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74.恥を知りなさい!

 扉を強く連打する音で目を覚ました。


 昨日はあの後、追っ手を気にしながら町に戻ったんだけれど、特に襲われることもなかった。そう言えば、ケビンさんに伝言を頼まれていたなと思い出し、道行く酔っぱらいにギルドへの投げ文を頼んだ。前にカインさん達と町で買ったお酒で、快く引き受けて貰えたから助かったよ。ただしかなり酔ってたから本当に届いたかは少し不安が残る。


 全てを終えて、豊穣神殿の宿坊に戻ってきたけれど、出掛けた時と全く変わり無く全員が眠りに落ちたままだった。耳を澄まして軍神殿の方向を窺うけれど、あちらもまだ気が付いていないのか、動きはなかった。


 やれやれと安堵しつつ、自分自身に浄化をかけて、鎧をいつものローブに戻し、マジックバックに仕舞った。眠る準備を整え、ダビデの横に潜り込む。四人の魔法を解除して、私もまた、眠ろうと努力した。


 ようやく眠気が来たのは、夜が白々と明けてきた頃だったから、三時間程度は休めたと思う。強打される扉に驚いて、ダビデが飛び起き、床に滑り降りる。アルは昨日、武装解除もしないまま休んだから、甲冑姿のまま警戒している。


「誰ですかッ!!」


 ダビデが声を張り上げ誰何(すいか)する。扉の外にはジルさんとオルランドもいたはずなのに、声がしないなんておかしい。


「ここを開けろ!!」


「無体な事は止めていただきましょう! ここにいるのは、我ら豊穣神殿のお客様ですよ!!」


 昨日のお婆ちゃんの咎める声と、誰か分からない男の人の声がする。開ける許可を求めるダビデとアルに頷き、結界と魔法の鍵を解除した。


 音をたてて扉が押し開けられ、開けに行っていたダビデを強打する。アルがダビデを支えて、侵入者を睨み付けた。


「何事で御座いましょうか? まだ朝も早い時間です。

 未婚の女性の部屋に押し入る様な真似をされるとは信じがたい」


 不快感を隠しもせずに問いかけるアルに対して、軍神殿の制服を着た神官は舌打ちをした。


「奴隷ごときが、生意気な口を叩くな!!

 お前が薬剤師のティナだな!! 神官長様がお呼びだ! 速やかに一緒に来て貰おうか!!」


 ベットの上で上半身だけを起こしていた私を乱暴に掴み、引き摺りだされた。慌てて駆け寄ったお婆ちゃんが、平手で神官を叩き、引き離してくれる。


 こんなこともあろうかと、昨日戻った時に珍しく女の子らしい寝巻きに着替えた。首元をリボンで結った子供用のネグリジェだ。小さくなりかけているから、膝が見えている。


 転生して来たときに、実家で持たされた洋服の中に混ざっていた物を昨日偶然発見したんだよね。日中実家で準備をする時にアリッサさん達の服が無事だとは限らないから、何か着る物をと探していての棚ぼただった。結局は私の服じゃ、メラニーさんくらいしか入らないから、両親のキャビネットの中身をそのまま使って貰うことにしたんだけどね。


 見たことのない格好だからか、アルやダビデが驚いていた。


「おやめなさい!!

 ティナさん、驚かせてごめんなさい。昨日、軍神殿で何かあったようなの。それで早くからこんな騒ぎになっているのよ」


「いえ、とりあえず着替えたいので少し時間を頂けませんか?」


 何かって自由の風さん達が逃げた事だよね。それで何で私の所に人が来たんだろう。偽装は完璧だったはずなのに……。


「ダメだ! 逃げる恐れがある!!

 今すぐそのまま来て貰おうか! 靴も履くな! 荷物を持つことも禁止する!!」


 高圧的に出る神官に、怒りを感じているのは私だけでは無いようで、お婆ちゃんの視線がキツくなっている。もう一度私を掴まえようとした神官をお婆ちゃんは怒鳴り飛ばした。


「軍神殿は、豊穣神の使徒でありこのデュシスの町の神官長、(わたくし)ミールを愚弄する気ですかッ!! ここにいるティナはわたくし達、豊穣神殿のお客様。それも、わたくしのお客様です!

