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46.慈悲も過ぎれば

 あの後何とかジルさんを宥めて、離して貰いました。

 掴まれていた頭を擦りつつ、上目遣いにジルさんの顔色を窺う。


「ジルさん、何故に、恥じらい??」


 ワンコと寝るのは悪いことなのかしら? 確かにこの歳になって、とは言われそうなのは分かるけど。出来たら今日は一人で寝たくないんだよね。


「コボルドとは言え、ダビデは成人年齢だろう! それを一晩添い寝とは、恥じらいを持て! 妙な誤解をされるぞ!!」


 叱ってくるジルさんに乗っかって、ダビデも控え目に抗議してくる。アルオルはビックリ継続中。


「お嬢様、コボルドは種族的に、年齢が分からないと言われていますから仕方ないのかも知れませんが、ボク、16歳です。コボルドは20年程度しか生きられないので、十分おじいちゃんなんですよ?

 お嬢様とベッドを共にするのは、色々問題があるんです!!」


 うん、前にこっそり鑑定したから年齢は知ってる。でも、コボルドって20年しか生きられないの?? え、残り四年??


「え、じゃぁ、後、四年くらいしか一緒に居られないの??」


「問題はそこか?」


「当然です! あとたった四年しか一緒に居られないなら、もっともっと、ダビデを大事にしなくちゃ。1日でも長生き出来るように、健康に注意しないと!!」


 プチパニック中の私に、ダビデ自身が驚いている。

 いや、愛犬……じゃない、同居人の寿命が思いの外短いと聞いたら、出来ることなら何でもするのが、普通だよね??


「……大丈夫です。ボクはお嬢様のお陰で、ハイ・コボルドになりましたから、寿命は大体10年延びます。コボルドは4段階、5つに進化するのが確認されていますから、間違いないハズです」


 なら残り14年かぁ。どっちにしても短いなぁ。種族進化してご長寿になるなら、もう少しレベリング、頑張んないと駄目だな。


「なら、少しは安心かな? あぁ、ビックリした。驚かせないでよ」


「お嬢様…、ご心配頂いてありがたいと思いますケド、そんなに気にしないで下さい。コボルドとしては十分に生きました。

 それよりも、そんなおじいちゃんと添い寝して何が楽しいんですか? お嬢様の性癖が疑われます。だから、抱き枕はお許しください」


 深々と頭を下げながら真面目に訴えられる。いや、そんなにマジにならなくても、いいんだけどなぁ。


「ヤだ。今日は、ダビデと寝るの。決まり。なんならジルさんも一緒に寝る? 心配なら監視しててよ。

 どうしても、今日は一人で寝たくないんだ。町の…夢に出てきそうだから、さ。ゴメンね」


 今日、町で見た、アレコレが確実に夢に出てきそうで、嫌なんだよね。昔は、残虐な映画でもドキュメンタリーでも、何でも平気だったんだけど、女友達が子供を生んだ頃から苦手になってきてさ。私も丸くなったもんだ。一番平気だったのは、中学生くらいだね。厨2最盛期の頃。

 そんな訳で、今日は絶対、夢見が悪い。


 癒しを! 私に、癒しをおくれ!!


「お嬢様……」


 痛ましいものでも見るように、私を見られてから小さな声で「今回だけ」とOKがでた。やったね!!


「お嬢様…、申し訳ありません」


 跪いてアルが謝ってくるが、君は根本的原因のひとつではあるけれど、全てではないから気にしなくていい。

 そもそも、公開処刑なんてモノをやるヤツが悪い。しかも、あんなグロい…。あー、せっかく忘れてたのに、思い出しちゃったわ。


「謝ることじゃない。選択の余地はなかった。

 それよりも、執行局に捕らわれていた間、大丈夫だったの? 何か酷い事されなかった?? 伯爵が悔しがってたから、精神は無事だと思うけど、町であんなことされたから、一瞬、狂ったかと驚いたよ」


 戻ってきてからのドタバタが一段落して、ようやくアルオルにいなかった間の事を聞けた。譲り合う様にアルオルは視線を交わし話し出す。


「リトル・キャット、大丈夫だ。お互いに引き離されたから、マイ・ロードの方は詳しくは分からないが、ただ尋問に立ち合わされただけだよ。俺に対する責めはなかった。安心してほしい」


