表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/250

72.こんばんは、不審者です

 

 初めて入った神殿は、中央に全ての宗派の市民が祈りを捧げる祈祷所と、そこから渡り廊下を歩いて各宗派に割り当てられている塔とその付属施設に分かれていた。


 今回は建物の外を回って豊穣神殿の塔に向かったから、祈祷所の中がどうなっているのかは分からず仕舞いだった。歩いている間に建築様式が違う、平屋の建物が木々の間に見えて、それが何かを尋ねた。


「あちらは失われし至高神様を祀る御座所です。決して近づかない様にされてください」


「至高神?」


「調律神様です。種族、宗教、土地、学問、実り等、この世に生きる全ての生き物、それ以外にも存在する全てを律し、調和を司るお方です。もうこの世界を見捨て、去ってしまわれたと言われておりますけれど、私どもはお戻りを待っているのです。

 さあ、着きましたよ。お連れの奴隷達(かたがた)は別途、待機所にご案内しますね」


 お婆ちゃんはそう言うと、宿坊のひとつに私を招き入れた。六畳程の部屋にベッドと水差しが置かれた机、それに背凭れのない丸椅子が置かれている。床は石畳、窓は戸板で塞がれていたけれど、漏れ入る光で室内はなんとか見えていた。


 お婆ちゃんに従っていた女の子が素早く室内に入って、窓の戸板を上げ、ようやくはっきりと分かった。宗教施設に華美さを求めるつもりはないから、私としては好感が持てるんだけど、一緒に来ているアルオルは不満げだ。


 私ひとりが神殿で一晩お世話になろうと思ったのだけれど、いつのまにやら合流していたオルランドも含めて、否応なしに全員が一緒に来てしまっていた。


 帰れって言ったのになぁ。何が、お仕え致します、だよ、まったく。これだと、奴隷扱いしないといけないじゃないか。草原に隠れ家を出しっぱなしにしてきたから、この部屋に設置して全員で休むって訳にもいかないし。


「ありがとうございます。うちの連れは気にしないでください。食事等もこちらで準備を致します」


「あらあら、そう言うわけにもいかないわ。それにティナさんは疲れているんでしょう?

 さあ、ゆっくり休んでくださいね。夕飯の時間にはお声がけしますわ」


「ダビデ、ジル、アルオル持たせている物に関しては、自由に使ってしまって構いません。こちらのご迷惑にならないように、過ごしなさい」


 お婆ちゃんに連れられて移動していく皆に声をかけて、ひとり部屋に残された。


 まずは魔力を使い、この部屋の安全を確保しなくてはならない。盗聴や監視がされていないことを確認して、周りから魔力や生命力を感知されないように結界を張る。これで私が室内にいるかどうかは、分からなくなったはずだ。


 ヒタヒタと浅い皿から水が溢れだすイメージで、少しずつ自分の魔力を結界の外に出し、豊穣神殿から軍神殿のまで全てを覆う。元々世界に満ちている魔力に混ぜるつもりでやったから、気が付いた人は少ないだろう。多少、ここで魔法を使っても、場所の特定は難しくなるはずだ。そして大気に混ぜた魔力と、今私が発する魔力の境を曖昧にして、自然の一部の様に見せかけた。


 次にマップを展開して、現状を確認する。ダビデ達は少し離れた庭の隅に固まっている。周囲にも数人の人影があるから、あそこが待機所なんだろう。


 普通の奴隷が食べる食事なんて、どんな物か分からない。でも各自、1日ないしは2日程度の緊急食料を持っているから、今日の夕飯と明日の朝まで問題はないはずだ。


 とりあえず同居人達の事は頭から抜いて、今夜の準備に集中しないと駄目だ。時間もないし、大気に溶け込ませた魔力は刻々と薄くなっている。


 部屋の内側から、全ての扉と窓を閉め魔法で鍵をかけた。そして気配遮断を発動した上で、ベットに私が寝ている幻影をかける。万一バレて乗り込まれた時の言い訳に置き手紙も書いた。これで準備は万端……のつもり。


「……よし、では賭けだけど、移転してみよう。バレないと良いな」




 ****




 移転してある場所を整え、また与えられた部屋に戻った。戻る前に上空から確認した範囲では気がつかれていない様で、安心する。まぁ、一国でも数人しかいない移転魔法の使い手対策が、ただの宿坊まで完備されてたら吃驚だけどね!


