61.箸休めー疾風迅雷 下
急ぎ足で神殿に向かい、軍神を奉る塔の前に着いた疾風迅雷は、門番達へと取り次ぎを願った。
「失礼いまします。元神学徒、Aランク冒険者のメーガンと申します。師父・メント様に火急お取り次ぎ願います」
Aランク以上にのみ支給される、金の縁取りがされたギルドカードを提示してそう言うと、門番達は顔を見合わせ一人が中にはいった。
「Aランク冒険者のメーガン様、メント高神官がお会いになります。お連れ様もご一緒にこちらへ」
しばらくして見習い神官だと思われる少女が二人を案内し、中庭の見える応接間のひとつに通された。ソファーを勧められるままに席につく。茶と茶菓子が運ばれ、しばしここで待って欲しい旨を伝えられ、疾風迅雷二人だけになった。
「メーガン、メント高神官とはどんな方なんだ?」
静寂が立ち込める応接間で、疾風のライガは問いかけた。
「私の師父様よ。幼い頃から武芸の手解きをしてくださり、神学の教鞭もとって要らした。正しく軍神の加護を受けし、地上の導き手。きっと、魔族を滅ぼすのを手伝ってくださるわ」
神殿に入り、口調が昔に戻ったメーガンを見ながら、ライガは半信半疑と言うように考え込んだ。
それから程なく扉の向こうに複数の気配をを感じ、人が近付いてきていることに確信を持った疾風迅雷はどちらともなくソファーから立ち上がる。二人が頭を下げるのを待っていたかの様に扉が開いた。
「メーガン、懐かしくも愛しい娘よ。元気にしていましたか?」
頭上から穏やかなよく響く声をかけられて、メーガンは一度深く頭を下げるとそのまま両膝をついた。
「師父様、ご無沙汰しております。私の様な不出来な娘を覚えておいて下さり、感謝の念に絶えません」
「忘れるものですか。本来は神殿騎士へと推挙してもおかしくなかったのです。それをあのような汚点を着せられ、放逐されるなどと、どれ程悔しかったでしょう。私も何とか疑惑を晴らそうとしたのですが、力が及ばず…許してください」
メーガンの両手を取って立ち上がらせながら、メントはそう言うと哀しそうに微笑んだ。
「して、今日はどうしたのですか? 火急の要件とのことでしたが」
チラリと横に控える疾風を見ながら尋ねるメントに、メーガンは意を決した様に話始めた。
「そこにいるのは私のパーティーメンバーである、Aランク冒険者の疾風のライガです。私たち二人は、見てしまったのです。
師父様、サミアド遺跡はご存じですか?」
「ええ、この町の近くにある遺跡ですね。確か山脈の何処かにあると聞いたことがあります」
「では、今そちらに一部の冒険者ギルドから依頼を受けた冒険者が、特定のドロップ品を求めて攻略していることもご存じですか?」
ヒタと己を見つめるメーガンの瞳を見ながら、メントは記憶を確認するように沈黙してから答えた。
「いえ、その様な報告は受けていません。
愛しい娘よ。冒険者であるそなたなら知っているかもしれませんが、今神殿は隣国との戦争に向け、準備に人手が取られています。それに伴って、冒険者ギルドは元より、一般市民たちへの癒し、通常の慈悲すらもままならない状態です。
そんな中、ギルドから一度も神官の派遣要請が来ていないことは、我々としては喜ばしい事ですが、そのせいでギルド中の事は全く掴めていません。
何かその心を痛める事があったのですか?
話してみてください」
慈愛深く二人にソファーを勧め、自身も席に座ったメントはそう言うと、身を乗り出した。
「はい、実は…ギルドにも感染者は出たのです。
無論、初めの一人、神官様に助けていただいた自由の風ではありません。噂では受付嬢と聞きました」
「なんと…それでその方は無事なのですか?
