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52.種蒔き祭

 冬の間、移転魔法を活用して、リーベ迷宮と石化ダンジョンを代わる代わる攻略し続けた。冬は攻略組の冒険者も減るから、気楽に魔法が使えて有難い。

 石化ダンジョンはクリア目的じゃなかったし、ダンジョンコアの破壊もギルドで禁じられているから、鳥の虐殺を行っただけだったけど。


 この世界のダンジョンには、ダンジョンコアを破壊して良いクリア推奨と、存在が役に立つとされて生かさず殺さずを貫かれる資源回収用のダンジョンの二種類がある。残りは何らかの理由で二種類のどちらになるか判断不能な未踏破ダンジョンだ。


 石化ダンジョンは薬草やドロップ品から資源回収用、リーベ迷宮は広大すぎて判断不能ってことで、未踏破ダンジョンになっている。


 リーベ迷宮に関しては、正直浅層の魔物は敵じゃないんだけれど、迷宮と言うだけあって、ここには危険な罠がある。そこで予想外に役に立ったのはオルランドだった。職業・忍者は伊達じゃなかった様で、罠の発見解除、宝箱の解錠等大活躍していた。


「ほら、これで終わりだよ」


 今もそう言って道の真ん中に突然あった宝箱の罠と鍵を外し終わり、膝の埃を払っている。


 ちなみに、アルの鎧はまだ通常品だ。ただし、サイレンスの魔法を鎧単体に掛け騒音対策はしている。物質にも一部魔法は効くが、持続時間や術者の負担から見て実用的ではないとされていたから、ギルドに行って魔法職の古参のお爺さんに聞くまで知らなかった。

 ただし私は、無駄に魔力過多だし時間を延長、切れたら随時かけ直しても、攻略に影響は軽微だから常に魔法をかけるようにした。


「本当だろうな?」


 ジルさんが疑いの目で見ながら、オンランドが解錠した宝箱に近づいている。


 ……盗賊ではないから、時々オルランドも失敗する。初めて宝箱が出た時にテンションが上がって、罠解除済みと言われた宝箱を私が開けたことがある。その時も解錠には成功していたけれど、罠解除には失敗していたんだっけ。


 あのときは顔面に七色のペンキが吹き付けられて驚いた。完璧に油断してたから、モロに被ったんだよ。浄化で取ろうとしたがペンキは魔法無効で、結局帰ってお風呂に入るまで七色仮面状態だった。周りからは毒物じゃなくて良かったと慰められたけれど、毒の方が楽だったかもしれない。


 それ以来、私は宝箱を開けさせて貰えなくなった。危ないからとオルランドかジルさんが交互に開けている。


 いや、一応、罠発見と罠解錠、鍵開け技能はあるから、オルランドの代わりをやろうと思えば出来なくはないんだよ? ただ慣れない作業になるから、それならプロのオルランドに任せてしまおうってだけで…。


「本当だ。まぁ、開けてみろ」


「そう言いながら何故アルを誘導して離れる?」


 右手で随分草臥れてきたスリッパを持ちつつ、オルランドを威嚇するジルさんの後ろでダビデはオロオロしている。


 犬妖精はステータスが低いから足手まといだと遠慮するダビデを毎回引っ張り出してダンジョンに連れてきた効果が、ハイ・コボルドとしてもカンストを迎えている。後は種族進化を待つばかりだ。コボルドはステータスが低い分、カンストも早いから助かっている。


 ジルさんはカンストまであと少し、私はカンスト済、アルオルはレベル成長中だ。


「オルランド、本当に大丈夫なの?」


 うっかり私が近づかない様にガードしているダビデの頭越しに、宝箱を鑑定する。


 ー……高度擬態型ミミック  level18


 っておい!!


