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79.双樹の森

 パトリシア君に呼ばれてギルドに着いた。応接室の1つに案内されて中に入る。


「こんにちは、パトリシア君。今日はどうしたの?」


「来たか、小娘。依頼だ。

 山にある『双樹の森』は知っているか?」


「知らないけど、何で?」


「そこに生える赤心の実が欲しい。ただし、それを採取するのは未婚の女じゃないといけない。と言うか未婚の女しか触れない。赤心の実で染めたものは、縁起物だからな。是非とも俺から贈りたいが、危険も大きい。どうするかと思っていたが、お前ならなんとかなるだろ?」


 猫を解除したパトリシア君は可憐な見た目と男の口調でそう言うと、私を見た。


 結婚祝い……あぁ、ドリルちゃんの。でも何で赤心の実? 尋ねたら、教えてくれた。年頃の娘がそんな事も知らないのかと呆れられたが、ご当地モノの昔話なんか知らんわ。


「赤心の実には伝説があるんだよ。

 あるところに中の良い幼馴染みがいた。男が2人、女が1人だ。

 片方の男は村でも評判の好青年、もう1人はどんくさかったんだろうな、馬鹿にされていた。ある日、領主の命令で、好青年の方の男は戦争に出ることになった。

 女と戦争に出る男は、結婚を言い交わしていた。嘆き悲しむ女を、戦争に出る男は幼馴染みの男に託した。

 旅立つ男に、残るどんくさい男と嘆く女は贈り物した。赤心の実で染めた糸で作った守り袋だ。全く同じものをもう1つ、女も持っていた」


 へー……、こんな恋愛話って何処の世界にもあるんだね。何だかんだで昔話って説教臭いのが多いけど、この話はどんな結末だろう?


「赤心の実で染めた糸には2つとして同じものはない。コレを持って必ず帰る、だからそれまで女を頼むと残るどんくさい男にそう言って、男は旅立った。

 春が来て、冬が来て、そしてまた春が来た。幾年も帰らない男を女は待ち続けた。そんな女をどんくさい男もまた、守り続けた。

 ある日、領主の帰還に合わせて、負傷した兵士達が帰って来た。その中に、酷い怪我で、歩くことも話すこともままならない、顔の潰れた兵士がいた。

 ……もう分かるだろ? それが戦争に行った男さ。

 女は男が持っていた守り袋から本人だと知り、添い遂げた。子供も生まれ幸せだったようだぞ? どんくさい男も二人をずっと助けた。何も出来なくなった戦争に行った男と、村で生きていた女だ。どんくさい男の助けがなければ、添い遂げることなんか出来なかっただろう。どんくさい男は、女を愛していたって話もある」


 最後はサラッと言ったけど、これってパトリシア君と被ってるよね。パトリシア君、ドリルちゃんのこと嫌いじゃないみたいだし。しかし、それが何で結婚祝いに繋がるの?


「……分かってないだろ?

 簡単に言うとな、どんな苦難があっても添い遂げられる。幸せになれるって祈りを込めた品なんだよ。こんなご時世だ。相手の貴族だって下手をしたら戦争に行く。

 だからアイツには、赤心の実で作った物を贈りたい」


 ふーん、健気と言うべきか、相手の男の不幸を願ってるのかと穿った見方をするべきか、微妙だ。


「まぁ、良いですけど。受付に行けば、地図くらいは買えるかな? 想定される危険をわかる範囲で教えてもらえますか。ついでに先払いの報酬と、総報酬はいくらですか?」


 あ、初めて冒険者してる気がする。今までなし崩しだったし……。


 そこからパトリシア君と交渉して、情報を貰った。受付で補足情報を貰って、双樹の森に向かう。隠れ家を展開していた山の麓から、奥に入り谷を1つ越えた所にあるらしい。


 ダンジョン『双樹の森』

 中心点から点対象に全ての植生がある森。通称・双子の森。

 中心には双樹の木が一本と精霊樹が2本生えており、それらを伐り倒すことは禁止されている。赤心の実はその双樹の実。未婚の……有り体に言えば、処女だけが採集出来て、それ以外の人が触ると塵となるそうだ。なんてデリカシーのない植物なんだろう。

 魔物も全てペアで出てくる。発生する敵は、植物系モンスターが多い。

 危険度はBランク相当。ただし赤心の実を素人の娘さんが採集するなら、護衛はAランク以上が推奨だ。


 本来、私のランクだと護衛として別のBランク以上の冒険者の同行が必要だけれど、アンナさんの「特例よ」の鶴の一声で、入れることになった。そこで教えて貰ったけれど、マスター・クルバからの通達で、私がもし望むならAランクまでは入場許可を出していいと言われているそうだ。


 何故に? って聞いたら、自分の戦闘力を胸に手を当てて考えてみて? っていい笑顔で言い切られてしまった。


 そんなこんなで、双樹の森に到着した。道中、魔物に襲われるくらいで大したことはなかった。


「さて、と。中心部に向かいましょう」


 毎度恒例、マップを表示させて足を止めることなく、森を進む。


「ティナお嬢様、あそこの木の実を採りたいです!」


「ハニーバニー、ほら、あの幹の樹液は知っているかい?

