44.慈悲を乞うだけです
さて、やってきました。個人的にはグロ注意報が出ている回です。
苦手な方は真ん中辺りにある****から***まで飛ばして下さい
デュシスの町から帰って来て11日目。1日遅れで持たされていた通信機がなった。
「ティナかしら? 執行局から異端奴隷の返却連絡が来たわ。明日、午前中にギルドに来てちょうだい。昼には引き渡すそうよ。
……覚悟を決めてきてね。少し気分の悪いものを見ることになるわ。それと、町中はあまり歩き回らずに、まっすぐにギルドに来てちょうだいね」
暗い声でそう言うとアンナさんからの通信は切れた。隠れ家のリビングで夕飯を食べていた所だったから、ジルさん達にももちろん聞こえている。二人とも、明らかに緊張していた。
「大丈夫? なんなら私だけでデュシスに行ってくるよ?」
「駄目だ。同行する」
行きたくないなら無理に連れていくのも何かな、と思ってそう言ったけど、間髪入れずに否定された。
「え、でも会いたくないでしょう?」
「どうせここで待っていてもすぐ会う破目になる。ならば、ご主人様を護衛するのが優先だ」
あー…、まただ。この10日、時折、ジルさんは自分に言い聞かせる様に私の事を゛ご主人様゛と呼んでいる。アルオルと同居するのは嫌だけれど、自分もまた奴隷だから仕方ないと暗示でもしているのだろうか。ジルさんの中で、まだどうするのかの決着はついていないんだろう。
「ジルさん、呼び方」
「すまない。ダビデはどうするんだ?」
「ティナお嬢様、もしもお許し頂けるなら、ボクも同行したいと思います」
アルオルの件があってから、ダビデもどこか遠慮がちになっている。前に一度問い詰めたら、奴隷としての心得的に今までの方がまずかったんだと泣きながら謝罪されてしまった。それ以来、当たらず触らずを貫いているけれど、正直淋しい。
「もちろん! でも、アンナさんが覚悟を決めて来いって何が起きてるんだろうね?」
微妙な緊張が支配したまま、私たちは翌日を迎えた。
***********
……最初の違和感はデュシスの町に近い、いつもの丘でだった。丘の向こうに、何本かの黒煙が上がっていたから、冬の寒いのに何でだろうと思ったんだよね。
「焚き火かな? 何だろうね」と話ながらデュシスの町に歩いて近づく。前に来たときには、身長ほどもあった雪は溶けて、今は日陰にある根雪でも、膝下まであるかないかだ。
デュシスの城門近くにつき、普段はない木製の台座が城門の左手、城壁と平行に置かれている。その上には何も置かれてはおらず、違和感だけが残った。
「おう、いらっしゃい。ようこそデュシスの町に。お嬢さん、今日は見物に来たのかい? 中央広場で行われるのが一番おっきいぞ」
初めて会う冒険者にそう言われつつ、ギルドカードを見せて中に入った。私が同業者だとわかった時に、凄くビックリしていたっけ。
「どうしたんですか?」
町に入り、神経質に耳を動かすジルさんに問いかける。私を含めて全員が、今回は何が起こるか分からないから、完全武装で来ていた。アンナさんの脅しが効きすぎている感はある。
「妙な臭いがするな」
「そうですか? 私には全く分からないですけど??」
「お嬢様、ボクも感じます。確かに変な臭いがします。焦げ臭い様な、甘い様な、胸が悪くなる臭いです」
「……これは」
話していて臭いの正体が分かったのか、ジルさんは私とダビデを促して、足早に進み始めた。ジルさんの表情が歪んでいる。同時に小さな声で私の口調を注意された。そう言えば、そうだった。町では奴隷と主人をやらないといけなかったんだっけ。
「いらっしゃいませ、ようこそデュシスのギルドへ」
いつもの挨拶でギルドに迎え入れられた。ただ、その挨拶をするマリアンヌの顔色は悪い。
「あ、ティナ。いらっしゃい。チーフが上で待ってるよ。ギルドマスターの執務室にすぐ行ってね」
マリアンヌは青い顔色のまま階段を指差すと、書類仕事に戻った。マリアンヌが私たちを見て、こんな反応を示すのは初めてだ。何が嫌われることでもしたっけか?
