71.さて、私の出番だ。
アリッサさんの種族で固まったけれど、更に後ろの人達を見て2度目の驚きに身を震わせた。
エルフにドワーフに、猫獣人かい。人間じゃないのがゴロゴロしてるよ! メラニーさん達は本当に人間ではなかったのか。 こりゃ、さっそくプランAは消えたね。
残りは2つだけど、さてどうするか。
これは脱獄大作戦しかないかなー。解放しろは無理だよね。下手に私が解放を望んでいると知られたら、難易度が上がる。ここは覚悟の決め時だ。
素早く頭の中で計画を修正した。考え事に集中している間に、行列が目の前まで進んできる。今立っている場所は、神殿へと続く最後の大通りだ。神殿の大門もすぐそこにある。ここで仕掛けなければ後はない。オルランドと連絡を取った時に、自信たっぷりだったから問題はないと思いたいけれど、どうだろう。
私達が立っている側には、クルバさんも冒険者達の処遇を確認するために立っている。神官達は市民達からの訴えを避けるために、大門の内側に並んでいた。軍神殿だけではない。美神や知神殿の神官達もだ。こういう時、制服が違うと分かりやすくていい。
「お待ち下さい!」
視線で現状の配置を確認し終わった時に、人込みをかき分けて、赤ん坊を抱いた中年女性が道に飛び出した。この人がオルランドの仕込んだ人、なのかな? まさかの子連れだった。
とっさに母親に剣を向ける神殿騎士を制して、神官達が表れた。
「神官様、どうかお慈悲を! この子は七色紋に罹患しております!! どうか、治癒を!!」
七色紋と聞いた途端に、その母親を中心に人が割れ空間ができた。さっき剣を向けていた騎士も逃げ腰だ。
母親は両手で赤ん坊を掲げて、神官達に訴えている。
「特に酷い人には、七色紋の特効薬が使われました! ですがこの子は昨日発症したばかり! サミアド遺跡が封鎖されている間は、特効薬を作れないと噂になっています!
ああ、どうか、幼き我が子にお慈悲を! お願いいたします!!」
「おまえ!!」
割れた人垣から杖をついた男性が現れて、中年女性の肩を抱く。そのまま二人は両ひざをついて、神官達に懇願していた。
「おお、憐れな夫妻よ。その子をこちらに」
「メント様!!」
止める若い騎士の言葉も聞かずに、メントは赤ん坊に治癒を行った。へえ、あれがメントか。自由の風さん達を捕まえた張本人。疾風迅雷の知り合いで、狂信的人間至上主義者。
そのメントの行動に、家族や知り合いに罹患者がいる人達が、我も我もと詰めかけている。その群衆を制するために、神殿騎士達が剣を抜いて威嚇し始めた。
騒然とする大通りに、町の人々の悲鳴に近い声が響く。口々に救済を訴えていた。
「敬虔なるデュシスの民よ! 我々は元凶である魔族とその仲間を捕らえました。もうすぐ疫病は落ち着くでしょう。もうしばらくの辛抱です!!」
力強く宣言するメントの言葉に被せるように、それまで沈黙を守っていたリックさんが口を開いた。
「町の衆よ、聞いてくれ!! 俺達はこの疫病を流行らせた元凶じゃねぇ!! 確かにダンジョンから持ち込んだのは俺達だ!
だが、俺達はこの町に害を及ぼすつもりはなかったんだ!!」
「黙れ!!」
荷馬車に両手を拘束されたまま叫ぶリックさんを近くにいた神殿騎士が剣の鞘で容赦なく殴って黙らせようとしている。頭を殴られ血が飛んでもリックさんは、自分達の無実を訴えていた。
「……ティナ、今は堪えろ」
騒ぎに私も混ざろうとしたら、クルバさんに止められた。アンナさんの時といい、冒険者ギルドは内政干渉と取られかねない事に関しては、本当に神経質だ。
「メント殿!!」
神殿の中から軍神殿以外の3神殿に所属する神官達が道に出て来て声をかける。その後ろから軍神殿の神官達も歩いている。両脇に疾風迅雷を侍らせたひときわ豪華な神官服の固太りのおっさんが軍神殿の神官長兼デュシスの町の神殿の長なのだろう。
「これはこれは、各神殿の名のある方々がお揃いで。
何事ですかな?」
自分の有利を確信した表情でメントは問いかける。ずらりと並んだ神官達を見て一種異様な雰囲気を感じたのか、町の人々は口を閉じた。
「まずは、魔族の捕縛おめでとうございます。流石は治安と安寧を守護する軍神殿の方々。御見逸れしましたわ」
80歳は越えているだろう、白髪の高齢女性はそう言うと軽く頭を下げた。それに対してメントは尊大に頷いただけだ。
隣のクルバさんから、あの人が豊穣神殿の神官長であると教えてもらう。後ろには先日会ったドミニク神官が支えるように立っていて、こちらと目が合い頷いた。
「軍神殿の皆様にお伺いします。
冒険者達からサミアド遺跡を取り上げたと言うのは本当ですか?
