50.ひとり、ひとネタ披露です!
私が提案したよくある罰ゲームはこちらではなかった様で、ダビデを含めて全員に驚かれた。それでも、勝者の要求だからと、夕飯が終わった後に罰ゲーム大会が開始される事になった。あ、結局結論が出なくて、敗者はアルオルとジルさんってことになって話がついたんだよね。
「さて、始めるか」
食事が終わって、ソファーに移動した。ダビデ達が食器を片付けて戻ってきた所で、ジルさんが開始を宣言する。
「はーい。誰からやりますか?」
「なら俺からやろうかな? キティ、歌か踊りか思い出話か、恋ばなだったかい?」
「そうですよ。ひとりひとネタ披露です!」
秘密の共有は仲良くなるのに有効な手段だからね。体育会系の鉄板だよね。まぁ、私は昔から文化系だけどさ。
「んー、どれでもいいが、なら恋ばなにしておこうか。だが少しキティには刺激が強いかも知れないな」
ニヤリと笑いながらウインクをしてくるオルランドを軽くにらむ。子供だと思って失礼な。これでも、下ネタも使いこなすオバチャンだったんだぞ。青少年の恋ばな位で動揺するもんか。
「出会いは、雨の日だったよ。俺はアル様の使いで町を歩いていたんだ……」
思い出す為にか遠い目をして語りだすオルランドの方に身を乗り出す。うわ、本気で気になる。女と見れば口説き文句を量産するオルがどんな恋愛してきたんだろう。
………聞いて後悔しました。
そして今、私の顔は真っ赤だろう。オルの話はかなりきわどい所までいって、ジルさんがとっさに殴って止めなければ何処まで赤裸々な告白になっていたか分からない。
「痛いな。恋ばなと言われたから話したんじゃないか」
「恋ばなは寝台の上の行動を詳細に話すことではない!! 子供の前で破廉恥な!」
殴られた箇所を撫でつつ、不満そうに言うオルランドをジルさんが叱っている。
「大人の恋は、肉体から始まるものもあるさ。キティ、実践で経験を積みたくなったら、いつでも声をかけてくれ。それなりに場数もこなしているから、楽しんでもらえると思うよ?」
「お ま え は、懲りると言う事を知らんのかっ?!」
とうとうジルさんがキレて、オルの頭を鷲掴みにして叱りつける。それでも隷従の首輪を使わないから、配慮はしているのだろう。
「あははは!!」
ジルさんのアイアンクローを喰らって悶えるオルを指差して笑う。私と同じく真っ赤になっていたアルも復活したようで、オルを嗜めつつも笑っている。
もしこの話をした目的が場を和ませる為なら、オルランドを凄いと言わざるおえない。
「さ、ジルさん、それぐらいにしてください。オルはこれ以上話すと、私達にダメージきそうだから、次に進みましょう。アルとジルさん、どっちが先にやりますか?」
「ああ、俺が話す。だが、オルランド程インパクトのある話はないぞ?」
「いえいえ、ジルさんの恋ばなを聞けるだけで十分です♪」
わざと恋ばな限定で話を進めたら、ジルさんの耳がへたった。
「すまんが恋ばなはないな。
祖国には婚約者はいたが、幼馴染だったしな。浮わついた話などなく、気が付いたら決まっていた感じだ。しかも、俺は捕らわれてこうなったからな。あいつも、もう他の誰かと婚儀を済ませているさ。
……かといって、歌や踊りが出来るわけじゃない。子供の頃の思い出話でも構わないか?」
何処か寂しげにそう言うと、私の返事を待っている。
「もちろんですよ。ジルさんの子供の頃、可愛かったんでしょうね」
「可愛いかどうかは知らないが、昔から足は早かったな。父も赤鱗騎士団に所属していたから、くっついてよく騎士団に出入りしていた。
赤鱗騎士団は、俗世の騎士団ではなく神に使える騎士達の集まりだ。我ら獣人を滅亡の危機より救って下された神子姫様を祭っている」
「神子姫?」
しんみりと話すジルさんに合いの手を入れる。アルオルやダビデも興味深そうに聞いていた。
「古い昔、我々獣人の住む地で『大進行』が起きた。大進行は獣人の地を飲み込む勢いで進み、ついには母なる森に迫った。
大進行の勢いを危惧した大陸の国々は、こぞって兵を出し戦ったが力及ばず、人間の軍の壊走をきっかけに敗退した。
殺され、生き残った数少ない獣人も奴隷として生きるしかないと覚悟を決めたその時、天の神は慈悲を下された。
神より使わされし御使いは強力な魔法を操り、慈悲深くも種族、身分を問わず、全ての負傷者達を癒した。その輝ける姿は、神殿には必ずあるレリーフでもある。
……どうした? 顔色が悪いぞ」
「いえ、なんでもないですよ。でもそれがどう、思い出話に繋がるんですか?」
ジルさんが話す『大進行』に心当たりがあり過ぎる。背中に冷たい汗が流れる。えーっと、何、そんな歴史になってる訳? 気のせいよね、悪い夢だよね?