「ジルさん、それ、駄目!!」


 今にも開けようと手を伸ばしているジルさんにストップをかけた。


「ティナ?」


「ミミックです。高度擬態型。蓋を開けた瞬間、ガブッときますよ!!」


「オルランド?」


「おや、キティには分かるのかい? 通りで手応えがおかしいと思ったよ」


 肩を竦めるオルランドにジルさんの一撃が入る。


 高度擬態型のミミックは、鍵や罠の形状等も擬態する、盗賊泣かせの魔物だ。リーベ迷宮中層以降はこれが多く出るから、注意しろと冒険者の間でも評判だった。


 普通の宝箱と見せかけて、開けにきた冒険者の腕を咬み、最終的には自爆する凶悪コンボの持ち主だ。


「焼きますね!」


 じゃれているジルさんとオルに一声かけてから、ミミックを焼き払った。残ったのは、宝石の原石。見た目はただの小石だけれど、ギルドに持ち込めば良い値段になる。


「お嬢様、これを」


 ダビデが拾ってきてくれた小石を受け取り、バックに入れた。


「さて、今日はこれくらいにしようか?」


 一段落ついてから声をかける。


「お嬢様、明日はデュシスの町の春祭りですね。マリアンヌ様から遊びのお誘いも来ていましたし、町に行かれるのですか?」


「うん、せっかくのお誘いだから行くつもり。そろそろ冒険者達も春になって戻るし、近隣住人も多く町に来るそうだから、ダビデ達も一緒に行こうね」


 ドリルちゃんの記念品をギルドに受け取りに行った時に、リサーチしたところ余所者も多く見物に来る祭りだから、いつもほどはアルオルや獣人のジルさんやダビデも目立たないだろうとのことだ。


 ダンジョンで暴れているとはいえ、私以外、もう数ヶ月町には行っていないから退屈しているだろう。気分転換になれば良いね。








「お嬢様ー! 用意は出来ましたかー?!」


 階段の上からダビデの呼ぶ声がして、最後に姿見で可笑しな所はないか確認して部屋を出た。


 今日はお遊びだから村娘の服だ。それに、オススメシリーズの髪飾りとブーツ、手袋を合わせている。耳には、ドリルちゃんから貰ったイヤリングをつけてみた。耳用の装備品はなかったから丁度良かった。派手ではなくシンプルな物だから普段使いにしている。


「お待たせー!! おかしくないかな? 大丈夫なら、出発しよう!」


「大丈夫です! お嬢様はいつでもお綺麗です!!」


 尻尾を振りながらダビデが話している。

 そのまま出掛けようとして、渡そうと思っていた物をまだ渡していない事に気がついた。


「あ、ゴメン、すっかり忘れてた!

 ほい、これ、1人一個ね。今後は自分で管理してもらうことになるから、そのつもりで選んでね」


 そう言って取り出したのは、アルオルの装備を探してギルドに行った日に買った魔法の小物入れだ。デザインと色は全部違うものにした。中には冬の間に換金した素材の代金やドロップした硬貨を頭割りにしたものが入っている。


「ティナ? これは??」


「前に話したでしょ? みんなの取り分です。

 素材の買い取り代金とかの頭割りです。高額ってほどじゃないけれど、それなりにはありますから町で必要なものを買えると思います。ただし、武器防具とかの冒険の継続に必要なものは、私が全員分買いますから、あくまでも嗜好品の購入に当ててくださいね」


 えーっと、みんなの視線が痛いです。アル、とりあえず口を閉じたら? 少女マンガの王子様の変顔は見るに耐えません。


「お嬢様!! こんなに!」


 恐る恐る袋の口を開いて中を確認したダビデが叫ぶ。アルも中を見たけれど、金銭感覚がないのか無反応だ。


「ハニー・バニー、もし我々がこの金を持って逃げたらどうする気なんだ?」


 中を一瞥したオルランドが、苦笑しながら問いかけてきた。

 ジルさんはそんなオルの冗談を真に受けたのか、真新しいツッコミスリッパ2号を握っている。今日は町に出るから、スリッパも普段は使っていない片方を腰に下げていた。


「逃げたきゃどうぞ? ただし、捕まったらおしまいだよ。あと、その首輪付けている間は見た目で逃走奴隷って分かるから気を付けてね?」


 私も苦笑しながら答えた。隷従の首輪はいまだに二人の首に填まっている。お風呂の間は外して良いと言ってあるけれど、ジルさんやダビデの言うことには、最低限汚れをチャチャっと落とす間だけ緩めているそうだ。


