76.お久しぶりです!
祈祷所に一歩足を踏み入れた途端、目の前が真っ白に染まった。驚いていると、懐かしい声がする。
(……さーん!! ユリさーん!!)
幻聴かな? と思っていたら、目の前にリクスーの妖精さんがいた。相変わらずの巨乳だ。
「お久しぶりです!! お元気そうで何よりです!!
ユリさん! しっかり!! 私が誰だか分かりますか?!」
「え、ハロ……さん?」
そう、目の前には二度と会うことはないと言われ、別れを告げたハロさんがいた。私の訓練担当だった妖精さんだ。
「はい、貴女に名前を付けられた思念体86号のハロです!
ご無沙汰しています、お元気そうで何よりです。異世界はお楽しみ頂けているみたいですね! 私達も非常に楽しませて頂いております!!」
ウキウキと話ながら、くるりと宙返りをするハロさんは、確かにハロさんだ。それと、下手したらパンツ見えますから、気をつけて下さいね。まだ動揺しているせいか、変なことを冷静に考えていた。
「え、なんでハロさん? もう二度と会えないと思っていました。私、また死んだんですか?」
思えば、真っ白空間にハロさんの取り合わせは二回目だ。前回も死んでいたから、今回もまた死んだのかと思って問いかける。
いや、しかし、祈祷所入った所だったよね。なんで、死んだんだ?
「イヤだなぁ、死んでないですよ。ユリさん、思い出してください。祈祷所に入ったでしょう? 祈祷所って神様に通じるところなんですよ? だから、ね?」
混乱する私に、イタズラが成功した子供のように笑いかける。
「今、ユリさんの時間だけを引き伸ばしてお話してます。現実時間で1秒につき1分くらいですね。だからあんまり時間がないんです。えーっと、どこからいきましょうか?」
ハロさんがそう言って、小首を傾げた時だった。何処からともなく、紙飛行機が私に向かって飛んできた。両手で捕まえようとしたら、ヒラリとかわして、私の額に激突して地面に落ちた。
「いったぁ??」
大して痛くはないけれど、衝撃に驚いて反射的にそう言った。下を見れば紙飛行機の羽に「ユリもしくはリュスティーナへ」と日本語で書かれている。デジャブを感じながら紙飛行機を開くと、やはりそこには、推定神様の管理者からの手紙が書かれている。
『よう! ようやく神殿に来たな! まったく日本人は信心深いと聞いていたのに、一年近くも挨拶なしとは薄情なヤツだ。
さて、ティナ、ようやく神殿に来たお前に、プレゼントがある。ハロを遣わせたのもその為だ。まったく、こんなに遅くなるとは思わなかったぞ。今後はちょくちょく来い。
追伸:日本人は、見物していて本当に面白い生き物だな。お前は良くやっている。今後もその調子で、お前らしく生きろ』
グシャっと音をたてて手紙を握りしめて、ハロさんを見る。引かれている様だが、気にするもんか。
「ハロさん? 見物って?」
「え、ユリさん、何故そんなに怒ってるんですか?」
「私の人生には、干渉しないという約束でしたよね?」
「はい、何も干渉していないですよ。そこは管理者様にも確認しています。今回は、神殿に来たことにより解放された称号と職業のフォローに、遣わされただけです」
ふーん、なら、まぁいいか。私の人生に干渉したり、影響を及ぼしていないなら、転生時の約束は守られているんだろうし。覗かないっていうのも入れれば良かった。なんだか、見られていると思うと恥ずかしいじゃないか。
「あ、大丈夫です。毎日24時間監視してる訳ではないですから! ユリさんは本当に変わってますよね。
それで、称号と職業です。職業だけではなく、称号もステータスが伸びやすくなったり、スキルを獲やすくなったりしますから、本来は凄く良いことなんですよ? だから、怒らないで下さいね??」
おずおずとそう言うと、ステータスを確認するように言われる。時間がないと急かされたから、職業と称号だけを表示させた。
リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル(♀)
職業:女王サマ・転生者・薬剤師・魔導師・弓術士・聖女
称号:チビッ子女王サマ・規格外薬剤師・救世の神子姫・荒ぶる拗らせ厨二病の犠牲者・上位管理神の試作品
ぶッ!!
「ちょっと! ハロさん!! これ何ッ!!
なんか変なの一杯付いてる!!」
名前からして地雷がいっぱいだ!!
喰ってかかる私に、あたふたしながらもハロさんは説明してくれた。
どうやら私がちょいワルおやじを引っ張り出したせいでくっついた称号と職業らしい。
「詳しい効果は後で鑑定してください!