あの地は今、この七色紋から信者達を救う大切な場所です。もし本当なら是非再考をお願いしたいものです」
穏やかな語り口ながら、否定は許さない威厳に満ちた声でメントに対して要求している。
「おや、豊穣神の。それはどうしてですかな?」
答えないメントに代わり、軍神殿の神官長が横やりを入れてきた。
……さぁ、そろそろ私の出番だ。
後ろからは拘束こそされていないが、神殿騎士達に囲まれて連行されている冒険者達も歩いてきている。
クルバさんが私の腕を軽く掴み、前に出る準備を始めた。
「あらあら、もう冒険者の皆様から聞いて、ご存じなのではないのかしら? サミアド遺跡のドロップ品からは、七色紋の特効薬を作ることが出来ます。だからこそ、冒険者ギルドは熟練の冒険者達を送り込んでおりましたのよ」
そう言いながら、到着した冒険者達を見る。あ、スカルマッシャーさんだ。疲れてはいるみたいだけど、目立った怪我はない。
スカルマッシャーさん達の周りにいる冒険者の中には、怪我をしている人もいるけれど、全員自力で歩いているから命には関わらないのだろう。
「マスター・クルバ!」
冒険者の中から、一人のおっさんが飛び出してきて、私達のところに走ってきた。よく見れば、アルオルの防具や遺髪を見つけた時に案内してくれた名前も知らない内勤の職員だ。
「ご苦労だった」
クルバさんは短く労うと、神殿に拘束されないように、内勤職員を後ろに庇った。
「おや、これはマスター・クルバ。お見えでしたか」
そこで私達がいることに気が付いたのだろう。メントはそう言うと、イヤな笑いを浮かべた。
「我々の所に入り込んでいた、敵を見つけ、捕らえてくださり感謝する。さて、冒険者達を返していただこうか」
クルバさんに強く握られて、私の腕は痛んでいる。
「おや、何を仰るやら。この者達の中に、魔族との内通者がいないとも限らない。それにサミアドの欠片から、本当に特効薬が作られるかなど、ギルドが言っているだけではありませんかな」
嫌みな笑いのまま、クルバさんを見つめるその顔に、私の我慢は早くも限界を向かえそうだ。
「では、今目の前で作らせたらいかがか?
ほら、そこにいるのが、ギルド秘蔵の悪辣娘さんだ」
美神の神官服を来た青年が、メントに向かって声を上げた。町の人々はそこで初めて、私の存在に気が付いたのか、口々に薬剤師殿だと騒ぎだしている。
流石に、町でも超有名人であるクルバさんの側で、気配隠蔽、情報操作等の誤魔化し系スキルを全力展開していた私に気が付いていた人はいなかったみたいだ。これで首飾りが有効だったらなぁ。安心していられたのに、本当に残念だ。
クルバさんに掴まれた腕を引き解放されて、ひとり道に出た。町の人たちの視線が痛い。
そのまま、メントの前まで歩く。遠くにいる疾風迅雷からは明確な殺気が流れてきているけれど、気にしてはいられない。
「初めてお目にかかります。冒険者ギルドの臨時薬剤師、ティナと申します。
サミアドの欠片をお渡し頂けますか?」
「ほう、君が薬剤師か」
私を嘗めるように見るだけで、素材を渡そうとしないメントに苛立ち、もう一度口を開く。
「軍神殿高神官、メント殿。サミアドの欠片をお渡し願います。
本来、これは我ら冒険者ギルドが所有権を持つものです。貴殿は不法にそれを所有しているに過ぎない。
今は、ひとつだけで結構です。このひとつで、我々冒険者ギルドが嘘偽りを話していないと、目の前で証明して見せましょう」
重ねて要求するように右手を差し出せば、メントは嫌々ながら近くにいた若い神官戦士に指示を出し、たったひとつだけサミアドの欠片を寄越した。
私はそれを受けとると、メントを無視して、アリッサさんの捕らわれている荷馬車の後部、リックさんとチャーリーさんの前に飛び上がる。
私が近づいてきた事に驚く自由の風さん達とは、わざと目も合わせないまま、町の人々に語りかけた。
「さあ、これが皆さんが求める、特効薬の原料です。
ご覧になっていてください!!」
魔力を込めて『退色なりし無』を調合し始める。サミアドの欠片以外は、常に持っているポーションの原材料だから手持ちから追加した。
細かな制御を高速で求められるから、相変わらずこれを作るのは負担になる。普段は堪えて、何でもない風を装うが、今日は遠慮なくフラついてみせた。
「……出来ました。何方か、罹患者の方はいませんか?」
虹色の光を発しながら高速で回転し、最後には水晶のような固形物になったアイテムを持ったまま問いかける。
「どうか、この子を!!」
道に押し出されてきたのは、10歳になるかならないかの少年だった。神殿に布施を払い、治癒に来ていたらしいその身なりの良い家族を、周りの見物人達は通している。
「メント殿、宜しいですか?」
荷馬車の上に立ったまま、下にいるメントに許可を求めた。これで、治癒した相手と結託していた、詐欺だと言われたら目も当てられない。
「ええ、お手並み拝見と行きましょう」
父親だと思われる人が、少年を私に抱き渡した。首にもアザが浮き始めているから、今日明日どうこうと言うことはないけれど、辛いだろう。
『退色なりし無』をかざし、疫病を吸いとる。
少年の身体が一度光り、治癒が完了した。
「……あれ、僕。……父さま!!」
少年は七色紋の特徴であるアザが消えた自分の腕や、服を捲って確認したお腹を不思議そうに眺めていたけれど、治ったと確信した途端に、父親の腕に飛び込んだ。
ー……おお、奇跡だ。
ー……流石は薬剤師殿。
さざ波の様に、町の人々の中に囁きが広がる。
それはうねりとなって、私達を包んだ。
「特効薬を!」
「サミアドの解放を!!」
「どうか我らに」
足を踏み鳴らし手を振りかぶり、中心にいる私が恐怖を感じるほどの熱気を伴って、迫ってくる。
さて、軍神殿はどう出る?
