53.それが服の用途でしょ?
「あ、これ可愛いね。パトリシア様はどう思われますか?」
何軒目かの服屋で、マリアンヌはひとつのワンピースを手に取ると、パトリシア君に見せている。
「ええ、良さそうですね。でも、どういった風にまとめるのですか? それによって違って参りますから、最初に決めてしまいませんか?」
一歩応接室の外に出たとたん、猫を被ったパトリシア君はそそとして答えた。
「んー、私は可愛い系がいいかな?」
「わたくしは、お色気系が良いかと思います。普段とは全く違った風に見えるでしょう?」
パトリシア君、それは私が色気皆無ってことかしら?
「あら、ティナなら出来る女風よ」
「意見を言わせていただけるなら、清楚な令嬢風で決まりですわ。今日はお祭りですから、近隣の村の若者もたくさん来ております。
町住まいの洗練された美しさを見せつけてやりましょう」
乳母さん? キャラ変わってますよ!
悪のりしてきましたか?
「えー、可愛い系がいいよ!」
見つけたワンピースを握りしめながら、マリアンヌが力説をしている。店内で言い合う私たちの所に、店員さんだと思われる女性が近寄ってきた。
「お客様、失礼ですが他のお客様のご迷惑になりますので、お静かにお願いします。……あら、アンナじゃないの。久しぶりね」
「お久しぶり! ちょっと聞いてちょうだい! ねえ、この子のイメチェンするなら、どの系統が良いと思う?!」
どうやらアンナさんと友達だったらしい店員さんも巻き込んで、更に議論が白熱し始めた。
「……ティナはどういうのがいいの?」
随分たって激論を戦わせていたメンバーが息切れをし始めた頃、ようやく私の希望を聞かれた。1名性別が違うのもいるけれど、オシャレに夢中の女の子達に何か言っても無駄だから、放置してたんだよね。
「え、私? 服なんて、清潔で穴とか空いてなくて、暑さ寒さが大丈夫ならなんでもいいよ。外で襲われる事を考えると、防御力が高いものがいいかな?」
突然聞かれたからオブラートにくるむことなく、本音をポロっと伝えてしまった。
オシャレは我慢とか本気でノーセンキュー。
前世も基本、大手量販店とスーパー(百貨店ではない)の吊るしの服が主だったし。縫製がいいオーソドックスな地味なものを選んで、破れない限り使い続けるタイプだったから基本10年くらいは同じもの着てたしなぁ。それを考えたら、今はお洒落に気を使ってるよね。
防具兼用だけれど、ローブと村娘の服を用途に合わせて変えてるし。貰い物とはいえ、アクセサリーもつけてるし。
「ティナ…」
「小娘……」
「残念過ぎるわ」
「え、なんで? 洋服の本来の用途ってそれでしょ??」
本気で言ったんだけど、全員に絶句された。それに驚きすぎたのか、パトリシア君の巨大で分厚いネコが剥がれ落ちている。…今日は何だか絶句される日だねぇ。
「ティナ、ならなんでこの前の服を買うときはわざわざ新品のそれなりにオシャレなの限定だったの?!」
マリアンヌが掴みかかってきた。この前って事はアルオルの服を頼んだときかな? そんなのは他人様が着るものだからに決まってる。私の価値観が主流じゃないことくらいは知っている。
「え、そんなの、新品の方が長持ちするし、オーソドックスで、でもそれなりにオシャレなものって高いじゃない。だから助かったよ。
自分はともかく、周りは最低限恥をかかない程度の物は準備したいからね。ホント感謝してる」
まぁ、ただ異端奴隷にそんなことをするのはレアだろうし、本音を言うわけにはいかないから、誤魔化しつつ話す。それでも、全員信じられないようなものを見る目で見られた。
「分かりました。ええ、分かりましたとも。
皆様、本人に選ばせてはなりません。ティナさん、貴女の意見は聞きません。ただ我々が選んだものを着て下さい。良いですね?」
完全に据わった目付きで乳母さんはそう言うと、周りと打ち合わせを再開した。その後は私に話が振られる事はなく、女子力が高いであろう人達で進められた。
***
「つ、疲れた……。長かった……、皆さん、こんなに本気にならなくても良かったのでは??」
