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57.今ッ?!

 あれから10日近くが過ぎた。ギルドからは連日の様に、魔力回復ポーションの納品を求める連絡が来ている。私はポーション作成を主にしていたけれど、暇をしている他のメンバーは不凍湖に行ったり、森の中で採集したりと思い思いに過ごしていた。納品の護衛はローテーションで行うことになったらしい。


 魔力も潤沢にあるし、午前中だけ本気だしてポーション作成すれば、午後からは私も気分転換がてら日常生活を送れるくらいの余裕はまだあった。


「ティナ! 大変なの!! どうしよう。町まで来られない?」


 午前中の作業を終えて、夕方近くにでも今日の分を納品に行こうかと思っていたら、通信機が鳴り追い詰められたマリアンヌの声が響いてきた。


「マリアンヌ、落ち着いて。何があったの?」


「ティナ、このままじゃギルドが…。どうしたら良いんだろう」


 涙声でそう言い募るマリアンヌを宥めたけれど、それでも嗚咽が止まることはなく途方に暮れる。


「マリアンヌ、今はギルドだよね? 分かった。少し待ってて。誰かと一緒に今から行く」


 根負けする形でそう言うと、私は隠れ家を後にした。外に出てマップを確認した所、ラッキーな事に全員一ヶ所にいるようだ。


「ダビデ!! ジルさーん! アルオル!」


 高速移動で飛行し人影が見えた所で、上空から手を振った。そのまま不凍湖で魚釣りをしていたメンバーの真ん中に着地して、マリアンヌの一件を話す。


「そんな訳で、急遽ギルドまで行ってきます。誰か一緒に行きますか?」


「俺が」


「ボクが」


「私が」


 ほぼ同時に全員が同行を希望する。珍しい事にダビデもだ。


「え、ダビデも行きたいの?」


 珍しいと思って聞き返したら、頷きつつすがり付かれた。


「お嬢様、昨日納品に行かれた際に、近隣の村でとうとう感染者が出たのでしょう? 町に入るにも、大変な審査があると聞きました。どうかお供をさせてください!」


 ありゃ、なんだ知ってたんだ。昨日城門で納品をしたら、そこで近くの村から来たと思われる農民と、門番役が押し問答をしてたんだよね。

 聞くともなしに聞いていたら、どうやらその村で七色紋が出たらしく、最も近い神殿に助けを求めに来たらしい。


 誰が感染しているか分からない状態で町に入れられないと止める門番や町の人達と、家族に感染者が出たらしい中年の男性がにらみ合い、一触即発までいったんだよ。


 偶然通りかかった神官がその場はおさめたけれど、危なかった。下手したら、町の人達と村人との間で喧嘩が始まっていた。


「……あー、アレね。多分大丈夫だと思うよ?」


 確信は持てないまま宥める為にそう言ったけれど、やはり説得力はない。ジットリとしたクジラ目でダビデに睨まれてしまう。


「お嬢様…」


「はいはい、分かりました。ならみんなで行こうか。隠れ家を片付けるから、一度戻るよ。濡れたまんまが嫌なら、着替える間くらいは待つけど、急いでね」


 諦めてそう言うと、魚釣りで濡れたアルオルと返り血で汚れたジルさんは無言で頷いた。






「お待たせ! マリアンヌ!! どうしたの!?」


 揉めるかなと覚悟を決めて話しかけた城門で、すんなりと中に通された私達は一路急ぎ足でギルドに向かう。通りには人通りはなく、ただ埃が舞っていた。


「あ、ティナ、ごめんね。ゴメン…でも私どうしたら良いか分からなくて…」


 閑散とした受付に一人座って泣いていたマリアンヌが、外に出てきつつそう言った。


「ひとり? 他の受付の人たちは? アンナさんはどうしたの??」


 こんな状態の見習いひとりを受付に置いたまま、全員が席を外すなんて考えられない。嫌な予感がして口調がキツくなった。


「先輩の一人に、七色紋が……。チーフは今日入った依頼の対応を考える会議に……。ど、どうしよう」


 嗚咽混じりにそれだけ言うとまた顔を覆って泣き始めてしまう。状況が分からない!