「あぁ、前置きが長くなったな。すまない。
その御使いを噛んだ愚か者がいたんだ。それは若い狼だった。ただ慈悲深い神子姫は、己を噛んだ愚かな狼を許し、破邪の効果がある神具を与え、魔物と戦うようにと命じられた。その時、一瞬だけ神子の匂いを感じたらしい。その匂いは代々、その狼の子孫達に受け継がれ、いつか神子姫様が再臨されたときにすぐ分かるようにしているんだ。
父親からその話を聞いた俺は、その神具をどうしても見たくなってな。安置されている神殿の中に忍び込んだんだ。傍系である俺は、一生神具を近くで見ることは出来ないからな」
「忍び込んだっ?! ジル、赤鱗騎士団の鉄の結束と、鋼の規律は我が国まで鳴り響いています。よく命がありましたね」
「あぁ、無論すぐ捕まって仕置きを受けた。幼かったから、逆さ吊りでしばらく放置された程度だったがな。
俺は傍系とは言え、愚かな狼の血統だ。騎士団の訓練を受け、騎士になることを条件にその程度で済んだんだ。
今思えば、よくもまぁ、命があったと思う。若気の至りと言うやつでな。騎士団の連中からはよくからかわれたよ」
ジルさんとアルが話しているのを良いことに、私の頭はフリーズしている。
これ、確実にあれだよね。ハロさんの所で訓練を受けている間にあった緊急ミッションだよね。うわ、しかも匂いが代々引き継がれるって、なんの羞恥プレイよ。もふもふ好きなのに、絶対獣人の国に行けなくなったじゃないか!!
……いや、待て。匂いなんて、前世の身体と今じゃ違うから、気が付かれないか? 現にジルさんも気がついてない。
でも、国単位の盛大な誤解を解くにはどうしたら良い? 別に私は、オオカミ少年の事怒ったりしてないから! ただのノリだから!! あんなことするんじゃなかった。
そもそも、神様の使いじゃないし! 死人だし!
「……ィナ、ティナ!! どうした? なぜ一人で百面相している?」
無言でシャウトしていたら、気が付いた時には全員に見詰められていた。
「なんでもないです。本当に、なんでもないです。ジルさんが殺されなくて良かったです、はい」
歴史の登場人物になってることを知った衝撃で、片言でしか話せない。マジかー、マジでか。なんだってこんなことに。
「さて、では私で最後ですね。恋ばな、思い出話ときましたから、私は歌でも披露しましょうか。貴族の嗜みのして、最低限ですが歌えますから」
衝撃からまだ立ち直っていない私を気遣いながら、アルは歌い始めた。楽器も何もないからアカペラだったけれど、艶やかなテノールが戦地に行った恋人を待つ女性の歌を歌い上げた。
いや、冗談抜きに格好いい。見た目少女マンガの王子様だし、歌うのが切ない女心とか、なにこの凶悪コンボ。私がおぼこい小娘なら確実に惚れてたぞ。
歌い終わって拍手したあと、コソッとオルランドに聞く。
「ねぇ、オル。アルってモテたでしょ」
「おや、キティ、アル様に惚れたのかい? 確かに大変モテていらしたが、若くして聖騎士になるほど自分を高める事に必死だったから、アル様は気が付かれてないはずだよ」
「あー……、分かる気はする。なんか、相手の感情とか頓着しなさそうだもんね」
「ティナ様?」
こそこそと話していたら、アルが声をかけてきた。気にしないでと笑って誤魔化す。
そのままその日は解散となって、次の日からも石化ダンジョンでコカトリスを狩る事になった。目標は卵100個だ。
*********
卵を求めて連日コカトリス狩りを続ける私達に連絡が入ったのは、ダンジョンの自動ポップで次の日にはまた湧くとは言え、少し鳥さんが可哀想になってきた、ある日の事だった。
それまでに何度か町に行き、ポーションを卸し、食料の補充をしていたけれど、結局アルオルは一度も町に連れていってはいない。
今は寒さが一番厳しい頃だそうで、これさえ乗り切ればまた暖かくなると、町の露店商たちは話していた。
ここ最近は、すっかり連携にも馴れて、レベルが上がったこともあり危なげなくダンジョンを攻略していた。
『……ピピピピピピ!」
珍しく自由の風さんに渡した通信機が鳴る。それに出ると、マリアンヌが相手だった。
