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51.キモい生き物は鑑定したくありません

 森の中だと分かりにくいが、もうすぐ夜明けだ。イザベル嬢は飲んでいたお茶を置いて、湧水の場所に戻って行った。

 パトリシア君は、そんなイザベル嬢を眩しいものでも見るように目を細めて見てから思わしげに首を振ると、自分の食べ掛けも口の中に押し込んで、こちらに食器を返してくる。


 見た目可憐な美少女が、サンドイッチ半分を一口で押し込むって、結構衝撃があるね。中身、男だって知らなかったら、声だしてたかも。


「美味しかったです。ありがとうございました」


 そこだけはそそとした美少女っぷりを発揮して、小首を傾げて下を向きつつ、笑顔でお礼を言われる。


「いえいえ、お粗末様でした。パトリ……様」


 なんと呼び掛けたらいいか分からずに、語尾を誤魔化す。


「パトリシアで結構です。非常識娘さん? それとも、ちびっこ女王サマとお呼びした方がいいのかしら?」


 茶目っ気の中に何かしらの冷たいものを滲ませてそう言われた。ちびっこ女王サマ? リックさん、広めたな?!


「ではパトリシア様とお呼びさせて頂きますね。…血吸いヒル殿」


 小さな声で付け加える。そっちも私の事を知っているように、私だって噂くらいは知ってるよのアピールだ。

 血吸いヒルと言われた途端に、パトリシア君の目の色が変わった。


「へぇ、俺の噂くらいは聞いてるのか? 面と向かって、血吸いヒルと言われたのは久しぶりだな、小娘」


 口調と声を青年のモノに戻して吐き捨てる様に凄んでくる。そんなパトリック君にこちらも負けじと笑いかけた。

 こう言う、ちょっとしたチンピラっぽい生き物の相手をするときには、動揺したら負けだ。


「あら、ほぼ初対面で陰口に近い通り名で呼んできたのはそちらでしょ? 私は、貴方達とは喧嘩をするなと言われているから、出来たら当たらず触らずで行きたいんですけどね」


 つとめて冷たく肩を竦めて言い切る。ドリルちゃん関連で会うだけだから、パトリック君と特段どうしても仲良くなりたいとは思ってない。気を付けろと警告されていることだしね。


「ふん、口の減らない小娘だな。

 オヤジに頼まれた伝言を伝えたかっただけだ。そう喧嘩を売るな。

 ポーション、感謝する。下賤(げせん)な身との偏見で、金はあっても手に入らない状況が続き、途方に暮れていた。金が必要なら声をかけてほしい。

 ……オヤジが経営する店からも数人捕まっていた。お前のポーションがなかったら、再起不能になった従業員も確実にいる。底辺に生きる俺達の横の繋がりは強い。何かあったら言って寄越せとさ」


「何の事でしょうね?」


 情報の出所は予想はつくけれど、それでも一応しらばっくれた。


「誤魔化さなくていい。イザベルからも裏は取ってあるし、何よりウチのオヤジにポーションを持ってきたジョンのオジキが、お前の名前を出していた。ティナに感謝しろってな。

 お前は隠すつもりでも、周りは黙っていられなかったみたいだぞ。デカイ借りが出来たとみんな話してたぜ?」


 犯人はジョンさんかっ!! てっきり脳筋のリックさんかと思ったわ。


「……ジョンさん。まったくもう、バレて受け取って貰えなかったらどうする気だったのよ」


「どうもしないだろ。お前に影響はない。妙な所で察しが良くて、無駄に慈悲深く、それでいて突き放した考え方をするってオジキが言ってたが、本当なんだな」


 珍獣でも見るような目で見られてしまった。私は普通だと思うんだけどね? 当たり前の事しか分からないし、やらないよ?


「パトリシア! 帰りますよ!!」


 パトリシア君と揉めている間に水汲みは終わったらしく、器に水を詰めたイザベル嬢は繋いだ馬へ向かいながら、鋭い声をあげている。


「はい。イザベル様」


 瞬時に、儚げな美少女の仮面をつけ直したパトリシア君は、小走りなイザベル嬢の元に戻っていった。

 そんなパトリシア君には目もくれず、イザベル嬢は私を睨んでいる。護衛がおしゃべりに興じていたら、そりゃ不快だよね。


「申し訳ありません」


 聞こえるかどうか分からないけれど、軽く頭を下げて謝罪し、手早く広げていた荷物を片付けて、馬に飛び乗った。


 イザベル嬢はしばらく私を睨んでいたけれど、そのうちプイッとパトリシア君の方を向いて、なにくれとなく話しかけているようだ。それに答えるパトリシア君も、私と話していた時とは違い、楽しげに会話をしている。