「お嬢様、この依頼ではないでしょうか?」


 依頼が貼り出されている掲示板から、1枚引き剥がしつつアルがそう言った。あの位置だと、おそらくCランク以上への依頼だね。オルランドはそれより下のランクの依頼を確認しているようだ。


「アル、それは?」


「領主館からの依頼です。内容は……

 獣人の国との開戦が近い。ついては従軍兵士を募集する。通常報酬の他に、参加する人員への『滅邪』及び七色紋の神官による治癒を約束する。

 後は拘束期間や従軍条件や細かな報酬についての内容になります」


「選りにも選って、今ッ?! あり得ないでしょうがッ!!

 疫病地域から徴兵って何考えてんのよ!!」


 私の怒声がギルドに響いた。確かに冬になって戦争に取られていた町の人達や職人達が帰って来たんだから、春になったらまた戦争に取られるのは分かる。でも、何で今? 終息の見込みもないまま、疫病地域の人間を移動させたら下手したら、全土にこの七色紋が広まるぞ。


「キティ、おそらくこれもその流れの依頼だな」


 そう言ってオルランドが差し出した依頼には大きく『輜重兵(しちょうへい)募集』と書かれている。

 輜重兵ってなんだっけ? あー……思い出した。兵站(へいたん)の一種だ。ただ管理部門だったはずだけど、この書き方だとおそらくは実働部隊だろうね。前線兵に食べ物とかを運ぶ、今で言う補給部隊だ。


 これにも、参加者には神官の治癒を約束している。


「うん、その作業に神官様達がかり出されるから、一般冒険者の治療は出来ないってさっき通告があったの。もしも、冒険者が神官様達の治癒や滅邪を望むなら、領主様からの依頼を受けなくてはならない……」


「それでギルドは黙っているのか?」


 嗄れた声で更なる爆弾を投げてきたマリアンヌに、ジルさんが尋ねたけれど、答えは思いもかけない所からやって来た。


「まさかッ! このまま泣き寝入りすると思っているのかしら?

 私達も甘く見られたものよね。これはここの領主が、王都から発した依頼だそうよ。全く何を考えているのやら。

 それよりも、ティナ、危ないから町には入るなと言ったはずよ?」


 階段から降りてきつつアンナさんはそう言うと、蹲るマリアンヌを立たせてカウンターに押し込んだ。


「しっかりなさい! 貴女は見習いとはいえ、ギルドの顔よ!!

 それがそんな風でどうするの!! 顔を洗ってしっかり職務を果たしなさい!!」


 迫力あるアンナさんの一喝で、マリアンヌの涙も引っ込んだようで、コクコクと頷くと、カウンターの奥に駆け込んでいった。


「……ティナ、マリアンヌが貴女を呼んだのよね?

 危険な事をさせてごめんなさい。すぐに町を出て頂戴」


 アンナさんの怒声に怯えたダビデの手を握りしめながら、首を振った。すっかりご無沙汰だけれど、実は私も治癒魔法が使える。神官達が何の魔法を使っているのかさえ分かれば、私も治癒させることが出来るはずだ。


 ただし、『滅邪』に関しては、この世界の四大神に帰依している神官専用の呪文らしく、私では唱えられなかった。私に出来るとしたら対処療法だけだ。


「ティナ?」


「私に出来ることはありませんか? 受付嬢に七色紋の発症者が出たとか…。大丈夫なんですか?」


「心配してくれるのね、ありがとう。大丈夫よ、ギルドにも神官職の冒険者はいるわ。それに、ようやく調査の結果が出そうなの」


 私達を安心させるためか笑顔を浮かべ、アンナさんはそう言うと触れない様に気を付けながら、ギルドの出口に誘導してきた。


 バンッ!!


 もう少しで外に出るというところで、ギルドの奥から扉を激しく打ちつける音がした。驚いて音がした方向を見ていたら、無精髭を生やした、内勤の職員が飛び出してくる。


「アンナ! 見付けたッ! 見付けたぞ!!

