62.ふざけんな!!
押し込まれたクルバさんの仮眠室から、執務室を伺う。全員息を殺して、聞き耳をたてていると声が聞こえてきた。
「……マスター・クルバ、ご無沙汰しておりますな。
このような用件でお目にかかる事になるとは、非常に残念です」
知らない男の人の声だから、これがさっき一瞬だけ見えた神官長だろう。 どこか粘着質な空気を漂わせる、芝居がかった口調でクルバさんに挨拶している。
「これは、軍神殿の神官長どの。ご無沙汰しております。さて、今日はどのようなご用件なのでしょうか?
そちらにいるのは、Aランクの疾風迅雷のようですが、何か粗相でも仕出かしましたか?」
席を立ち上がる音がしたあとに、淡々とした口調でクルバさんは話している。
お互いに譲り合う様な声がした後に、もう一度ソファーに座った様だ。パトリシア君が、静かに扉を細く開けたお陰で、中の声がクリアに聞こえてきた。ただしバレると不味いから、中は覗けない程の本当に小さな隙間だ。
「まさか! ここにいる疾風迅雷は、従順な神の子羊。
まだギルドに連絡は来ていないのですかな? クルバ殿の名前で出されていた依頼を受けていた者の中に、魔族がおったのです」
ガダッと音がしてクルバさんが立ち上がったのが分かる。私たちも魔族と言う単語に反応して、数人が息を飲んだり身動きしたから、クルバさんが動いていなければここにいるのがバレただろう。
……そっか、魔族かぁ。初めて会うな。どんな人達なんだろう。人間の敵とは聞いているけれど、やっぱり興味あるよね。
「何をおっしゃるのやら。いくら神官長殿とは言え、冒険者ギルドに確たる証拠もなく、その様な言いがかりを言われるとは…お覚悟はあると判断いたしますが、宜しいか?」
物語の中の魔族と、実際の魔族の違いに心踊らせていたが、いつもより更にワントーン低くなったクルバさんの声を聞き、意識を戻す。こっちの部屋にまで明確な怒気と殺気に近い何かが流れ込んできている。
周りを見渡すと、この程度の気配ではびくともしない豪傑ばかりが集まっていたようで、唯一ダビデだけが毛を逆立てて怯えていた。
気配隠蔽のスキルを久々に使いつつ、ダビデの所まで移動する。逆立った毛並みを落ち着かせる様に撫でた。
「……落ち着かれよ。
冒険者ギルドに、確たる証拠もなくこのような申し出はせぬ。
サミアド遺跡を攻略中の冒険者の一人が、魔族であった。それに気がついた疾風迅雷が救いを求めて、神殿の門を叩いた。旧知であった神官・メントにより、その報告は我らの知るところとなり、確認のためサミアドに兵を送った」
ここで一拍呼吸をおいて、効果を高めるように声を張った。バサリと布ずれの音もしたから、おそらく身ぶりでも入れたんだろう。
「サミアド遺跡の中には沢山の冒険者達がおったが全員無事に、神殿騎士により"保護"された故、心配には及ばん。
そうしている間にも、疾風迅雷と同行したメントは魔族を探し、遺跡内部をさ迷った。脱落する者も、大きな負傷者を出すこともせずに、遺跡に不馴れな我らが目的を果たせたのは神のお慈悲であろう」
そこでまた、布ずれの音がした。先を急かすように、クルバさんの咳払いが聞こえる。
「そう急くな。
メント神官と疾風迅雷は、とうとう人に化け、我らがデュシスに入り込んだ魔族を見付け、これを捕らえようとした。だが、そやつの所属するパーティーメンバーが邪魔をしてな。不信に思ったメントが、魔法を使い確認した所で、二人は魔族に惑わされた人間。ひとりは敵国の民である獣人、残りの二人は人族と妖精族の間、奴隷となるべきエルフとドワーフであった。
その事実を冒険者ギルドは知っていて隠していたのかね?」
しばらくの間、身動きどころか呼吸の音すらも、押し殺しクルバさんの回答を待つ。
「なんの事だか分かりかねます。
して結局、その冒険者に化けた魔族とやらは、我が冒険者ギルド所属のどのパーティーだったのですか?」
恐ろしく静かに、欠片の動揺すらも感じさせずに、クルバさんはそう答えた。話の流れ的には、自由の風さんが関わっているのは分かるけれど、それをおくびにも出していない。
「…ほう、今の言に嘘はないようだな。クルバ殿が神に逆らう事などないとは思っていたが、何よりですよ。
魔族が入り込み、その所属メンバーの半数以上が、敵対種族とそれに類するものだったパーティー名は『自由の風』といいます」
ー……はぁ? ナニ言ってんのよ! 自由の風さんたちが、敵対種族? しかも、女魔術師ってアリッサさんじゃないの。冗談キツいわ!!
