80.双樹の森(2)
気合いを入れたら拍子抜けだった。
いや、ギルドで聞いてきた通り、守護者の狂った(?)ノームとシルフが現れたんだけど、私を見た途端に、飛び出るかと思うほど目を見開いて、精霊樹に戻ってしまった。え、問答無用に襲いかかって来るはずなんだけど。そしてそれを倒せば、双樹から実や花を採れるはずなんだけど、何事よ?!
全員で顔を見合わせていると、精霊樹に隠れる様にこちらを伺うシルフが話しかけてきた。この二人? 二匹? の何処が狂った精霊なんだろう?
「あの、冒険者さん、その気配?」
「あぁ、冒険者の娘さん、お前さんの纏う気配はなんだ?」
ノームのおじいさんも、草の陰から声をかける。マトモだよねぇ。ギルドでガセネタ掴まされたかな?
「気配?」
問い返す私に、二人は頷いた。
「懐かしい気配がするの」
「あぁ、遠く離れた同胞の気配。それに、決して逆らってはいけない気配もする」
「ねぇ、娘さん、お願い。少し調べさせて?」
その声と同時に、2本の精霊樹から鑑定染みた何かが私に掛けられた。
「え……うそ」
「……こりゃぁ」
その結果を見てなのか、慌てた精霊さん達は隠れていた場所から出てきて、私に跪いた。精霊樹を中心に、風もないのに森の木々がざわめいている。
「何だ?」
色めき立つジルさん達を気にせずに精霊さんは私に向かって頭を下げる。これは忠誠を示す仕草だ。
「お嬢さん、名前を教えてくれんかね?」
「え、ティナ、ですけど……」
「それは本当の名前じゃなかろうが。……まぁいい。
ならティナよ、懐かしき同胞から祝福を捧げられた娘よ」
「それは本当の名前ではないでしょう? ウソは哀しいわ。
……でも、そうね。懐かしき森の友達の祝福を受けた娘さん」
『古ノ神ノ祝福ヲ受ケシ者ヨ』
シルフとノームに続いて、森全体から響く声がした。武器を抜いていたウチの同居人達が警戒して、輪を狭める。
「神?」
ダビデが不思議そうに私を見上げた。いや、見られても私も分からないから!
まぁ、神様の心当たりは1つしかないけど……。ちょいワルおやじ、また何かやらかしたか?!
「ティナ……」
「お嬢様……」
ジルさん達が呆れた様にこっちを見ているけれど、私は何もしてないって!!
「去りし我らが主神の祝福を受けし娘」
「狂いし我らを正気に戻すそなたを讃えよう」
『幾千ノ昼ヲ越エ、夜ニ耐エ、今ココニ、喪ワレシ主神トノ絆ヲ結ブ使徒ガ戻ッタ。祝福ヲ! 祝福ヲ!! 我ラ一同、ソノ奇跡ヲ言祝ガン!!」
木々が葉を揺らし、風が舞う。それに負けじと、沢山の声がした。何度も何度も繰り返し、祝福を叫んでいる。
いや、マジで待って! すっごい怖いから!!
私たちは全員、身を寄せあって団子になり怯える。
第一、使徒って何さ!
「ティナお嬢様! これは普通なんですか?!
怖いです。森は本当は話さないですよね?!」
ダビデが抱きつきながら、尋ねてきた。ジルさんとアルは警戒も露に周りを観察している。オルだけは飄々と耳を傾けている様だ。
「多分話さないと思うよ。それにこれ、どっちかと言えば、森が話してるって言うよりは、古樹に宿る精霊なんかの声だと思う。
そんなのがいるって、ギルドでも注意を受けたよね。守り神的な立ち位置だから、間違っても切り倒さない様にってアンナさんが話してたよ」
「だがな、ティナ。それにしても、ここでの一戦は避けられないもののはずだろう? なんで精霊が正気に返っているんだ?
ダンジョン化した場所にいた、妖精や精霊、野性動物は魔物化するはずなんだが……」
「へぇ……そうなんですね。知らなかったです」
暢気にジルさんと会話していたら、いつの間にか森の声が途切れていた。
「遠き同胞の友よ。我らが絆を繋ぐ者よ。
ここに来た目的は何だ?」
少し大きくなったノームが立ち上がって私たちに問いかける。
同じく成長して、20歳前後見た目になったシルフも風を纏って私たちの周りを踊りながら問いかけた。
「私たちの友のお友達。お望みはなぁに?
