64.酔っぱらい
マダムに頼んで女の子達の更衣室の一角を貸して貰った。何だか妙に私達に好意的なマダムのお店の女の子達は、先を争って流行りの化粧品だ、香水だと貸してくれる。
パトリシア君が穏やかに女の子達を追い払ってくれて、更衣室に一人になった。一応の用心に、覗き見防止の結界や盗撮関知の魔法を使ってから、マップを開きっぱなしにして人の動きを確認しつつアイテムボックスを開く。
手早く以前買って貰った、清楚系小悪魔というミラクルなワンピースを取りだし、着替えた。後ろを閉めようと思って、出来る限りのリボンを結んだけれど、やはり上手くいかない。
仕方ないかと諦めて、部屋の外で待っていてくれたダビデに声をかけて結んでもらう事にした。
「ごめん、やっぱり一人じゃこの服、無理。ダビデ、悪いんだけど、ちょっと入ってきて結んでくれない?」
後ろが開いているせいでずり落ちそうになるワンピースの前を片手で押さえたまま、扉を少し開けて、廊下に声をかける。
「これは、これは…」
「ティナ、お前は、まったく!」
「ティナお嬢様、先日もお願い致しましたが…」
「!!」
上半身を覗かせた私を見て、四者四様の反応を見せた。誰がどの反応だったから、想像にお任せする。
「お嬢様! 早く中へ。すぐに結びます!」
ダビデは即座に反応して、中に入ってきてくれた。そのままくるりと後ろを向いて、髪を前に流す。
「ごめんね、ヨロシクー!」
面倒かけて悪いなと思いながらも、たまにダビデの肉球やら爪やらが素肌に当たって、くすぐったくも嬉しい。
「お嬢様、確かに可愛らしいお洋服ですけど、次からは出来たら一人で脱ぎ着出来るものを買ってください」
内心は喜んでたんだけど、ダビデにそう言われてしまって、テンションが落ちる。
「えー…駄目かなぁ。そっかぁ。でも今回の件が終わるまで、基本コレのつもりだから、しばらくはお願いね。全部終わったら、後は着ないからさー」
間延びした口調で、ダビデに謝っていたら、リボンを結び終わった様で、ポンと背中を叩かれた。
「…お嬢様、少し変ですよ? 大丈夫ですか?
えーっと、もしかして酔っぱらってますか?」
わざわざ前に回り込んできてまで、顔を確認しながらダビデが話しかけてきた。
心配そうなダビデが可愛くて、久々に我慢しきれず抱きつき、眉間にキスを贈ってから頬擦りをする。
「酔ってないよ~。大丈夫、大丈夫、ダビデは可愛いね。
さぁ、パトリシア君やみんなを呼んで、化粧をしちゃおう。髪はアルに、化粧をパトリシア君にしてもらったら、早いよね?」
「確実に、酔ってますね」
確かに少し頭はフワフワして、地についていない気はするけれど、問題はない。さて、時間もないことだし、仕込みを続けよう。
中に入ってきたパトリシア君とアルに、化けさせて貰いながら、思い立った様に話始める。
「ねぇ、パトリシア君。神殿って、一枚岩だと思う?
イザベル様サイドから、何か掴んでない?」
「突然、なんだ」
目の前で、ベースを作っていたパトリシア君は怪訝そうにそう言うと、白粉に手を伸ばした。
粉が立つように乱暴に塗られて、流石に話続けることは出来ずに落ち着くまで待つ。
「…ん、今回の件は軍神殿が主導権を持っているっぽいけど、神殿は四大神を祀っているんでしょ? なら、軍神殿のやり方を好まない人もいるんじゃないかな、って思ってさ。心当たりない?」
「馬鹿じゃないみたいだな。確かに、攻撃的な軍神殿に対して、思うところがある神殿もいる。だが、この町だけじゃない。この国で一番大きい、有り体に言えば、権力を握っているのは軍神殿だ。他の神殿では太刀打ち出来ないだろうな。…紅を塗る。少し喋るな」
真剣な顔で、私の唇に紅をのせているパトリシア君を見ながら、少しだけ計画に修正を入れる。もし軍神殿に対抗できる神殿があるなら、そっちから攻略していくつもりだったけれど、そうもいかないみたいだ。
「…終わったぞ。で、だ。軍神殿のやり口に批判的な、神官だったか? まずは冒険者ギルド所属になっている、神官職の冒険者だな。特に軍神殿以外の連中は怒るだろう。
次は、おそらく豊穣神の連中か? 奴等は融和と安定が教義だからな。苦々しく思っているはずだ。ほら、この前祭にも関わらず、ギルドに来た若い神官・ドミニクだったか。やつも豊穣神に仕えているはずだぞ」
ふーん、あの、ジルさん達異種族やアルオルみたいな異端奴隷にも動じなかった神官君か。今はそれだけ聞けば、十分かな? あとは追々調べよう。あ、折角、闇の住人モドキのパトリシア君やマダムの所にいるんだから、ついでにもうひとつ聞いちゃえ。
「教えてくれて、ありがとう。
