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48.親子喧嘩は周りが困る

 まだ大半の店が閉まったままの大通りを歩く。日陰に残った雪を近所総出で片付けている声が、横道のあちこちから聞こえていた。


 なんだか妙に視線を感じるなぁ。自意識過剰かしら?


 道行く人から見られている気がして、小首を傾げる。前世なら社会の窓が開いてないか、クリーニングのタグがついてないかとかを確認するんだけど、この服には両方ないし……。


 もしかして゛悪辣な娘さん"だと、バレてるのかな?


 荷車を押す一家の子供達に振り返って見られて、ようやくその可能性に気がついた。完璧な変装だと思ったのに…。これなら、魔法で幻影でも纏った方がよかったかしら?


「ようこそ、冒険者ギルドへ。

 ご依頼ですか? 外は寒かったでしょう。どうぞこちらへ」


 いつものようにギルドの扉をくぐったら、以前一度だけ対応して貰った受付嬢がいた。流石に私には気がつかないようで、普通に対応してくれる。いつもはすぐにアンナさんかマリアンヌが出てきて、即ブースへGOだから案外新鮮。ただ何となく顔に疲れが出てるのが気になる。


「こんにちは。依頼ではないんですけど、マリアンヌちゃんかアンナさんはいませんか?」


 ただし、いつもの担当さんの方が話が早い。しかもさっきリックさんに私が原因の親子喧嘩をどうにかしろとか言われたし…。誰だか知らないけれど、他人を出汁に勝手に喧嘩するのは止めて欲しい。


「え、失礼ですけど、どのような?」


 本気で分かっていない受付嬢に名前を名乗ったら、問答無用で手を取られて、クルバさんの執務室まで連れていかれた。


「マスター・クルバ、失礼いたします! ご来客です!」


 中からの返事も待たずに勝手に扉を開けると、室内に押し込まれる。入る瞬間に、「お願い、何とかしてね」と自分は決して中に入ろうとしない受付嬢にエールを贈られる。


 ー……なんなんだ、一体全体。


「誰だ? ここに人は入れるなと…?」


 いつもよりも感情を露にしたクルバさんの声に、執務室の中を見回すと、正面にクルバさん、そして私からは背中しか見えないけれど、マリアンヌだと思われる人が向かい側に立っている。


「お取り込み中、申し訳ありません。アンナさんかマリアンヌちゃんがいないかと窓口に問い合わせたら、ここに連れてこられました。…何事ですか?」


 振り向いたマリアンヌの瞳は泣いた名残なのか瞳が真っ赤でついつい質問の声が鋭くなる。これが家庭の事情なら口を挟まないけれど、私をダシにしてるなら、少しくらいは口を挟んでも許されるさ。


「……その声、ティナ? その格好?」


 驚いて確認してくるマリアンヌに頷く。


「馬子にも衣装か。誰だか分からなかったぞ。何事だ? 問題でも出たか?」


「似合わなくてすみませんね。一昨日の今日だから、雰囲気を変えるために変装です。新入り二人の、執行局にとられた防具が返却して貰えるのかの確認と、返却不能なら新しく買おうかと思いまして町に来ました。私一人です。

 そしたら、町の入口でリックさんに会いまして、ギルドに顔を出せと言われました。…それで、何事ですか?」


 言外に、なんで親子喧嘩しているのかと聞く。マリアンヌは気が付かなくても、マスター・クルバなら私が周りに何かを言われて、ここに放り込まれたくらいはすぐに察しがつくだろう。


「……余計な事を」


 現に小さな声で毒づいている。マリアンヌは私まで歩いてくると、手を取りマスター・クルバの方を向く。


「お父さん! ティナも来たことだし、ちょうど良いよ!!

