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65.市場の顔役

 ぶらぶらと目的はあっても目的地はなく、市場を歩く。私の斜め後ろにはアルフレッドがフル装備で静かに付き従っていた。

 市場では首輪が人目につくと不味いかなと思って、マジックバックから出した本来は私用のフード付きマントを纏っている。少し丈の短いそのマントは、色も暗色だし見た目的に大変怪しい。


「……」


 チラホラと開いている店の中から視線は感じても、そんなフードで顔を隠した甲冑の戦士を従えた、私に声をかける勇気のある呼子はいないらしく、静かなものだ。


 内心は困ったなと思いながらも、店のある中央を抜け、以前ニッキーが野草を売っていた辺りまで来てしまう。


 ポツポツと申し訳程度に、青空市場に店が並んでいる。その中に、久しぶりの顔を見つけて、気は引けたが巻き込む事にした。


 彼だって、執行局の件では自由の風さん達にお世話になったんだ。少しは利用させて貰ったってバチは当たるまい。


「こんにちは」


「…え? オレ?」


 成人を迎えて装備が少しずつ充実してきているニッキーは、相変わらず名も無き草を売っていた。まさか怪しい二人連れに声をかけられるとは思っていなかった様で驚いている。


 私が誰だか分からないのか、声をかけられて目を白黒させていた。


「そうですよ。……この草がもっと沢山欲しいんです。後、コレとコレとコレも。出来ますか?」


 何処まで気が付かないかな? とこんなことをやっている場合じゃないのは分かっているけれど、イタズラ心がでて初めてニッキーと出会った時と、同じ草をわざと指定する。


「え、何で? これはただの臭い草だ。薬の材料にもなるから、たまに薬剤……。え、あ」


「ぷ……、くく。気がついた? おにいちゃん」


 薬剤師と言いかけて、ようやく私に気がついたのか、ニッキーは固まった。鳩が豆鉄砲でも喰らったかの様な、その表情に我慢しきれず吹き出す。


「…ティナか? マジで? どうしたんだよ。いつも連れてる、犬妖精や狼獣人はどうしたんだよ。そんな怪しげな戦士なんか連れて……」


 アルフレッドに目配せをして、フードを少し上げさせる。その時にわざと首元を晒す様にしたから、隷従の首輪も見えただろう。

 今度こそ黙り込むニッキーに、笑顔を向けて質問をする。


「ねぇ、ニッキー教えて? 貴方、ここの市場は長いんだよね?