ちらりとメントに視線を流したら、苦々しげに顔を歪めていた。私に見られていることに気がついて、慌てて笑みを張り付ける。
「町の者よ。我が同胞よ!
サミアドの中にはまだ魔族の仲間がいる可能性がある。そこを解放すれば、冒険者達に被害が出る恐れがあるのだ!」
両脇に疾風迅雷を侍らせた軍神殿の神官長はそう言うと、叫ぶ住人達を制するように先を続けた。
「明日、そこにいる魔族の処刑を行う!
そしてそれが終わり次第、神殿の移転門より、遅れていた出兵をすることになる。
その後、サミアドの安全が確認出来次第、解放を約束しよう!
今はただ、国の為に出兵する兵士や、そなたらの家族を思おうぞ!!」
おー、見事な話題の強制転換だ。確かにそろそろ第一陣が出発しないと不味いよね。春になったら隣国との戦争再開するし。
そして死にに行く人達を送るのに、自分達の治癒だけを声高に叫んだら、白い目で見られてしまうだろう。
だけど、そうは問屋が卸さないよ。
「軍神殿の神官長様!!!
どうかその場所で、私に『退色なりし無』を作らせてください!! ここから出兵する人には治癒を約束されてはいても、その家族全ては癒して頂けないのでしょう?
ならば後顧の憂いが無いように、残りのサミアドの欠片を使い、特効薬を作ります!」
宣言する私に、町の人々のボルテージは最高潮だ。
「そうですな。冒険者ギルドとしても、この地に協力は惜しみません。ティナの申し出を受けてくださるのなら、これほどの喜びはありません」
クルバさんも道に進み出て私を援護してくれた。目論見はバレていないと思うんだけど……。
「そして、無論、出兵が終わり次第、無関係の冒険者達とティナは引き渡していただきます」
あ、それが狙いですか。なら好都合。
軍神殿の返答を待たずに、荷馬車から飛び降りた。足早に歩き始める時に、風が吹いて砂塵が舞った。ちょうど良いから、口を手で覆いつつ、自由の風さん達にだけ声を魔法で届ける。
(……必ず助けます。待っていてください)
弾かれた様に全員がこっちを見るけれど、視線を交わす訳にはいかない。真っ直ぐ前を見つめたまま、豊穣神殿のお婆ちゃんに向かって歩く。
「どうか、これを」
そう話ながら『退色なりし無』をお婆ちゃんに差し出す。
「あら、良いのかしら?」
「はい、これを作るのにかなりの負担がかかります。正直に申しまして、今にも倒れそうなのです。
どうかこれで、助けの届かない病人達に治癒を」
「あらあら、それはいけないわね。
明日は軍神殿の方がお持ちの原材料から、特効薬を作るのでしょう? ゆっくり休まないと。
そうね、私たちの所にも宿坊があるわ。良かったら今日は豊穣神殿でお休みにならない?」
軍神殿の神官長に視線を送りつつ、イタズラを仕掛ける子供のような口調で誘われた。このまま軍神殿にお世話になるのが、一番なのはわかるけれど、お婆ちゃんのイタズラに乗ることにする。
うん、概ね狙い通り。軍神殿の面子を潰すおまけ付きで、アリバイ確保だ。ただ、私と一緒に神殿に泊まると、ジルさんたちを奴隷扱いしないと駄目だ。それは嫌だから、四人には自力で展開したままの隠れ家に帰ってもらおう。
「是非お願い致します」
実は軍神殿は明日私に『退色なりし無』を作らせるなんて認めてないんだけれど、これでもう断れないだろう。
「……では明日、式典の中で特効薬を作らせてやろう」
何処までも尊大に渋々認めた軍神殿の神官長は流石はメントの上司だ。
……今夜が楽しみだ。