 そなたら軍神殿に口出しされる由縁はない!! 恥を知りなさい!!」


 廊下まで響くお婆ちゃんの怒声を聞いて、豊穣神の神官達が部屋に入ってくる。それにつられる様に、軍神殿の神官達も部屋に押し入ってきた。正直、かなり狭い。


「お黙りになるのはそちらだ! この娘は罪人の可能性がある!

 軍神殿に引き渡して頂こう!!」


 一触即発の空気が部屋の中に充満する。あー……まぁ、パジャマのまま外に出て、恥をかくのは私だけだし、仕方ないか。

 それに軍神殿の神官は、罪人の可能性と言った。昨日の事がバレたって訳ではないのだろう。


「あの、神官長様。軍神殿に参ります。

 どうかこれ以上争わないで下さい」


 私がそう言うと、軍神殿の神官は鼻を鳴らして、早くしろと怒鳴った。お婆ちゃんは怒りのボルテージを更に上げ、私に同行して文句を言うと気勢を発している。


 素足で石の床を歩く私の隣をお婆ちゃんが歩き、前後には軍神殿、その更に外に豊穣神殿の神官達が人垣を作る。


 廊下に出た所で、軍神殿の神殿騎士に拘束されたジルさんとオルランドを見つけた。私が大人しく同行しているのを確認して、二人は床に向かって突き飛ばされた。受け身を取って無傷なまま、二人はアルとダビデに合流して集団の最後尾を歩いている。


 渡り廊下を歩き、神様が合祀されている一般信者達も祈る建物に近づいた。外から続く道の方向から、ざわめきが聞こえ、段々と大きくなっている。


「何かしら?」


 お婆ちゃんは不思議そうに言うと、神官の一人に見に行かせた様だ。


 祈祷所の中には入らずに外を回って、正面に着いた。そこで見知った複数の姿を確認して、吹き出しそうになる。


「お退きなさい! (わたくし)はデュシス領主の娘・イザベルです! その(わたくし)の進路を妨げるなど、覚悟はあるのでしょうね!!」


「通して頂こうか! こちらに拘束された冒険者達が、不当に痛め付けられているとの情報が入った!!

 我ら冒険者ギルドは本来何処にも膝は屈しない! そちらがその気なら、こちらにも覚悟がある!!」


 先頭で威圧しているのは、ドレスに身を包み、今日も立派なドリルを振り回しているドリルちゃんと、怒り狂ったクルバさんだ。


 その後ろには、珍しく男の子の格好をしたパトリック君と変わらない薄物のマダム。豪華な衣装を着ていて一瞬気が付かなかったが、クーパーさん達商人の一団。鍛治屋のスミスさんを中心とした職人さん達もいる。


 えーと、何事?

 町の人達、総出演だよ。


「あ、薬剤師殿!!」


 商人の一人が私に気がついて、声をかけてくる。


「なッ、貴方達、この娘が何をしたと言うのです!!

 夜着(やぎ)のまま、靴を履くことすら許されず、引き出されるだけの事をしたというのですか! 証拠はあるのでしょうね!!」


 怒りに瞳を輝かせて詰め寄るドリルちゃんの迫力に、対応していた神官はタジタジだ。クルバさんと目が合った瞬間、そのまま無言で歩いてきて、クルバさんが脱いだ上着を着せかけられた。


「……大丈夫か?」


 口数少なく問いかけられて頷く。一体、(そと)で何が起こっているんだ? みんな、お怒りだよ?