 幻影を解除してベッドに横になり、うつらうつらしている間に、眠ってしまったらしい。扉を叩く音で飛び起きた。


「失礼致します。夕飯のお時間です。

 神官長様が、ご一緒にと仰有っています。起きてください!」


「ごめんなさい、寝ていました。

 もうこんな時間なんですね。すぐに身を整えて参ります」


 扉を開けて覗いたら、昼間の女の子が半泣きになって立っていた。扉も開かず、私が寝ていることを確認しようと窓を覗こうとしたら、そっちも全く開かなかったから、かなり焦ったらしい。


 手早く最低限の準備を整えて、夕飯を食べると言う広間に向かう。中庭の端に、ダビデ達の反応がある小屋があったから、少し待っていてもらって顔を出した。


「あ、お嬢様! お目覚めですか?」


 小屋の入り口を探して裏に回ったら、ダビデが大鍋をかき回していた。近くに作られた焚き火ではオルランドが無発酵の平たいパンを焼いている。


「お嬢様、ごめんなさい。許可を頂いていたので、手持ちの食料からご飯を作っていました。お嬢様は、豊穣神殿の皆様とご一緒にお食事をとられると聞きましたが、変更でも合ったのですか?」


 予想外の光景に固まっていたら、ダビデが耳を倒して問いかけてきた。いや、怒ってる訳ではなくて、まさか一夜の宿なのにご飯を作っているとは思わなかったんだよ。しかもわざわざ焚き火を作って、大鍋のスープにパンって。その量だと、ダビデ達の分だけじゃないよね?


「あ、うん、今からご飯に行く所。ダビデ達がどうしてるのか気になって、少し寄ったんだ。そこが今日休ませて貰うところ?」


 首を伸ばして、小屋の中を覗き込んだら、土間だった。元々は馬小屋か何かだったのかもしれない。部屋(?)っぽい仕切りの入り口に、棒が一本渡されている。所々光が漏れているのは天井に穴でも空いているのかな?


「ティナお嬢様」


 踏み固められた一番手前の区画にジルさんとアルが休んでいた様で、外に出てくる。奥から次々と首輪付きの人間と犬妖精が表れた。


「あ、ダビデ様のご主人様ですね! あの、今日のご飯をありがとうございます」


「アル様のご主人様ですか。息子の怪我を治していただいてありがとうございます」


 口々に礼を言われるけれど、何の事か分からない。この数時間で、一体何をやったのよ!!


「あー……ティナお嬢様」


 頭を掻きながらジルさんが進み出てきた。説明を求める私の視線に、渋々続きを話す。


「こちらの軽食を分けて頂いてな、ダビデが今日は泊めさせてもらうお礼に自分が作ると言い始めた。大丈夫だ、過剰に豪華なものは出さない。多分、ギリギリ、大丈夫のはずだ。

 そして、アルもな、怪我をしている奴隷を見かけて、考えなしに治癒を行った。流石は元聖騎士だな。よく効いたぞ」


「何やってるの!!」


 一声叫ぶ私の声に、周りにいた奴隷達は全員、ベシャっと潰れた。土下座のまま、アルやダビデへの処罰は自分達が受けると訴えられる。


 私はくるりと後ろを向いて、この異常な状況に目を丸くしている女の子に頭を下げた。


「ごめんなさい! 私が目を放した隙に、奴隷達がとんでもない事をしてしまって。どうお詫びしたらいいか……!!」


 結構な勢いで頭を下げたから、女の子は驚いて無意味に手を振っている。


「あ、いえ、こちらこそ。私たちの手が回らない治癒をありがとうございます」


 お互いに謝り合っていたら、さっきのお婆ちゃんが声をかけて来た。私がいつまでたっても来ないから、見に来たらしい。お付きの神官はドミニク君だった。


「一体どうしたのかしら? お夕飯が冷めてしまいますよ?」


「あ、神官長様。いえ、こちらの……」


 お婆ちゃんに事の流れを話したら、コロコロと音を発てて笑われた。


「あらあら、気になさらないで。こちらこそありがとう。この薫りだと、祭の時しか私たちでは出せない、沢山のお肉が入っているのかしらね? 皆さん、今日は特別よ。

 それに、今は出兵準備に私たち豊穣神殿からも人手を出していて、通常の治癒に手が回らないのよ。だからそんなに気になさらないで。ほら、私たちもお夕飯を頂きましょう?」


「……申し訳ありません。

 ダビデ、許可を頂けたから、美味しく残さずに皆で頂いてね。喧嘩は駄目だよ。

 すっかり遅くなってしまいました。参りましょう」


 私達がその場を去るまで、誰ひとりとして顔を上げることはなかった。うーん、パンが焦げそう……。



 そんなこんなで、広間で夕飯を頂き自室に戻った。祈りを捧げた後に出てきたのは、チーズとパン、野菜を中心にしたおかずにキッシュだった。毎日だと、肉がなくて辛いけれど、一晩ならとても美味しく頂けた。