「ほら、早く仕舞ってください。町に行きますよ!」


 全員に無理やり財布かわりの小物入れを持たせて、隠れ家を収納した。


「あれ? アルオル、バンダナは? しないの??」


 首輪を隠せるようにバンダナを首に巻けばいいかと渡したけれど、そのままだ。


「ティナお嬢様、我々は異端奴隷ですから扱いが酷いと思わせるためにも、コレはさらしていた方がいいでしょう」


「これだけ血色が良くて、扱いが酷いなどあるのかという疑問はあるがな」


 静かに首輪を指しながら話すアルに、ジルさんがツッコミを入れている。血色って言われても、1日二食と時々おやつ、十分な睡眠に毎日のお風呂くらいしか与えてないよ?

 ……ごめん、十分か。


「あー…まぁ、そうなんだけどね? でも、目立つよ?? 悪辣な娘さんとしては恥じらいもあって、所有奴隷の扱いを公開していないって事にでもして隠しときなよ。

 バレて何か言われたら、外して見せれば良いさ」


「ご命令とあれば…」


 何処か不服げにアルはそう言うと、渡したバンダナをお洒落に巻いていた。オルも無言で色違いのバンダナを取り出して巻いている。


 バンダナを巻き終わるとアルオルは変身ヒーローみたいになった。いっそのこと、五人で色違いのバンダナ巻こうかな? 戦隊モノのヒーローっぽくてネタに良くない??


「ティナ?」


 アルオルを観察していたら、ジルさんに不審そうに呼ばれた。変なこと考えてたの、バレたかしら?


「ごめんなさい、ジルさん。さて、準備万端整いましたし、お祭り楽しみましょうね!」


 もう手慣れたデュシスの町への移転を唱える。いつもの丘の陰について城門を見ると、町に入る列が出来ている。

 デュシスの町の春祭りは別名『種蒔き祭』と呼ばれ、その年の豊穣を祈り、冬の終わりと農作業の開始告げるこの町の大祭のひとつだ。


「流石に凄い人出だねぇ……。早く行って並ぼうか?」


 雑談をしながら、のんびりと順番を待った。前後の人達は、近くの村から祭を目的に集まった人達の様で、神殿で配られるお神酒と祝福された肥料が無くならないかを心配していた。


「次っ!!」


 お祭りの日ばかりは門番役の冒険者の成り手も少なくなる。古参の冒険者と、本来はまだ依頼を受けられない低ランクの若い冒険者が組んで門番役をしていた。


「こんにちは。冒険者ギルド所属ティナです。今日はギルドのマリアンヌちゃんに誘われて、お祭りに来ました。残りは私の連れです。ギルドカードを確認しますか?」


 お初の冒険者だったから丁寧に対応した。私をジロリと睨むと、門に向けて手を振った。


「いらん、いらん。その名前、お嬢ちゃんが悪辣娘の薬剤師さんだろ?

 顔パスだ。ほら後ろが詰まってる。さっさと行け」


「へ? 名乗った名前が嘘だったらどうするのですか?」


「どうもせん。悪辣娘の名前を騙るなんて、そんな命知らず俺はしらん」


「いったい私はどんな噂になってるんですか…」


 力なく尋ねたが答えはなく、今日の門番は次の旅人の対応を始めてしまった。ダビデに促されて門を潜る。


「とりあえずギルドに向かおう。その後は集合時間を決めて、各自、自由行動で良いかな?」


「ティナお嬢様、本気ですか?」


 ダビデに見上げられて答えに困る。

 いや、本気なんだけどね?