「今日の夜明け前、ギルドに投げ文が入った。その内容を見て、憂慮している間に、マダムからも連絡が来てな。

 由々しき事態と判断し、イザベル殿に連絡を取った。

 マダムも、付き合いのある商人やスミス殿と連絡を取っていたようでこの騒ぎだ。

 ……怪我はないな?」


 投げ文は分かるけれど、マダムからも連絡がきたって何を知ったんだろう。もう少し詳しく知りたい。


 だが詳しく聞く前に、騒ぎを聞き付けて駆けつけた軍神殿の神官長が、場を収め、移動させてしまった。


 ドリルちゃん、クルバさん、お婆ちゃん、商人代表のクーパーさんに、職人代表のスミスさん、そして何故かマダムと私が、話し合いの席に着いた。ドリルちゃんには従者としてパトリシア君が後ろに控えている。


 軍神殿サイドは、神官長にメント、疾風迅雷に、数人の神官だ。私を連行した神官も中にいる。


「イザベル様、このように早くからのご来訪、誠に驚きました。そろそろご結婚も近いのです。もう少し落ち着きを持たれたら如何か?」


 険悪な雰囲気の中で、軍神殿の神官長が口火を切った。それに対してドリルちゃんは、手に持ったハンカチを握りしめながらも、口元に薄く笑みを張り付けた。


「あら、(わたくし)もこのように訪問などしたくありませんでしたわ。ですが、町で聞き捨てならない噂が流れているとの事。

 深窓の令嬢である(わたくし)の耳にも入るくらいです。真偽を確かめなければ町に影響が出るかもしれないと思案しているときに、マスター・クルバからご相談を受けたのですわ」


 流し目で見るドリルちゃんの合図で、今度はクルバさんが話始めた。


「ギルドに昨夜、投げ文が入りました。そこには我ら冒険者ギルド所属の冒険者達が、尋問という名の拷問を受けているという内容が書かれていました。事実であるならば、看過出来ない事です」


「まさか! 冒険者、それもBランク以上の者たちはギルドの主力。手出しをするなどと! 我々とて、冒険者がいなくなれば、魔物に怯える暮らしが待つことくらいは分かっています」


 神官長は一笑に付しているけれど、メントの顔色が悪いな。命令の出所はコイツか?


「あら、ワタクシのお店に来ていただいた方々からも、似たような話を聞きましたのよ? 魔物が出るフィールドで、血の臭いをさせるような尋問を長時間行うのは、心労が溜まりますものね。

 ご来店の皆様は沢山飲んでいらっしゃいましたのよ。ワタクシども、汚れた職の者も少しはお役にたてた様で何よりですわ」


 媚態の中にも怒りを滲ませて、マダムが追撃する。


「そんな事は……」


 メントが躊躇いがちに否定する。そこは突っ込まずに別の話題を振ることにしたのだろう。クルバさんがまた口を開いた。


「今日の我らが臨時薬剤師が、着替えも許されずに連行されていた理由も是非お教え願いたいものですな」


「ええ、そうねぇ。私も豊穣神殿神官長の名の元にお誘いしたお客様が、何故眠っている所を叩き起こされて、靴すら履かせられずに軍神殿へと連れ去られかけたのか、教えていただきたいわ」


「あら、それは興味深いわね。(わたくし)も町の人達を癒し救った薬剤師が、何故捕らえられたのか、是非教えていただきたいわ」


 お婆ちゃんとドリルちゃんもクルバさんの疑問を援護する。

 町の人達を救ったという(くだり)でスミスさんとクーパーさんが大きく頷いていた。あー……我ながら恥ずかしい。


「そ、それは」


 動揺するメントを神官長が制し、ようやく昨夜の話が出た。

 内容を纏めると、朝になって自由の風さん達がいないことが分かった。同じ建物にいた冒険者や捕らえられていた罪人を尋問した所、口々に「輝く鎧を見た」と証言したらしい。


「おい、それのどこがティナ嬢ちゃんに繋がるんだ?」


「スミス殿、輝く鎧を見たのは冒険者達だけではありません。我ら軍神殿の関係者も見ているのです。今から呼んで証言をさせましょう。それで全てが明らかになります」


 神官長の合図と共に、昨夜の豪華な衣装と簡素な衣装の神官二人が入ってきた。明らかに昨日の夜見たときよりも、二人ともやつれていた。魔法が問題なく効いているんだろう。ざまぁ。


「おお! 神よ!

 この娘です!! 私は、はっきりと鎧の下の顔を見ました!!