 少し前にこの市場で『七色紋』が出たって聞いたの。無事神殿で治癒して貰えたの?」


「そんなことを聞いて、どうするんだ? ここにいる人達は、疫病なんかにゃ掛かってないぞ」


「知ってるよ~。でもさ、ここにはいなくても、家族には? 従業員には? 全員治して貰えたの?」


「何が言いたい」


 食い下がる私を怪しんだのか、ニッキーはあからさまに警戒した視線をこちらに向けた。アルはそんなニッキーを牽制するように一歩前に出る。


「うん? 私のお仕事を思い出して? ついでに、町にも詳しくて、冒険者のニッキーなら、噂くらいは聞いてないかな?」


 具体的に言うのは避けて、まどろっこしいが相手が気づくのを待つ。


「……助けてくれんのか? ギルドは大丈夫なのか?」


 希望にすがる瞳を向けられて、居心地は悪いけれど、力強く頷いた。私は、私の目的の為に、やるだけなんだけどね。応とも否とも言わずに、続ける。


「市場で権力握ってる人、紹介してくれない?」




 ***






 市場の中央にある香辛料や小麦なんかを扱う立派な店が、市場を牛耳る顔役の店だと言うことだ。ニッキーに連れられ中に入ったけれど、店頭には誰もいなくて閑散としている。


 何度か声をかけてようやく現れたアムルと名乗る店員に、冒険者ギルドの薬剤師だと名乗ったら、慌てて奥に引きずり込まれた。


 流石は商人。冒険者ギルドが、七色紋の特効薬を手に入れ、神殿を頼らずに何とか出来るようになったことを知っていたようだ。


「君が冒険者ギルドの薬剤師ですか」


 ビール腹を揺らした、頭部が寂しくなりかけているおっちゃんが、私を見て確認してくる。


「はじめまして。冒険者ギルドの臨時薬剤師をしているティナと申します」


「その薬剤師殿が何のご用件かな?」


 警戒も(あらわ)に、私を観察する商人の名前はクーパー。この人とこれからやりあわなくちゃいけない。負けるな、飲まれるな、怯えるな。動揺したら負けだ。


「クーパー様はこの市場でも、有名な方だと伺いました。本日は人を紹介して頂きたくて参りました。

 ……噂でも結構です。七色紋にかかり苦しんでいる方を、ご存知ないですか?」


 気合いを入れて問いかける。


「…何故と聞いても良いですかな?」


「それは…、クーパー様程の大商人でしたら噂くらいはお耳に入っているのでは? それに関する事です。

 これ以上の事は協力して頂けるのでしたら話します」


 万一叩き出されるような事になったら、仕方ないからマップで状態異常の人を探して、一軒ずつ突撃するしかなくなるだろう。ただ、私のマップにはこの店の奥に、七色紋の罹患者がいると表示されている。その患者がこの商会にとって重要な人なら、勝算はあるだろう。


「……ついてきて頂こうか」


 しばらく悩んだ末、クーパー氏は店の奥に私たちを招き入れた。


「……君が本当に噂を事実としてくれるなら、私は感謝するだろう。高額の布施を払い治癒の順番を待っているが、遅々として進まない。これ以上は見ていられん。

 正直に言えば、嘘でも構わん。もう藁にもすがる思いだ。

 …ここだ、入るが良い。もし、中の人間を癒す事が出来たなら、先程の話の続きをしよう」


 厳重に隔離された部屋の中に進む様に言われる。護衛として付いてきていたアルには、ここで待っている様に言い一人で中に入った。


「そこにいるのは、私の妻と従業員の娘だ。二人とも七色紋に罹患し、末期と言われている。噂が事実であるならば、治して見せてもらおう」


 自身は入り口から入ってこないまま、クーパー氏はそう言うと私の動きを監視している。


「…分かりました」


 マジックバックからひとつ残した『退色なりし無』を取り出す。

 初めに手足はおろか、顔、それも瞳の中まで斑点が侵食してきていた少女に、アイテムを翳す。熱で朦朧としているのか、虚ろに開いた瞳には、何も写っていなかった。


 柔らかな光が『退色なりし無』に宿り、その光は少女に降り注ぐ。その光に吸い寄せられる様に、少女の体から極彩色彩られた斑点が浮かび上がり、『退色なりし無』の中に次々と吸い込まれていった。


 前にギルドで実験したときは、初期や潜伏期間中だったからピカッと光る程度で、治療が完了していたんだろう。少女ほど症状が重くなってしまっては、治すのにも時間がかかった。