 ねぇ、今回、ティナが供出したポーションの代金や、ティナがこのデュシスの町の為に動いた色んな事に対しての報酬を払って!! いつもお父さんは言ってるよね? 依頼には報酬を、危険には正当な評価をって!! なのになんで、今回はティナから取るばっかりなの?!」


 地団駄でも踏みそうな仕草でマリアンヌは、マスター・クルバに詰め寄っている。


 えーっと、このコは何を言ってるんだ?? もしかして親子喧嘩ってこれの事?


 説明を求めて、マスター・クルバに視線を送る。そこで肩を竦められると、わからないから!!


「ティナ、お前は報酬を望むのか?」


「意味がわかりません。一体何に対する報酬ですか? 私、報酬発生するような事しましたっけ?」


「ティナ!! 公爵派炙り出しの為の囮に、高位回復薬の無料提供!! それに、公爵派から身を守るために、ギルドへ依頼を出して、その報酬も自腹で払ってるでしょ! それ、必要経費よ!」


「えーっと、マスター・クルバ、もしかして、内情知ってるギルドの人達ってマリアンヌちゃん寄りの考えしてますか?」


 もしかしてと思ってクルバさんに話しかけたら、重々しく頷かれた。大変ご迷惑お掛けしてます。


「あーっと、マリアンヌちゃん、少しいいかな?

 まず、私は報酬が発生するような事はした覚えないよ。それよりも、ギルドに支払った報酬があれで足りたか心配なレベル」


「何で!?」


「うーん、何と言ったものか……。端的に言うと、ギルドは非営利活動法人でも、慈善団体でも、ボランティアでも、正義の味方でも、救済機関でもないから、かなぁ?」


「ひえ……? ボラ……??」


 あ、その顔は納得してない。少し詳しく説明しなきゃ駄目?


「まず、囮の件だけど、それに関しては私が協力したって実績が欲しかったの。私は公爵派じゃないよ、ギルドに従う者だよって周りに宣伝する為にね。身の安全を買ったって事。

 次にギルドに依頼を出した件だけど、それは自腹で当たり前だよね? 無関係の冒険者の皆さんに、私のお願いを聞いてもらったんだから、お礼をするのは当然。

 ゴメン、忘れるところだった! アルオルの私服、ありがとうございました。凄く素敵な服ばっかりで、予算内に収まったのか心配になりました。足りなければ追加で払います」


 しばらく会っていなかったから、直接お礼を言う機会が中々無くて遅くなったけれど、ようやくお礼が言えたわ。


「うん、大丈夫、安くて品質の良いお店とかも知ってるから……って、誤魔化されないよ!! ティナ、なら、ポーション代金はどうして!? それはティナが負担するべきモノじゃないよね?」


「ん……、少し長くなるよ?

 今回のポーション代金、だと話がややこしくなるか。

 ……執行局にヒドイ目に合わされた町の人達を助ける義務を負うのは誰なんだろうね?

 まずは、ヒドイ目に合わされた本人の自助努力。次に家族とかの身内の協力、近所の人達の助けって言うのもあるかもしれない。

 でも今回は、ポーションが高騰しているのもあって、そう言った自助努力では限界があるし、治る事が出来ない人も出る。

 そんな時は、本来は、領主とかのこの地を治めている人が助ける事が多いよね。その為に、住人は税を収めたり、徴兵に応じたりして義務を果たしているんだから。何て言うんだっけ? 高貴なる者の義務? とか言うやつ。ここまではいいかな?」


 いきなり語り出した私に、マリアンヌは目を白黒させていた。マスター・クルバの表情は読めない。


「ただし今回の加害者はこの国お抱えの、断罪機構『執行局』。いち領主、しかもその代行でしかない、ド…、領主令嬢イザベル様が疑いの晴れていない、晴れたとしても、国の非を勝手に認める様に、被害者の人達を救済したらどうなると思う?

