67.そこは『協力しろ』だろう?
パトリシア君と別れて町を出た。
今後の事を考えて歩いて帰ることの出来る距離に、隠れ家を設置することにした。選んだ場所は、久々の草原深部。ダビデと初めて出会った場所の近くだ。
ここなら町まで歩いて二時間程度だから、万一私が移転を使えなくても帰ってこられる。実際歩くとなると、戦闘が発生するからもう少しかかると思うけれど、ダビデを含めこのエリアの敵なら十分対応可能だから、危険は少ないだろう。
「お嬢様、何故草原なんですか?」
以前襲われてからずっと森に住んでいたせいか、不思議がってダビデに問い掛けられるが、笑って誤魔化した。
「さて、今日は疲れましたね。
私は明日も町に行きます。そのつもりでいてください」
リビングに入り、一息吐きつつジルさん達に伝える。
明日は私一人で町に行っても良いくらいなんだけど、多分護衛って言われるんだろうなぁ。
化粧が溶けてきて、違和感のある顔を掻きながら考える。
「ティナ、少し確認したい」
「ジルさん、何ですか?」
「お前は何を考えている?」
「ん?」
単刀直入に問いかけられて、回答に困った。さて、どうするか。正直私もこうなって欲しいと言う、最終目的は決まっていても、そこまでの道筋が全て見えている訳ではない。
「隠すな。前回、アルオルをどうするのか聞いたときと、同じ感じがする。またろくでもない事を考えているんだろう」
アルオル事件の時と言われて、ダビデやアルも興味深そうにこっちを見る。
「前回も隠そうとしたが、今回も全部自分でやるつもりか?」
ジルさんは苛ついている様に、身体を一度揺らすと私の方に近づいてくる。
「……うーん、まだ全てが計画できているわけでもないし、やれるって思ってるわけでもないんです。何と言うか、『下手な鉄砲も数打ちゃ当たる』的な? 色々種まきして、何かひとつでも実を結んでくれればいいなぁ、と…」
小首を傾げながら答える。とりあえず座ろうと誘い、全員がソファーに着いた。続きを求められているのは分かっているけれど、私の中でもまだ固まっていないんだよね。
「色々な種まきですか。その内のひとつが、こちらに帰ってから答えるようにと言われていた件ですか?」
アルが不意にそう言って割り込んできた。
てっぽう? と疑問の声を上げていたジルさんは、そんなアルに詳しく話す様に言っている。
「私もティナお嬢様が何を望んで、本日の町の行動されたのかは存じ上げません。ただ、何も言わずに全てを見ているように、帰ったら知恵を借りるという旨の事を指示されました」
私に解説を求めて、全員の視線が集中する。うーん、最悪の事態になったら、全員でデュシスの町から逃げなくちゃならなくなるし、話さないとダメだよね。
「…オルが帰ってからと思ったけれど、なら少しだけ話すね。
私は自由の風さんを助けたい」
反対されるかなと思ったけれど、それでも全ての出発点はここだから言いきった。
「ごめんなさい、そのせいでデュシスに居られなくなるかもしれないし、定収入の道も閉ざされるかも、最悪ギルドの登録すらどうなるか分からない。でも、恩人を見捨てることは、したくないんだ」
「……主人の希望に異を唱えることはしない。安心しろ。それで、何故あんな行動をとった? 失敗しているとはいえ、あれほど目立つことを嫌い、自由と地味を追求していたご主人様が、神殿に目をつけて下さいと言わんばかりの行動をしたのは何故だ?」
「今回は誰も助けてくれないから。矢面には私が立たなくちゃいけない。
町の中に、神殿に関する噂を流したかった。その噂の結果次第で、次の行動を変えるつもりだけれど、どうなるかは最後まで分からないと思う」
「ティナお嬢様はどんな結果と行動を予定されているのですか?」
「プランA。これは私にとって最良の結果と状況が揃ったときだけど……。自由の風さんに魔族は居らず、神殿の勘違いの場合。
おそらくクルバさんを始めとした、冒険者ギルドが総掛かりで冒険者を取り戻し、サミアドも開放させると思う。それが一刻でも早くなるように、町の噂を操って後押しする。そのために『退色なりし無』を有効に活用しよう」
うん、これは正攻法だ。そして一番有り得ない結果だろう。ギルドに乗り込んできた神官も話していたけれど、確たる証拠なく冒険者を拘束なんかしない。しかもあっちにはAランクパーティー疾風迅雷が味方に付いている。そんな下手を打つはずがない。
現にアルやジルさんは有り得ないと言うように、唸ってるし。
「プランB。自由の風さんの中に魔族がいた場合。
町の人達を上手く利用して、神殿に対する反感を高める。現在、神殿の判断でサミアド遺跡は封鎖されている。それを利用するつもり。だからこそ、あんなに善意の薬剤師アピールをしたんだしね。
もし神殿が私に接触してきて、特効薬の作成を依頼する、もしくは捕らえようとした所で、司法取引的な何かで自由の風さん達を逃がすように交渉する」
「無理です。神殿は決して交渉には応じない。一度交渉に応じては、次には更なる要求をされると思っています。特に魔族絡みで譲歩を引き出すのは、至難の技です」
間髪入れずにアルがダメ出しをしてきた。やっぱりそうか。神殿は政治屋じゃないから、実利を取るって訳には行かないよね。ならやっぱり最終手段かな?