予想はしていたけれど、あんまりな言いががりに、思わず部屋を飛び出しそうになった私を、周りが総掛かりで留めた。それでも多少音がたってしまって、不味いと全員が身を固くする。
「おや、クルバ殿、奥に誰かいるのかね?」
「……最近、人手が足らぬせいで、掃除が行き届いておりません。何か入り込んだのやもしれません。お耳汚しを失礼しました。
では、神殿が『自由の風』を拘束したのは、魔族を捕らえる為であったとの事ですね。しかし解せません。何故、自由の風は魔族に乗っ取られたのでしょう?」
私たちがいることを誤魔化すためか、クルバさんは話を進めた。
「ほう、魔族に乗っ取られたと、クルバ殿はそう言われるか」
「それ以外には考えられません。自由の風は確か流れ者達で作られたパーティーに、この町で新たに一人を加え今の形になったはず。少なくともその時点では、ヒトだったはずです」
「ふん、どうだが」
息詰まるクルバさんと神官長の攻防戦に、突然女の声が割り込んだ。
「疾風迅雷、口を慎め」
不快そうに、クルバさんは叱責する。
その声を遮るように、疾風迅雷の迅雷、ミーガンだかメーガンだか、あのダビデを犬呼ばわりした、失礼な女の声がする。
「マスター・クルバ。わたくしこと、Aランク冒険者メーガンは、この度冒険者ギルドを抜け、神殿騎士となることにしました。今まで大変お世話になりました。
……魔族や異種族に肩入れするような所に、これ以上いられるもんですか」
最後は吐き捨てるみたいに、小声で言ったけど聞こえてるからな?
それはクルバさんも一緒だったようで、押さえきれない怒りが滲んだ声で対応している。
「分かった。下に行き、ギルドカードを返上しろ。疾風のライガ、お前はどうする気だ?」
「……冒険者を続けます。下で新しい依頼を受ける予定です」
「ええ、クルバ殿、神殿から少々依頼を出させていただくことにしました。詳しくはまた改めてにしますが、そこにいるライガへの指名依頼の形を取らせていただきます。宜しいですな?」
笑いを含んだ声でそう聞く神官長に、更に硬質化した口調でクルバさんは同意したようだ。
それよりも、自由の風さんやサミアド遺跡はどうなんのよ!!
ジリジリと続きを待っていると、ひとしきり嫌味を言った後に神官長はようやく本題に入った。
「クルバ殿、すっかり回り道をしてしまったが、今日は『自由の風』の異端審問及び、神殿での拘束。そして『自由の風』が何かをしていたサミアド遺跡を、我ら神殿の調査終了まで閉鎖させて頂くとの通知で参った。
これは、要請ではない。神の名の元に行われる決定である。まさか異は唱えられませんな?」
「承知した。ただし、サミアド遺跡への冒険者の立ち入りは許可して頂きたい」
「ほう? サミアド遺跡に一体"何が"あると言うのかね?