暴走するパトリシア君を宥め、可愛い系をゴリ押しするマリアンヌを誤魔化し、何軒も店をハシゴしてようやく周りのメンバーが納得するイメチェン用一式を買えた。
これからギルドに戻って応接室を借りて、着替える予定だ。ついでにアンナさんとマリアンヌが持っている化粧品を使って化粧もする予定。
「今日は時間もないことですし、これで諦めましょう。
本当はフルオーダーで最良の物を作りたいのですが……」
乳母さんはそれでも納得していない様で、口惜しそうに唇を噛んだ。
「私が関わって、それでも残念なままなんて許しません。
今後はティナの私服にも、もう少し気を配ってください」
今日1日ですっかり見切られたのか、私に何を話しても無駄と判断したパトリシア君がマリアンヌ達受付嬢組に頼んでいる。
「任せて頂戴。金銭の問題でこんな風だと思っていたけれど、まさか考え方の違いだとは思わなかったわ。このままだと世間一般からドンドン離れてしまうのがオチよ。マリアンヌ、頑張りましょうね」
「はい! チーフ!!」
「あー…無駄だと思いますよ? まぁ、前向きに検討しつつ、いつも通りに過ごしますけど。冒険者にお洒落とか求めないで欲しいです……」
盛り上がっているアンナさん達に、力なく、一応の釘を刺す。周りの何と言われようが、やる人間にやる気がなければ長続きしないんだよね。ぶっちゃけ、こちとら前世も含めて数十年洒落っけなんてあった試しが無いんだからさ。過剰な期待はプレッシャーです。
楽しそうだし、合間で祭見物も楽しめたから、まぁ良いかとは思ってるけど。今度遠目に見たトルコ風の神殿に行ってみよう。前世のラストであれだけ神様っぽい生き物達にお世話になったのに、思えば一回も行ってなかったわ。
「うん、今はそれでも良いよ? でも、ティナ、今日着替えたら絶対、ぜーったい気が変わるからね?
ティナほど可愛ければ、恋人もすぐに見付かるよ! 来年には成人でしょ? なら未来の旦那様を早く見つけないとっ!!」
がっしりと両肩を掴まれて力説されました。あー…旦那、ねぇ。この世界、結婚年齢も低そうだもんねぇ。まったく興味無いな。それに私よりもみんなの方が可愛いでしょうに。
そうこう無駄話をしている間にギルドに着いた。さっきと同じ応接室に連れ込まれて、着替える様に言われる。
「パトリシア君はこのままここにいる気?」
「安心しろ、小娘の裸になんか興味無い。さっさと着替えろ。どうしてもと言うなら、後ろを向いていてやる」
密室に入ったとたん、ネコを解除したパトリシア君はそう言うとくるりと窓に向かって立った。窓の外から覗かれるのを警戒してくれている様にも見える。
「ほら、ティナ、早く脱いで!」
これからの期待に胸を踊らせているのであろうマリアンヌに急かされる。渋々新しい服を下から着つつ、うまい具合に見られないように服を着替えた。こう言うのは、中高、男女共学の学校だったら自然と身に付く。ウン十年ぶりだったけれど、上手く出来たつもり。
「…ティナ、何その変な着替え方。そんな風に着替えるのを覚えるほど、ティナの奴隷達は配慮がないの? それは少し教育が必要ね」
何を勘違いしたのか、低い声でアンナさんが呟きつつ、指を鳴らしている。
「いや、前々からの癖なので気にしないでください。それよりも、背中のボタンと紐が結べないのですが、どうしたらいいんですか?」
「あ、普段はお母さんに結んで貰う……、あ、ごめんね。そうだよね。どうしよう」
話している途中で、私に家族がいないことを思い出したのだろう。マリアンヌの声が段々と小さくなっていった。
「ほら、ティナ、背中を向けなさい。
ここまで着れば、ほとんど肌も見えないし気にならないなら、奴隷達の誰かに閉めてもらいなさいな。気になるなら、ギルドに来てくれれば、私がマリアンヌが閉めてあげる。そのときには、私たちのロッカーを貸すわね」
苦笑しながら、アンナさんは私の背中にあるボタンと腰の後ろで閉めるタイプのレースで装飾されたリボンを止めている。
「ほらティナ、次はここに座ってね?