それよりもそのままだと、色々と厄介なことになっちゃいますから、ユリさんには1つ、管理者様お手製のオリジナルスキルをプレゼントしますね! 私たち、約束は守りますから安心してください!」
フワッとハロさんは発光し、その光は私の中に吸い込まれて消えた。
「はい、完了です! スキルは特殊技能に分類される『偽装情報∞』ですよ!
これは凄いんです! どんなに強力な鑑定や神々のご信託を行われても、管理者様より下位の存在の者なら一切を無効にします。そして、ユリさんが設定した情報のみを相手に伝えます♪」
凄いでしょー! とハロさんは浮かれて話すけれど、私は素直に喜べなくて、ジト目で見つめてしまった。
「それって、それだけのスキルを後付けしてでも、私に与えなければマズイ何かを、ちょいワルおやじがやらかしたってことですよね?」
「そ、それは……」
言いよどむハロさんを更に問い詰めようとしたら、脳天に紙飛行機が直撃した。今度は結構痛かったから、頭を擦りつつ紙飛行機を、開いて走り書きの手紙を読んだ。
『つべこべ言うな。過ぎた事だ。
それよりも、いつまで俺をちょいワルおやじと呼ぶ気だ?
俺はユリがいる世界では、調律神・メントレと呼ばれていた。そう呼ぶが良い』
「調律神・メントレ……ねぇ。面取れとか言われそう。お面を被るか、剣道の一本かは、想像に任せるけどね」
肩を竦めながら、ハロさんに向かって話した。
「え、ユリさん。なんで管理者様の御名を知ってるんですか?!」
驚いて聞いてくるハロさんに今届いたばかりの手紙を振った。
「あぁ、何て事を!! これでまた1つ、ユリさんにトンデモ称号が増えるじゃないですかッ!! 管理者様は一体何をお考えなのですか。私には、もう分かりません!!」
絶望して嘆くハロさんを驚いて見つめる。ひたと視線を合わせて、ハロさんは念を押す様に私に語りかけた。口を挟む隙もない。
「ユリさん良いですか? 強く生きてください。
そして一刻も早く、この空間があるうちに、偽装情報を使ってください。それと、管理者様からきたお手紙の裏に、返事を書いて紙飛行機を飛ばせば直接文句が言えます!
ほら、もうすぐこの空間は消えます。早く偽装しないと、色々バレますよ!!
それと、称号や職業は、解放条件を満たせば自動で表れますから、定期的に見てくださいね!!」
それだけいうと、ハロさんは光の玉になって、空高く消えていった。
謎の真っ白空間が遠くから崩壊してきているのに気が付いて、慌てて新スキルを使う。ハロさんの助言には従っていた方がいい。
とりあえずステータス系は軒並み二桁消した。五桁あった魔力も数百まで落ちたから、問題はないだろう。次に、転生絡みの不味そうな順から消して、ハロさんがあんなに反応した新しい称号・調律神の使徒も意味は分からなかったが、とりあえず消した。使徒と信徒と信者って何が違うんだっけかな? 何でもアリだったから、宗教には疎いんだよね。
最後に女王サマ絡みを消そうとしたところで、時間切れとなり、私の目の前にはさっきまでいた祈祷所の天井が広がっている。
「ティナ?!」
「ティナさん?!」
どうやら意識を失って倒れたらしい。呼ばれてきたクルバさんとお婆ちゃんが両脇を支えている。祈祷所の入り口からは、ダビデやジルさん達が心配そうに覗いていた。
「大丈夫か? あれだけの『退色なりし無』を作ったから疲労が出たのだろう。まったく無理をするな」
「あらあら、先程の光は無事に職業につけたみたいね。鑑定して内容を確認された方がいいわね。ほら、とりあえずあちらに座ってちょうだい」
誘導されて祈祷所の中にある木の長椅子に腰掛けた。お婆ちゃん自らが豊穣神に問いかけて、私のスキルを確認したようだ。
私のステータスを見てなのか、神様からの回答があったからか、酢でも濃縮原液で飲んだような酸っぱい顔になる。
「あらあら、これは凄いわ……。私もこんな職業は初めてみます」
何とも言えない顔で苦笑しつつ、私に公開して良いか聞いてくる。同意する私に、落ち着いて聞いてね? と念を押しつつ、お婆ちゃん自身も深呼吸した。
「あのね、ティナさんは複数の職業についているのよ。若いのに凄いわね。薬剤師、魔導師、弓術士、ここまでは冒険者だしまだ分かるわ。
でも、最後の1つが問題なのよ。『女王サマ』ですって。私も長く神官をしているけれど、初めて見る職業よ」
「ブッ……!」
祈祷所の中に入ってきていた冒険者達の誰かが吹き出した。呆然とジルさんが「女王サマ……」と呟く声もする。
「そしてね? 称号もあるみたいなのよ。『チビッ子女王サマ』と『規格外薬剤師』ですって。ステータスの数値は魔力がとても高くて、800を超えているわ。それ以外は普通だから、心配しないでね?」
よしよしと慰められながら、そう言われる。
「ミート殿、その『女王サマ』とやらはどんな効果がある職業なのでしょう?」
話せない私の代わりに、クルバさんが確認してくれた。それと、外野の冒険者ども! 女王サマって言われる度に、笑うな!!