「プランC。自由の風さんの中に魔族がいる、かつ神殿に影響を及ぼせない場合。
物理でぶん殴ってでも脱獄させる。以上」
最後だけは簡潔だ。前提条件なんかない。ただ転生前から訓練してきた全ての実力を発揮して、牢破りするだけだ。無論、私だとバレない様に顔を隠すとか、最大限の工作はするつもりだ。その下準備を含めてオルに神殿の情報を集めて貰っている。
「あ、もちろんその時には、自由の風さん達に逃げる意思の確認はするよ? 逃げたら犯罪者確定だしね」
あんまりな私の計画に絶句する同居人達を見ながら続けた。私としては、命あっての物種だと思っているから、無理にでも脱獄して欲しいけれど、命よりも大事なものがあると困る。それに折角助けたいつもりなのに、恨まれたら嫌だ。
「お前は、バカかッ?!」
ひっさびっさに、ジルさんのアイアンクローを喰らってしまった。痛みで陸に揚がった魚の様にのたうつ私を見ながら、ジルさんの説教は続く。
「ご主人様はどうしてそう、自分を大事にしないんだ! 自由の風が捕らわれたのは、もし本当に魔族がいるなら自業自得だろう!! それを何故、全てを捨てる覚悟で、ご主人様が助けるんだ! お前は、聖女か? 自己犠牲精神の塊か?
もっと自分の事だけ考えて、自分勝手に生きろ!!」
ギリギリとジルさんの指に力が込められていて、本気で頭が割れそう。そんな恐怖を感じながらも、今回だけは放してくれと訴えるつもりはなかった。
「ごめんなさい、私は不器用だからさ。受けた恩を忘れて生きるような事はしたくないし、そんな自分も認められない。
ジルさん達には、私が勝手に危ない橋を渡るせいで迷惑をかけて悪いことをするとは思っている。でも今回は時間もないし、一刻も早く結果を出さないと、自由の風さんたちが壊される可能性もある。
だから何と言われようとも、私は止まらないよ。
危ない橋なのは分かってる。だから、協力して欲しいとは言えない。でも邪魔はしないで欲しい」
痛みで眉間に皺が寄った、そんな無様な顔のままジルさんに訴えた。
無言のまま唸っていたと思ったら、突然手を離されて尻餅を着いた。捕まれていた箇所を擦りながら、ジルさんを見るけれど視線を合わせてくれない。
「……ではお嬢様の希望の状況を教えて下さい。
町と神殿に、お嬢様はどうなって欲しいのですか?」
黙り混むジルさんの代わりに、今度はアルが問いかける。
「さっきも言ったように、町に神殿への反感を充満させたい。出来たら、民意を、民の総意を神殿にぶつけたい。
『魔族なんかどうでも良い。俺達の妻を、子を、家族を大切な者を癒す術を返せ。神殿が俗世に影響を及ぼすために、サミアドを閉鎖したんだろう』そう言って貰えたら最高だね」
考え込んでいるアルを見ながら、先を続ける。
「軍神殿はもうすぐ出陣するでしょ? 神官達は従軍する人もいればいない人もいる。残る人員の事を考えれば、民意を敵に回したまま主力が留守にするのは避ける筈だ。
ここからは私の希望も含めた予想だから、間違っていたら教えて欲しい」
どうにかして実現させるつもりだけど、現実に可能かどうかやったことはない。不安に思いながら続けた。
「民意を味方に付ける点数稼ぎに、サミアド遺跡で自由の風さんたちや他の冒険者達が集めた、サミアドの欠片を使って大々的に式典でもするように仕向けられるんじゃないかと思ってる。もしくは出陣式と同時に行って箔を付けるかもしれない。それなら私も願ったりだしね。
