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66.それを私は感心しない

「せめてこちらをお使いください」


 そう言ってアルはデフォルメされた猫のアップリケがついた、スリッパを差し出した。って、スリッパ?!


 確かに前に全員分スリッパを買ってきて渡したけど、そう言えば誰も使ってなかったっけ。捨てずに大事に持っててくれたんだね。


 許可を求める様に私に視線が集中するけれど、これどうしたらいいの?


「…薬剤師殿、かまいませんか?」


 アムルさんが確認するように私に声をかける。うん、これでシバくって事ですか? これはネタだったんだけど、ジルさんの使い方がスタンダードになりかけてますか??


「えーっと、ご自由に? でも、時間ないので手短に済ませて貰えると助かります」


 ツッコミ用スリッパで殴られるくらいなら仕方ないか。このままだと話が進まないしと思って答えたら、使い方を尋ねられた。一度スリッパを借りて、素振りをしてみせ、殴り方を説明する。


「ああ、縦ではないのですね」


 最初ナチュラルに、突き刺す様にスリッパを持ったアムルさんは、そう言って持ち直すとアルの前に立った。


 一度深呼吸をして、気合いを入れるアムルさんを見て、アルはもう一度殴りやすい様に深く(こうべ)を垂れる。


「…ッ! お前のッ……せいでッ……!! 我々ッ……家族はッ……、何故ッ!!……くそッ!!」


 ひとつ、ふたつ、みっつと音を発して振り下ろされたスリッパを、アルフレッドは微動だにせず受け止めている。ジルさんがやる時よりも、音にキレがなく何処と無く重い。打撃の数が7つを数えた時に、これで最後と決めたのだろう。毒づきながら、全身を使って振り抜いた。流石に打撃として有効だったようで、アルフレッドの上半身がグラリと揺れた。


 倒れるのかと驚いたけれど、何とか体勢を立て直し、アムルさんに深々と頭を下げた。


「薬剤師殿、ありがとうございました」


 肩で息をしつつ、私にスリッパを差し出してくる。私がスリッパを受け取った事を確認し、アルは立ち上がると私の後ろに控えた。伏し目がちに立つアルを観察するが、何の表情も浮かんでいない。


「……コホン。では薬剤師殿、お急ぎと言うことでしたので話を続けましょう」


 ざわつく野次馬を散らして、部屋の入り口を閉めたクーパー氏はそう言うと、空気を変えるべくそういった。


 私自身もすっかりアムルさんとアルの一幕に飲まれていたから、助かったわ。頷いてようやく本題に入る。ここに来る前に、ニッキーに城門に走ってもらって、ジルさん達に少し遅くなりそうだとは伝えて貰う約束はした。でもそろそろ限界だろう。パトリシア君との打ち合わせもある。そろそろここを辞さなくては。


「市場で、いえ、クーパー様が知る方々の中で、特に酷く七色紋の症状が出ている方を教えて下さい。そして内々に、私の治療を受けるかどうか確認していただけると、大変助かります」


「おや、無償で癒して頂けると? それは皆、喜ぶでしょう」


 意外そうに確認するクーパー氏を見つめ、先を続けた。


「まさか! 少しは利益もいただくつもりです。ですが、全員を治療できるかは分かりません。

 冒険者ギルドは数が揃い次第、領主様に報告し特効薬を配る予定でした。少しずつ配っては根絶に時間がかかる、それまで重症者は神官様方が癒して頂ければ、間に合うはず……でした」


 そこで俯き、肩を震わせる。


「薬剤師殿、間に合うはずだった…とは?」


 クーパーさんは突然暗くなった私に驚いて確認してくる。


 感情が高ぶるのに任せて、流れ落ちる涙のまま悲劇の乙女の様に訴えた。普段は困る涙腺の弱さもこう言う時は便利だね。


「……神殿は原材料が採れるダンジョンを閉鎖してしまいました。私の手元に残った素材はあのわずか。これではどうしたって数が足らない。

 ですから、どうか重症者の方を教えて下さい。そして、軽症の方には謝罪をお伝えください。神殿が従軍の準備を終え、通常の治癒を再開するか、サミアド遺跡の閉鎖を解除するまで耐えて欲しいと……あと少しだったのに」


 自分の偽善と演技に吐き気がする。けれども今回は時間がない。そして協力してくれる人もいない。活用できるものは何でも活用しなくては。私の誇りや良心なんて二の次だ。


「冒険者ギルドは何をしているのですか? なぜ無理にでも解除させないのですかっ!」


 アムルさんが我慢しきれず割り込んできた。クーパーさんは控えるように指示をしているけれど、愛娘がついさっきまで苦しんでいたんだ。他人事ではないのだろう。凄い鼻息で詰め寄ってくる。


「冒険者ギルドは、この国の外にある組織です。

 でも皆さんと同じ人間です。冒険者は、神様にお(すが)りし、自身の死後を祈るのです。危険の多い職についているからこそ、普通の町の人達より信心深いかも知れません。そんな神殿がサミアドに魔族がいた、それも冒険者(なかま)の中に魔族がいたと発表したのです。