 上手く行っても、国の中枢で、ここの領主の評価は地に落ち、下手をすれば反逆の恐れありって事で一族ごと廃される可能性だってある。

 だってそうだよね? 国としては、執行局の行動にお墨付きを与えてるんだもの。その執行局がやったことに、異を唱えるなんて公然と王の顔に泥を塗るのと一緒だよ」


 呆然と私を見ているのは、何でだろう? これくらい、この世界の人なら当たり前に思い付くと思うんだけど。


「なら、冒険者ギルドは? 確かに冒険者ギルドなら、金銭も材料も職人も揃えられると思う。

 ただ、冒険者ギルドが住人を助けたら、それは内政干渉だよ。ギルドは半分は国の外にいる機関。何かあっても簡単には国に助けを求められないし、国家も助ける義務を負わない。それがギルドの独立性でしょ?

 逆に言えば、ギルドが自主的に助ける術もないんだと思う。下手に慈悲を振り撒けば、ギルドが国に対して影響を及ぼしていると思われて脅威と判定される。それが武力を持った集団なら尚更だよね。下手したら戦争だ」


「そんな、でも、ならなんでティナは…」


「私は、元公爵とその従者を買った所有者だからだよ。

 ゛悪辣な娘さん"なら、ポーションを作る技能があり、独立性を保つギルドの準構成員。更には、アルオルを即金で買う財力があり、執行局も認めた資質の持ち主だ。

 私が自分の保身の為に、ギルドと領主サイドを巻き込んで、アルオルに恨みを持ったであろう住人達をこっそり元気にしている、なら、まぁ、何とか言い訳になると思ったんだ。

 ……結論は私の自己満足、偽善の為に、ギルドを巻き込んだんだよ。だから迷惑料を払うことはあっても、報酬を受け取ることは出来ない」


 正直あのとき、地元の冒険者達が乗り込んでこなければ、スルーしてただろうし。


 やらぬ善より、やる偽善。

 世の中全てを変えることなんか出来ないけど、目に入って、自分の能力で何とかなるなら、協力はするさ。何より、うちの同居人が原因の一端だし。


「ティナ、お前はその考え方を誰に教えられた?」


 静かに私の主張を聞いていたクルバさんが、ギルドマスターの仮面を外して問いかける。


「誰って、父?」


 話終わって気が抜けて、ポロッと前世の父親の事を言ってしまった。慌てる私を見ながら、クルバさんは考え込んでいる。


「フェーヤが……、いや、マリアンヌ、まだティナに報酬を払えと言うか?」


「お父さん…。でも、例えそうでも、ギルドが町の人達に感謝されて、利益を受けたんなら、それに対しての対価は払うべきだと思うよ。それがギルドの良心だって私は教えられたもん」


「……ティナに対する対価は、折を見て考える。今は時期が悪い。構わないな? ティナ」


「勿論です。忘れて頂いても構いませんよ」







 マリアンヌを落ち着かせて、下に戻るようにクルバさんが告げると、ようやく執務室はいつもの静寂に包まれた。


「ティナ、そこに座れ」


 応接セットを指差されて、言われるがまま座った。さてとようやく話せるよ。


「さっきは助かった。自宅でもここでも娘に問い詰められていてな。迷惑をかけた。後のギルド員への通達はこちらでやれる」


「いえいえ、マスター・クルバも娘さんには弱いんですね。意外でした」


「ふん、妻がなかなか相手を出来ない分、躾がいき届かないだけだ」


 あら、照れてる。何処の父親も娘は可愛いらしい。


「……、さて、ではアルオルの防具の件だが、執行局が撤退の際に、捕らえた公爵派の武器防具は、こちらのものだと置いていった。混ざったとしたらそれだろう。

 地下の倉庫に置いてある。確認して持っていけ。それともし必要だと思う武器等があったら、それも持って帰ってくれて構わない。とりあえずのギルドからの謝意だ。ティナが要らない物に関しては、中古で売り払う事になる。代金は手数料を差し引かせて貰うが、今回の公爵派捕縛に関わった冒険者で折半だ。