ありがとうついでに、もうひとつ教えて?」
厚かましくも、更に質問をぶつける私に、パトリシア君は片眉を上げて続ける様に合図する。
「お金で情報を売り買いする、情報屋? とか言う職業の人って、この町にいるの? いるなら繋ぎをつけたいんだけど、どうしたら良いかな? まぁ、口が固くて、顔の広い人でも良いけどね」
流石に情報屋と言ったら、周りも驚いたようで、アルがまた思いっきり髪を引っ張ってくれた。痛いと訴える私の声を聞き、慌てて手を緩める。
頭上で真摯に謝ってくるアルフルットを下から睨んだ。今はパトリシア君の目もあるから、普段みたいにスルーは出来ない。仕方ないから、「帰ったら覚悟しなさい」とだけ冷たく返す。
従順に「畏まりました」と返事をし、アルは中断していた髪のセットを再開した。
「小娘、何て言うか、お前って凄い調教力だよな。オヤジに聞いたが、息抜きの飴を与えたかと思ったら、まさか公爵に髪を結わせるとは思わなかった。しかもその慣れた手つき、初めてじゃないな。……流石は、ちびっ子女王サマ」
色町の跡取り息子にそんなことをしみじみ言われると、私がよっぽどヤバイ趣味の人みたいじゃないか。アルの髪結いスキルはここに来る前からのものです! 私は普通よ、普通。
「ハイ? 私の何処が調教してるって言うのよ。失礼よ、物凄く。それよりも、情報屋さん」
膨れっ面のまま、パトリシア君をせっつく。
「欲しいネタにもよる。なにより相手も信頼がなければ、情報なんて渡さない。小娘は何を知りたいんだ?」
「ナイショ。なら、いいや。何とかなるしってか、するし」
まぁ、知りたいのはどうしようもなくなった時に、物理で何とかするための情報だ。神殿内部の間取りとか、見張りや兵士の所在地、あとは交代の時間かな?
最悪、1日か2日、町の宿屋に泊まり込んで、マップで確認すれば問題はないだろう。
「ティナ様、では、俺に少し時間をくれないか?」
出入口近くで控えていたオルランドがそう許可を求めてくる。
突然、オルランドがそう言い始めた理由が分からずに小首を傾げていると、オルは一歩前に出て説明を始めた。
「これでも本来は、そっちの仕事をしていた。繋ぎをつけられるかやってみよう。…ただしもしも、上手く行ったら、アル様の処罰を考え直して欲しい」
そっちって、どっち?
あぁ、そう言えば、オルランドは職業、アメコミの忍者だったっけ。すっかり遊び人かギャンブラーかなんかの気がしてたわ。
言われてみれば、そっか、オルも闇に生きるモノだね。ならダメ元で頼んでみるか。でも、アルへの処罰って、ただの言葉の綾なんだけどなぁ。まだわからないのかしら?
「クスッ、処罰をどうこうなんて、言える立場だと思っているのかしら? …結果次第よ。後で掴んで欲しい情報は伝えるわね。楽しみにしてるわ」
これぞ悪役って顔で、ニィっと笑いながらオルランドに許可を出した。こら、パトリシア君、そこで確信を持って頷かないで!
***
着替え終わってマダムの所を辞した。パトリシア君も、領主館に帰るとのことで、途中まで一緒に歩いた。その道中、手元にあった『退色なりし無』をパトリシア君の目の前にかざして、ひとつのお願いをする。
「パトリシア君、今後、私は何回か化粧をしなきゃいけなくなります。すみませんが、今から、今日使った化粧品を買いに付き合ってくださいな」
「…かまわない。報酬は、ソレか?」
視線で『退色なりし無』を追いながらパトリシア君は訊ねる。
「ええ、ただしおつかいだけじゃ、高額報酬過ぎますから、他にも幾つかお願いしたいことがあるんです。買い物が終わって合流するときに、詳しくは話しますね。コレもその時に渡します。
パトリシア君、さっきマダムやスミスさんと話している間、ずっと自分も欲しそうに、コレを見ていたでしょ? 私も気がついてたんですから。
領主館にも、神殿の嫌がらせが始まって、十分に治癒を受けられない人達が出始めている。だから、イザベル様の為にも、コレが欲しかった。違いますか?」
その私の問いに、応とも否とも言わずに、ただ『退色なりし無』を見つめている。
神殿も馬鹿だねぇ。あっちにもこっちにも、喧嘩を売って。敵は結託させずに、各個撃破が基本だろうに。
「今日はもう遅くなってきたし、ダビデ、私の代わりに化粧品屋さんに行ってきてね。ジルベルトはその護衛をお願い。終わったら、城門で待ってて」
有無を言わさずに、ジルさんとダビデに命じた。二人とも、まさか私から離されるとは思っていなかった様で、反論したげに口を開いた。
ただ、声になる前に、重ねて私は命じる。