 森をもう少しで抜けるというときにマップに敵対反応があった。まだ防衛ラインの外だけれど、高速でこちらに向かってきている。


 一時護衛を離れて迎え撃つか、この場で撃退するか…。一瞬だけ迷ったが、ここには後衛職の護衛が二人だけだ。私が離れる訳にはいかない。


 思えば、なんで後衛が二人で護衛任務なんだろうね。せめて前衛一人と後衛一人だろうに。いや、まぁ、私は前衛も出来るけど。アリッサさんも、魔法職にしては力も強いし体力もあるけれど…もう少し人材はいなかったのな?


「アリッサさん! 何か来ます!!」


 何かを感じたのか先導していたアリッサさんも、気がつけば足を止めていた。右手3時の方向から向かってくる敵対反応と護衛対象である、イザベル嬢の間に割り込む様に馬を歩かせた。


「なんですの?」


 突然激しく動き出した私達にイザベル嬢が、訝しげに問いかけた。


「敵襲です。どうか我々の後ろに。大丈夫、数は多くなりません。すぐに撃退いたします」


 それに答えつつ、前から戻ってきたアリッサさんも、愛用のステッキを構えつつイザベル嬢を背後に庇って立つ。


「逃げることは出来ないのですか?」


 怯えた様な声音で問いかけるパトリシア君に対して、アリッサさんは微かに首を振ることで答えに変えた。

 私も弓形態のオススメシリーズを握り魔力を矢へ変えて、森の先に狙いをつける。


「動きが早いので、逃げ切る事は厳しいと思います」


 呪文を唱え始めたアリッサさんに変わって、簡潔に伝えた。

 そうこうしている間にも、私達の周りを囲んだ冒険者や兵士の防衛ラインを越えて、敵対反応は近づいてくる。


 ガサガサと草木を鳴らし近づいてくる影の正体を確認することなく、アリッサさんは先制攻撃を仕掛けた。


「ファイアーボム!!」


 音のする辺りに吸い込まれた火球は轟音をたてて炸裂し、薄暗い森を一瞬照らした。

 その光をバックに、巨大なボールが炎を体に絡み付けたまま、飛び出してくる。


 ヒュッ……!!


 そのボールに向けて矢を放った。吸い込まれる様に命中した矢でバランスを崩したのか、ボールは地面に落ち、無数にある足を蠢かせたまま身をくねらせている。


「む、ムカデー!!」


 体に所々火がついたまま香ばしい香りを漂わせてながらも、テラリと光る装甲に寒気がする。自分自身の体に絡んでいるから大きさは不明だが、少なくても5メートルはあるだろう。


「ティナ! 毒百足よ! 早く寒さが来たせいで、獲物が減って飢えたんだわ。だから冬なのに出てきたのね! 気をつけて!」


 足の多い虫って見ていて痒くなるよね? 無意識に弓を持ったまま、腕をバリバリとかき毟りつつアリッサさんに声をかけた。


「瞬殺、オッケーですよね? 弱点属性って分かりますか?」


 鑑定すればすぐわかるんだろうけれど、こんな気持ちの悪い生き物を鑑定したくない。


「火と氷が弱点よ。大地と風は効果半減」


 百足を観察しつつ、アリッサさんは冷静に教えてくれた。どうやらアリッサさんは足の多い虫は平気なようだ。


「喰らい尽くせ! 心のままに!

 炎の写し身 全てを滅せ!

 プラーミャ!」


 百足が体を起こして、こちらに向かってこようと開いた口目掛けて、火属性を纏わせた魔力の矢を放った。遅効性発動の炎の矢は、百足の口の中で効果を発揮して、内部から焼いていく。


 体を限界まで持ち上げたと思った百足は、そのまま後ろに倒れて動かなくなった。


「はい、おしまい」


「何なんですの? 信じられませんわ……」


 ポンポンと手を叩きながら、そう言うと後ろから力ない声がした。

 ん? キモい虫を片付けただけですよ。


「イザベル様、何かありましたか?」


 振り返りつつ問いかけた。怪我もないし、そんなに非常識な魔法を使った訳でもない。何で呆然としてるのよ。


「本当に、強い、のですわね。マスター・クルバから聞いた時には半信半疑でしたけれど…」


「ティナ、毒百足は複数のパーティーで攻略する大型の魔物ですわよ?