「こんにちは! ティナ、今大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの? 珍しいねぇ」
のんびりダンジョンを歩きながら話す。すっかり何処にどんな魔物がいるか覚えてしまったから、ほぼ作業だ。流石に卵の為とはいえ飽きてきた。それはジルさん達も同じようで、近々移動しようかと話し合っていた。
「ティナに指名依頼が入ったの。そのお知らせ。詳しいことはギルドで話したいから、明日にでも来てくれないかな?」
「はーい。分かったよ。明日で良いのね? 私ひとりで大丈夫?」
「うん、女の子限定の依頼だから、ひとりで大丈夫だよー! 必ず来てね!!」
そう元気にいうと、通信は切れた。しかし、女の子限定の指名依頼ってこれいかに。なんか変な依頼じゃないといいなぁ。
翌日、心配するジルさん達を宥めて、ひとりで町に向かう。私が留守の間も、鳥を狩ると言うから、留守番組には大量のポーションを渡してきた。
完全に顔パスになった門を抜け、ギルドに直行する。受付にはお久しぶりのアンナさんと、マリアンヌが待っていた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。
ティナ、呼び出してごめんなさい。期日がある依頼だから、どうしても早く伝えたかったの」
ブースへ誘導されながら、アンナさんに謝罪された。
「期日?」
「ええ、マリアンヌは何処まで話したのかしら?」
「私に女の子限定の指名依頼が入ったとだけですね」
あ、ため息ついた。頭を抱えたまま、席につくように促される。
「それでよく来てくれたわね。本当にありがとう。
依頼主は領主令嬢、イザベル様。内容は、凍らずの湧水採集の護衛。出発は4日後の夜明け前。目的地は森の中よ」
「領主令嬢?」
なんだってそんな大物が私を指名するんだか。
疑問に思ってアンナさんに尋ねれば、真冬の一番寒い日に、乙女が聖なる泉から朝日と共に汲んできた水を、神殿に奉納するとその年は豊作になると言われているそうで、この町の毎年恒例の行事らしい。
ただ、それに同行できるのは穢れなき乙女のみと定められているそうで、普段の護衛は使えない。そんな訳で毎年、未婚の少女冒険者に依頼がくるらしい。……未婚であれば良いそうで、自由の風さんのアリッサさんにも話がいっているそうだ。
勿論、領主令嬢が魔物がいる外を歩くことになるため、万一にもかすり傷ひとつ負わせることはできない。だから少女冒険者のみと言う縛りがあっても、護衛はしっかりとつけなくてはならない為、毎年胃が痛くなる依頼なんだそうだ。
ただ、今年はラッキーな事に、規格外非常識娘こと、私がいた。道中は、冒険者や領主お抱えの兵士達が魔物の掃除もしておくと言われて、どうしても護衛して欲しいと懇願される。
「別に良いですけど、私、護衛なんてしたことないですよ?」
護衛のルールなんて知らないし、ドリルちゃんにどう接したら良いのかなんて、もっと分からない。
「大丈夫よ、その辺りは慣れているアリッサに任せてちょうだい。ティナは万一魔物と遭遇した場合、きっちりしっかり、手加減なく瞬殺してくれればいいのよ」
そんな身も蓋もないことを言われて、承諾させられた。
その日はとりあえず隠れ家に戻って、護衛依頼を受けた事を伝える。
「ああ、アレか。前日までの魔物狩りの掃除も良い金になるらしいな。前の主人が受けていた」
内容を話すとジルさんは知っていた様で、納得している。アルオルは全国各地で似たようなイベントが行われると教えてくれた。
「お嬢様、朝が早いのでしたら、お弁当作りますね。お一人分でよろしいですか? 一応、皆様の分も作ります。お持ちになってください」
ダビデは夜明け前に出発する私に、わざわざ手弁当を準備してくれるようだ。
「ありがとう。マジックバックに入れていくから、冷めても良いものでお願いね。朝も早いし、起こさないように出るから、前日の夜に作ってくれる?」
「そんな、ちゃんと作りたてをご準備します! 早起きは得意ですから、ご心配なく」
毛を逆立てて否定されてしまった。いや、夜に作って貰って時間経過のないアイテムボックスに入れておけば大丈夫だから、寝てて良いのに。
