54.七色紋(1)
心配そうに見るジルさん達と合流したいけれど、そうもいかなくて少し離れた場所から声を張って現状を伝えた。
「うそだろっ?! 七色紋だと」
「不味いですね。前回の流行では、幾つかの村が存続不能になったと言います。どうして発症したのか誰も分からず、流行が終わるまで死者の数は数千人とも数万人とも言われています。
それがまた出るとは…しかもリックが…。神官はもう来ているのですか?」
マイケルさんが七色紋の事を詳しく知っていて助かった。私は初耳だし、頼りの鑑定も謎って言われてしまったから、もう少し教えてほしい。
「マイケルさん! 出来たらもう少し詳しく教えて下さい!
一応、アンナさんに言われて浄化はかけたんですけど、それで本当に大丈夫なんですか?」
少し離れた位置で話す私たちの声を聞いて、居合わせた冒険者達も三々五々に集まってきている。始めに確認するべきは自分が感染したかどうかだ。次に予防と治療法。最後は根絶に向けての原因究明かな?
「あぁ、ティナは知らないのですね。
七色紋は発症する人間としない人間がいます。一度発症して治ったら、再度かかることありません。発症したら神官の治療を受けない限り、ほぼ確実に死にます。なぜ発症するのかは今だ謎に包まれています。終息タイミングも謎のまま、ただ前回も春に大流行したはずです。
体に紋が浮かぶ前に浄化をかければ、発症しないと言われています。心配なら、神属性魔法の『滅邪』をかけて貰うといいでしょう。滅邪は人体に害を成す全てを滅する魔法ですから、有効だと言われています」
ギルドの入り口から顔を覗かせたマイケルさんは、周りの冒険者達にも聞こえるようにそう言った。
「しかし、『滅邪』なんて、神殿に納める寄付が大変なことになる。それにもし感染したのなら町を歩けば広まってしまう」
「俺達貧乏冒険者じゃ無理だな」
口々にそう言いながら、冒険者達は不安げに周りと話したり、身体を揺らしたりして気を紛らわしているようだ。
「皆さん! 神官様が皆さんに『滅邪』を掛けてくださいます!
順番に並んで待っていてください! それとこの中にティナさんはいませんか?? マスター・クルバがお呼びです!!」
仕事の早い受付嬢が足早に階段を降りてくると、そう言って辺りを見回している。
あら、クルバさんがお呼びなのか。この流れだと、おそらくは魔力回復系のポーションを買い取るとかそう言う話だろうね。
「あの、ジョンさん、マイケルさん。すみませんがもう少し、ジルさん達をお願いします」
「ご主人様!!」
それまで大人しくしていたダビデが突然入り口をすり抜けて、中に入ってきてしまった。
「こらっ! 何やってるの!! 話は聞いてたでしょ!!
今、この中は危ないの! これ以上危険を増やしてどうするのさ」
抱きついてきたダビデを受け止めつつ、それでも声を荒げて叱りつけた。私が病気になるのは、運がなかったってことで仕方ない。でも、病人に接触していないダビデ達まで保菌の可能性を負うことは許せない。
「ごめんなさい、お嬢様。でも、お嬢様が危険の中にいて、ボクらが安全な所にいるなんて出来ません!!」
「まぁ、そうだな。冷たい男が呼んでいるのだろう? ほらさっさと行くぞ」
ダビデを叱っていていたらいつのまにか、ウチの同居人達が全員集まってきていた。
「ちょっと! 何考えてるんですか!!
ジョンさん達も止めてください!!」
「わりぃ、わりぃ。あんまりにも自然だったからなぁ。止め損ねた」
「ええ、全くです。もう少し躊躇して貰えれば、止めようもあったのですけれどね」
「って、何、二人とも入ってきてるんですかッ!! このギルド内は現在隔離処理中です!!」
文句を言ったら、スカルマッシャーの二人も何事も無いようにギルドに入ってきてしまった。いや、だからさ、なんなのこの人たち。そういうテキトウさが、流行を招くんだよ!!
「ティナさんですね?! いるなら居るとさっさと申告してくださいッ!!