 何と言うか、青少年的にストレス解消をした方が良いんじゃないかな? とか思ってさ。流石に直接表現は避けたいんだけど。

 いくらなんでも居たたまれないし……。


「ティナ様?」


 ジルさんも町用の猫を被って問いかける。アルオルに至っては、話し掛けられない限り口を開かず、静かに最後尾をついてきていた。


「あー…、何と言うか、その、ジルさんにしろ、アルオルにしろ、健康的な青年な訳で、ダビデも大人だって分かったし…。

 未成年の異性がいたんじゃ、発散出来ないストレスもあるんじゃないかなぁ~と。暴発されても困るし、発散してきなよ」


 全員の足が止まりました。

 だから言いたくなかったんだよ!!

 それに私にこんなことを言われて、はい、ありがとうございますって行ける人はオルくらいしか思い付かないわっ!!


 邪魔にならないように大通りの端によって、話を続ける。


「えーっとね、一応ね、ギルドにスカルマッシャーのジョンさんとマイケルさんが待っていてくれるの。ウチのメンバーは獣人だったり、異端奴隷だったりして、町を大手を振って歩けないから、引率をお願いしておいたよ。スカルマッシャーさんはこの町でも名前の通った冒険者さんだから、心配しないでね?」


「ティナお嬢様! ボクらにその様な配慮は無用です!!」


 ダビデが毛を逆立てて反論してくるけれど、異論は聞きません。

 せっかく、ジョンさん経由で色町のマダム・バタフライに繋ぎをつけて、アルコールでも一夜の夢でも買える様にしたんだから! 大変だったんだからな!


 その時には、アルオルがどうするのか選ぶんじゃなくて、アルオルをマダムに1日貸出して欲しいってしつこく頼まれた。ちゃんと発散もさせるし、ポーションがあれば綺麗に治せる程度で済ますから、問題は無いだろうってさ。以前のオークションでは陰間なんて言ってたし、色町の顔役に貸し出したら確実にゴニョゴニョな展開になりそうだから、丁重にお断りしたけれど。


 私には分からないけれど、命のやり取りをする様な戦場に身を置く人ってそっち系も元気になるんだそうだし、ただ1人の異性同居人としては暴発が恐ろしい。万一襲われても、負けないとは思うんだけどね。そもそも奴隷って襲えるのかは不明だけれども。


 まぁ、本人達が望まなければ強要するつもりもない。綺麗なお姉さんとお酒を楽しむとか、町を散策するとかして適当に時間を潰せばいいさ。


「ほら、行きますよ!」


 無理やり全員を歩かせて改めてギルドに向かった。後ろをついてくるジルさん達が不服げなんですが、どうしてでしょうね?


「いらっしゃいませ。ようこそ、冒険者ギルドへ。

 あら、ティナさん。マリアンヌが待っていますから、二番応接室へお願いしますね」


 仕事の早い受付嬢が静かに挨拶をして、応接室のひとつを指差した。


「こんにちは。お仕事お疲れさまです。

 ありがとうございます、すぐに向かいます」


 軽く頭を下げてから、ダビデ達を連れて応接室に入る。


「あ、ティナ! いらっしゃい!!

 スカルマッシャーさん達も待ってるよ!

 今日は楽しもうね!!」


「おはよー。マリアンヌ。今日は誘ってくれてありがとう!