 部屋で運んでもらったたらいのお湯を使って手早く身体を拭く。春になって暖かくなったとはいえ、裸になって身体を拭くのにはまだ寒い。


 身支度を整えて、時間まで仮眠をと思っていたら、控え目をドアがノックされた。マップで確認すると、ウチの人達が勢揃いしているみたいだ。魔法を解除して、入ってくるように声をかけた。


「失礼します」


「こんばんは。どうしたの? 各自の荷物の中には夜営用の毛布とかもあるから、一晩くらいは何とかなるよね??

 流石にもう城門も閉じたと思うから、今から帰るのは無理だよ」


 暗い顔色で入ってくるダビデ達を迎え入れながら尋ねた。


「いえ、昼間の……」


「ん? ああ、驚いたよ。それで何か問題でもあったの?」


「いえ……」


 代表してアルが話していたけれど、口数少なく、最後には黙り込んでしまった。ジルさんに助けを求めて見ると、腕組みをして仁王立ちのまま、苛ついているみたいだ。


「……申し訳ございません」


「ごめんなさい、ティナお嬢様。ボクが勝手な事を。あんまりにも美味しくなかったので……」


「ん? 昼間の事? 気にしてないよ。ほら、皆今日は休んでね」


「そう言う訳にはっ!!」


 どうやら、よく考えて昼間のあればまずかったと判断し、謝りに来たらしい。まぁ、不味いご飯を食べたくないとか、怪我をしている人を見捨てたくないとか思うのは普通の事だから、責めるつもりはない。さっきは驚いて大声を上げただけた。


 そんなことを伝えたら、また絶句されてしまった。奴隷相手にこんな風に考える人は少ないそうだ。


「それで、ティナお嬢様、今日の護衛はどうすれば宜しいですか?」


 ジルさんが他所行きの口調で問いかけてきたから、この部屋の中は大丈夫だと告げ、いつも通りに話してもらうことにする。


「護衛は無しでもいいよ」


 と言うか、今日やることを考えると、無しの方が助かるんだよね。内心そう思いながら、ジルさんに伝えるけれど、即座に却下された。


 話し合いの結果、じゃんけんに勝ったアルとダビデが私の部屋の室内で、ジルさんとオルランドが部屋の外で不寝番をすることになったようだ。頑張って拒否はしたんだけど、聞いて貰えなかった。


 アルには室内にひとつあった丸椅子を進めた。ダビデは安定の私の抱き枕だ。まぁ、一悶着あったけれど最後には認めさせた。


 そして、再度沢山の結界を張り、ダビデを抱き締めて仮眠をとった。


 深夜、眠さで閉じようとする瞳を無理やり薄く開けて状況を確認する。


 アルはベットに背を向けて、扉の前に陣取っている。マップで確認する限り、扉の両脇にはジルさんとオルランドがいる。


 手始めに腕の中で寝息を発てているダビデに無詠唱で眠りの魔法をかけた。日中やったのと同じように、大気に魔力を溶け込ませつつ、アル、ジルさん、オルランドの順で、眠りの魔法をかける。魔力を多目に注ぎ込み強化したから、問題なく寝落ちたようだ。


 皆を信じていない訳ではないが、危険な橋を渡るのはひとりで十分だ。


 起き上がり、アイテムボックスからオススメシリーズを取り出し、身に着けた。

 今回はいつものローブじゃない。全身甲冑にフルフェイスヘルメット、手籠手、脛当て兼用の金属ブーツという、私が出来る最大の重装だ。ついでに同じく武器も出した。背負って装備する大剣を選択する。


 前にもチラッと確認したけれど、これ、本当に派手だなぁ。白銀の甲冑に金の縁取り、流麗な黄金の装飾品の中、要所要所には、宝石が散りばめられている。一番大きな宝石は胸の辺りにある、拳大の真紅の宝石だ。魔石かもしれないけどね。


