55.着替えの結果
不機嫌さを表に出したまま、クルバさんが戻ってきた。
「ティナ待たせたな。スカルマッシャー、まだいたのか。
まったく、困ったことになった」
ため息を付きつつ、ドサリと音をたててソファーに沈み込むと先を続ける。
「今回のポーションについては買い取り額を少し増額する。帰りにカウンターのアンナに声をかけて手続きをしていけ。
それと前に渡した通信機はまだ持っているな? リック達は治癒済だがもし感染が広まるようなら、ギルドとしても神殿に協力せざるを得ない。具体的に言えば、神官達の護衛やポーションの供出だな。悪いがマナポーションの作成に力を入れておいてくれ。素材が足らないようなら優先的に回す」
「はい、了解です。ただ今回の手続きは後からでも良いですか?
出来たら感染者がいるかもしれない受付に長居したくありません。落ち着いた頃にまた来ます。これから依頼がどうなるかも分かりません。ギルドとしても手持ちの資金は少しでも確保しておいた方が良いでしょう」
まぁ、風邪にしろインフルエンザにしろ、人の集まる所で貰うことが多いから行かないのが一番の予防だよね。
「ふん、お前に心配されるほどではない。ギルド同士は横の繋がりも強い。何より春になり近隣都市との交流も可能になった」
「だからこそ、病気が広まりやすいって事でもありますよね?
マイケルさんいわく、致死率も高い謎の多い病気らしいのでクルバさんもマリアンヌちゃんもギルドの職員の皆さんも本当に気を付けてください」
「ティナ、我々はマスター・クルバと少し話があります。町の外までは送れません。気をつけて帰ってください」
私たちの話の区切りが良いところまで終わったと判断したのか、マイケルさんはそう言うとクルバさんに向き直った。
「ここから先は、大人が知るべきことです。ティナは退出させてください」
「ふん、言われんでも。ティナ、ではまた連絡する。気をつけて帰れ」
話し込む大人達に一礼して執務室を後にした。いつもの階段を下りる手前で、全員を囲む空気の遮断壁を作る。
「下では止まらずに歩き抜けます。ついてきてください」
「はい、お嬢様」
返事をしたダビデと手を繋ぎ下に降りた。いつものカウンターの反対側でドミニク神官が数人ずつ魔法を掛けている。それが終わった人はギルドの受付に回り、パーティー名と自分の名前、それに宿を申告してからギルドの外に出ていっている様だ。
忙しそうに働く私服姿のマリアンヌとアンナさんに挨拶しつつ、足は止めずにギルドを出た。
「……フゥ」
知らず知らずの内に呼吸も浅くなっていた様で、ギルドを出たとたんに深く息を吐く。
「なんだかエライ事になりましたね。……ここに戻るまでは楽しめましたか?」
「はい! スカルマッシャー様達が良くしてくださって、色々な所に連れていってくださいました」
私の問いに代表してダビデが答えてくれた。
「へぇ、そうなんだ。楽しめたなら良かったよ」
「我々は兎も角、ご主人様も楽しめたようで何よりだ。衣装もだが化粧で匂いが変わっていたからな。一瞬誰か分からなかった」
上から下まで私の姿を見て、折り返してまた顔まで視線を戻したジルさんにそう言われる。
「あはは、マリアンヌちゃんやアンナさんの悪ノリですよ。この後、神殿に行ってお参りする予定だったんですけどね。疲れちゃったので、良かったら帰りましょう」
普段から一緒にいる人に、じっくりと見られるのって案外恥ずかしいね。
「その方が良さそうだな」
祭りの人手で賑わう道に入り、私を隠すように囲みながらジルさんはそう言った。あれ、なんか私と同じ年頃の男の子達を睨んでない? アルオルもそんな舌打ちしそうな顔で威嚇しないでっ! それに私を囲まなくていいから流石に何度も来てるし、迷子にはならないよ。
「お嬢様、早く町の外に出ましょう? ボク、なんだか今日の周りの視線がとてもイヤです」
ジルさん達が睨むせいかどんどん注目を集めてしまって、最後は逃げるように町を後にした。落ち着いて考えれば、ギルドでいつもの格好に戻れば良かったんだと後で後悔した。
いつもの丘まで小走りで移動して、周りの視線を遮った所で移転を唱えた。そろそろ住み家の設置場所を変える頃なんだけど、急いでいたから久々のリーベ迷宮近く、不凍湖の陰に設置する。石化ダンジョンは正直飽きた。
中に入にリビングについて、ようやく人心地ついた。
「今日はお疲れ様でした。アルオル、久々の町はどうだった?」
町の中では下手に会話すると何処で墓穴を掘るか分からない。ようやくいつものペースで話せる。どうやら他のメンバーにとってもそうのようで、アルオルも首に巻いていたバンダナを外しつつ笑顔を見せた。
「はい、ティナお嬢様。お陰様で久しぶりに町を見ました。ありがとうございました」
「ハニー・バニー、良い厄落としが出来たよ。だけど、出来たら次はハニーと一緒に動きたいな」
軽くウインクしつつオルランドがそう言うと、すかさずジルさんスリッパ2号が炸裂した。いや、この一日で随分手に馴染んだみたいだけど、なぜ叩く?! 今のは別にツッコミ処じゃなかったよね??