ダンジョンで鳥を狩っていたら、瞬く間に護衛依頼の日になった。まだ暗い内から起き出して、準備を整える。今日も留守番組はダンジョンで鳥を狩っておくと話していたから、リビングにポーションを置いていく予定だ。
「おはようございます。ティナお嬢様」
みんなを起こさないように、気配を消して廊下を歩き、出来る限り静かに扉を開けたら、そこには全員がいた。
「おはようございます、なんで皆起きてるの? まだ早いよ?」
「おはようございます、お弁当準備しましたから、後で食べてください」
尻尾を振りながら、袋に入れられた10人前くらいはありそうな巨大弁当を渡される。
「おはよう、ティナ。主人が仕事に行くのに、見送らない奴隷がいるか。まったく、慈悲深いにもほどがあるぞ」
「え、いや、寝ててください。ダビデは私が出たら寝直すんだよ? こんなに沢山作ったってことは、昨日あんまり寝てないよね??」
しっかりと装備を整えた同居人達に当惑する。いや、他の人が働いてるのに、寝てられないって分からなくもないけど、気にしなくて良いから!
「大丈夫です! ボクもジルさん達と一緒に、お嬢様がお望みの卵を集めます……ふぁ」
ほら、欠伸してるし!
寝不足の注意力散漫なまま、慣れきってるとは言え危険なダンジョンに行かせられません!
「ダメ。ダビデはちゃんと寝ること。もしダビデが皆働いてるのに、自分だけが寝るのが嫌だっていうならジルさん達も今日はお休みにします!」
流石にそこまできっぱりと言うと、ダビデも諦めたらしく、自室で休む事を約束してくれた。
ジルさん達には、絶対に無理はしないように念押しをして、ポーションともしもの時の為の通信機を渡して出発する。
話してたせいで少し遅くなっちゃったから、急がないと!!
何とか約束の時間前に、城門についた。既にアリッサさんは城門の前にいて、ドリルちゃんの到着を待っている。
「おはよう、ティナ」
「おはようございます、アリッサさん。遅くなってごめんなさい」
「大丈夫よ、まだ約束の時間前だわ。
それよりもこの後だけれど、イザベラ様が神殿の祝福を受けて、城門を出る。そこからは、私達しか近い位置での護衛はいないの。もしもの時には身を呈して守らなくてはならない。
まぁ、見えない位置には、騎士団や冒険者達が囲んでいるから、大丈夫だとは思うけれどもしもの時は頑張りましょうね。
そう言えばティナ、馬には乗れるの?」
「馬?」
「ええ、移動には馬を使うわ。私のはあそこよ。隣に繋がれているのが、ティナに貸し出された馬。乗れないなら二人乗りになるわね」
指差された場所を見れば、確かに馬が二頭繋がれている。勿論馬になんか初めて乗るけれど、初級騎乗のスキルもあるし、歩かせるだけなら何とかなるだろう。最悪、高速飛行で飛んでいけばいい。
問題ないと頷く私に、アリッサさんはほっとしたようだ。
二人で他愛ない話をしながら、ドリルちゃんの登場を待つ。
「……来るわよ」
そのアリッサさんの声を合図にするように、日の出前にも関わらず城門が開いた。
ずらりと完全武装の兵士が前後を固める中、毛皮のマントに身を包んだイザベル嬢と、フードを被ったままのパトリシア君が騎乗していた。イザベラ嬢は今日も立派なドリルです。
「行きましょう」
私達に視線を送ると、イザベル嬢は足を止めることなく馬をかり歩き出す。
前にアリッサさん、パトリシア君とイザベル嬢が並び、最後に私の隊列になる。まだ暗いから、魔法の明かりを複数前後左右、それと先行していくつか飛ばした。
私がかなり無頓着に魔法を使う事に、二人は驚いたようだったけれど、これでも手加減してるんだよ。本気になれば、この草原全部照らすことだって出来る。無駄だからやらんけど。
雪が積もっていた草原は、イザベル嬢が歩く場所だけ除雪済みだ。これは昨日、ギルドの未成年冒険者達が頑張った結果だったりする。
しばらく馬を歩かせ、森の入り口につく。確かにマップで確認する限り、付かず離れず兵士達が追ってきている。
「森に入りましょう」
アリッサさんが促し、イザベル嬢が進むけど、ちょっと待って! 今まで話す気配なくて、突っ込んでいいか分からなかったけれど、パトリシアちゃんって男だよね? パトリック君だよね?