 少女の体から最後の極彩色の紋が抜けきり、光が収まる。


 部屋の外から息を呑む複数の音がする。


 それを確認して次に隣の明らかに豪華なベッドに寝ているご婦人の治療に移る。


 大人である分、抵抗力があったのだろう。少女よりはいくらかマシな状態だ。同じように『退色なりしなりし無』を使って治した。


 無色だった『退色なりし無』の中に、小さな光点が浮いていた。これが全体に広まったとき、この特効薬は使えなくなる。


「終わりました。確認されますか?」


 部屋の入り口を振り返り、クーパー氏といつの間にやらいたさっきの従業員さんに声をかける。


「アムル」


 クーパー氏が声をかけると、アムルさんは心得た様に一礼して中に入ってくる。


「……ディア、私の愛しい娘よ!」


 近くで少女を見て、七色紋の特徴である全身のアザが消え、深く穏やかに呼吸をしていることを確認すると抱きついて咽び泣いている。


 それを確認してから入ってきたクーパー氏もまた、無言で奥さんを抱き締めていた。


「……あなた」


 しばらくそうしていたクーパー氏に、奥さんが気が付いたのだろう。掠れた声で呼んでいる。


 これ以上見ているのは失礼かなと考えて、廊下で待つ事にした。


「…お嬢様」


 扉を開けて外に出た途端、責めるようなアルの瞳に出迎えられた。


「あ、ごめん」


 何となく不味い気がして、とりあえず謝った。今は周りに人目もないし、室内の人達はお取り込み中だ。問題はないだろう。


「本当にお分かりですか?

 お嬢様がわざわざ室内に入られなくても、ソレを貸していただければ、私が治療を行います。ティナお嬢様が危険な場所に入る必要はありません。

 よろしいですか。命の危険は元より、少しでも不快な思いをする可能性がある場所に、貴女様は足を踏み入れる必要はありません。我々に何なりとお命じになれば良いのです」


 きっぱりと言い切られて、困ってしまう。こんな自己犠牲の塊みたいな事を言うのは、過保護なジルさんか自分は役立たずだと思い込んでいるダビデだけだと思っていたよ。


 だから二人は、買い物の名目で他所に行ってもらったのに、まさかアルがこんなことを言うなんて。本当にどんな心境の変化なのやら。


「それじゃ駄目なの。今回は私がやることに意味があった。

 後で説明するし、アルの知恵も貸してもらいたいけど、今は黙って見ていて欲しい」


 負けじと言いきる私を、それでもジト目で見つめるアルへ、もう少し話そうと思っていたら、背後の扉が開いた。


「薬剤師殿、お待たせ致しました。

 どうか、こちらへ。先程の話の続きを致しましょう」


 いきなり腰の低くなったクーパー氏は、ペコペコと頭を下げつつ、私を先導する。アムルさんはそんなクーパー氏から予め何かの指示を受けていたのだろう。私達に一礼すると、別方向に足早に去っていった。


 さっきの部屋から少し離れたおそらくはクーパー氏のプライベート空間だと思われる部屋に通される。


「どうぞそちらにお掛けください」


 ここも豪華だったが、先程までとは違い生活臭があった。私たちがついて程なく、アムルさんも紅茶と茶菓子を運んで来てくれる。


「ありがとうございます」


 逆らわずに上座に座る。アルは私の左後ろに静かに立った。


「…お連れ様もよろしければお掛けください。護衛として動きが阻害される事を気にされるのであれば、あちらの椅子をお使い頂ければと思います」


 フードを被ったままの怪しさ満点、商談相手としては失礼なアルにまで席を勧めてくる。クーパー氏の指示を受けて、アムルさんはお茶の準備を中断し、椅子を持って来てくれた。


 アルは許可を求める様に私を見ると、静かにフードを外し首元まで露出する。


「…隷従の」


 驚いたように呟くアムルさんを、クーパー氏は叱っている。

 その二人のやり取りを気にせずに、アルは口を開いた。


(わたくし)は奴隷です。その様な慈悲に値する者ではありません。どうぞお気になさらず、我が主との話し合いを持たれてください」


「アル」


 流石は元高位貴族。恭しく、一礼する仕草には気品が漂っている。ただしやっぱり何処か上から目線の台詞に頭が痛い。


 そんなアルの行動を観察していたアムルさんは、はたと何かに気がついた様で、突然眉を吊り上げ入れかけの紅茶のポットを力任せに掴む。そのまま蓋をとり、アルフレッドに向けて走り寄り、投げつけた。


 突然の事で反応出来ないでいる私の横を熱が通りすぎる。そして、それはアルへと当たり、中身をぶちまけた。アルの鎧に当たったポットは砕け散り床に散乱している。


 返り血ならぬ、返り紅茶が私にも当たって結構熱いし驚いた。ついでに室内に、高級そうな紅茶の匂いが充満する。

 ……勿体ないなぁ。


「申し訳ございません!! アムル! お前は何て言うことを!!」


 クーパー氏が必死に謝る声で我に返った。

 アルを確認すると、流石に驚いた様で棒立ちだ。


「お前は! お前が、異端の公爵アルフレッドだろう!!