「お前は満喫し過ぎだ。まったく、あれだけ注目を集めてどうする」
「ティナお嬢様! 聞いてください!! オルさんは凄いんですよっ!! 歓楽街の賭場に皆で遊びに行ったんですが、凄く賭け事に強いんです!! 最後には胴元っぽい方とも一騎打ちをして、勝ってきたんです」
「へぇ……って、なにやってんのよ! 確かに満喫してきたみたいだけどっ! それで? 増えた資金で何か楽しんできたの?」
「ハニー、それは聞かぬが華だよ」
色気駄々漏れの笑みを浮かべて口を濁すオルランドを見て吹き出した。
「そっか、なら聞かない。今回はただの息抜きだからね。皆が楽しめればそれでいいよ」
「キティも楽しめたようだね。その服、子供だと思っていたけれど、随分成長しているようで眼福だよ」
へ? 眼福って? オルランドの視線を追うと私の胸元に固定されている。あー、これね。最近肩こりするなぁ、とは思ってたのよ。都市伝説かは分からないが、お湯に浮く程はない。
「あはは、思った以上の成長だよね。ダビデのご飯が美味しいからかな? 太った訳ではないと思うんだけど」
改めて、両手で寄せて上げながら答えた。あられもない私の反応に、一人を除いて周りの顔は真っ赤だ。
「ティナ、すまんが少しは弁えてくれ」
「ティナお嬢様、申し訳ありませんが我々も一応成人男子ですので、ご配慮頂けるとありがたいです」
「ボク、種族が違うので、美醜はよく分からないんですが、それでもお嬢様はお綺麗だと思います」
口々にクレームを言われてしまったから、とりあえず手を離した。
「おや、キティ、止めてしまうのかい? 咲き始めた絶世の華。成長しきれていない少女の瑞々しさと大人の色香を同時に漂わせている、せっかくの絶景だったのに、残念だよ。前にも話したが、今のキティが望むなら、喜んで寝所で奉仕させてもらおう」
ただひとり顔色を変えずに誉めちぎるオルランドには、苦笑しか出ない。こいつはどうやったら口説き文句以外で会話になるんだろう。そして安定のジルさんツッコミが入る。
「はは、ありがとう。まぁ、お世辞でも嬉しいよ。
さて、やっぱり落ち着かないから着替えてくるね。ついでに化粧も落としてくる。
その後に、神殿の役割とか影響力について、もし知っていれば教えてほしいんだけど頼めるかな?」
最後はアルオルを見ながら尋ねた。元貴族なら、こういう政治的な関係とかも詳しいだろうし、何よりギルドはしばらく忙しそうだ。おそらくスキルを使っても丁寧に調べれば分かるだろうけれど、調べるよりも聞く方が早い。
「畏まりました。私で分かることでしたら、なんでもお答えいたします」
姿勢を正しそう答えたアルの顔は先程までとは違い、引き締まったものだ。
「悪いね。なら着替えてくるよ。お風呂も入りたいし少しかかるから、そうだな、休憩も含めて夕飯前にまた集まろうか。
ダビデ、今日の夕飯の手伝いはいる? 疲れたでしょ、たまには私が作ろうか?」
恐ろしく久しぶりに女の子っぽい格好をしたせいか、料理をしても良いような気になって声をかけた。まぁ、私が作ったら基本茶色い時短節約レシピになるけどね。それでもいいなら、久々に煮物でも作ろうかなという気になった。もし作るならお風呂は後回しだね。顔だけ洗おう。
「お嬢様、ボクのご飯を誉めていただいたと思ったのですが、やはり何かご不満でしたか? 教えていただければ直します」
耳を倒して悲しげに尋ねられて焦ってしまう。毎回なんとなく料理をする気になる度に、ダビデに悲しそうな瞳をされてしまって断念してるんだよ。