「マリアンヌ? どうしたの? 大丈夫? 私が何かした?」
「え、何でもないよ。ただ少し調子が悪いだけ。ほら、チーフが待っているし、早く行きなよ」
元気のないマリアンヌに見送られて二階に上がった。
クルバさんの執務室に着くと、そのタイミングを計っていたかの様に扉が開いて、アンナさんに招き入れられた。前回も座った応接スペースに座る様に促される。
「おはようございます。昨日は連絡を貰ってありがとうございました」
軽く挨拶を交わして早速本題に入る。
「さて、異端奴隷達の返却だが、本日昼に中央広場で行われる事になった。初めは領主館での返却が予定されていたがな。そこはゴリ押しをした。ギルドからはアンナが同行する」
「へっ? アンナさんが?? 私だけでも大丈夫ですよ?」
「……私も本当は行きたくないのよ。でも、ティナだけだと心配だから、同行するわ。バイオレンス空間は苦手でしょ?」
そう言って微笑むアンナさんの顔色もどことなく白い。しかし、バイオレンス空間ってなにさ。
「え、あの、中央広場ですよね? 奴隷市場の方の広場じゃなくて、野菜とか売ってる方。今日何がイベントがあって、中央市場が一番大きいって聞きましたけど、何でイベントあるのにバイオレンス空間なんですか??」
奴隷市場ならまだわかるけど、何故に野菜市場が立つ中央広場がバイオレンスなのよ。
アンナさんとクルバさんの顔を交互に見ていると、クルバさんが答えてくれた。
「昨日、今日とデュシスのあちこちで捕らえられた公爵派の処刑が行われている。中央広場では、公爵派に残った最後の大物と言われるヤハフェが処刑される予定だ。その他にも、数人が火炙りになる予定だな」
へ?
「え? アルオルの返却は中央広場、公爵派の処刑も中央広場?
つまりは処刑後に引き渡される??」
いや、でも、普通、犯罪者って奴隷に落とされるんじゃないの?
「混乱してるな。落ち着け。順を追って説明する」
「はい、ティナ、深呼吸。スー、ハー、スー、ハー」
アンナさんと一緒に数回深呼吸をした。私が落ち着いてきたのを確認して、説明が開始される。
「今回、公爵派は全員処刑される。奴隷に落とすと言う意見もあったが、冬の間に移動させるのは不可能だからな。狭い町に公爵派が多数いることを良しとしなかったんだ。
処刑方法は、縛り首、火炙り、斬首、車裂き等々。その執行全てにアルオルは立ち合わされている。それが今回の処刑に時間がかかっている理由だ」
「立ち合うって、味方の死に目に会わされているって事ですか??」
混乱して質問する私を同情するように見て、クルバさんはアンナさんに答えるように指示を出した。自分がこれ以上話すよりも、同性のアンナさんの方が良いと判断したのだろう。
「死に目と言うか、アルオルが来ない限り殺してもらえないのよ。
これから広場で見れば分かると思うけれど…縛り首は気絶したら呼吸を確保され、火炙りは煙が発たないように弱火でじっくりと足だけを焼かれる。斬首と車裂きは昨日はなかったから、どうなるか分からないけれど、どこも阿鼻叫喚よ。
最期はみんな、アルフレッドに怨み言を言いながら、執行局に必死に慈悲を乞い、殺してもらっていたわ……」
ゲッ、なにそれ。
「ヒドイ…」
ダビデから堪えきれなかったうめき声が漏れた。私もそんなの見たくない。
「町に充満した妙な臭いはそれか」
「あぁ、おそらくそうだな。ティナ、大丈夫か?」
ジルさんの確認を肯定したクルバさんは、きっと下にいるマリアンヌに負けず劣らず真っ青になっている私を心配そうに見ている。
「ティナ、しっかりしろ。お前はこれからアンナに同行され、アルフレッドとオルランドを引き取りに行かなくてはならない。
執行局、いや、はっきり言おう。伯爵と密室で会う危険を回避する代わりに、ヤハフェの処刑には立ち合わなくてはならない。その後、解放されたアルオルを連れて帰るまでが仕事だ。
大丈夫だな? 出来るな?」
「無理だと言ったら、何とかなるんですか?」
平和ボケした元日本人が、公開処刑を見物なんて出来るわけないでしょうがっ!
「ならんな。ヤハフェの処刑は延期され、ティナ、お前は公爵派の疑い有りと捕らわれるだろう。その上で、貴族に膝を屈するか死ぬかを選ばされることになる。
同然だが、ジルにしろ、ダビデにしろお前の巻き添えを喰って捕らえられ、拷問を受けるだろうな」
軽く肩を竦めてエグい事を当たり前に言ってくるクルバさんを睨んだ。私一人の事なら、実力行使で逃げ去るって事も出来るけれど、ダビデとジルさんを人質にとられてるなら仕方ない。
「分かりました。なら行きます。ダビデとジルさんは別に行かなくても良いんですよね? 無理に来なくても良いよ?」
ギルドで待たせてもらうのも有りかと思って、そう言ったけれど、ダビデもジルさんもついてくると言う。結局全員で中央広場広場に向かうことになった。
広場に向かう道で見たものは、正直あまり思い出したくない。辻が交差する場所に造られた処刑台には、見るに耐えない怪我をした痩せこけた死体がいくつか吊るされ、ただ風に揺れていた。
広場に着くと執行局の人員なのか、目の所にだけ穴が空いた、三角の目出し帽、黒魔術とかで被ってる人がいるやつを被った人間に、広場の中央に造られた舞台に連れていかれる。
そこにはドリルちゃんとパトリシアちゃん、伯爵、それに見たことがない数人の貴族がいた。広場では既に幾つかの処刑が完了したらしく、端の方に火柱が上がっている。
見える範囲でアルオルを探すが、その姿は何処にもない。
「ほう、来たか。待っていたぞ。そこに掛けるが良い」
伯爵に促されて席につく。右手にドリルちゃんを初めとしたデュシスの貴族、左手には私とアンナさんだ。貴族席の最前列には、椅子に拘束された少年がいる。真っ青な顔で処刑場を虚ろに見つめている。
後から聞いたところでは、私たちが最後に突入した下級貴族の屋敷の跡取りらしい。親は引退させられ、息子が公爵派の処刑に立合う条件で貴族の籍を辛うじて残してもらえる事になったそうだ。
「聞いているかと思うが、ヤハフェの処刑が行われ次第、異端奴隷が返却される」
「はい、執行局副長官、伯爵様のお慈悲に感謝いたします」
私に話しかける伯爵に最敬礼しつつ、恭しく感謝を捧げる。
あー、キモいしクサイからさっさと終わらせて帰らせて! エグいものなんか見たくないのよ!!