君達冒険者ギルドは、我ら神殿の治癒を受けずに、平穏に暮らしている。その秘密でも隠されているのかな?」
「それは…そもそも、あの遺跡から、七色紋は始まりました。調査は必要でしょう」
「調査ならば我らでも行っておこう。
…サミアドの欠片だったか、その件は特に念入りに調べさせて貰おう」
そう言うと布ずれの音をたてて、立ち上がったのだろう。声の聞こえてくる位置が変わる。
「そうそう、それとこちらでは大変美しく、有能な少女を飼っていると聞いています。次には是非お目にかかりたいものですな。
神の慈悲により、その才能を開花させたのでしょう。我らとしても、是非、話をしてみたい。報告では、執行局からの覚えもめでたい薬剤師と聞きます。
お会いできる日を楽しみにしていますよ」
それに答える事はなく、クルバさんは別れを告げた様だ。複数の足音が聞こえ、執務室から去っていく。
「……何をしている?」
十分に神官長達が離れたと判断したクルバさんは、私たちが隠れていた部屋の扉を開けてそう言った。
さっき飛び出しかけた時と同じ格好だから、仕方ないと言えば、仕方ないけど。いい加減離して欲しいから、軽く身体を揺らした。
右手を押さえていたパトリシア君、左手に抱きついていたダビデ、右の肩を押さえていたジルさん、左の肩を押さえていたアルがようやく手を離してくれる。
重さの無くなった腕を回し、ほぐしながらクルバさんを見詰める。視線が完全に据わっているのは、自覚があった。
「飛び出しそうになったから、捕まっただけです。それよりも、自由の風さんですよ! どうなるんですか!? ギルドとしては救出に動くんですよね? だってまさか、アリッサさんが魔族だなんて、そんな言いがかり!!」
「とりあえず外に出ろ。ここと執務室には、話が聞こえる細工がしてあるから、内容は聞こえていただろうが、どうせ理解はしていないんだろう。説明と対策をとる」
私に負けず劣らず、完全に据わった戦闘モードの視線のまま、クルバさんはそう言うと、マダムを初め、私達全員をソファーに誘導した。
誰も口火を切らない内に、鍛治屋のスミスさんが口を開く。誰かに伝えるというよりは、ひとり言の様だ。
「不味いことになったな。神殿は、七色紋の特効薬の件も、それの作成者だと思われるティナ嬢ちゃんの事も知っているぞ」
「……ええ、おそらくはかなりのところまで掴んでいるわね。
疾風迅雷の二人になら、情報を漏らす冒険者も多くいるのでしょう。不味いわね。どうなさる気?」
スミスさんの言葉を受けて、マダムもクルバさんに詰め寄っている。
「……対策は練ります。それよりも今は、サミアドを押さえられたことの方が痛い。早急に取り戻さなくてはならない。全く、ふざけるのも大概にして頂きたいものだ」
クルバさんもそう言って、苛つきながら考え込んでいる。
「え、ちょっと待ってください。確かに沢山の人に影響が出るサミアド遺跡の奪還は大事だと思いますけど、それより前に自由の風さん達の話です! 異端審問って、あれでしょう? ウチのアルオルが受けたやつでしょう? 不味いですよね??」
自由の風さん達の話が全く出ないことに、我慢しきれずに割り込んだ。
「ティナ嬢ちゃん、自由の風の事は諦めろ」
「そうねぇ、神殿が言っていることが全て事実なら、詰んでるわね」
首を振るマダム達から、クルバさんに視線を戻す。そのクルバさんも私と視線を合わせないようにしたまま、暗く口を開いた。
「ティナ、神殿も馬鹿ではない。あそこまで"魔族"と断ずるなら、証拠を握っていると思わなくてはならない。
こちらとしても、確認はするが、自由の風…リックが加入する前の自由の風のメンバーは、全員が『人間』で登録されていた。もし、何らかの方法で、登録時に種族を欺いたのであれば、そのギルドカードは無効だ。ギルドに所属していないことになり、冒険者ギルドとしてもそれ以上の介入は出来ない。
逆に、神殿が間違っている場合は、ギルドとしても相応の報復はするが…とりあえずは異端審問が開かれるのを待つしかない。今は手詰まりだ。動く術がない」
重苦しい空気だったが、諦めきれず更に尋ねた。
「異端審問まで待っていたら、リックさんたちは無事なんですか? 拷問や尋問で酷い目に合う事はないんですか?
もし、誰かひとりでも、種族を偽っていたとなったら、全員が連帯責任で助けることが出来なくなるのですか?
今まで、ギルドだって、自由の風さんたちにはお世話になってましたよね? 実績だって私以上に残してますよね? 見捨てるんですか?!」
必死に訴えたけれど、誰からも回答はなかった。
それがこれからの自由の風さん達の運命、全てを物語っているのだろう。
……異端審問まで待っていたら、自由の風さん達は無事ではいられない。諦めた方が周りも私も楽なのはわかっている。分かっているけれど……、ふざけるな! 認められるか、そんなもん!!
ポーションとかで借りは返すように努力はしていたが、ダビデと出会った時に、助けてもらったワンコの借りがまだ返しきれていない。
自慢じゃないが、受けた恩は忘れない質だ。…ま、受けた仇も忘れないけどさ。
さて、私に何ができるか、考えてみよう。今回は手段を問わずだ。
腹を括ったババァの怖さを思い知れ!!