「え、ええ、パーティーメンバーの能力アップをさせる指揮官系職業みたいね? ただしアップさせる相手は、ティナさんに肉体的にも精神的にも、全てを捧げ尽くしていないといけないみたいだけれど……。これは、奴隷限定になるのかしら?」
悩みながらもそう教えてくれた。そうですか、女王サマってそんな職業ですか、SM的な1日1回誰かを痛め付けないとダメージくるとか、そう言う感じじゃなくてせめて良かったよ。
……良いわけあるかッ?! ちょいワルおやじ!! 何て職業くっ付けやがった!!
「まぁ、無職よりは良かったな。それにしても、女王サマか。……く、ククク、ハハハハハ!!」
クルバさんが堪えきれないと言うように大爆笑し初めたら、釣られて冒険者達も大笑いし初めた。足を踏み鳴らし、手を叩き、腹を抱えて、お互いに背中を叩き合っている。
けたたましく笑っていたジョンさんが、私の前まで歩いてきて、憮然と膨れる顔を覗き込まれた。
「よう、今回はお疲れ様だったな。お前が特効薬を町に広めてくれたお陰で助かったぜ、女王サマ!! ぶ、はは、アッハハ!
ヤベェ、腹イテェ、まさかまさかの、女王サマだとよ。これでリックがいりゃぁな。お前をチビッ子女王サマと一番初めに言い出したのはアイツだ。喜んだだろうよ」
リックさんの名前が出た途端、冒険者達は皆、黙りこんだ。
「スカルマッシャー、リックが消えたと言うのは、本当なんだな?」
「ああ、マスター・クルバ。俺達を治してくれた鎧が、扉ぶち破って連れていったらしい。凄かったぞ。この人数、呪文を唱えるでもなく、確認するでもなく全員一斉に治したんだ」
「ポーション等ではなく、か?」
「あぁ、ありゃ治癒魔法だ。それも飛びっきりのな」
後の事は冒険者ギルドで聞くと、クルバさんは言って、移動することになった。神殿を出て、町の人達をあしらいながら、冒険者達に囲まれて町を歩く。その間に、クルバさんは思い立ったのか、歩みは止めずに話しかけてきた。
「ティナ、これをやる」
そう言って渡されたのは、小さな魔石だった。
「これ?」
「自由の風が無罪の場合に渡そうとしていたものだ。せっかく作ったしな、今回一番の功労者であるお前に渡す。売ってもいいし、誰かに渡しても良い。
魔石の中には自由の風に対するギルドからの感謝状が入っているからな。……何処か他の地域で活動するときには、役に立つだろう」
「え? いや、その」
いきなり変なものを渡されて動揺した。コレを渡されるってことは、なに、クルバさん、気がついてる?!
「安心しろ、この町から出ていけと言っているのではない。お前は、自由の風の救出に一番熱心だった。そのお前が持っているのが、おそらく一番良い。町の外で暮らすお前ならば、もしかしたら何処かで会うかもしれないしな……。その時には二度と顔を見せるなと伝えろ。
まったく、迷惑な連中だった」
やれやれと首を回しながら、クルバさんは城門を指差して、疲れただろうからティナは先に帰すと周りの冒険者達に伝えた。それを受けて、私を城門まで送る為に冒険者達は方向を変えた。ジルさん達が私の側に寄りそい、歩き出す。城門に到着する前に、クルバさんは私にだけ聞こえる声で、伝えてきた。
「一度身内と認識した人間に甘いのは両親譲りか? だが、町中であれだけの移転を繰り返せば、勘のいい連中ならすぐに異変に気が付く。今回は何とかなったが、次からは気を付けろ。
……自由の風を、頼む」
あー……、悔しいけれど格好いいな、クルバさん。
はいはい、承りましたよ。ちゃんとコレを渡して、逃げろって伝えます。