 大剣の方も負けず劣らず、キラキラしている。鞘には鎧と対になるような装飾がされているし、柄は猛るドラゴンを模していた。


 その装備の上に、見た目の大きさが変わる蜃気楼の様な幻影をかける。魔力遮断、情報隠蔽をして、更に匂いと音が漏れないように風を纏った。


 蜃気楼を纏ったせいでぼんやりと発光し、風を纏ったせいで光る蜃気楼が揺れているけれど、まぁ仕方なし。日中試したときには明るかったから、こんな風にぼんやり輝いているなんて、分からなかったよ。


 浮遊の魔法をかけて、オルランドが集めてきてくれた情報を元に誰もいないと思われる、「調律神の回廊」へ移転した。

 ここを起点に、オルランドが会ったこそ泥も、各神殿の宝物殿に忍び込んだらしい。


 マップで確認しつつ、軍神殿の拘束施設に向かう。


 月明かりの下、豪華絢爛な全身甲冑を纏った大剣を背負う、ぼんやりと輝き、刻々と大きさを変える重装備の戦士。

 うーん、明らかに不審者だ。誰にも見咎められない様に頑張ろう。見られたら眠ってもらう方向だけどね。


 決意も新たに、足跡を残さない為に浮遊したまま、拘束施設の入り口に着いた。扉を守る神殿騎士は、既に魔法で眠らせている。


 手を触れずに、中にはいった。


 何かの匂いが篭ったままの、建物内の詳細なマップが目の前に展開される。目的の自由の風さん達は地下にいるらしい。下り階段手前に冒険者達が、拘束されている部屋があるみたいだ。


「……なっ!!」


 運悪く私を見つけてしまった人を昏倒させたり、眠らせたりしながら、建物の中を進む。


「おい!! そこの変なヤツ!!」


 冒険者達が入れられている区画に入ったら、声をかけられた。まぁ、今ここに、見張りはいないから少しならいいか。


 足を止めて向き直ったら、案の定、冒険者のひとりが私に気がついて声をかけたらしい。


 気配隠蔽を破るなんて、凄いじゃないか。牢屋に7,8人ずつ押し込められていたらしい冒険者は、鉄の柵に身体を押し付けながら訴えてきている。


 あんまりにも大騒ぎになると、私の潜入がバレるから、ここから外に声が漏れないように防音の結界を張る。


「おい! 変なヤツ! 返事くらいしろよ!

 お前は神殿のヤツじゃないな?! 誰かの脱獄の手引きかなんかか? なぁ、ポーションを持ってないか? 俺たちは明日には解放される。解放されたら必ず返す! だから、持ってたら分けてくれ。分けてくれねぇのなら、この場で大声を上げて、人を呼ぶぞ!!」


 いや、くれと言ったり、脅したり、忙しい人だなぁ。しかも明日解放されるなら、明日治せば良いだろうに。間に合わない人でもいるのかな?


 マップを拡大して、中にいる冒険者たちの状態を表示させた。数人、命に関わりそうな症状の人がいる。昼間見たときには、自力で歩いていたのにも関わらずだ。この数時間で何があったのやら。


「そこの重戦士殿!」


 聞き覚えのある声に振り返れば、スカルマッシャーのケビンさんだった。黙ったまま続きを待つ。


「外と繋ぎを付けられるのなら、冒険者ギルドに言付けを頼む。

 軍神殿に捕らわれた冒険者の中には、拷問を受けている者もいる。自由の風ではない、別の冒険者だ。

 頼む! 外に伝えてくれ」


 よく見れば、ケビンさんの怪我も増えている。カッと頭に血が昇るのを感じた。本来であれば、ポーションを渡したいところだけれど、それだとおそらく私だとバレてしまう。


 仕方なく転生前にはよく使っていた、広域治癒を無詠唱で行った。マップで確認した、この場にいる全ての冒険者の怪我が癒える。まぁ、私が使える中で最強の回復魔法だから、これで明日解放されるまで持つだろう。


 全く、軍神殿、許すまじ。


「なっ……」


 驚きのあまり二の句を繋げない、冒険者達の間をすり抜け、地下に向かった。


 巻き込まれただけのスカルマッシャーさん達ですらこれだ。自由の風さん達の状況が不安すぎる。夜まで待ったのは、私の判断ミスだったのかもしれない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