パトリシア様、もう大丈夫です」
「ふん、ようやく出番か。腕が鳴る」
窓の前から戻ってきたパトリシア君は、アンナさん達がギルドに置いていた化粧の中から幾つかを物色して、準備を始めた。
流石にパフと紅筆くらいは買ったからそっちは自分の物になる予定の物を使って貰う。化粧品はないのに、紅筆だけ持つ矛盾点は指摘しないでほしい。その内、口紅くらいは買うかもしれないけれど、一度塗り始めると、そもそもの色が悪くなるし、踏ん切りがつかないんだよね。今はまだ地の色で大丈夫な気もするし……。
準備が出来たパトリシア君は、私の前髪をまとめてピンで固定してなら、顎を持ち上げ眉を整える所から始めた。剃刀が直接肌に当たって、少々怖い。硬直して、呼吸も出来る限り静かに行っていたら、目の前にある顔が、バカにしたように笑った。
眉を整え、肌にベースを作り、口紅とシャドウを入れて、簡単だけれど出来上がりだ。
「ほら、こんなもんでどうだ?」
満足げに、出来上がった私を残ったメンバーに見せている。そのまま後ろに回って今度は髪を整え出した。
「いたっ…」
髪が引っ張られて、小さく漏らす。舌打ちしつつも、少し丁寧になる。
アルほどではないけれど、パトリシア君もヘアアレンジは上手なようで、サイドで巻き毛にされた。
「完成だな」
「うん、ティナ、綺麗」
「これは思った以上だわ…」
「素晴らしい出来です」
出来上がりをみたメンバーは、口々にそんな風に誉めてくれた。
お洒落に興味はなくても、誉められれば素直に嬉しい。照れながらも、お礼を言った。
「うーん、鏡が欲しいね。ティナにもこの姿を見せたいし、私たちのロッカーには小さいのしかないから、全身は見られないよね」
悔しそうにマリアンヌがそう言った。そこまで言われると、自分自身でもどうなっているか気になる。
「アイスミラー」
詠唱省略で、目の前に私の身長大の氷の姿見を作った。表面には薄い水の幕を張って、更に写りやすくする。
「おう、これは……」
鏡に写ったのは、清楚系小悪魔メイクの少女だ。化粧はあくまで控え目。髪は巻き髪で豪華に、服装はロング丈のワンピースで清楚な印象を与えつつも、深く空いた胸元とリボンで絞られたウエストが何処かエロい印象も与えていた。アンバランスに見えて、絶妙なバランスで全てが統一されている。
この半年でまた胸も成長したから、大きめに空いた胸元でも貧相にはなっていない。全体に甘くなりすぎないように、寒色系パステルカラーでまとめられているのも高評価だ。
「どう? 気に入った?!」
「うん、これ誰ってレベルで凄い変わったね。ありがとう」
「うん、ならこれで神殿にお参りに行こう! 種蒔き祭で祈れば、良縁に恵まれるって言うし、私もティナを見せびらかしたい!!」
「では、我々はこちらで失礼を致します。そろそろ午後も遅い時間になりました。お嬢様の元に戻らなくてはなりません」
パトリシア君と乳母さんはそう言うと帰り支度を始めた。
アンナさんは夕方からの夜勤の予定とのことで、これから少し仮眠を取ると話している。
「うん、なら、私も神殿に行ってみたいし、行こうかな?
でもそろそろ、帰らないと駄目かも…」
「大丈夫だよっ!! もしあれだったら、城門で待ち合わせに変えてもいいし! ほら、ティナ、行こう!!」
マリアンヌに押しきられて、神殿にお参りに行く事になった。周りの別れの挨拶をしてから、全員で応接室を出る。
「あら、何か騒がしいわね?」
角を曲がった先の受付がある辺りから、人声が響いてきている。高い女の人の声だ。私たちは顔を見合わせて足を早めた。
「どうしたの?」
人だかりが出来ている受付に向けて、アンナさんが声をかける。人垣が割れて、中が見えるようになった。
「アリッサさんっ?!」
中にいたのは、意識のないリックさんを抱き止めて座るアリッサさんと、それを心配そうに見守る自由の風のメンバーだ。
全員激戦を潜り抜けてきたのであろう、装備は汚れ一部破損していた。
「自由の風、どうしたの? リックの意識が無いようね。状況を教えてちょうだい」
仕事モードに瞬時に切り替わったアンナさんは、自由の風のメンバーに向けて話している。それまで対応していたのであろう受付嬢と、中から出てきた内勤の男性はあからさまにほっとしていた。
「北の山脈にある『サミアド遺跡』の攻略をしていた所、ワープの罠に引っ掛かって、深層に飛ばされましたの。
何とか脱出出来たものの…途中で何かとても嫌なものが充満した部屋を通らなければならくて、それ以来、リックはとても辛そうでしたわ。時間がたつにつれて、息切れ目眩、発熱等にも襲われているようでした」
淡々と弓使いのオードリーさんがアンナさんに報告している。
確かに、意識のないリックさんの呼吸は荒く、身体は小刻みに震えている。前世ならインフルエンザを疑いそうな症状だ。