もしそう言った事をしないようなら、パトリシア君に頼んだ神官と引き合わせて貰って、軍神殿以外の主導でそれを行って欲しいと頼むつもりだよ。やって貰えるなら、私が『退色なりし無』を作ると言えば、少し目端が利けば動くはずだ。違うかな?」
「確かに不可能ではないかと……」
悩みながらもアルは肯定している。貴族として神殿に関わってきたアルがそう言うってことは、可能性はあるんだろう。良かった。
先を続ける前に、混乱して交互に私とアルを見ているダビデを、抱き寄せて撫で回した。どうやら私も緊張しているらしい。
「そこからは、流れ次第だ。取引で助けられるか、物理になるか……、状況が混乱すれば混乱するほど、私のチャンスは増えるハズだから、全ては流動的。ネックはたった2日しかなくて、噂が広まるかどうか、民の総意まで話を大きくできるか……。後は必要な情報が揃うかどうかかな。
何はともあれ、自由の風さんがこの町に連行されるまでが勝負だね」
「お嬢様、それだけの事を、冒険者ギルドマスターの部屋で瞬時に計画されたのですか?」
アルが確認してくるけれど、それだけの事って、こんな穴の空きまくった計画なんて誰でも即座に考えられるでしょ。
自分の計画とも言えない策に失笑しながら頷いた。
「ダビデ、ジルベルト、アルフレッド、お願い。『邪魔はしないで』
危ないから協力はしなくて良いよ。この隠れ家は、一連が終わるまで展開しっぱなしにしておくから、私の手が離せなくなったら各自ここで休んで自由にしていてね」
スッパーン!!
魔力を込めて命令をしたら、今日何度目かのスリッパ音が響いた。突然の衝撃で文字通り、目の前に星が散った。
「ジ、ジルさん?」
随分草臥れた犬のお巡りさんのアップリケ付きのスリッパを振り抜いた姿勢のまま、ジルさんは私を睨んでいる。
「そこは『協力しろ』だろう。オルランドには協力させたくせに、我々はカヤの外か?
あまり馬鹿にするなよ。命じろ、助けてやる」
「そうです! ボクが出来ることは少ないですが、リックさんやアリッサさんには、凄くお世話になりました。お嬢様、お一人で全てを行う必要はありません。お手伝いさせてください」
「そうですね。我々は一蓮托生ですから、協力させて頂きます。ご主人様」
怒るジルさんに便乗して、ダビデ達も協力を約束してくれた。あぁ、有り難いな。
「ありがとうございます。なら、手伝って下さい、お願いします」
頭を下げる私にダビデが動揺していたけれど、気にせずお願いした。凄く助かるし、気も楽になった。でもだからこそ、これだけは言っておかなくては。
「ただし、例えば神殿に特攻して負けて捕らえられたとか、私が失敗してどうしようも無くなったら、見捨ててください。命さえあれば、奴隷のままでもまだチャンスはあります。良いですッ……!! 痛ッたぁ!!」
オルランドへの本気のツッコミと同じ位の良い音を響かせて、私に振り下ろされたスリッパは、高速で折り返し連打を浴びせてくる。
「……ご主人様? 何か変な指示を聞いた気がするが、気のせいだよな?」
「パンパン叩かないで下さい。案外コレ、結構痛いんですよ…。今まで笑ってみてたけど、オルランドに悪いことをしちゃったなぁ」
「ご主人様?」
どうでも良い後悔を呟く私を、ジルさんは素振りをしながら見ている。
「ジルさん、呼び方。私はご主人様じゃないですよ、ティナです。……ふふ、なら一蓮托生、その命預かりましょう。絶対に、自由の風さんを救出します。協力してください」
口々に同意する同居人を頼もしく思いながら、これからの事に思いを馳せた。
自由の風さん達が、この町に連行されるまであと2日。ただし、今日はもう終わるから、実質一日しかない。
頑張ろう。