「私も同じです。ただ、最低限とは言え衣食を保証され、私の為に行動した者達が死んでいく所を見続けるだけ、と言うのは、正直堪えました。少しは責めて欲しかったと望むのは、私の我が儘ですね」


 あー……アルは少し病んでるのかな? 休ませた方がいいんだろうけど、話し合いの結果、反省室に一泊らしいし。


「…ジルさん」


「お嬢様、駄目ですよ」


 所有者権限を使ってでも何もしないように説得しよう思って、口を開いたけれどそれを当のアルに止められた。


「慈悲も過ぎればただの甘えです。どうかこのままで」


 そこまで言われたら、これ以上のゴリ押しは出来ないかなと諦めて、アルオルは反省室に一泊となりました。



 その後、一度解散してダビデは夕飯の支度に、残りのメンバーは反省室を探して、尋問室のボロい階段を下った。


 正面の両開きの鉄製扉を引き開けると、そこには中世拷問博物館が広がっていた。

 苦痛の椅子、鋼鉄の処女、鳥籠、三角木馬、ガロット、スパイダー…、壁には拘束具と、各種鞭やら仗やらが飾られていて、その種類も多種多様。真ん中にあるテーブルの上には、親指締め器? とか、五本の指を一気に締め上げる機械だとか、あとは見ただけじゃどう使うのか分からない品々が無造作に転がっている。発想は世界を跨いでも大して変わらないんだね。


 勘弁してくれ! 町のだけでお腹いっぱいです!!


「ほら、奥に扉がある。行くぞ」


 さっきチラッと中を見ていたジルさんだけは驚きもせずに、先に進んだ。ジルさんを追って、顔色が悪いアルオルが、そしておっかなびっくり、最後に私が追いかける。


 木製の扉を押し開けると、石作りの廊下が続き、両サイドに鉄格子の嵌まった牢獄が数個。そこを更に抜けると、中を覗けない様になっている扉が続いている。


 手前側の扉の間隔は広く、奥に行くに従って狭くなっている。最後は扉の横にすぐ扉がくる形だ。


 手近な扉に手をかけて引き開ける。中は清潔な、四畳半程のスペースだ。突き当たりの壁に、小さな扉が付けられていて、おそらくそこから食事とかを受けとるんだろう。


 次々と扉を開けて、中を確認しながら歩く。

 向かって右側が、奥行きが狭くなっていくパターン。左側は高さがなくなるパターンで作られている。横幅は両側共に段々と狭くなっているようだ。


 突き当たりの一番奥の両サイドを開く。

 右は筒。座ることすら出来ないであろう狭さだ。

 左側は棺桶。寝返りを打つのも大変そう。


 最後に突き当たりにひとつだけ、ポツンとあった扉を開く。何だろう、大きさ的には、小さいとしか言えない。少し大きなオーブンくらいの扉だ。子供なら、かくれんぼに最適な隠れ場所になるかな?


「……物置?」


 小さな声で言ったつもりだったが、反響する自分の声に驚いた。


「さて、ティナ、どうする?」


「何がですか?」


「アルオルが過ごす部屋だ。どうする? 何処に入るように命じるんだ? あぁ、一応言っておくぞ? 部屋の造りからして、反省室は覗けない扉の部屋だな」


 え? 私が決めるの??


「何処でも良いです。好きな所に入ってください。

 一番手前の広い所なんて良いんではないですか?」


 なげやりに答えた。


「おや、ハニー・バニー。好きな所でいいんだね?」


「はい、どうぞ?」


 痛いのとか、苦しいのとかないほうがいいし、手前の部屋なら、ひたすら退屈なのを我慢すれば済むだろうしね。寝具は後から運べばいいさ。


「なら、俺はここにするよ」


「では、私はこちらに」


「はい??」


 オルランドは、正面の子供の隠れ場所。アルフレッドはその手前の細長い筒を選んだ。


「ちょっと、待って。

 なんでわざわざそこ?!