 それを一人で苦労することもなく瞬殺するなんて、イザベル様じゃなくても驚きますわ」


 護衛対象達に微妙に引かれているけれど気にしない。

 私は、G>多足昆虫>イモムシ系>複眼系>その他の虫の順で大ッキライなんだ。益虫と言われる生き物もいるのは知っているけれど、私に向かってくるヤツラに容赦はしない。


「……虫、キライなんで。手加減しなかっただけです。ちなみに好きなものは犬。次に好きなものは毛皮の生き物です」


 あー……ダビデを触りたい。帰ったら触らせて貰おう。


「ウチの脳筋が非常識と呼ぶ訳だわ。ほらドロップ品。仕舞っておきなさい」


 そう言ってアリッサさんに『百足の触覚』を渡されたけれど、正直触りたくない。


「イザベル様、こんなところで立ち止まっていては、また襲われる可能性が高いです。早く森を抜けましょう」


 嫌々ハンカチに包んで触覚を袋に入れていると、パトリシア君に急かされた。マップを確認すると、周りを囲んだ護衛達の中から数人がこちらに向かっている。おそらく突破されてしまった魔物のその後が気になっているのだろう。これだったら私たちが森を抜けて視認させた方が早そうだ。


「そうね、早く森を抜けましょう」


 その決定に従って馬を歩かせた。



 その後は流石に襲撃されるような事もなく草原に出て、遠目に兵士だと思われる人影に腕を上げて無事を伝える。


 その後は何事もなく、寒さに震えながら町に帰った。夜明け前から明け方にかけてって一番冷えるのは何処でも一緒らしい。


「お帰りなさいませ!!」


 城門に着くと、門の脇には出発時と同じように兵士達が整列していた。その列に呑み込まれる様に合流し、イザベル嬢とパトリシア君は町へと消えた。


「お疲れ様。これで護衛依頼はおしまいよ。ほら、ギルドに報告に行きましょう」


 アリッサさんと連れだって、早番の冒険者に挨拶しつつ町へ入る。


「……ティナは怒らないのね」


 朝の早い時間と言うこともあって、閑散とした通りをしばらく道を歩いた所で唐突にアリッサさんに話しかけられた。


「何をですか?」


「領主令嬢よ。あんなに危険な魔物から守って貰いながらも、お礼ひとつ、視線ひとつ寄越さずに、町へ消えたわ。

 怒りはないの?」


「いえ、別に。私は仕事を果たしただけですし、ドリルちゃんからしたら守られて当然でしょう?」


「それでも、普通ならお礼のひとつも言うわよ」


 憤懣やる方ないといった風のアリッサさんを宥めていたら、ギルドについた。


「いらっしゃいませ! ようこそ冒険者ギルドへ。

 あ、おはよう! ティナ、アリッサさん、依頼は無事終了ですか?」


「おはよう、マリアンヌ。ええ、無事に終わったわ。周りを囲んだ冒険者達も、もう戻ってきたんでしょ?」


 いまだに憮然としたまま、カウンターに身を乗り出してマリアンヌに挨拶するアリッサさんの後ろにぼんやりと立つ。


 早く終わってくれないかなぁ。帰りたいんだけど……。


「お、ティナじゃねぇか。お疲れさん。さっきは悪かったな。

 一匹抜けちまった」


 ぼんやりとしていたら、真後ろから声をかけられて小さく飛び上がる。


「お、あ、びっ、びっくりした! おはようございます。リックさん!

 あれ、アリッサさん以外は、囲みの方の護衛任務についていたんですか?」


 朝っぱらから完全武装の自由の風さん達に目立った怪我はない。ただ防具に汚れが付着しているなら、何かとは戦ったのだろう。口々に同意し、ムカデの足が早すぎたとぼやいている。後ろからも、同じように装備を汚した冒険者達が続々と戻ってきていた。結構な人数が動員されてたみたいだ。


「ちょっと、リック! なにやってたのよ! 毒百足がきて大変だったのよ!!」


 恋人のリックさんの姿を見たアリッサさんは今度はリックさんに食って掛かっている。


「皆様、おはようございます! こちらの窓口も開けます!!