 お前のせいで、我が家は捕らわれた! 子供達はいまだに夜泣く!

 妻は必死に宥めているが、執行局が来る、また捕らわれると泣くんだ!!」


 激昂しているアムルさんの声を聞き、他の従業員達も集まってきた。ただし入り口から覗くだけで、中には入ろうとしない。


「え、あの?」


 訳がわからず説明を求めてクーパー氏を見ると、例の執行局がいたときに、アムルさんの一家は冤罪で捕らわれたらしい。そう言えば、クルバさんも巻き込まれた一般市民うんちゃら言ってたなと思い出して納得する。


「アムル、落ち着きなさい」


 このままではらちが明かないと判断したのであろう、クーパー氏はアムルさんを宥めている。


「アムル、聞くんだ。お前がコイツを許せないのはよく分かる。一生、許さなくて良い。

 だが、こちらの薬剤師殿にご迷惑をかけるような事をするのは筋違いだ。この奴隷は、薬剤師殿のモノ。お前が許可なく、危害を及ぼしてはならない。

 謝罪を」


「……申し訳ございません」


 アムルさんは悔しそうにアルを睨み、それでも私に対して謝罪をする。そんなアムルさんを見て、アルフレッド一度瞑目して、覚悟を決めた様で何かを話そうとした。


「アル、おやめ。…『浄化』」


 またろくでもない事を話されると困る。アルを止めて、室内とアル、そして私に浄化をかけて紅茶の汚れを消した。


「薬剤師殿、こちらの従業員が失礼をして申し訳ない。このお詫びは、必ずさせます。お許し願いたい」


 暗い顔で謝るクーパーさんに、首を振って否定する。


「先程謝罪はしていただきました。幸い鎧に当たったので怪我もありません。お気遣いなく。

 それよりも、時がありません。話を進めさせて下さい」


「分かりました。慈悲に感謝します」


 そう言うとアムルさんに下がるように言い、クーパーさんは野次馬達の中の一人に新しいお茶を指示している。


「お待ち下さい。ティナお嬢様、どうか発言の許可を」


 アルは両膝をついて私に許可を求めている。アムルさんに何か言いたいことでもあるのかと思って、クーパー氏を見ると不快げにアルフレッドを睨んでいた。その背後に見えるアムルさんは、殺意に近い表情を浮かべている。


「お止め。アルが何かを言っても、アムル様は不快なだけよ」


 首を振る私に、今度はアムルさんがアルフレッドに発言させる様に頼んできた。

 当事者同士が話したいなら、仕方ないかと諦めて、許可を出す。本当に時間ないんだけどな。連れてきて失敗したわ。


「ありがとうございます。

 アムル様、私が作った策で計らずも貴方と貴方のご家族を巻き込んでしまった事を謝罪いたします。申し訳ありません」


 淡々とアルフレッドはそう言うと、首の根元まで晒す様に頭を下げた。そのアルの態度を見て、野次馬達は息を呑んでいる。


「……だからどうした。謝罪されても、あの苦しみはなくならない。記憶は、恐怖は追ってくる。お前が、お前達が来たせいだ。

 ……死んでいれば良かったものを」


 アムルさんは吐き捨てる様に言い放つ。アルはその言葉を受けて、ごそごそと持たせていたアル用のマジックバックから、有る物を取り出して掌に乗せた。


「申し訳ございません。ですが私は、薬剤師ティナ様の所有物です。勝手に死ぬ訳にも殺される訳にも参りません。身体を損なう事も避けねばならぬ身です。

 ですから、お嬢様の許可が頂けるのでしたら、せめてこちらをお使いください」








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