 もっと広い所でいいじゃないの! 第一、オルランドの選んだところは、反省室じゃないでしょ!! そこは物置です!!!」


 叫ぶ私の声が反響して五月蝿い。


「ティナ、何を言っている? そこは立派な反省室だろう。

 ん? もしかして、反省室=懲罰房だと知らないのか?」


 知らんわ! んなもん!!


「大丈夫だよ、リトル・キャット。そう毛を逆立てないでおくれ。後、素敵な声だとは思うけれど、音量は控え目に。ここは随分響くようだからね。まあ、中に入って扉を閉めれば、音も何も聞こえないだろうが」


 耳を塞ぎながら、私を嗜めているけれど、いや、そもそも私が奇声を発する原因はあんただ!!


「…ティナ、ほらそこに立っていると、アルオルが入れないだろう。少し横にズレろ?」


 身を屈めてさっさと狭い場所に入っていく、アルオルを呆然と見る。

 コイツら、たった10日やそこらで、Mに目覚めたのか??


「閉めるぞ?」


 そう言って扉を閉めて、施錠しようとするジルさんに取り付いて止めた。


「はい? え、本気でこれで一晩過ごさせる気? これ、ある意味、拷問だよね?? 昔、見た気がするよ」


 隠れキリスタン弾圧の拷問方法で、天井低すぎる、狭い牢とかあったよね?? 身体を折り曲げたまま長時間拘束することにより、血流とか諸々障害がでるやつ。


「…大丈夫だろう、本人達が望んで入ったんだからな。全く、思った以上に、腹の据わった連中らしい。

 ご主人様が適切な罰を下せないなら、自分自身のケジメは己でつける気だろう。まったく」


「え? コレ、私のせい?? なら、私が指示したら、止める?」


 慌てて扉を開けつつ、ジルさんに尋ねる。


「無理だな、諦めろ。ほら、上に戻るぞ?」


 ズルズルと引き摺られかけて、踏ん張った。


「ま、待って。アルオル! 扉の鍵は開けておくから辛くなったら出るんだよ! 無理は駄目だからね?!」


 目の前で無情にも扉は閉じられて、ジルさんに連れられて上に戻った。


「ジルさん、無駄って?」


 尋問室で掴まれていた襟首を弾いて、自由を取り戻し聞いた。


「フゥ…頑固な。

 アルオルは、ケジメをつけたいんだろう。

 仲間を失い、家族の無念を晴らす希望を失い、己自身の新たな目標すら立てることが出来ない。

 しかも、ご主人様の事を、アルオルが見誤りさえしなければ、仲間を失うこともなく、目的を果たす事すら出来たかもしれない。その可能性に気が付いたんだ。

 狭い場所に閉じ籠って静かに考える時間を欲しても、不思議ではない」


「それが、あそこである必要がありますか?」


 自分の部屋でいいじゃん! 反省会は快適な室内で!!

 視線を反らすジルさんに更に詰め寄る。


「ねぇ、答えてください! あそこである必要がありますか?」


「ないな。まぁ、ノリだ。気にするな。鍵は掛けてこなかったんだ。辛くなったら出るだろう」


 ぶん投げられた!!