 そこにいるのは、規格外薬剤師か!? ちょっと来い!!」


 目が血走り、襟や袖口を黒く汚したままの内勤職員は、そう言うと有無を言わせずに私の手を掴み、二階の階段へと向かった。


「ちょっと! 何事よ!!」


 私の後を追いながら、アンナさんは咎めているが興奮した内勤職員は口から唾を飛ばしつつ、私を掴まえたのとは反対の手に握った紙を振り回した。


「見付けたんだッ!! 七色紋の特効薬! これで疫病が収まる!!」


 そのままの勢いで、クルバさんの執務室にノックもそこそこに飛び込んだ。


「失礼します、マスター・クルバ!! 見付けました! 20年前のギルドの資料の中に、七色紋の特効薬が記載されていました!!」


「何? 詳しく報告をしろ!」


 流石のクルバさんも、その報告には平静では居られなかった様で、椅子から立ち上がり、机の上に身を乗り出した。


「はい! キーは、サミアド遺跡です! その中に特効薬の素材があります。それを薬剤師が調合して『退色なりし無』を作ればそれで特効薬になります。

 詳しくはこちらに書いてあります」


 そう言って、内勤の職員は手に持っていた紙を、クルバさんに渡した。一通り内容を読んだクルバさんが、低く唸り出す。


「これは…危険だ。おそらくC、いや、出来ればBランク以上の連中を動員しなくてはならない。それにもし、このドロップ品を集められたとしても、誰が調合する? これは恐ろしく魔力を喰うぞ」


 誰ともなしに呟くクルバさんの独り言を受けて、部屋の中にいた全員の視線が私に集中した。


「……報酬は弾んでくださいよ」


 肩を竦めながらそう言った。


「ティナ、お前は『退色なりし無』を作ったことがあるのか?」


「ありません。だから出来るかどうか、そのレシピを見せて貰えませんか?」


 きっぱりと言い切る私にクルバさんは紙を渡した。

 中を手早く確認する。素材の種類は少ないが、魔力を注ぐ工程は多い。これはエリクサー並に面倒そうだ。

 ただ、絶対に無理かと言われればそうでもない。


「なんとかなるかも知れません」


「本当か? アンナ、その紙に書かれた素材を倉庫から準備しろ。ティナ、今、ギルドの受付嬢で一人、七色紋に倒れた者がいる。特効薬を試しに作ってくれ」


「分かりました」


 二つ返事で同意する私を意外そうにクルバさんは見つめている。不審そうにしているアルオルや、私が危険な目にあったり苦労するのを極端に嫌うからか、不満げなジルさんを眺めながら苦笑した。


「マスター・クルバ、いえ、クルバさん。私はこれでもこのギルドには凄く感謝してるんですよ? これまでも神殿から守ってくれていたんですよね? 私はそれに全く気がついてなかったですけど、そうでなかったら今、私はここにいなかったでしょう。


 未成年の間、私の後見は元ギルド本部のマスター、クレフ老。後ろ楯はこのデュシスの町の冒険者ギルドです。被後見人として、護られている者として、私に出来る事はします。全てお返しが出来るとは思いませんが、ギブアンドテイクで行きましょう」


「ティナ…」


 クルバさんは小さく「スマン」と呟くと、アンナさんを急かす。すぐに一揃え素材が揃って、目の前に置かれた。


「始めます」


 大きく一度深呼吸をして、魔力を制御し作り始めた。魔力を注ぎ込み始めた途端に、暗い色の円形だった塊は形を失い、暴走を始める。根こそぎ私の魔力を吸いとろうとする素材に負けじと、必死に魔力制御して何とか無色の塊が出来た。


 珍しく額に浮いた汗を無意識に拭いつつ、水晶か塩の塊のような六角形の特効薬に手を伸ばした。


「これが特効薬? てっきりポーションかと思ったら、まさかの固形物…」


 以前一度だけ見た使い捨ての鑑定用アイテムを準備したマスター・クルバに『退色なりし無』を渡した。


 鑑定の結果問題はなかったようで、ギルドの地下に隔離されていると言う受付嬢の元に向かう。


 この特効薬の使い方は簡単だ。ただアイテムを患者の身体に翳せばいい。そうすると、一度だけアイテムと患者の身体が光り、疫病の名前にもなった七色の斑点がアイテムに吸収される。

 感染していた受付嬢は目に見えて、楽になったようだ。こっそり鑑定した所、状態異常も出ていない。良かった、効いた。


 そして、この特効薬と言う名のアイテムはまだ発症していない人間にも有効な様で、持っただけの内勤職員が光ったと思ったら、アイテムの中に小さな七色の光が増えていた。どうやら感染していたらしい。その後、ギルドにいた人達で実験をして、クルバさんの執務室に戻った。


 

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