ギルドにも少数ながら、神官の技能を持つ冒険者もおりましょう。大事なければ良いのですが…」
口先では心配そうに、ただ瞳の奥に探るような色を見え隠れさせたまま、メントは相づちを打った。
「受付嬢は治って、通常業務に復帰しています。それと前後して、ギルドマスター名で、ひとつの緊急依頼が発せられました。
動員されたのは、ギルドのCランク以上かつ、古参のこの町に長く拠点を置く者達だけです」
初めてライガが割り込んで答えた。そのライガを一瞬睨むようにきつい視線で眺めると、メントはメーガンに先を促した。
「師父様、どうやらギルドは何かを掴んだらしいのです。
それで、私達二人は、サミアド遺跡に行ってみました。
そこでとんでもない物を見てしまったのです」
「とんでもないもの、ですか?」
「はい、魔族です。魔族を見付けてしまったのです。
師父様、どうか御助勢をッ!! このデュシスの町に、疫病を呼び込んだ『自由の風』の女魔術師は、魔族なのです!
このまま魔族を、自由にさせておくわけにはいきません!
どうか、どうか御助勢をッ!!」
耐えきれないと言うように、激昂したメーガンの手をとり、トントンと優しく宥める様に叩いて、メントは更に詳しく話すように言った。
****
「ここがそうですか」
数日後、メントと神官戦士及び神殿騎士を引き連れて、疾風迅雷はサミアド遺跡の前に立った。
その一団の前には、一塊になった先日の内勤職員と冒険者達がいる、
「疾風迅雷殿! これはどういう事ですかッ!?」
縛られ、神殿騎士に武器を向けられつつも、気丈に内勤職員は疾風迅雷を咎めた。
その声を受けて突き付けられた武器が更に喉元に近づいた。
「落ち着いてください。私はデュシスの町にある軍神殿に勤める、メントと申す者です。こちらにいる疾風迅雷からの、申し出を受けてこちらに来ました。
このサミアド遺跡の中に、我々人間の敵がいます。それを捕らえ、あなた方が無関係だと分かれば、すぐに解放しましょう」
冷静に慈悲深く微笑みながら、メントはそう言うと、遺跡に向かって足を踏み出した。
「お待ちを! 人間の敵とは、この中に『異端』がいるとでも言うおつもりですかッ!? 今、この中にいるのは、冒険者ギルドより特別な依頼を受けた、冒険者達のみ!
異端などいるわけがないでしょう!!」
必死に訴えてくる職員を憐れむ様に見て、メントは首を振った。
「異端ですか、それならどれ程救いがあった事か。
疾風迅雷から受けたのは、弾劾であり告発です。この遺跡の中に、魔族がいる可能性があります。
ですから通常の神殿騎士の他に、神官の中でも戦える、神の剣となれる神官戦士を連れてきました。
我らの『審判』を受ければ、すぐに種族は分かります。間違いであれば、謝罪をしましょう」
それだけ言うと、数人の見張りを残し、後は振り返らずに遺跡の中に消えていった。
「師父様、この後はいかがされるのですか?」
遺跡の内部に着いて、メーガンは問いかけた。
あらかじめ指示を受けていたのか、神殿騎士と呼ばれた一団は、10人程度の小集団に分かれて、遺跡の中を進んでいく。
「ここは迷いやすい遺跡だ! 隠し扉や、罠も多い! 分散しては危険だ!!」
慌てた様にライガはそう警告を発するが、周りにいた神官戦士達は苦笑を浮かべた。
「ご安心ください。我々はそれぞれに連絡をとれるアイテムを持ち、集団に一人は、危険感知、第六感、レンジャー、ローグ系の技能を持つ者がいます。
それに、この数日で踏破されたエリアの、詳細マップも手に入れ全員の頭に入っています。あの者達は、あくまでも踏破されたエリアにいる冒険者達を保護するのが目的です。ご心配には及びません」