 逃げるジルさんを追って、リビングに戻る。


 その後、なんとなく宥められて、そのまま流すことになった。

 それがこの世界の普通なら、仕方ないのかな…と思ったのが、決定打だったりする。


 私の行動規準と予想は、その殆どが日本社会を基準にしている。政治的アレコレにしろ、人間関係にしろ、所詮は人がやることだ。大して変わりはない。

 ただ、こういう奴隷とか刑罰とか、躾とかって、本当に分からないわ。こんな事なら、奴隷の扱いについての歴史物のノンフィクションでも読んでおけば良かった。





 そんなこんなで食事も終わって、私は今、自分の部屋でドキドキしてます。


 ダビデはアルオルに食べ物を差し入れてから来るって言って、しばらく前に別れた。


 お風呂に入って、パジャマ替わりの上下に着替えて、ソファーに座る。部屋から、隠れ家マニュアルを持ってきて読んでいるけれど、目が滑って内容が入ってこない。

 ワンコと一緒に寝るのは久々だから、私も緊張しているらしい。


 控え目なロックの音がして扉を開けたら、パジャマに着替えたダビデが立っていた。


 靴を脱いで中に入るように言うと、怯えながら入ってくる。

 あー…ダビデもこの部屋、豪華過ぎて苦手なんだよね。


「ほら、こっち。もう寝ても大丈夫? 少し何かやりたい事はある?」


「いえ…」


 恥じらうダビデを見ていると、何だかイケない気分になってくる。


 布団…じゃなかった。ベットの上掛けを剥がして、ポンポンと叩いて呼ぶ。


「失礼します」


 そう言ってダビデはベットに登ると、おもむろに小脇に抱えていた大きな袋を取り出して、すっぽりと首まで入ってしまう。袋の入口にある紐を引っ張って閉めると、きょとんと私を見上げた。


「お嬢様?」


「えーっと、なんで袋詰め??」


 ミノムシになったダビデに尋ねる。


「これが正しい添い寝だと思います。お休みにならないんですか?」


「え、ヤダ。とりあえず、撫でさせて」


 ワンコとの添い寝の醍醐味は寝落ちる瞬間までの撫で撫でと、夢現に抱き締める毛並みの感触だと思います。


 ダビデの返事は聞かずに首の紐を緩めて、さっさと袋を剥ぎ取った。


 動揺して瞳を揺らす、ダビデの身体の真横に正座して、首や肩を撫でる。マッサージを心がけて変化をつけながら撫でていたら、次第に緊張していたダビデの身体から力が抜けていった。


「ダビデ、背中を向けて?」


 そっと声をかけて、後ろを向いてもらう。今日は随分悲しい思いをさせちゃったし、少しでも癒されて貰えるといいな。


 肩こりのツボ、背中の張り、固まった腰を揉んで、下半身に入ろうとする。


「お嬢様っ! 止めてください!!」


 それまでうっとりとなされるがままだったダビデが、飛び起きて怒られた。


 すみません、流石に尻尾は駄目だったか。触りたいんだけどなぁ。


 ポンポンと身体を叩いて謝り、太ももに飛ぶ。


 立ち仕事が多いせいか、凄く張っている。ふくらはぎを丁寧に揉み、足の裏へ。肉球を念入りにマッサージして、また上を向くように頼んだ。


「……おじょ…うさま」


 半分眠りながら、それでも律儀に上を向いて伸びるダビデの顔を覗く。


 うん、良い顔してるね。


 そのまま、鎖骨周り、脇の下を軽く押して、お腹周りを軽く円を描くようにマッサージする。


 そこまで終わって、もう一度ダビデを見ると完全に寝ていた。低く静かな寝息が聞こえる。


 幸せそうな、天下太平なその寝顔を見ながら、私も眠りについた。





 ー……忘れるな!!


 どれ程眠っただろうか? 耳に、枯木じじぃの最期の絶叫が響く。


 忘れる訳ないでしょうがっ!

 あんな衝撃のラスト!!

 人体八つ裂きなんぞ、初めて見たわっ!!

 こちとら、幸運な事に、列車事故にも、交通事故現場にも遭遇したことないんだからな!!


 知らず知らずに力が籠ったのか、掌に毛皮の感触がある。

 それでコレが夢だと分かって、安心した。


 ー……ヤハフェ、すまない。お前達の忠誠は忘れない。いつか、必ず…。


 ー……じぃ様、大丈夫だ。アルフレッド様は必ず守る。一族を救ってくれた方の忘れ形見。我が主。例え俺が最期の1人でも…。


 安心したら、何処かから変な声が聞こえてきた。

 その声に驚いて飛び起きる。


「……おじょうさま?」


 薄暗い室内に寝起きのダビデの声がして我に返った。


「あ、ゴメンね。起こした。

 ビックリしただけ。もう少し寝よう?」


 そう言って、横になろうとしたけれど、モゾモゾとダビデは動いて、ベットから降りてしまう。


「お嬢様、そろそろ皆さんの朝食の支度をしないと駄目なんです。アル様、オルさんも朝食には同席されますよね?」


 着替えて食事の支度をすると言うダビデに逃げられて、広いボス部屋に一人で座った。寝直す気にも慣れなくて、さっきの夢を反芻する。


 一体全体何だったのか。内容からして、アルオルのコメントっぽいけれど、そんな夢に出てくるほど気にしてたのかしら?