「いや、ご飯はいつもとても美味しいよ。ただ、毎日料理を任せきりだと大変かなと思ってね。特に今日はお出かけだったし、疲れてるのなら以前買ったまま、アイテムボックスに入れっぱなしにしている屋台のご飯とか出すからね? 無理はしないんだよ?」
毎日毎日、せっせと美味しいご飯を作ってくれるのは嬉しいんだけど、家事の大半を押し付けているようで気が引けるんだよね。ダビデに倒れられたら、本気で今の快適な生活が出来なくなる。
「無理なんかしてないです。お嬢様にご飯をお出しできるのはボクの幸せです。どうか奪わないでください」
気を使ったつもりで、逆に追い詰めちゃったかな? 失敗したなぁ。でもたまにはゆっくり休んでほしいと思うんだよね。この顔は今日は無理だな。
「うん、ごめん。ならお願いするね。
では、着替えてきますからまた後で」
一度解散して全員身支度を整え、集合したのは美味しそうな夕飯の匂いが漂う頃だった。
「ごめん、遅くなった。さて、アルが中心になると思うけど、この国の神殿について教えて」
ソファーに座って尋ねた。アルオルやジルさんもお風呂に入ってきたようで良い匂いがしている。私はいつものオススメシリーズのローブ姿に戻った。防御力を含めて、やっぱりこれが一番落ち着くわ。
「ああ、やはりティナはその格好の方がいいな。落ち着く」
「はい、お嬢様はそのお姿が一番お似合いですね」
それは周りもそうだったようで、ほっとした様に笑われた。ただしオルランドだけは不満そうだったけどね。
「では、神殿についてですね。最初にお伺いしたいのですが、お嬢様はどの程度までご存知ですか?」
「ん? 行ったこともないよ。ただ神殿には豊穣神・軍神・美神・知神の四大神が祭られてるってのは前にスカルマッシャーさん達に聞いたから知ってる」
メジャーの四大神とその他の神様がまとめて祭られてる所が多いそうだ。獣人の国では四大神の中身が少し違うらしい。
「え? 行ったことがない? ならば今までの祈りはどうされていたのですか?」
「田舎だったから最寄りに神殿は無かったんだ。だから自宅で祈る位しかしたことないよ」
うん、転生時に流れ込んできた記憶でも、ウチの親は神殿に寄り付かなかったみたいだし、珍しくてもいないわけではないだろう。
「……そうですか。
では軽く最初から説明します。人間の町にある神殿は四大神のそれぞれを専門に祀る四方の塔、中央に宗派を問わず一般の信徒を受け入れる祈祷所、そして北の位置に消えた至高神を祀る斎院という作りになっています。
神殿の主な仕事は、神を祀ることにより使えるようになる神聖なる治癒魔法の行使。成人時の職業付与、それと才能の確認でしょうか」
「才能の確認? いったいどうやって?」
「神殿には必ず『職業の間』というものがあります。そこに入れば、その人間がつける職業が表示されます。その中からひとつ選ぶことにより、職業欄がステータスに発生します。
ティナお嬢様はまだ未成年との事でしたから、今は職業欄は存在しないはずです。職業につけば、その職業の特性にあった能力補正を受けることが出来ますから有利になるのです。
その伸びた能力を含めて、鑑定技能持ちに鑑定させて自分の能力を把握するのが一般的な成人の儀式ですね」
へぇ、詳細鑑定は成人してからってよく言われたけれどそう言うことだったんだね。あー、ならこの無駄に高い私のステータスはまだまだ成長するって事か。職業ねぇ…、とりあえず変な職業に就かないように心がけよう。