「保護?」
いぶかし気に眉をひそめるライガに、神官戦士達は明確に嘲りの笑みを向けた。
「はい、魔族に踊らされた、憐れな冒険者達を保護しなくてはなりません。ライガ殿は如何されますか? 我らと共に、魔族を捕らえますか? それともお仲間を救いに行かれますか?」
「魔族を捕らえにと言っても、ヤツラもどこにいるか分からないだろう。しらみ潰しに探す気か?」
負けじと馬鹿にした様な笑みを浮かべて、ライガは問いかけた。そのライガの袖を引き、メーガンは咎めるように小さく名前を呼ぶ。
「嘆かわしい。これだから神学徒でありながら、残ることも許されず、あまつさえこのような男と共に冒険者等と言う下賤な職につく羽目になるのだ」
「なんだと? もう一度、言ってみろ」
静かに殺気立つライガに気圧され、後ずさる神官たちの間にメントが割り込み、謝罪するように微笑んだ。
「ライガ殿、我々の『審判』は一定の距離内にいる全ての生き物に有効なのです。それに、神に問う事もできます。
本当に愛しい娘が言うように、魔族がいるならばすぐに分かりましょう。さぁ、時がありません。身張りつきとはいえ、外に拘束してきたギルドの方々の事も気になります。
急ぎましょう」
その言葉通り何かに導かれる様に、神官たちは迷うことなく遺跡の奥に、奥にと進んでいった。
「近いようですね…」
そう言ってメントが足を止めたのは、先日、疾風迅雷が自由の風を見かけ場所から更に深部に入った所だった。
何かを感じるように目を閉じて、分かれ道の真ん中に立った神官は程なくひとつの方向に進み始める。これは神に己の進むべき道を問いかける魔法らしく、ひとり1日一回しか使えない変わりに、必ず間違いはないそうだ。
そのまましばらく歩くと、大きな扉の前についた。鍵は掛かっていない様で、静かに開けて中を覗く。
中では一戦を終えたのであろう、自由の風達がドロップ品を拾い集めていた。
中にいるのが自由の風だけであるのを確認して、神官戦士達は一斉に中に雪崩れ込むと、自由の風達を取り囲んだ。
「……我が神、軍神よ! 我らの敵の真実の姿をここに!!
審判の門は、今、開かれる!! 神聖なりし真実!」
最後に疾風迅雷に守られるように、中に入ったメントがその響く声を張り上げ、魔法を行使した。
天から無色の光の柱が降り地上と接した瞬間、砕け辺りを染め上げる。
瞳を焼くその光が収まった時には、目の前には信じられない光景が広がっていた。
「…エルフ?」
「…ドワーフ?」
「え、……黒猫?」
「「「魔族だッ!! 捕らえろ!! 逃がすな!!」」」
最後に見つけた人影を確認し、神官戦士達は武器を抜いた。
「あら…?」
「こりゃぁ…」
「マズイニャー」
まだ状況が確認できていない様で、お互いに顔を見合わせている元自由の風のメンバーは、次の行動を決めかねている様だ。
「アリッサ!」
そんな中、恋人に斬りかかっていく神官戦士達を見て、金縛りから解けたリックは、咄嗟にアリッサを背後に庇い神官達に武器を向けた。
「何をするッ!? 魔族を助ける気かっ!?」
「魔族だとッ!! 俺の恋人の何処が人間を害する者だッ!?」
そう言いながら、背後のアリッサに視線を流す。人ではあり得ない尖った耳と頭部の一対の捻れた角、そして赤く縁取られ輝く瞳を見詰めて、太く笑みを浮かべた。
「ほら、いつもの、少し照れ屋で、優しいけれど他人と付き合うのを怖がる俺の恋人だ」
迷うことなく言い切るリックに向かい、アリッサは涙を浮かべたまま否定するように口を戦慄かせた。
「異端だ! 魔族に惑わされた人間!! それに敵国の獣人に、奴隷種族のエルフとドワーフだと?!