 しかも、意味不明な内容だったし。私、こんなに想像力豊かだったっけ?


 釈然としないまま、着替えて寝室から出た。この部屋に備え付けのソファーに座り、アイテムボックスから幾つかのアイテムを取り出す。


 不凍湖の水、毒蜘蛛の糸、女王蟻の魔核、将軍蜂の毒針、石化鶏の嘴、上位回復薬、万能薬。石化鳥の嘴はこっそりアルオルが貸し出し中の間に、ジルさんと一緒に捕りにいった。メインターゲットは鶏卵だったんだけど、ついでに嘴もけっこう落ちたんだよね。羽毛も少しは落ちたんだけど、コレの用途は何なんだろう。


 材料を並べて気合いを入れる。


 ポーション作成技能と隷属魔法をベースに、アイテム作成技能を使う。これは薬ではなく、特殊アイテム扱いらしい。


 細かな魔力制御をしながら材料を合成した。上手くいった様で、目の前にポツンと壷がある。


 うん、これでいい。


 予定外に時間がたってしまった。さて、そろそろ朝食の時間だ。

 アルオルを、迎えに行こう。


 ……勝手に出ていてくれるといいな。




 結論。勝手に出てませんでした。


 周りを見ないように通り抜けた拷問部屋。その先を期待を込めて開けたら、昨日ジルさんに引き摺られたまま、全ての扉がしっかり閉まっていた。


 恐る恐る、まずはアルフレッドが入っていると思われる扉を開ける。

 入っていないといいな、と思って、扉を引いたら、ぐったりと筒に凭れかかったアルの足が見えた。狭い筒に引っ掛かって、やはり座って休めなかったようだ。


 だから辛くなったら出ろと言ったのに!!


「アルフレッド! 無理をして!! ほら、頑張って!」


 無理に反対を向かせてから身を屈ませて、筒から引っ張り出した。自力で立っていられずに、倒れ込んでいる。アルでこれなら、オルは一体どうなってんのよ。


 乱暴に扉を開ける。目の前には、お尻があった。

 土下座形で両手を後ろに組み、ピッチリと物置に嵌まり込んでいる。


 自力で出られるのか? コレは??


 目の前にあった腕と足首を掴んで、強引に引き摺り出した。


 顔色、赤紫だし! どっちかと言うと、黒ずんでるし!!


 無理やり手足を伸ばすと、更に痛いかな? と思って、曲がったままの手足を擦る。


「アルオルっ! だから辛くなったら出ろといったよね?

 自分の限界はちゃんと見定めてください!!」


 狭い空間に私の声が反響して、耳に響いた。


「おはようございます、ティナ様。ご機嫌はいかがですか?」


 力なくアルが口を開いたと思ったら、続いてオルも挨拶してきた。オルランドは相変わらずを貫いている。ある意味尊敬するわ。


「おはよう、ハニー・バニー。だから声は控え目にと…」


 そんな風に、騒いでいたら、ジルさんが私がいないことに気がついたのか、迎えに来てくれた。自力で動けなくなっているアルオルの姿を見て呆れたらしい。


「おはようございます、ティナ様。これは一体何の騒ぎですか?」


 呆れ返ったジルさんは、他所行きの口調で問いかけてきた。


「おはよう、ジルさん。ちょうど良かった! アルオルが無理をして、限界を超えたみたいなの。動けないから、無理そうならポーション使おうかと思ってさ。ハーフがいいかな? フルが良いかな?」