 ……遠慮は無用。なんなら全部持っていけ」


 言外にアイテムボックスの事を言ってるんだろう。それに入れれば、確かに全部持ち帰ることも出来るだろう。


「それだとギルドが困りませんか? 何らかの報酬変わりでしょう?」


「ポーションを配っていることに感づかれた。古い住人達に関しては、領主館からの慈悲、それ以外の者達については、ギルドで縁のある者を通して、内々に渡していた。隠し通せるとは思っていなかったから問題はないな。

 この町を出立する時に、無償では辛いだろうと言って、執行局副長官に押し付けられた」


「大丈夫ですか?」


「問題ない。それよりも、新入り達はどうしている。もう落ち着いたのか? もし手に負えないようならギルドを通して何処かに手放せる様に助勢はするぞ?」


 私の表情を読もうとして鋭い視線を寄越しつつ、クルバさんは尋ねた。


「大丈夫ですよ。ジルさんや、ダビデとも話し合った様で、アルオルは最下層の奴隷として扱うという事で落ち着いたみたいです。今のところ、毒も盛られてないですし、何とか上手くやります」


「ならいいが…、そうだ、ティナ。もう聞いたかも知れないが、領主館から罪人の谷での魔物の討伐依頼が入った。処刑された諸々はそのついでに運搬される。

 それが終われば、町も落ち着くだろう。また普通通りの生活で構わない。

 運搬は明日だ。本来、新人は全員強制参加のイベントだが、お前に関しては、免除する。そもそも人の形をした魔物や、盗賊なんぞの討伐に躊躇しないようにするためのイベントだからな。お前なら不要だろう」


 免除は正直ありがたいけど、私は人間型のモンスターなんて殺せないよ? 無力化が精々です。


 曖昧に頷いて、マスター・クルバの執務室を後にする。今はアンナさんが留守にしている様で、普段は内勤だというおじさんが地下倉庫に案内してくれた。


 倉庫の片隅に、山と置いてある雑多な物を見て目眩がする。こんなことなら、男手も借りてくるんだった。


 帰りは適当に帰ってくれと言われて、倉庫に一人になる。早々に諦めて鑑定を常時発動させた。


 コレは違う、こっちも違う。

 ぽいぽいと投げながら山を崩していく。アルオルの防具は何処にいったんだ。


「あ、これ…確かオルランドが投げ渡されていた、鎖鎌だ。…持っていこう。こっちは、この中ではかなり品質の良い剣だね。アル用に貰っちゃおう。

 ……あぁ、もう、本命の防具が見つかんない。サイズあるから、出来たら鍛治屋のおじいちゃんの所で買ったやつを回収したいのに。 何処よ! まったく!! 面倒臭い!!」


 ぶつぶつと毒づきながら、それでも手を止めずに山を漁る。


「ん? なんだ、コレは」


 雑多な色の糸で編まれた、触り心地の悪い組み紐をつまみ上げる。武器、防具、あとは簡単なアイテムが主なのに、これだけは異質な存在感を放っていた。


 想いの組み紐:死を覚悟した歴史の闇に生きる者達が、各人の髪を引き抜き、寄り集め、編み上げた覚悟の証。髪にはまだ魔力が残り、無念の想いが染み付いている。呪いの触媒として有効。


 げっ!!


 つい、勢いで投げ捨てた。

 必死に指を振り、触った感触を忘れようとする。

 しばらくして、精神的に落ち着きを取り戻し、床に転がる組み紐を見つめる。


 ー……アルオルにとっては、遺品になるか。 流石に遺体を回収したりするのは、無理だから、せめてこれだけでも持って帰ろうか。でも、呪いの触媒……。


 もう少しマトモな遺品がないか、今度はゆっくり丁寧に探す。


 名前のない量産品の武器防具がほとんどの中で、ようやく『ヤハフェの懐刀』と表示になる、守り刀を見付けた。よくもまぁ、執行局に接収されずにここにあったもんだ。


 その近くにアルオルが着ていた防具を見付けて、アイテムボックスに入れる。悩んだ末に、ハンカチに包んで組み紐もアイテムボックスに入れた。守り刀だけはわざとスカートに挟んで外に出た。