「お医者様か、神官様を呼びましょう。誰か! 神殿までいってきてちょうだい!! さぁ、とりあえず、リックを奥のベッドに運びましょう。大丈夫よ、ここまで辿り着いたのだから、ギルドとしても出来ることはするわ」
内勤の男性と自由の風の男性陣がリックさんを持ち上げて運ぼうとした時、襟元がずれて肌が覗く。それを見た途端、内勤の男性は驚いた様にリックさんを離して後ずさった。
「七色紋だ!!」
その声を聞いて、心配そうに周りを囲んでいた冒険者達が我先にと距離を取る。パトリシア君と乳母さんも、顔を歪めてギルドの出入口まで離れていった。
「えっと、七色紋って何?」
側に残ったマリアンヌとアンナさんに尋ねる。マリアンヌは真っ青になっている。
「七色紋は原因不明の流行り病よ。前回流行ったのは20年前以上も前。その時は近隣の村で病人が出て、瞬く間に辺り一体に広まったわ。
致死率が高く、治すのには神官様の治癒が必要なのよ」
明らかに顔色を曇らせてアンナさんはそう言うと、ギルドの封鎖を指示している。それとクルバさんに状況を伝える為に、人を走らせる。今の状況でどれだけ感染しているか分からないから、今ここにいるメンバーは外に出ないように指示している。
「とりあえず、リックを隔離しなくてはいけないわ。
誰か手を貸して頂戴!!」
呼び掛けるアンナさんに答える冒険者はいない。自由の風さん達が何とか抱き上げようとしているけれど、身長の関係で斧使いのジェイクさんや、ひょろひょろノッポのチャーリーさんの男性陣では無理なようだ。
うーん、これは私がまたハーメルンやった方がいいかな?
「自由の風さん、リックさんから離れてください。私が運びます」
混乱しているのか私に気がついていない自由の風さん達に声をかけて、魔法でリックさんを持ち上げた。ついでに風魔法を使って、リックさんの空気と他の空気が混ざらないようにした。
病気の感染は、飛沫感染、空気感染の二つがほとんどだろうし、もし接触感染だとしても、風魔法で浮かべている今なら関係はない。
「誰?」
リックさんの側についていこうとして止められていたアリッサさんが短く聞いてきた。
「アリッサさん、私です。ティナです。今日はお祭りでギルドのマリアンヌちゃんと遊んでいたんです。
大丈夫です、私も出来る手伝いはします。ポーションで体力を回復させつつ、神官様を待ちましょう」
「ティナ……本当に? ありがとう」
私である事に気がついてい無かったのだろう、アリッサさんはしばらく凝視した後にお礼を言う。黒髪のメラニーさんも鼻をヒクつかせていた。今日は化粧もしているから体臭も変わっていると思いますよ。と言うか、この距離で臭いを嗅ごうとか無理なんじゃないかなぁ?
「ティナ! 地下に隔離室があるわっ! 案内させるからそこに運んでちょうだい!!
この中で、魔法職の浄化を使える人はいないかしらっ!! 中にいるメンバーに浄化をお願い! それで発症を抑えられるっ!! 発症したら効かなくなるから時間との勝負よ!!」
アンナさんの号令でギルドは一気に動き出した。さっき怯えて逃げた内勤の男性が私の前に立って案内をしてくれる。
「すぐ戻ります。浄化なら私も使えます。待っていてください」
急ぎ足で地下に向かった。指示されるままにリックさんをベッドに寝かせて、部屋を出る。ここは元々は魔獣なんかに襲われて、恐慌状態になっている冒険者を落ち着くまで保護する為の部屋だそうで、家具はベッドくらいしかない。
部屋の入り口で待っていた自由の風さん達に声をかけようとして気がついた。
「あれ? チャーリーさん、大丈夫ですか?? 何だか顔色が悪いですよ?」
アルケミストのチャーリーさんに視線が集中する。チャーリーさんからの返事を待っていたのだけれど、何も言わずにフラフラしている。
「チャーリー?」
恋人のメラニーさんが心配そうに額に手を伸ばして、驚いたように放した。
「凄い熱い!! ごめんね!!」
羽織っていたローブの袖を捲り上げるとそこには、七色の斑点がうっすらと浮かび上がっていた。
「中に寝かせるんだ!!」
「え、そんな、まさか、なんでチャーリーが??」
すがり付くメラニーさんから引き離し、チャーリーさんをリックさんと同じ部屋に寝かせた。ベッドはひとつだけだから、床に布を敷いてその上に寝かせた。
「アリッサ、メラニー、神官様がくるまでの辛抱よ。すぐ来てくださいます。落ち着いて待ちましょう」
オードリーさんが右手にアリッサさん、左手にメラニーさんを抱きしめて慰めている。
「自由の風、全員肌の状態と発熱を確認させて貰う。服を捲れ」
内勤の男性が自由の風さん達にこれ以上感染者がいないか確認している。どさくさに紛れて、リックさん達がいる部屋に入った。
一応の用心に、リックさん達の空気と混ざらないように風の膜を纏う。
辛そうに息をする二人を鑑定する。状態異常に病気と出ていたから、それを更に詳細鑑定した。
病気(七色紋):デュシス近郊で発生する風土病。その原因は謎。
謎って、役に立たないな、まったく!!