 今朝の魔物駆除任務兼囲み護衛依頼、達成報告の方はお並びください!」


 立ち話モードのマリアンヌだけでは捌ききれないと判断したのだろう。普段は窓口にあまり出てこないベテラン受付嬢が出て来て、捌き始めている。この人は仕事は早くて正確けど愛想が悪いんだよね。今も笑顔を張り付けたまま、最低限の受け答えでさっさと捌いているし。


「アリッサさん、それくらいで。ギルドのご迷惑になります。

 マリアンヌ、私達の達成報告をお願いできるかな?」


 まだマリアンヌ相手に文句を言っていたアリッサさんは言い足りなげだったが、渋々自分のギルドカードを出した。


「はーい。じゃ、ティナのカードも出してもらえる?」


 いつも首から掛けているギルドカードをマリアンヌに渡そうとしていたとき、冒険者ギルドの入口から声がかかった。


「失礼する!! イザベル様の護衛依頼を受けた冒険者達は、まだおられるか?!」


 体格のいい冒険者達の間から見える装備は、先程の領主お抱えの兵士達の物と同一だ。


 一斉に私達の所を見る冒険者達の視線を追い、気がついたのだろう。ツカツカと軍靴を鳴らして近づくと、ピシリと敬礼をする。


「デュシスの守護隊所属、副隊長エイデンと言います。

 イザベル嬢のご命令で参りました」


 敬礼したままニコリと笑って、先を続けた。


「イザベル様より、お礼の言葉を預かってきております。それと、後日、本日の記念品を贈りたいとの事でした。お受け頂けますか?」


「ティナ、アリッサさん凄い!! 領主様からの贈り物なんて、家宝じゃないですか!」


「マリアンヌ嬢、今回の依頼で大型魔獣、毒百足が出、それを今回依頼を受けてくださった冒険者達が討伐したとのことです。いや、デュシスのギルドは本当に層が厚いですね。

 冬に未婚の女性、それもDランク以上という縛りがあったにも関わらず、これだけの実力者が揃うのですから驚きました」


「えっ?! 毒百足?!」


 マリアンヌは驚いて絶句している。そして、アリッサさん、私、アリッサさんと交互に顔を見てポツリと言った。


「ティナ……、やらかしたんだね」


 ナゼに?! どうして私限定っ?!

 隣でアリッサさんも無言で深々と頷いているし…。


「はは、詳しくは聞いておりませんが、イザベルお嬢様もパトリシアも驚いておりましたよ。

 ……あぁ、奉納が終わったようですね。近日中に記念の品を贈らせて頂きます。普段泊まっている宿を教えて頂けますか?」


 話している途中で遠くから鐘の音が響いてきた。普段は朝と晩にしか鳴らさないのだけれど、今日の奉納や種蒔き祭、それと国王の誕生日とかの日は別で、特別に鳴らすらしい。


「……私はギルドに預けてください。普段は町の外にいることが多いので、宿とか決まってません」


「なら、私の分もギルドへ」


 私がギルドへ預けて欲しい旨を伝えると、ついでとばかりにアリッサさんも便乗してくる。アリッサさんは常宿も決まっているから問題ないと思うんだけど、何でだろう?

 後ろにいる自由の風さん達は、当たり前みたいな顔だ。


「おや、珍しい。常宿が決まっていないのですか。了解しました。ではマリアンヌ嬢、預かっていただけますか?」


 案の定、常宿が決まってないと判断したエイデンさんは、マリアンヌに確認している。


「あ、はい! 畏まりました。慎んでお預かりいたします!!」


 話がついたと判断したエイデンさんはそのまま去り、マリアンヌはカウンターに突っ伏していた。


「お疲れ様、ちゃんと対応出来ていたわよ」


 自身も捌ききったベテラン受付嬢は、マリアンヌの肩をポンポンと叩き、私達に目礼すると、カウンターの奥に戻っていった。


「あら、ティナ、それにアリッサも。マリアンヌ、達成報告は済んでいるのかしら?」


「あ、はい、まだです! すみませんチーフ!! すぐに行います!!」


 入口から私服のアンナさんが入ってきてマリアンヌに声をかけたら、ピョンと小さく跳ねてからまた動き出した。


「あらマリアンヌ、落ち着きなさい。ティナ、アリッサ、イザベル様の護衛任務お疲れ様。キチンと護衛してくれて、ギルドとしても鼻が高いわ。カードを貸してもらえるかしら?」