「これは命令よ。お金はこれを使いなさい。ほらさっさと行って! パトリシア君、悪いけど二人をよろしくね」
今からすることを、出来たらジルさんやダビデには見られたくない。絶対に怒られる。
不承不承パトリシア君に引率されて、二人は買い物に出掛けた。
「あぁ、疲れましたね。もう、アルオル、悪ノリしすぎ。
あれじゃ私がアブナイご趣味みたいじゃないの」
十分にパトリシア君達と距離が出た所で、周りに人がいないのを確認してから、アルオルに苦笑を向ける。
「おや、ハニーバニー。本気じゃなかったのかい?」
「いけませんよ、ティナ様。粗相には適切な処罰が必要です」
ジルさん達を見送っていたアルオルは、意外な事を言われたとでも言わんばかりに驚いている。
「はは、まぁ、オルランドが本当に調べてくれるなら、助かるよ。本気だったの? 任せても大丈夫?」
「ああ、任せてくれ、スイートハート。きっちり調べてこよう」
頷くオルランドに、神殿からみの噂を集めてくるように頼む。無論、地図とかそう言うのもね。
「承知したよ。子猫ちゃん。ただお願いがあるんだ。情報には、対価が必要だ」
「あ、そうだね。ごめん、ボンヤリしてた。やっぱり酔ってるのかな? お金だよね。幾ら必要?」
オルランドから要求されるまで、綺麗さっぱり忘れていて焦る。確かに渡さないとな。
「違う。金銭なら渡されている分で十分だ。
『退色なりし無』が欲しい。使いかけでも、ひとつでもいい。預けて貰えないか? 無駄にはしないと約束するよ」
『退色なりし無』か、パトリシア君の報酬を引くと、残りは2つ。素材は3つ。これは私の生命線だ。おいそれとは渡せない。
悩む私を見て、アルが控えめに提案してくる。
「ティナ様、ここで我々は新参者かつ、余所者です。しかも、町の住人には恨まれている。ですから、オルランドが効率的に情報を集めるなら、切り札がいるのです。
私からもお願い致します。オルランドに『退色なりし無』をお与え下さい」
うーん、渡すとしたらひとつだけど、でもなぁ。
「ティナ様、ではこう致しませんか?
もしも、オルランドが『退色なりし無』を与えられて、万一お嬢様の望む成果が出せなかった場合、私が罰を受けます。無論、オルランドが何らかの理由で、帰還しない、逃げた場合も私が責任を取ります」
「へ?」
オルランドに『退色なりし無』を与えた場合のメリットとデメリット考えていたら、またアルが訳のわからない思考の迷路に入り込んだらしく、ぶっ飛んだことを言い始めた。
「ティナ様は、我々が逃げる事、逆らう事、秘密を広める事を危険視されているのでしょう? でしたら、私が人質になります。これでも幼い頃から一緒でしたから、オルランドの実力も知っていますし、私の害になるような事はしないと自惚れてもいます」
「何で?」
「執行局へ捕らえられてから初めて、オルランド自身がやりたいと言ったことです。今まで迷惑をかけた分、十全の力が発揮できる環境を整えたいと思いました」
「マイ・ロード…」
感極まった様に、オルランドは呟いている。呼び方については、今回は多目に見よう。アルフレッドは時々こんな男気を見せるから、侮れない。
「仕方ないな。ならひとつだけ。調査の時間は、明日の日暮れ前まで。必ず城門が閉まる前に戻ること。戻って来なかったら、分かるよね?」
チラリとアルを見ながら、釘を刺す。すっかり忘れてたけど、アルオルは問題児だった。今はコイツらに暴走されては本気で困るんだよ。
「無論、必ず戻るよ。手ぶらでは戻らない。期待していておくれ」
『退色なりし無』を受け取り、パチンとウインクひとつ残して、出発しようとするオルランドを引き留めて、持続時間を延長し1日半有効な幻影をオルランドに纏わせる。
「どうせ新参者なら、わざわざ目立つ姿のまま行かなくても良いでしょ。中の上くらいの地味な見た目にしたから、それで行ってきたら? ただ女の人相手に、すけこましするんなら、幻影は自分で解除出来る様にしといたから、好きにして。ただし一度解除した幻影は、二度復活しないからそのつもりで。
……誰か来るわ。さっさといきなさい」
大通りに人がいない所を見計らって、話していたとは言え、流石に誰かが近づいて来ているから、オルランドを送り出した。
「ティナ様、ありがとうございました」
オルランドが見えなくなってまた人影が途切れた場所で、アルにお礼を言われる。
「気にしなくて良いよ。それよりも、予定より押してるから、少し急ごう」
「畏まりました。どちらに向かわれるのですか?」
そう言えば言ってなかったっけ。
「中央市場よ。アルフレッド、全てをよく見ておいて。夜に貴方の意見を聞かせて頂戴」