こいつらが、町に疫病を持ってきた元凶だ。捕らえろ!!」
「……あらあら、これはいけませんわ」
「逃げんといけんな」
「そうだニャ。元々そろそろ移動を考えていたんだから良い機会ニャ。チャーリー、しっかりついてくるニャ」
覚悟を決めたように、視線を交わし頷き合う仲間達を見て、アリッサはようやく声を出した。
「みんな、止めて! 私が神殿に囚われれば良いだけよ!
この国に来るときに覚悟は決めていた。もう良いの、止めてちょうだい」
「そんな問題じゃないニャ」
「ええ、もう貴女が身を差し出した所で、助かりはしません。
全員囚われるか、死ぬかです。
メラニー、何処までも一緒ですよ」
状況を冷静に判断していたチャーリーはそう言うと、薬品の投擲を準備し始めた。
「そういうこった。アリッサ、ここを切り抜けたら結婚しよう。
行くぞ!!」
パーティーメンバーに声をかけて、特攻してくるリックの勢いに押され、少しずつ神官たちの囲みに綻びが出てきた。
ただ相手は回復を専門とする神官だ。倒しても、倒しても回復し、リック達へとまた挑んでくる。それを必死にいなしながら、リックは逃げるための隙を探し続ける。もう体力が尽きるかと言うときに、指揮官であるメントへ向かう道が一瞬だけ開いた。
疲れて痙攣する足を引き摺りながらも、メントへ向かうリックの前に、ライガが立ちふさがる。
視線の端に見えるアリッサは、どうやらメーガンと戦い、なぶられているようだ。
「通してくれ! 俺達が何をしたって言うんだ!
町に疫病を持ち込んだのは悪いと思っている。だが、不可抗力だったんだ」
「ふん、人族の敵を仲間として何をしたか、だと?
その存在が罪だ。死んでもらうぞ」
双方の武器が交わり、戦闘が始まった。
ただ地力の違いは明かで、本来は有利な剣を使うリックは次第に押され、傷付いていった。
更に数合火花を散らした後に、このままではじり貧だと悟ったのであろう、リックは後ろに飛び下がり、一度目を閉じた。そしてずっと気にしていた恋人とメーガンの勝負を意識外に押し出し、改めて剣を構える。
左右を確認し、仲間達も戦闘不能に追い込まれながらも、おそらくは生きている事を確認し、自嘲の笑みを浮かべる。
「まったく、どうしてこんなことになっちまったんだかな。
俺はただ、自分の心に正直に生きただけなんだけどよ。でも、敵わないとは言え、惚れた女の前で諦める訳にもいかねぇよな。
さて、悪いが疾風迅雷のライガ殿。もう少し付き合ってくれや」
そういうが早いか、先程までとは比べ物にならない速度で襲いかかってくる。ただしそれは、自身の防御を捨てて得たものだ。
ライガはそんな文字通り、死に物狂いのリックの攻撃を往なしつつ、隙を見て話しかける。
「お前がどうしてこんな選択をしたかはしらん。だが、惚れた女と言うなら、さっさと連れて逃げるべきだったな。
お前は誰も守る事はできない。……ま、オレもだがな。
恋なんて面倒なモノに捕まったのが、お互いの悲劇か。
さて、そろそろあっちも終る。捕まえさせて貰おう」
二人の戦いを見物していた神官たちは、一度ライガの身体がぶれた様に感じた。その後、ゆっくりとリックの身体が傾ぎ、地面倒れ込む。
そのリックの姿を見たアリッサは悲鳴を上げて、リックへと走り寄ろうとしたが、後ろを見せた隙を逃すわけはなく、メリッサに雷撃で貫かれ、更に切り捨てられた。
歓声をあげ、意識を失った自由の風達を手早く拘束する神官達を、疾風迅雷は白い目で見詰めるのであった。