 私服のままカウンターに入りつつそう言うアンナさんに、カードを渡した。


「あの、チーフ、今日は午後からじゃ…」


 当たり前の顔をして達成手続きをするアンナさんに、マリアンヌがおずおずと聞いている。そんなマリアンヌにアンナさんは、残りの自由の風さんたちの達成手続きをする様に促している。


「ティナ、アリッサ、冒険者ギルドのチーフ受付嬢の権限で、今回の依頼に達成ボーナスを付けます。これは予定外の魔物の討伐が入ったからよ。討伐証明となるドロップ品はないのかしら?」


「あ、はい、『百足の触覚』があります。ティナ、出して」


 そう言われて慌ててハンカチに包んだままの触覚を出した。素手で触覚を掴んだアンナさんは光にかざし、品質の確認をすると買い取りの有無を尋ねてくる。


「いらないのでお願いします。構いませんよね? アリッサさん」


「もちろん。これはほぼティナが倒した様なものだもの。好きにしていいわ」


「うふふ、ありがとう。百足の触覚は薬の材料になるから助かるわ。さ、報酬とカードを返却するわね。ポイントに少しイロをつけておいたから仕舞ってちょうだい」


「ありがとうございました。アリッサさんも今回はお世話になりました」


「いえいえ、ティナがいなかったら危なかったわ。私一人では毒百足の討伐は難しかったもの。また一緒に冒険しましょうね」


 自由の風さんたちの達成報告も終わったようで、みんな連れだって帰っていった。


「じゃ、私はこれで。また来ます」


「うん、記念品が届いたら連絡するね! ギルドの用事だから、お父さんが持ってる通信アイテム使わせてもらえるだろうし、今度は一緒にお茶しようね!」


 ん? 前回は、自由の風さんの通信アイテムだったよね? もしかして今回の護衛依頼って、マリアンヌの独断で私に声がかかったの?? いや、なら、アンナさんと会ったときになにか言われるだろうし……。


「うん、またね」


 釈然としないまま、ギルドを後にした。アンナさんは私たちの対応が終わり次第、マスター・クルバの執務室もある二階に上がってしまったから、疑問をぶつける事が出来なかった。







 ギルド後にして、町を歩く。今日は魔法のプレートメイルの値段のリサーチと、食料の一部買い足しをする予定。最近町での用事は私一人で済ますことが多いから、少し大変だったりしている。


 本当はジルさんも一緒に連れてきて、黒歴史(くびわ)の買い直しもしたいのだけれど、なんだかアレはあれで気に入ったみたいで、このままで良いって言われてるんだよね。


 ぶらぶらと武器防具を扱う店を流し見て、市場に行って食料を買い足す。そろそろ帰ろうかと考え始めた頃、それを見つけた。


「……あ、これがいいかも」


 屋根のある市場中央で室内履きを見つけた。革底、フカフカとした毛皮の中、アーチ部分には犬のアップリケがワンポイントでついている。


「おや、お目が高い!! これは迷宮都市国家連合で、最近作られた『すりっぱ』という室内履きです。踵がない分歩き辛くはなっておりますが、その分履きやすく軽いので、手軽にお使いになりたい方にオススメしております!!」


 売れなかったのか、強力にプッシュしてくる。前回作った室内履きは自作だったし、てか、すりっぱって…私以外にもここを選択した人がいたのか?


「おいくらですか?」


 犬のアップリケを見つめながら値段を確認したら、買えなくはないけれど安くもない金額を言われた。


「うーん……」


 確かに縫製はいいけれど、自分で作ればタダだしなぁ。


「……では、これくらいで」


『すりっぱ』をみて悩む私に商人は三割引の値段を提示した。


「また一気に安くなりましたね」


「この町に始めて持ってきた商品です。お試しも兼ねて、取引先様からお預かりしたものですから、売れれば御の字ですね」


 あー、お試しの試供品的な扱いなのね。なら、この値段でもまぁ、納得かな?


