが当たり前に貴族を呼び捨てにしたから、即座にツッコんだ。だから、君は奴隷の身の上だって言うのに、いつまでも……まったく。
私に素直を謝ってから、アルは言い直した。アルを見た領主さんは、目を見開いて驚きを露にする。
「貴方様は、アルフレッド様?! 確か我々の領地でオークションにかけられたとは聞きましたが、まさかこの場にいらっしゃるとは」
焦りながら立ち上がる領主を慌てて周りは止めている。そうだよね、反逆罪の異端奴隷に丁寧な口調や、立ち上がって礼をするなんて不味いとしか言いようがない。何より、この人とアルって知り合いだったんだね。
「ご無沙汰しております」
「あ、あぁ、あな……お前がここで売られたとは報告は受けていた。執行局がこの地を調べるための布石と思っていたが、早く片付いて何よりだった。それで何事だ? 発言を許す。申してみろ」
家族から諌められて慌てて口調を切り替えた領主さんに対して、アルはいつも通り話し出した。
「一年以上も前の情報ですが、彼は身分の低い愛人がいたはずです。男児も生まれ、生きていれば3才になるはず。それはそれは溺愛しておりました。もちろん婚礼となれば、領主様はご存知の上でしょうが……。それに確かに王城では大変有能ではありますが、戦地での婦女子暴行、命令違反の兵士たちへの過剰な行動などが噂になっていたはずです」
「え?」
「はい、アル様のおっしゃる通りです。ついでに言えば、あまり質の良くない賭場へ出入りしているという話もありましたね」
アルに続いてオルも肩を竦めながら軽く補足した。いや、それ、旦那として最悪じゃない?
なんでそんなのが、ドリルちゃんの旦那候補になったのやら。
「お父様?」
ドリルちゃんも初耳らしく、驚いて父親を見つめていた。
「それは本当か?」
聞き覚えのない低い声でそう問いかけられて、弾かれた様にそちらを見た。瞳を暗く濁らせたパトリシア君、この場合はパトリック君と言った方がいいかな? がアルを睨んでいる。
「本当です。私が嘘をついて何になりましょう?」
「ご領主様!!」
詰め寄るパトリック君の剣幕以上に、領主さんも怒り狂っているようだ。
「何と言うことだ。ここまでコケにされるとは……。しかしどうする? どうすれば娘に泥を被らせる事なく、この婚礼を破談に出来る?」
ブツブツと考え込む領主さんの暗い声だけが室内に響いた。
「……俺が証拠を掴む。それを突き出して婚約破棄をさせればいい。今日の婚礼は中止、は不味いか。なら延期には出来ますか?」
ふーん、好きな子が馬鹿にされるのは、パトリック君も許せないんだね。私も結婚式に呼んでくれた友達(仮)が不幸になるのは見たくない、かな?
「アル、そこまで知ってるなら、そのエドウィンの子供や愛人の住んでる所を知らない? オル、報酬次第で内々に、王都で調べものをしてくれる場所を教えて。知ってるよね?」
私がアルオルにそう命令すると、領主さんやパトリック君が見つめてきた。アルオルは一年前の情報で良いならと快諾してくれた。
「それは有り難いが、時間がない。これから我々と同行して、王都に向かうとしても、着いたら即婚礼を求められる。この婚儀は王も承認されているからな」
「王都へは神殿の移転かしら?」
「いや、アンナ、それは違う。いくら貴族とは言え、簡単に移転陣は使わせてもらえない。ペガサスの馬車だ」
「なら方法はありますわ。マスター・クルバ。例の話を早めてください。お願いいたします」
「例の話?」
冒険者ギルド内部の事なのか、マスター・クルバとアンナさん以外、訝しげにアンナさんを見た
「あれ、か。スカルマッシャーのAランク昇進……」
「はい、今からならば夏のランクアップ試験に間に合います。次は冬です。疾風迅雷の抜けた穴を埋めるためと言うことでしたら、ゴリ押しできますわ。そして、間に合わせる為には移転陣を使うしかありません。ギルドの昇進試験の為ならば、前例もあります。領主館からの口添えもあるでしょう」
「あ、あぁ、無論だ」
アンナさんに睨まれて、領主さんは慌てて頷いた。
「う……む。しかし……」
クルバさんには思うところがあるのか、悩んでいる。マリアンヌとマリアンヌ母は私と同じく呆然とした顔だ。
「移転するのが数人増えたからと言って、神殿も目くじらはたてないだろう。どうだろう、マスター・クルバ。本当にAランクに上がるパーティーがいるなら、この窮地、救ってはくれないか?」
腹が決まったのか、領主さんはそう言うと、クルバさんに向かって頭を下げた。
うん、サイテー男に鉄槌を下すなら私も一枚噛みたいし、期待に胸を膨らませてクルバさんを見つめた。