 恐ろしい、この娘が魔族を逃がしたのです!!」


 入ってくるなり、豪華な神官は大きな身ぶりで私を指差し叫んだ。いや、あんたは私が部屋に入った瞬間寝たから。顔なんか見てないでしょ。


「サーイよ、そなたはどうだ?」


 にやりと笑みながら、神官長は簡素な衣装の青年に話しかける。


「……私は」


 下を向いたまま首を緩く振るだけの青年に、室内の全員の視線が集中した。


 うーん、証言は嘘だけど、やったことは事実だしなー。どうしようかなぁ。呑気に考えている間に、青年の中で結論が出たのであろう。顔を上げて話し出す。


「神官長様、やはりこのような事は間違っております。

 私が見たのは、その少女とは似つかぬ、全身甲冑です。頭部まですっぽりと兜で覆っており、中などは見えませんでした」


「な! 何を申しておる!」


「輝ける鎧は刻々とその大きさを変えながら、魔族……いえ、半魔半人の哀れなる犠牲者とその仲間達を責め立てる我らの前に現れました。

 あのお姿は、まさしく我らが神、軍神様。道を誤る愚を諌めに来て下されたのです。

 主たる神よ。どうか私をお許し下さい。正々堂々、全てをかけて戦い、正義を率いる御身の(しもべ)でありながら、このような事に加担してしまいました。どうか私に罰を、償う機会をお与え下さい」


 青年は部屋にあった軍神殿のシンボルに対して跪き熱心に祈っている。


「加担したとは何をしたのですか?」


 静かにドリルちゃんが問いかけると、青年神官サーイは立ち上がり話し始めた。


「今朝目が覚めると罪人とされた者達の姿はなく、私たちは神官長様と我らの上司であるメント様にご報告を致しました。

 そこで、冒険者ギルドの臨時薬剤師がそれを行ったことにするように指示を受けたのです。そうすれば、冒険者ギルドに責任を押し付け、回復薬作成技術者もギルドから奪うことが出来る。七色紋の特効薬を作ることが出来るのは、臨時薬剤師殿だけだから、町の人々も軍神殿への慈悲を願い帰依するはずだ。そうなれば救われる魂も多いと、説得されました」


「なにを言うか!! サーイ、戯れ言は申すな!!」


「メント様、どうかお許し下さい。私は、私の信仰と良心を否定することは出来ません」


「サーイよ! お前は何を言っているのか分かっているのか?!

 神官長様、サーイは昨夜のショックでおかしくなっているのです。もしくは、救出にきた鎧に魔法でも掛けられ、欺かれたのやもしれません!

 おお、そうだ。魔族を救いに来たものも、また魔に類する者。邪神か悪魔だったのでしょう!」


 ふ、語るに落ちたな。豪華な衣装の神官を冷たい目で見つつ、そう思う。鎧=私、鎧=邪神、ふたつの図式を統合すれば、私=邪神。これはない。


「あら、不思議ですこと。先程はティナが救出に来たとお話でしたわよね? それなのに今度は邪神ですか。まさかとは思いますが、ここにいるティナが邪神の徒もしくは写し身だとおっしゃるつもりですか?」


 ドリルちゃんが言質をとるために確認をする。それに対して、軍神殿の神官たちは興奮して唾を飛ばしつつ、私を悪魔か邪神の写し身だと責め立てた。後ろで控える疾風迅雷の疾風さんだけがマズイと顔色を変えている。


「お黙り頂こうか。

 ここにいるティナ・ラートルはギルドの臨時薬剤師だけではなく、冒険者も兼務している。

 ティナ・ラートルの世話役は今回の件で、サミアドの欠片を採集する依頼を受けていたBランクパーティー・スカルマッシャー。後見人は、先の冒険者ギルド本部のマスター、眠れるキマイラこと、伝説のSSSランクパーティークリエイターズのリーダー、クレフ殿が勤めている。

 そして後ろ楯は我らデュシスの町の冒険者ギルドだ。

 ティナ・ラートルへのこれ以上の誹謗は、ギルド全体を敵に回すと心得て頂こう」


 やかましく騒ぐ神官達を制して、クルバさんが言い放った。


 ……なんと言うか、私、滅茶苦茶空気だよね。ここに居なくてもいいんじゃないのかしら?



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