 どうして逆らえましょうか。せめてサミアドで最後に仲間達が集めたドロップ品を返して貰えたら、何とかなったかも知れないのに」


 感極まったかの様に顔を覆う。


「……そしてどうかこの事は、ご内密に。万一神殿に知られれば私は神殿に詣でることを強制されるでしょう。そして帰って来られるか……。

 イザベル様が疫病にかかった方々の隔離を決めたのに、もうそこに入りきらない程、病が広まっています。

 私はお世話になったこの町の人達に、ご恩を返せる機会を失いたくないのです。例えそれが私の独断であっても」


 最後の文章で顔を上げて、ヒタと視線を合わせた。クーパー氏もアムルさんも完全に私の演技に飲まれている。


「わ、分かりました。妻を癒していただけたお礼は致します。七色紋の患者達は互いに庇いあっています。私が知る限りのメンバーに声をかけましょう。皆、神殿に布施を払い治癒の順番を待っている者達です。

 自身や身内の首を締める事になる、治療者である貴女の情報を漏らすことはないでしょう。ご安心ください。

 ただ、知り合いには奴隷商もおります。声をかけて大丈夫ですか?」


 私の顔色を窺いながら、クーパー氏は確認してくる。


「はい、出来る限り重症の方から、特効薬の続く限り癒します。お金持ちの方だけではなく、一般の市民の方でも秘密を守れる方ならば何方(どなた)でも大丈夫です。

 今日はもう遅くなってしまいました。明日、また参ります。それまでに一覧を作っていて頂けませんか?」


「ええ、無論です。明日までに話はつけておきましょう」


「急なお願いで大変申し訳ありません。

 私は冒険者ギルドの薬剤師。これが解決しても、クーパー様の商売には何の利益も出せぬ流れ者です。

 そんな私のお願いを快く聞いて下された、クーパー様の器の大きさと義侠心に心から感謝致します」


 最後は駆け足でお願い事をまとめて店を出た。明日、ここに入る前にしっかりと周囲を確認しよう。今は私への協力を約束してくれたけれど、心変わりをして神殿に通報しないとも限らない。


 商人らしく実利を取るなら、商売敵に私の存在を教えて恩を売り、特効薬が切れた所で神殿に引き渡すか、それをネタに脅して、薬剤師としての私を抱き込もうとするだろう。


「アル、急ぐよ。それとこういうことは、正直言えば感心しない。次からは止めてね」


 そう言って、預かったままだったスリッパをアルへ返す。アルは受け取ってマジックバックにスリッパ入れた後に、また深くフードを被った。


 城門が閉じる前に、町を出なくてはならない。小走りに向かった先には、ジルさん達とパトリシア君、それに伝言を頼んだニッキーが待っていた。


「遅ぇよ! まったく、パトリシア様を待たせるなんて、駄目だろう」


 ニッキーはパトリシア君の事を領主館で見かけているから、貴族の関係者だと思っているのだろう。開口一番叱られた。


「ゴメン、ゴメン、案外手間取っちゃった。

 ニッキー、伝言伝えたらもう、帰ってよかったのに。店番誰もいないんでしょ? 大丈夫だったの??」


「あー…不味いな。でもよ、どうなったのか気になってな。で、首尾はどうだったんだ?」


「ん、何とかなったよ。ありがとう。

 明日また行くことになったんだ」


 それだけ聞くとニッキーは満足したのだろう。パトリシア君達に挨拶をして帰っていった。


「パトリシア君、待たせてごめんなさい。買い物は上手くいったの?」


「はい、お嬢様、全部買えました」


 ダビデは私を見つけた瞬間から、尻尾を振り始めている。ジルさんは警戒した顔だけれどね。


「ティナ様、オルランドはどうしたのですか?」


 案の定オルがいないことを不思議がって、ジルさんは尋ねてきた。


「オルには少しお願い事をしたの。明日には合流するよ。

 それよりもパトリシア君、コレ報酬ね。それと、ひとつお願いしたいことがあるんだ。

 領主館にも出入りするパトリシア君なら、豊穣神殿に繋ぎを付けられるよね。マダムの店で話してくれた内容、凄く詳しかったし。

軍神以外なら何処でも良いんだけど、多分豊穣神殿が一番親しいでしょ? 何たって実りを管理してるんだからさ。農家の人達が信仰するのは豊穣神だって聞いたし。

 私に、もしくは冒険者に悪感情を持ってないそんな神官様を紹介して? もちろん冒険者兼務の神官じゃなくて、本物の神官様ね」


「小娘、何をする気だ?」


 ここは冒険者のテリトリーである城門だ。それに合流する前に、盗聴防止を始めとするいつもの魔法は展開済。少しは危ないことも話せる。


「今の私の動きが、ギルドの本意ではないことは分かってるでしょ? もしもの時の用心だよ。軍神殿とやり合うことなんか期待してない。ただ少し町の人の声を聞いて欲しいだけ。誰かいないかな?」


「いない訳じゃないが、今日、明日すぐに繋ぎはつけられない。自由の風が町に戻ってからになるぞ、良いのか?」


「問題ないよ。その方が有り難いくらい。

 なら、もしもの時には、神官様と私を引き会わせて欲しい。お願いね」


『退色なりし無』を押し付ける様に渡して、頼み込んだ。大丈夫だとは思うけれど、裏切られて神官の繋ぎが付かなくても"私は"困らない。困るのはこの町の人達と、統治者である領主、有り体に言えばイザベル様だろう。


 今日やりたかった事はこれで全て終わりだ。

 さて、家に帰ろう。




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