 無言でアルオルに近づくと、ジルさんは二人に軽く蹴りを入れる。


「ジルさん、何をして?!」


「起きろ。ご主人様にこれ以上、迷惑をかけるつもりか?」


 悲鳴を上げる私を無視して、アルオルを睨み付けている。


 無言のまま、それでもゆっくりと身体を起こそうと奮闘する二人を見ていられなくて、魔法で二人を持ち上げた。


「ティナ様?」


「少しそのまま休んでいて。上に戻ろう」


 カルガモ親子の様に私の後ろに浮いたまま、アルオル追ってくる。ジルさんはそんな私達を呆れ顔で見ていた。


 尋問室でアルに声をかけられて、二人を一度下ろした。


「どうしたの? 早く客間で休みなよ」


 ダビデには悪いけれど、朝食は後回しだ。


「いえ、その様な贅沢は、出来ません」


 まだ固まったままの手足を、何とか動かそうとして顔を歪めながら、アルフレッドは続ける。


「ティナ様、どうぞ次の命令を。何なりとお役にたってみせます」


「ハニー・バニー。俺は何をすれば良いのかな?」


「二人共、今日はゆっくり休んで! ジルさん! ホウとかって感心した顔をしない!!」


 もう! なんなのさ!


「しかし、奴隷が休息を与えられるなど、聞いたこともありません」


「そうだそ? こき使ってこその奴隷だ。さて、今日の予定を確認しよう」


「ストップ。それがここの常識かも知れないけど、この家の家主は私です。私に従って貰います」


 このまま三人に任せていると、またとんでもない事になる気がして割り込んだ。


 あぁ、もう、面倒臭い!!


「オルランド、動けるなら服を脱いで。上だけでいいわ。アルフレッド、顔を上げて動かないで」


「ティナ、何をする気だ??」


「前から計画していた、新薬の実験です」


 怪訝そうなジルさんにキッパリと言い切った。ポケットに入れていた、手のひら大の壷を取り出す。


「アルオル、動かないで。アルフレッドは目を閉じていなさい」


 オルが服を脱いだのを確認してから、蓋を開けると、何とも言えない悪臭がする。噎せそうになりながら、掌にとって馴染ませた。


 そのまま、何とか上半身を起こしたアルフレッドに近づき、顔面にクリームを塗り込む。


「グッ、ガッ……!」


 アルフレッドから押さえきれない悲鳴が漏れた。

 アイテムの性質上、途中で止める事は出来ない。歯医者と一緒だ。痛かったら手を挙げてくださいね。ただし、止めません。


 一気にクリームを顔面に満遍なく塗り込み離れると、アルは両手で顔を覆って、身体を伏せている。


「リトル・キャット! イタズラが過ぎるぞ」


 アルフレッドの様子を見て、オルランドが不自由な身体のまま喰ってかかってきた。


「五月蝿い。貴方もよ」


 そんなオルを仰向けにして、腰の辺りに馬乗りになり、そのまま追加したクリームを塗り込む。咄嗟に息が出来ないまま、身を捩るオルランドを押さえつけ、更にしっかり塗り込んだ。


 全てが終わって、異臭を発する両手に浄化をかけてからアルオルの様子を伺う。


 クリームを塗布した場所から、白い煙が上がっている。


 そのまま固唾を飲んで見守っていると、少しずつ煙も収まる。それに比例してアルオル達も苦痛を感じる事がなくなっているようだ。


「ティナお嬢様、今のものは?」


「アルフレッド様!! マイ・ロード! お顔が!」


 苦痛が一段落して顔を上げ、問いかけるアルを見て、オルランドが驚きの声を上げている。うん、上手くいったみたいだ。


「…成功ね。なら、この薬もレシピに加えましょう。

 複雑に絡まった魔力の呪印を強制解除する秘薬ねぇ。コレが何処で役に立つかは分からないけれど、協力に感謝するわ」


 混乱しているアルオルに説明する為に話す。ジルさんは予想がついていたのか無反応だ。アルオルの呪印を解除するのは、以前から反対されていた。


「ティナお嬢様…何故? このような事をしては不味いのではありませんか?」


「町で何かを言われたら、よく分からないが解けたと言えばいい。公爵派の捕縛時や執行局に貸し出されていた間に何かされたのかも知れないと勝手に勘繰ってくれるよ。それなら言い訳にもなる。

 査問官が出てくるならば、本当の事を言えばいいさ。執行局にも申請済みの"悪辣娘の新薬の実験"をしたら、どういう訳だか知らないが、呪印が解けたと」


 肩を竦めて、言い切った。真実のみを伝えることが、正しいとは限らない。嘘も方便だ。


 さてと、少し真面目に、同居のルールを作らないと。




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