 よい(にかわ)になるから、買い取りをしているはずだ。採集しよう」


 時々、アウトドア派のダビデやオルが、買い取りをしてもらえる素材を見つけて、声をかけられる。ジルさんとアルは護衛が板についている。なんか、バランス良くなってきたよね。地味に嬉しい。


 無意識にニコニコしながら歩いていたら、怪訝な顔で見られた。本来は対照な植生で方向感覚を混乱させて迷わせる作りなんだろうけれど、マップを横目で確認しながら進む私が迷うことはなかった。


「あ、ジルさんストップ。ダビデ、こっちに来て。

 アルオル、戦闘になるから準備ヨロシク。相手は正面の森ね」


 先行していたジルさんを止めて、武器を構える。私の目の前に広がるのはただの森だけれど、マップ的には敵対反応で真っ赤だ。


「キャット?」


「……擬態系、かな? 木に敵対反応がある。正面、見える範囲ほとんど全部。弓で攻撃してみる」


 鑑定すればわかるんだろうけれど、少し距離があるから読み取れなかった。弓を構えて、一番近くにある敵対反応に試射する。


「Guu……」


「うわ、キモっ」


 避ける事なく当たった矢で目覚めたのか、木のモンスターが枝? 触手? を振り回している。幹の下から二メートルくらいの所に、複数の裂目が出来てそれが目、鼻、口になった。

 上部を揺らしながら、地面から這い出た複数の足でこちらに向かって進んできている。


 木の根にあたる部分が足になっているから、全方向に複数のたうち、たいそう気持ち悪い。


「ティナ! あれは?」


「アンナさんが話していた、待ち伏せの木かな? 危険な食虫植物ならぬ、食人の魔物だし、出来たら数を減らして欲しいって言われたヤツだと思う。

 とりあえず燃やそう。……うぎゃ」


 植物系の魔物には火が有効だって聞いたから、魔法で燃やそうと準備をする。その私に目掛けて、リビングツリーが粘着性の固まりを投げつけてきた。油断していて避け損ねたそれは、肌に張り付いている。


「大丈夫ですか?!」


 慌ててダビデが取ろうとしてくれて、逆に粘着力にやられて、離せなくなっている。


 その間もこちらに向けて突進してきている木に向かって、取り敢えずファイヤーボールを投げつけた。


 浄化を使って、粘着性の何かをキレイにしてダビデと離れる。素肌に触っていた場所は赤く爛れていた。痒みが襲う左の首を掻きながら、鑑定すると案の定、状態異常だ。ポーションを使って治そうと、ダビデの分も合わせて取り出す。


「ティナ!!」


「ティナ様、如何されますか?!」


 焦ったジルさんとアルの声で視線を戻せば、目の前に広がる一面のキモいお化けの木。全部がこっちに向かって押し寄せてきていた。


「近づくのは片っ端から燃やす! 広域攻撃は山火事になりかねないから、個別にやる。回避専念! ドロップ品の回収は不要! 強行突破!!」


 ー……スキル発動、吝嗇家の長腕!!


 これで倒せば自動でアイテムボックスに、ドロップ品は収容される。


 ニヤリと太い笑顔を浮かべて、魔物の中に飛び込んだ。

 目につく端から燃やす。弱点らしく冬の枯れ葉のように良く燃えた。


「……抜けた!!」


 しばらく走ってジルさんを先頭に、魔物がいない場所までたどり着く。息切れしながら後ろを振り向いたら、襲ってきていた木は元の場所に、ザワザワと枝葉を鳴らしながら戻っていった。


「ティナ、前を見てくれ。あれが双樹か?」


 丈の低い草の先に、見事に二股に分かれた大樹がある。右は黄金の幹に白銀の葉っぱ、左は白銀の幹に黄金の葉だ。


「……綺麗」


 私だって女だもん。綺麗な物も光り物も好きだ。黄金の幹の方には赤い実がたわわに実っている。白銀の幹の方は、真っ白い花だ。


 双樹に誘われるように、フラフラと木に向かって歩いていったら、途中でオルに体当たりをされた。

 私の目の前をカマイタチが通り過ぎる。


「キャット、気を付けてくれ」


「あ、ごめん。そうだよね。もう一戦しなきゃならなかった。ごめん、ボーッとしてた。

 さて、大地の精霊さん、風の精霊さん、双樹の実を採りに来た冒険者です。お相手願いましょう!」


 私のその声に答えるように、双樹の両サイドに生えていた、水晶の木から、ノームとシルフが現れた。


 この二人(?)を倒せば、晴れて赤心の実を採る資格が得られる。

 いざ、勝負!!





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