貴方達はティナの所有奴隷と、おや、スカルマッシャーのお二方もご一緒でしたか。マスター・クルバから、もし奴隷達の同席を望むなら連れてきても構わないと言われています。さっさと執務室に向かってください」
騒いでいたら私を探していた受付嬢に見つかって怒られてしまった。成り行きで、スカルマッシャーの二人もクルバさんの執務室についてくるようだ。
「失礼します。お呼びですか?」
執務室の前に立ち一声かけてから中に入った。部屋の中では、さっきの神官君とマスター・クルバが向かいあって座っている。
「遅かったな。……スカルマッシャー、なぜお前達までここにいる?」
「お疲れ様です、マスター・クルバ。ティナは我々が世話役をしていますから、ギルドの一大事でしたら同行しても問題はないでしょう」
「マスター・クルバ。かてぇ事は言いっこなしだぜ。今日は俺らもティナに頼まれて一緒にいた。そこで七色紋だ、呼び出しだとなりゃ、同行するのがスジってもんだ」
クルバさんに睨まれても、スカルマッシャーの二人は飄々と受け流している。そんな二人にこれ以上何か言っても無駄と判断したのか、クルバさんは私に空いているソファーに腰かける様にと言った。
上座に神官君、向かい側にクルバさん、その隣に私の順に座り、残りのメンバーは思い思いの場所に立っている。
「ドミニク神官、先程話していた高レベルポーションを作成できる薬剤師のティナです。ティナ、こちらはデュシス神殿の神官・ドミニク様だ。失礼の無いようにな」
初対面の私たちを軽く紹介した後に、なし崩しに同席しているスカルマッシャーさん達についても、クルバさんはドミニク神官に紹介しているようだ。
その隙にドミニク神官を観察する。見た目17,8歳? 素朴そうな見た目と反して、知性に輝く瞳が目立っている。顔色は優れないが、悲観も楽観もしていないようだ。
「ティナ、下でドミニク神官が『滅邪』を掛けてくださると言う話は聞いたな? そこで頼みがある」
ひとしきりスカルマッシャーさん達の紹介が終わってから、私に話が戻ってきた。
「はい、どんなことでしょうか?」
大体予想はついているけれど、一応尋ねた。
「マナポーションを緊急で買い取りたい。今はいくつ持っている? 全部買い取らせてくれ」
「え、今ですか?」
いや、ご存じの様にアイテムボックス内も入れて良いならいっぱいありますよ? これはマジックバックの方に入っている方かな? いくら神官様とは言え、初対面の人間の前でアイテムボックスを開けとは言わないと思うし…。
ガサゴソとマジックバックを漁って数を確認し始めると、クルバさんとドミニク神官が話はじめた。
「クルバ殿、先程の話ですが、本当にこんな少女が高位ポーション作成技能を持っているのですか? それならば神の慈愛を受けていると思われます。是非一度神殿へ」
「……その話は先程お断りしたはずです。この娘はギルドの準構成員、先のギルド本部のマスター、クレフ老が後見をしてい、ギルド秘蔵の冒険者です。いくらドミニク様のお申し出とは言え、ティナを差し出すことは出来ません」
ドミニク神官とクルバさんの間で緊張が走る。スカルマッシャーさん達も険しい顔をしてドミニク神官を見ているけれど、何でだろうね?
「クルバさん、お待たせしました。今の手持ちは下位魔力ポーション30、中位魔力ポーション12、高位魔力ポーションが2つで全部です。……私の万一の時のも含んでいるので、全部は厳しいですけど、全部買い取りですか??」
緊張が限界になる前に割り込んで数を伝えた。ドミニク神官は小さく、そんなに…と呟いているけれど、一括納入ではもっといっぱい納品したこともあるし、変ではないと思う。
「すまんが全部だ。それだけあれば今ギルドにいる全員に『滅邪』をかけることが出来る。そうですね、ドミニク神官」
「はい、これだけあれば十分です。責任を持って掛けさせていただきます」
うーん、アイテムボックスにはまだあるし仕方ないか。
断っても強制的に徴収されそうだし、対価を貰えるだけマシだって思わなくてはね。
「分かりました。ならまずウチの人達からお願い出来ますか?」
これで奴隷うんぬんとゴネる様なら帰ろう。治癒魔法は使えるから、何とかなるだろう。
「…ええ、分かりました。私以外の神官なら一言あったと思いますが、我が神はそこまで狭量ではないので。
大いなる母 慈愛深きかの愛に乞い願う
彼らを害す邪なる風を包み 滅したまえ
『滅邪』
これでこの部屋にいた人達は大丈夫です。ではポーションを頂けますか?」
「はい、こちらです。どうぞお持ちください」
予想外に揉めることもなく魔法を掛けて貰えたから、クルバさんに許可を求めてポーションを渡す。一瓶をその場で使うと、一度下を案内すると言うクルバさんと共に、階下に降りていってしまった。
「あの、ジョンさんマイケルさん、さっきいきなり緊張が走りましたけど、なんで私が神殿に行くとマズイんですか?」
置いていかれて呆然としていたけれど気を取り直して、スカルマッシャーさん達に尋ねた。あのときの緊張感は少し異常だった。
「神殿は才能豊かな子供を奪うからなぁ」
「奪う?」
いったい全体どうやって? 無理に拉致監禁とかじゃないだろうし、普通の市民なら神殿に逆らえなくて子供を神官にってのも考えられるけど、私は流れ者だもの。関係ないさ。
「奪うとは言いすぎですが、この国では神殿の力は強いのです。その神殿に優遇される。それは子供の間の教育や衣食を十分に与えられ、更には成人後の地位すら保証されると言うことです。そんな夢のような人生を大物神官に楽しげに話されて揺らがない者はなかなかいません。
まぁ、それだけでは済まないのですけれどね……」
「おう、ティナはおそらくこっちになるだろうから、最初に教えておいた方がいいだろ。
よく聞いとけよ。
神殿は『異端審問』の権限を持つ。それは忌々しい事に執行局よりも強いんだよ。お前をどうしても抱えたいと思ったら、従わなければ、異端に落とす。お前が来なければ、ギルドを異端とする。そんな脅しも辞さないだろう。
気を付けろよ。一人では絶対に神殿に近づくな。帰ってこられなくなるぞ」
いつも気楽に話すジョンさんが、この時ばかりは真顔で念押しをしてきた。自由がなくなるかもしれない恐ろしさに身が震える。そう言えば当たり前に信教の自由を謳歌してたけれど、自由でいられるところの方が少ないんだったっけ。
「あぁ、そんなに心配しなくていいぜ。やるとしたら最後の手段だ。それに神殿がどんなに薔薇色の未来を語ろうが、それが全てじゃねぇ。もし神官でいることが薔薇色の未来を保証するなら、冒険者に落ちる神官なんざ居なくなる。
お前なら上手くやると思うが、いいか、油断するなよ」
「はぁ、何だって執行局に続いてこんなことになるんでしょう。
居合わせたから仕方ないとは言え、疲れてきましたよ」
おもいっきりため息混じりに愚痴る私を見て、スカルマッシャーさん達は笑っている。
笑いが一段落した頃、執務室の入口が開いてクルバさんが戻ってきた。