「あの、良いんですか?」
とりあえず直接表現は避けて問いかけた。
「…なんの事かしら? ここには女の子しか居なくてよ??」
不愉快そうに羽扇を揺らしながら、ドリルちゃんが話す。まぁ、本人が良いんならいいんですけどね。
「ティナ、ジョンさんから聞いて知っているのは分かっています。私の事は、公然の秘密ですから、心配は無用ですよ」
儚げに微笑みつつも目が笑っていない笑顔で、パトリシア君にも咎められた。
「ごめんなさい。行きましょう」
謝罪する私に羽扇を振りながら、ドリルちゃんは歩き出した。
しばらく歩いて、周りに聞こえないと判断したのだろう、イザベラ嬢が話しかけてきた。先行するアリッサさんにはパトリシア君が話しかけて気を引いている。
「ティナでしたかしら?ここからは私の一人言ですわ。良いですわね」
よく分からない言い訳をしてから羽扇で口許を隠しつつ、続けた。
「…何処の何方の慈悲かは存じませんが、私の領民を助けるために回復薬を大量に下さった方が居りましたの。
表だって感謝を伝えることも出来ませんが、大変ありがたく思っておりますのよ?
せめてものお礼に何かをと考えても、領主ですらなき令嬢の身。己で自由に出来る財などなきに等しいのです。
ですからせめて、今後、私の護衛を依頼する時には、その方に依頼することに致しました。私は町を視察するにしても、とても楽な護衛対象者でしてよ? それに私の覚えが目出度いとなれば、周囲の住人達の対応も変わりましょう」
それだけ言うと、イザベル嬢はさっさとパトリシア君に合流して行った。確かに、イザベル嬢の護衛は、割りのいい仕事かもしれない。イザベル嬢としては、目立つ事をせずに、私に報酬を与える唯一の方法なのかもしれない。
でも、正直、非常に迷惑です!!!
だって、領主令嬢よ?! 万一があったらどうするのさ。それに毎回私が護衛についていたら、ドリルちゃんを狙う人がいたら、最初に私を排除しろってことにならないか?
ハイリスク・ローリターンだろう、確実に!!
なんと言ってお断りしようかと思っていたら、泉についたらしい。水晶で作られた容器を取り出して、準備を整え出した。
「少し早かったようですね」
「ええ、でも間に合わないよりはいいわ」
確認するアリッサさんに答えるイザベル嬢が寒そうに肩を震わせた。いつもは快適な室内にしかいないのだろうから、毛皮を着ていてもそりゃ寒いよね。
パトリシア君が火を起こすというので、マジックバックから薪を取り出して、魔法で火をつけた。ついでにダビデが作ってくれたお弁当も取り出す。まだほんのり温かい。
「お茶も沸かしますから、朝食にしませんか? お嫌でなかったら、軽食を持って参りました。何かお腹にいれた方が温まりますよ」
布敷き、カップを取り出しつつ、イザベル嬢達に話しかけた。地面に直接座ったことがないと言うイザベル嬢の為に、町で買い物をするときに使っている木箱を逆さにしてその上に毛布を掛ける。
近くに馬を繋いできたアリッサさんは立ったまま警戒を続けると言ったけれど、最後にはイザベル嬢が命令を出して、席に着かせた。
マップで見る限り近くに魔物はいないし大丈夫だろう。
わざと一番始めにお茶に口をつけて毒が入っていないことをアピールする。それでもパトリシア君は一口飲んでから、イザベル嬢に飲み物を渡していた。
「あら、美味しそう」
ダビデが作ったお弁当を見て、イザベル嬢は感嘆の声を上げる。
基本的にイザベラ嬢が食べるものはパトリシア君が取り分け、毒味をしてから渡していた。まぁ、貴族なら仕方ないかと思いつつも、ダビデが毒なんか盛るはずがないだろうと、ちょっとだけムッとしたのは内緒だ。