 忙しくなっていた受付で表面上は元気に働くマリアンヌを見付けて手を振り、帰宅を告げる。


 帰りがけ、何とか開いていた屋台で買い食い用の串焼きを買ったり、根性のある小物入れ用の袋を扱うお店でデザイン違いの袋を選んだりして時間を潰した。最後に意を決して、とある道具屋に入る。私みたいな若い村娘風の子供が来るのは稀らしく、注目を集めたが何とか目的の物を買い、逃げるように町を後にした。


 町を出て、いつものように丘の陰で移転魔法で隠れ家に帰る。一応用心に、つけられていないことを確認するために、隠れ家に直接移転はせずに、数ヵ所を経由した。



「ただいまー! 帰ったよ!!」


 入口の扉を開けて中に声をかける。

 リビングの扉を開けようと思ったら、中から勝手に開いた。


「お帰りなさいませ」


 扉を開けて押さえてくれているアルが、静かに頭を下げている。


「ティナお嬢様! お帰りなさい! 町はどうでしたか?!」


 ダビデが抱きついてきながら、私の匂いを嗅いでいる。オルランドは少し離れた所に立ちこちらを見ている。


「うん、変わりなかったよ。屋台も少しは営業を始めたみたい。

 もうすぐ元通りになるから、安心するようにって冒険者ギルドでも言われてきたよ!」


 ダビデをハグしてから、笑顔で答える。


「あれ、ダビデ、ジルさんは?」


「ジルさんなら、身体が鈍るから闘技場で剣を振ってくるっていってました」


「…やはりティナか。出迎えが遅くなってすまない。町はどうだった?」


 そんな事を話していたら、汗を拭きながら、奥の扉を開けてジルさんが入ってきた。闘技場からなら、遠いし気がつかないだろうに、なんで分かったんだろう?


「ただいま帰りました。よく私が帰って来たって気が付きましたね? あと、別に用事があるなら、わざわざ出迎えてくれなくても大丈夫ですよ。顔を見せてくれると、嬉しいですけど、無理はしないでください」


「空気が変わった気がしただけだ。それと、無理はしていない。……あぁ、あまり近づくな。汗臭いかもしれない」


 中に進んでジルさんの方に近づく私にそう警告すると、さっさと壁際に逃げて汗を拭いている。


「私は感じませんが、気になるなら浄化かけますか?」


「いや、ご主人様にそんな手間をかけさせる訳には…「浄化」


 妙な遠慮をするジルさんに問答無用で、浄化をかけた。


「町はまだ閉まっている店も多かったけれど、少しずつ元に戻ってきてるみたいでしたよ。執行局は今日、町を出たそうです。

 城門に晒されたアレコレは明日には運搬されると、そしてジルさんが話していた風物詩については、私は参加免除だそうなので助かりました」


 ソファーに向かいながら、町を様子を話す。オルランドとすれ違う時に、ウエストに視線を感じた。

 そのオルランドの鋭い視線は、当然ジルさんも気がついた様で、私とオルランドの間に割り込む様に立つ。


「……ご主人様をそんな目で見るな」


 ジルさんは低く凄んでいる。


「ジルさん、ちょっと待ってください。理由があるんです」


 二の腕に軽く手を添えて落ち着くように促しつつ、 ソファーに移動する。私の隣にはダビデが尻尾を振ったまま座り、後ろにジルさんが立つ。


 アルオルは私の正面、一歩離れた位置だ。


「オルランド、気になったのはコレだよね?」


 ウエストに挟んでいた守り刀を外して、テーブルに置く。穴が空くんじゃないかと思うほど、刀を見つめたままオルは頷いた。


「リトルキティ、コレを何処で?」


「冒険者ギルドで、執行局がギルドに引き渡した接収品の武器防具の中にあったよ。アルオルの防具を返して欲しいってお願いしに行ったら、自分で探せと言われてね。ついでに許可が出たから、色々と貰ってきたよ。コレもその一つ。