 ジョンさん、マイケルさん、今日はお手数をかけます。私だと言いにくい事もあると思うので、引率よろしくお願いします」


「おはよーさん。まぁ、任せろ。どうせ家族持ちが今日は家族サービスで仕事いれられねぇからな。暇だしよ、ティナは気にせず楽しめよ」


「おはよう、ティナ。ジョンの言う通りです。こちらの事は気にせずゆっくり楽しんでおいで」


 ニコニコと笑いながら、二人は同居人達にも挨拶している。ジルさんとは前に話しているから、スムーズに馴染んでいた。


「なら後はお願いします。もし欲しいものが沢山あって、所持金が足らない様なら、後で買いに行きましょうね!」


「お嬢様、ボクだけでもお供したらダメですか? お邪魔はしません。何も言いません。お願いします」


 さて集合時間を決めて別れようと言う段になって、ダビデがそう言って抱きついてきた。


 正直、ダビデとのお出かけは私も嬉しい。ただ今回は、みんなの慰労のつもりだから無理だなぁ。


「うーん…今回はゴメンね。男の子同士で楽しんできてくれるかな? 香辛料を扱うお店とか、調理器具を扱うお店とか、見てみたらどうかな?」


 説得しようと話す私を見て、ジルさんがダビデの耳元に小さな声で話しかけた。それを聞いたダビデはハッとした顔になり、握っていた私の服の裾を離す。


「ごめんなさい、ティナお嬢様。

 ボクらも楽しんできます。お嬢様もご友人との時間を楽しんでください」


 名残惜しそうに見詰めながら、ダビデはスカルマッシャーさん達と出ていった。


「突然どうしたんだろう? ジルさん何を言ったのかな」


 あまりにも素早い変わりように、不思議に思って呟く。


「え、そんなの、女の子同士じゃないと駄目なこともあるって言ったんじゃないの?? ティナだって、男同士じゃなきゃ駄目なこともあるって思ったから、スカルマッシャーさんに頼んだんでしょ?」


 キョトンとしてマリアンヌに当たり前のことの様に言われた。


「今日はティナも覚悟してね!

 大体、ティナ、洒落っ気無さすぎ!!

 男の人達と住んでるから、女の子しなくなってるのかもしれないけど、いくらなんでも駄目だよ!!

 せっかく元はかなり良いんだから、可愛い服を着て! 髪飾りもいつもおんなじのじゃなくて、色々つけて、化粧もして!!

 今日、みんなと再会するときは驚かせるからね!!

 そんな訳で、カモーン!! ティナ改造隊の皆さん!!」


 凄いハイテンションでマリアンヌが叫ぶと、応接室の入り口が開き、口々に挨拶しつつ人影が複数入ってきた。


「はーい、ティナ。今日は楽しみましょうね?」


「よう、小娘。感謝しろ?」


「初めてお目にかかります。本日はよろしくお願いします」


「アンナさん? パトリシア君? それに、どちら様ですか?」


 アンナさんとパトリシア君に続いて、身なりの良い上品な年配のご婦人が入ってきた。


「私は領主令嬢イザベル様の乳母をさせて頂いた者です。本日はお嬢様のご命令で参りました。今後お嬢様の護衛を勤める予定の冒険者にも関わらず、あまりにもみすぼらしいとお嘆きです。

 少々アドバイスさせて頂きます」


 笑顔ひとつなく言い切られた。パトリシア君は吹き出しそうになっている。


「小娘、乳母殿はイザベルの教育係でもある。残念を少しはマシしてもらえるだろう。ありがたく思え」


「マリアンヌ? 私は何も聞いてないよ? 今日は祭見物の予定だったよね?」


 じと目で睨みながらマリアンヌに尋ねる。


「だって~、絶対に正直に言ったら、来ないでしょ?

 一応最初はね、小規模にやるつもりだったの。でも休みを貰うのにチーフに話したらドンドン広まっちゃった」


 ゴメンね、と笑いながら拝まれてしまった。いや、私は今のままで満足だから、改造とか遠慮したい。


「失礼いたします。お肌の手入れもされず、このようにボロボロの状態で、恥ずかしいとは……え、しっとりもちもち??」


 乳母さんが私の手を取り、頬を触ったところで驚きの声をあげた。

 うん、洒落っ気はないけど、お肌の手入れは欠かしてませんよ? お風呂は天然温泉風だから、毎日保湿効果の高い、肌に良い泉質の湯船につかるし、蜂の巣で採った蜜蝋と油から硬い万能クリームのバームとかも作ってるし。もちろん、へちま水っぽい化粧水と、蜂蜜入りの乳液モドキも自作したし。今サボってると、10年後に後悔するからね。出来たら紫外線対策もしたいけど、流石に日焼け止めは作れなかった。


「あー…採集した素材から、色々作って使ってるせいですかね?