私たちが正気でいられるのも、長くないわ。何かあるなら教えてね?」
「え、私は赤心の実が欲しくてここに来ただけです。皆さんとも戦うつもりだったんですけど……。何事?」
首を傾げる私の頭を抱き込む様に腕を伸ばして、シルフはニッコリと笑みを浮かべた。そのまま私の耳に唇を寄せて囁く。
「調律神の使徒様。どうかお心安らかに。赤心の実は好きなだけお持ちください。
それと、私たちからも贈り物を致します。
お受け取り下さいませ」
ノームのおじいさんもシルフのその言葉を受けて、ひとつ大きく腕を振り消えていった。
無性にイヤな予感がして、自分に鑑定をかける。
ー……がぁ!! やっぱりあったよ!! 新称号! 職業じゃなくて良かった、本気で。
称号:調律神の使徒
去りし世界の主神の名を知り、その存在を感じた者に与えられる称号。何らかの使命を持つ場合もあるが、ほとんどは事故である。不運と言うべきか、幸運と言うべきか……。ひとつ言えるのは、この称号を持つものは、現在でただ1人であると言うことだけである。
即座に偽装情報(∞)で消しましたとも!!
何だよ、この地雷! しかも説明文もイマイチだし!
効果は「稀に魔物化した生き物を正気に戻す事がある」らしい。
また来たよ、残念チート! これバレたらまた不味い系だよね?!
「ティナ?」
ひとりで百面相して息切れしていたら、ジルさんに熱でもあるのかと、額に手を当てられた。その手を避けつつ、赤心の実を回収する。ついでに花や葉っぱも綺麗だから数枚貰った。
アイテムボックスに入れて、精霊樹に向き直る。
「ありがとうございました。これだけあれば十分です。
では、帰りますね」
「あら、お待ち下さいませ。
これが私たちからの贈り物です。お持ちください」
そう言ってシルフとノームは、宝石がついた箱を私に差し出してきた。
「え、いや、いただく理由が……」
慌てて遠慮したけれど、目の前に箱を置くと精霊樹に消えていった。森の中に静寂が戻る。
「……どうしよう?」
「頂くしかないのでは?」
「とりあえず開けてみようか?」
アルオルはそう言うと、警戒しつつ箱を開けた。特段鍵はかかっていなかった様で、すんなりと開く。
「な?!」
金銀財宝、ザックザク~。
頭に気の抜けたそんなセリフが回る。ここ掘れ、ワンワンじゃないんだぞ?!
「ティナ……」
ジルさんが呆れ返ってこっちを見るけど、私のせいじゃないから!!
「こりゃ凄い」
「精霊樹の枝もありますね。色からして属性は風と土でしょう。
これだけでも、一生暮らせますよ。おめでとうございます、ご主人様」
アルはそう言うと、私の腕くらいの大きさはある枝を見せてくれた。
枝の下には輝く石も沢山ある。
その中に、さくらんぼ状態の金銀の宝石を見つけて、手に取った。
双樹輝石:二つでひとつの魔石。長い時間をかけて生成されるレアアイテム。
表示される内容を読んで、にんまりと笑顔を浮かべた。これで秋以降の懸案事項が何とかなるかもしれない。帰ったら久々にアイテム作成技能を使うことにしよう。
「あの、本当に貰っていいんですか?」
『ここにあっても、何の利用も出来ません。どうぞお持ちください。ただ次も我々が正気とは限りません。またこちらに来るとき、我らが狂っていたらその時はご容赦なさらず』
風に溶けるように返答が囁かれる。
「頂いて帰ろうか」
私がそう言うと、ジルさんが宝箱を持ち上げようとした。
「あ、そのままアイテムボックスに入れるね」
「ティナ、お前は一体なんだ?」
ジルさんと並んで、宝箱に手を伸ばしたところでそう問いかけられた。
「ただの未成年冒険者ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません。私がどういうヤツなのかはジルさんやダビデが一番よく知っているでしょう?」
卑怯かなと思いつつも、そう答えた。それ以上何も言えなくなった同居人達と連れだって、精霊樹にお礼を言い、町に戻ることにした。
『風の祝福を』
『大地の祝福を』
去る私たちを追うように、声が聞こえる。
祝福の光は私たちに等分に降り注いだ。
「え?」
「ん?」
ジルさんとアルが変な顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、今『風の祝福を手にいれた』と聞こえた気が」
「おや、ジルもですか。私は『大地の祝福』だそうですよ?」
「はい?! なんで?!」
慌てて二人を鑑定したら、確かに称号欄に『風の祝福』と『大地の祝福』がある。
「それをご主人様が言いますか?」
「明らかにティナのせいだろう」
「ティナお嬢様がいたからだと思います」
ダビデまで?!
納得できん。