 他には……」


 そう言いながら、目の前でアイテムボックスを開いて見せる。そして、鎖鎌、高品質の剣、アルオルの防具、ついでに何故か一揃えあった板金の鎧をテーブルに並べた。組み紐はまだアイテムボックスに入れたままだ。


「ティナっ?!」


 流石にレア物のアイテムボックスに驚いたらしく、アルオルは二の句を繋げないでいる。ジルさんはまさか私がこの場で自分の能力をカミングアウトするとは思っていなかったようで咎める様に声をあげた。


「……これは、私なりの覚悟だよ。アルオルがここにいるなら、能力の全てを隠し通す事は出来ない。だから今、ひとつ開示した」


「ティナお嬢様…」


 心配そうにダビデは周りを窺っている。


「アルオル、今知っている、そしてこれから知る、私の能力、秘密については、決して誰にも話さないで。秘密を守れる?」


 嘘は許さないと、強い視線を送りながら問いかけた。まぁ、コイツらがどう答えても、百パーセント信じられるか、と言われればそういう訳じゃないんだけど、言質は取っておきたい。


「もちろんだよ、ハニー・バニー」


「約束します」


 悩むことなくそう言うアルオルだが、やはり信じられないね。

 道具屋で買ってきた、二組の首輪をアイテムボックスから取り出した。

 重い音をたててテーブルにぶつかった首輪を見て、ジルさんとダビデは息を飲んでいる。コレを私が買ってくるとは思っていなかったんだろう。


 続いて、組み紐も取り出した。

 それを見た瞬間、明らかにアルオルの顔色が変わった。コレがなんなのか知っているのだろう。


「ティナ様?」


 不自然に沈黙する私に痺れを切らして、アルフレッドが声をかけてくる。


「武器防具とかが置かれた場所に、ひとつだけ明らかに異質な物があったの。それがこの組み紐。コレが何だかは、アルオルの方が分かってるよね? 彼らの遺体は手に入らない。だからどうしてもと言うなら、コレを弔えばいい。

 ただし、コレをアルオルに与えて、弔わせたのがバレたらかなりマズイの。そして、ゴメン、例え命令したとしても、私は貴方達を完全に信じることは出来ない。だから、町で『隷従の首輪』を買ってきたんだ。

 だから……」


 どう言っても自己中な論理にしかならない。なんと言うべきか分からずに、口ごもった。


 私の目の前に置いた隷従の首輪に手が伸び、首輪を持ち上げた。


「その結論は当然の事です。どうか、つけてください」


「そうだな。キャットの心配は最もだ。気にすることはない。どうせなら犬っコロにも管理権限を持たせればいい。かなり過保護のようだから、上手く使うだろう」


 首に首輪をかけて私の手が届きやすい様に身を屈めるアルフレッドと、肩を竦めながら笑って更なる管理を提案するオルランドに今度は私が二の句を繋げない。一体どんな、心境の変化だ。


「ティナ、言い出したお前が躊躇してどうする。ほら、早くしろ」


 ジルさんに急かされて、急いで魔力を通して各々に首輪を嵌めた。


「ぐ…」


「くっ……」


 軽く呻いて身をよじるアルオルを見て、驚く私に、隷従の首輪は馴染むまで苦痛が伴うとジルさんが教えてくれた。


「え、なら最初、ジルさんも?」


「あぁ、まぁな。すぐ落ち着く。少しだけ待ってやれ」


「ごめんなさい。知らなかったから、アルオルにも苦痛を味わわせるつもりなんてなかったんです。悪いことしちゃったなぁ」


 反省しきりの私に、ジルさんもダビデも何故か呆れていた。進歩がないってことかな? この世界の勉強、もっと頑張らないと…。


「お待たせいたしました。もう落ち着きましたので、大丈夫です」


 姿勢を正し、こちらに向き直った二人に、本当に大丈夫か尋ねた。その後に、ジルさんとダビデにも管理権限をと言われて、また苦痛を味わせることになるのではと躊躇したが、そんな事はないとのことで、それぞれに管理権限の追加をした。