「なら、数足貰えますか? まとめ買いすればもう少し安くなりますよね?」


 その後、丁々発止とやり取りをして、さらに1割近くを値引きしてもらって、犬と猫とウサギとクマとネズミのデフォルメされたアップリケのついた『すりっぱ』を手に入れて帰った。デフォルメを見ても、確実に日本のカワイイ文化を感じる。これは確実に日本人がいるなぁ。





 誰もいないかなと思いながらも、一応声をかけて中にはいる。案の定リビングには誰もいなかった。ダビデが寝ている可能性も高いから、後は静かに部屋に戻った。そのままお風呂を楽しんで、のんびりと待つ。


 リビングで待っていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。


「おかえりー」


 扉が開くと同時に声をかける。


「あ、ティナお嬢様!! お帰りなさい、お戻りだったんですね!!」


 装備を整えたダビデが飛び込んできた。埃も被っていないし、怪我もない。


「あれ、ダビデ、寝てなかったの?」


「あぁ、大丈夫だ。仮眠はとった後に合流したからな。安心しろ」


 そう言いながら入ってくるジルさんの装備は、泥で汚れている。


「ジルさん?」


「怪我はない。少し穴に落ちただけだ」


 ジルさんが遅れをとる様な魔物なんて思い付かなくて、ダビデに説明を求めた。


「あの、オルさんが罠に気がついていたんですけど、アル様への警告を優先した為に、ジルさんがズポッとはまってしまって……。

 罠っていっても、自然に出来たもので攻撃性とかは皆無なんです!」


 私の眉間にシワが寄ったからか、最後は早口に言い訳された。いや、危険性皆無って言ってもね、これが何度か続くようなら困るし……。


 よし、さっそくコレの出番だ!


「ジルさん、これをどうぞ」


「ティナ、これは?」


 ジルさんは渡された物の用途がわからず、手の中で弄んでいる。


「コレは、私の故郷のツッコミ用三種の神器のひとつ『スリッパ』です。残りはハリセンとピコピコハンマーと言いますが、それは見つからなかったのでこれをどうぞ。

 使用法は、こんな風に平たい所を手で握って底面で叩きます。良い音がするんですよ? オルがあり得ないことをしたら、コレで存分に教育的ツッコミをしてください」


 ジルさんに渡した反対側のスリッパを手に持ち、素振りをしながら教えた。可愛い犬のアップリケが高速で揺れている。


「なるほど……」


 そう言うと獣相化したジルさんは、オルランドの後ろを取って全力でスリッパを振り抜いた。


 スッパッッッッン!!


 あり得ないほとよい音をたてて炸裂した衝撃で、オルが丸くなっている。


「ねぇダビデ、なんでジルさんは手加減なしなの?」


「オルさん、帰る間ずっと、穴に落ちたジルさんをバカにしてたから…」


「止めるように言ったのですが、自業自得ですね」


 こそこそと話していたら、アルまでもが呆れて自業自得と断じている。


「返す」


 一発殴ってスッキリしたのか、ジルさんはスリッパを返そうとしてきたけれど、受け取らずにもう片方も渡した。


「あ、コレ、本来は室内履きとして使う履き物です。こっちも渡しますから、使ってくださいね。みんなの分ありますよ」


 そう言った途端に、周りが微妙な顔になった。


「ティナ、悪辣娘の本領発揮か?」


「我々はその扱いに相応しいものです。慎んでお受けいたします」


「ハニー・バニー、せめて君の使い古しにしておくれ」


「はい?」


 何故、周りがそんな反応なのか、分かっていない私にダビデが抱きついてくる。


「ティナお嬢様、ボクの分の室内履きは要りません。ですから、せめて懲罰用にお使いになる物は、未使用品でお願いします! 足に履いて地面を歩いたもので頭を叩かれるなんて、いくら奴隷の身とはいえ、尊厳が傷つきます!!」


「スイートの故郷は、厳しいところだったんだな。今後は気を付けるよ」


 叩かれた箇所を撫でながら、オルもそう言う。あれ? お笑い番組で定番のスリッパツッコミはここ世界では不評ですか??


「そうなの? ごめんね。故郷ではけっこう普通に使われてたから……。うーん、なら本来の用途では使わないことにしましょうか?

 ジルさんが、アイアンクローで吊るすには身長差的に辛いかなと思って買ってきたんですけど…血みたくないし」


 最近ジルさんの身体能力は本当に上がって、うっかりすると血を見そうで警戒していたんだよね。だからどんなに攻撃力が高くしても、死なないだろうスリッパを使ってほしかったんだ。


「……わかった。アル、オルランド、次からはコレだからな?

 覚悟しておけ」


 手の中で片方のスリッパを弄びながら宣言した。その後、紐をつけて腰から下げられる様に改造された、ワンコスリッパ(片方)は常にジルさんの腰に装着されて揺れる事になる。





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