 あんまり触らないで下さい。触られるの好きじゃないので…」


 あちこちから手が伸びてきて、髪やら肌やらを確認された。乾燥知らずの私の皮膚に感嘆の声を上げている。


「ティナ、何を使ってるの? 若さもあるとはいえ、こんなに状態が良いなんて秘密があるはずよ! 教えてちょうだい!!」


「小娘、色々作ったと言ったな? 今持っていないのかっ!!」


 パトリシア君とアンナさんの食い付き方が恐ろしい。乳母さんも瞳を爛々と輝かせてこっちを見てるし…。


「えーっと、使いかけならありますよ? これがバーム、硬めなので指に擦り付ける様にして取ってください。少量で大丈夫です。髪とか手、特に指なんかに塗ると乾燥を防いでくれます」


 マジックバックから使いかけのハンドクリームを取り出し、目の前で実践しながら説明した。あんまり多く塗ると、べたつくし最初なら少量で十分だよね。


「凄い…しっとりする」


 パトリシア君が自分の中の手を眺めながら呟いている。好評で何より。


「ねぇ、ティナ。これを売ってくれる気はないかしら?」


 目の色を変えたアンナさんに鼻息荒く詰め寄られた。


「アンナさん、落ち着いて」


「量産は出来ないのよね? 蜜蝋と言っていたし、南西の森でのドロップ品が使われているのでしょ?? お願い! 少しでも良いの! 分けてちょうだい!

 最近、小じわが増えるは、肌のハリがなくなるは、大変なのよ」


「お待ち下さい。この品は領主館にも納品して頂きます。これだけの品がお嬢様に献上されないなどと言うことは、ありませんよね?」


 乳母さんも、同じく目の色を変えて詰め寄ってきた。


 えー、これくらいなら大したものじゃないし、誰か作れば良いのに。確かに新鮮な植物油を手に入れるのが少し大変だけど、蜜蝋は南の森に行けば、蜂の巣も蟻の巣もあるんだから簡単に入手出来ると思うんだけどね。まぁ、私はオススメシリーズの調味料で植物油もオリーブオイルも出たから問題はなかったけれど、ただそれは例外だろうからね。


 さて、どうしようかな? バームにしろ、化粧水系にしろ、香りや配分にこだわって、結構な種類と量がアイテムボックスの中に眠っているけれども。ここでアイテムボックス開くわけには行かないしなぁ。


「今は持っていません。一度住み家に帰って持ってくればあります。パトリシア君とマリアンヌもいる? なんならあげるよ」


「本当か?!」


「いいの?! ティナ、ありがとう!! 大好き!!」


「なら取ってくるから、しばらく待っていて下さい」


 丁度良いから逃げてしまおうと出口に向かったけれど、扉をくぐる前にアンナさんに捕まってしまった。


「ティナ、逃げるんじゃありません。

 さぁ、皆さん、バームと言うクリームのお礼にしっかりティナにおしゃれを教えましょうね。最初は、可愛い雑貨や服の新調かしら? 今の服も可愛いとは思うけれど、せっかく町に来たんだから、町らしい格好をなさいな。一揃え買ってあげるから安心してね」


「え、いや、慎んでご遠慮申し上げます!!」


 ジタバタと逃げようとする私の両腕をホールドして、パトリシア君とアンナさんがギルドの出口に向かった。

 乳母さんとマリアンヌは、この後、まわるのであろうお店の打ち合わせに余念がなかった。ざっと出た店の名前だけでも二桁以上。長い1日になりそうだ。


 ……誰か、助けてー!!


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