「さてと、じゃ、コレと鎖鎌とか守り刀とか、全部アルオルが使うといいよ。アルフレッドは重い防具にも盾とかが本来の戦い方だよね? 前に渡した防具じゃ戦い方に合っていないと思ってたから、板金の鎧をひとつ持ってきたんだ。サイズが合うなら、使って」

 

「その鎧は、マイ・ロードの為に仲間達が揃えたものだ。サイズは合うはずだよ。……キャット、本当に鎖鎌や守り刀を貰ってしまって構わないのかい? 売ればそれなりの報酬になる」


「いや、要らないよ。オルランドの武器も合ってなかったんでしょ? そのかわり、こき使うからそのつもりでね? 組み紐はどっちに渡せばいいの??」


「私が頂いても宜しいでしょうか?」


「うん、もちろん。ただし、呪いの触媒にもなるらしいけど、使用禁止ね。あくまでも弔うだけ。いいね??」


 念を押す私の話に頷いているそれぞれに、アイテムを渡す。鎧なんかの大物は後で部屋に持っていくことにした。


「ティナお嬢様、少しオルランドと話させて頂いても宜しいですか?」


 それぞれにアイテムを片付けてようやく落ち着いた頃に、アルフレッドが問いかける。


「へ? 私の許可なんか要らないよ。好きなだけ話して??」


 変なことを聞くなぁ、と思いながらアルフレッドに答えると、許可を出した事に感謝を伝えられる。


「オルランド、今後私の事を、マイ・ロードと呼ぶのは禁止する。本来ずっと以前より、そんな風に呼ばれる資格は私にはなかったんだ。お前達を解放するのが遅くなったばかりに、こんなことになってすまない」


「マイ・ロード!! 何をいきなり!?」


「オルランド、私はもう貴族ではないんだ。お前を巻き込んですまないとは思うが、同じ奴隷だ。どうかアルと呼んで欲しい」


「……アルフレッド様」


 耳と尻尾をへたらせたダビデが、悲しそうに呼び掛ける。


「ダビデもだよ。どうか、私の事はアル、と。いえ、本来はダビデ様とお呼びすべきですね。失礼を致しました。無礼の咎はいつでも受けます。どうぞご命令を」


 きっちりと上位者に対する礼をしながら、どこまでも真剣に話すアルフレッドを見つめる。

 何、なんでこんなにまた思い詰めた!!

 ほら、ダビデが泣きそうだよ! おろおろしてるよ!


「アルフレッド、どうしてそんな事をいきなり言い始めたの?」


「ティナお嬢様、もっと早くにこうすべきだったのです」


 アルフレッドはそう言いきると更に深々と頭を下げ、そのまま跪きまた私の靴先へ接吻を落とした。とっさに逃げ切れなくて硬直する私を悲しげに見上げたまま、アルフレッドは次の命令を待っている様だ。もしくは、無礼者と、私に蹴られるのを待っているのかしら?


「……ダビデ、オルランド、アルフレッドの事は、今後アルと呼びなさい。アル、立ちなさい。今後について話したいことがあるのよ」


 その後、しばらくは素材採集の名目で様々なダンジョンやフィールドを攻略する予定であることを伝えた。本来の目的はレベル上げだ。来年の今ごろは、おそらく迷宮都市で攻略に勤しんでいるはず。ならば少しでもレベルを上げて、連携を確認して楽が出来るように準備をしていた方がいい。


 私の能力については、鑑定、アイテムボックスを初めとした、ダビデやジルさんが知っている程度の情報開示はした。私の実力を聞くに従って、アルフレッドが悔しそうに組み紐を握りしめていたけれど、こればっかりは自分で消化してもらうしかない。


 こっちに来て、早数ヶ月。怒濤の如く増えた同居人達と、未来を楽にするために、さて、レベリング開始です!!




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