「ティナ! 何をやってるのっ!! 早くこっちに戻ってきなさい!!」
私が中にいるのに気がついたアリッサさんに叱られてしまった。外に出る前に、手持ちのローポーションを意識のない二人にかけた。これで減っていた体力は多少回復した、神官様とやらを呼んでくる間くらいは余裕で持つだろう。
「ごめんなさい。皆さんは大丈夫でしたか? なら浄化を掛けますね」
謝りながら全員に浄化をかけた。アンナさんの言葉を信じるなら、これで発症を抑える事が出来るだろう。
上に戻ると自由の風さん達は、事情聴取の為にギルドの奥に連れていかれた。自由の風さん達が通るとそこだけ人が分かれるから、他の人に見えるように、だめ押しでもう一度浄化をかけた。
「はい、並んでください! 全員に浄化を掛けます」
マリアンヌが居合わせた冒険者達を誘導し始めている。
「パトリシア君、乳母さん、お嫌じゃなければ私が浄化を掛けますね」
「ええ、お願いします」
「神官様がいらしたら、我々の予防的治療もお願いしましょう。それまではギルドで待たせて頂きます。万が一にも、デュシスの町に病を広めるわけには参りません」
不安の色を表情に表しつつ、それでも気丈に二人は振る舞っていた。
「浄化」
短く呪文を唱えて、二人に浄化をかける。
「失礼いたします。パトリシア様と領主令嬢イザベル様の乳母、ナタリー様でごさいますね? ギルドマスター・クルバがご足労を頂きたいと申しております。お迎えが参りますまでどうぞこちらで御休みください」
下にいなかった仕事が早い受付嬢がそう言うと、二人を上に連れていった。確かにあの二人はVIPだろうから、万一があってはギルドの落ち度になりかねない。
「ティナ! 手伝って頂戴!!」
血相を変えたアンナさんが私を呼んでいる。腕や胸元の皮膚に発症の斑点が無いことを確認された冒険者達は続々と『浄化』を待って並んでいる。
「アンナさん、もう確認するなんて、そんなに発症までの時間が短いんですか? 潜伏期間はどれくらいなんですか??」
ピンと背筋を伸ばして気合いを入れつつ、アンナさんに尋ねた。
「潜伏期間って何? この流行り病はほとんどが謎に包まれたままなのよ! 念には念を入れないと、広まったら大変だわ」
冒険者達からの視線が痛くて、順次浄化をかける。
私だけではなく、居合わせた浄化を使える魔法職が三人ほどいたから、人海戦術でドンドン捌いていった。魔力がなくなれば、手持ちのマナポーションを渡して回復して貰う。
ようやく終わった頃に外が騒がしくなり、人が入ってくる。
「神殿から来ました! 病人はどこですかっ!!」
地味な修道服を着たまだ若い男の子が声を上げる。素朴そうなソバカスがあるオリーブ色の髪の少年だ。
「ドミニク様! お待ちしておりました。どうかこちらへ」
内勤の男性に導かれて、ドミニクと言われた神官は階段を上がっていった。
「今のは?」
「神殿の最も若い神官様よ。今日はお祭りでおそらくドミニク様以外の神官様が外に出るのは難しかったのね。大丈夫よ、才能豊かな新進気鋭の神官様だもの。助けてくださるわ」
アンナさんは神官を見送りながら、教えてくれた。ドミニク神官の登場で静まり返ったギルドに外から慣れ親しんだ声がかかる。
「おーい、ティナ! 何があったんだ??
なんか入れねぇんだけどよ!!」
手を振ってアピールするジョンさんの後ろには心配そうなウチの同居人達の顔があった。