「ふん、あの奴隷共、やはり一筋縄では行かんかったわ。悪辣娘よ、そなたの扱いを楽しみにしている。……やはり直に確認したいものだな。
娘よ、この地を離れ、共に王都に来い。わしが面倒を見よう。ポーション作成技能にわしの後見があれば、恐いものなぞない」
「閣下、我が身に余るお誘いでございます。……ですが、私はテリオ族。ひとつの場所に長くいることは叶いません。どうかこのまま、ここに居させてください」
ギルドで言われた通り、テリオだから無理と答えた。でも何で無理なんだろうね?
「……やはりテリオか。確かに王都でテリオは少々まずいか。ならば遠き空より、噂でも届くのを待つか。イザベル嬢、書簡を楽しみにしている。……さて、時間だ。始めよ!」
何処かから聞こえてくる鐘の音を合図に、伯爵が合図をすると二台の荷馬車が広場に入ってきた。
ひとつは檻に縛り付けられている、枯木じぃちゃん。もう1台には、お父さんの初めての日曜大工風の、直角の椅子に縛られたアルオルが乗せられている。とりあえず、アルオルにはパッと見、目立った怪我は無いようだ。
アルオルは椅子のまま舞台の正面に運ばれた。枯木じぃちゃんは檻から出されるが、自力で歩くことは出来ずに係員に両手を取られて、アルオルの隣に連れてこられる。
「これより、罪人ヤハフェの処刑を開始する。処刑方法は、縛り首後、腹を割り、最後に体を引き裂く、最も重い刑罰だ。
罪人、何か言い残すことはあるか?」
沈黙を貫くヤハフェに業を煮やしたのか、伯爵は執行を開始させた。
始めに吊るされ呼吸が出来なくなり、反応が鈍くなったところで地面に落とされる。それから回復する時間を与えられることなく、私たちがいる舞台から少し離れた所にある、一段低く造られた晒し台に四肢をくくりつけられて、腹を裂かれた。
広場を埋め尽くす、見物人たちから低いどよめきが起きる。一部喝采を叫んでいる人もいるけれど、その人は家族でも喪ったのだろうか?
取り出された中身は近くに焚かれていた焚き火にくべられ、最後に手足を別の馬に繋がるロープに縛られる。そして、馬が走りだし、全身を引き裂かれた。
「忘れるな!!」
馬が走り出す瞬間、そう唯一意味ある言葉を放ち、ヤハフェは処刑された。
一連の処刑の間、目を逸らすことも許されず、全てを見ていたアルオルの縄が解かれた。伯爵は、処刑が終わり次第、帰る事になっているらしく、舞台から立ち上がっている。
崩れ落ちる二人に伯爵に促されて近づくと、良く見れば12日前に着ていた服装のままだ。何度か冷水でもかけられたのか全身しっとりと濡れており、唇は紫になっている。
近づく私に気が付いたのか動かし辛そうにしながらも、アルフレッドが四肢を地面につけ、這ったまま近付いてきた。
そのまま、私の靴に口付けると数歩下がる。オルランドも同じ様に口付ける。
ちょっと待て! お前達に何があった!! そんなキャラじゃなかったでしょ!!
「では返却する。後は任せたぞ」
そんな二人を面白そうに見た伯爵は、そう言いおいて去っていった。
「あー、アルオル、歩ける? なんか話せる?」
残った私たちに見物人からの視線が突き刺さって辛いから、フードを深く被りながらそう尋ねた。
「ティナ、ここでは駄目よ。帰ってからになさいな」
くるりと周りを視線で示しながらアンナさんに止められて、改めて周囲を確認する。処刑を見た興奮も冷めやらぬままに、アルオルを冷たく見ている人達は口々にヒソヒソと話している。
係員がアルオルの首に縄をかけ、私に渡してきたから逆らわずに受け取って、城門に向けて歩き出した。
ー……イタッ!
アルオルもなんとか自力で歩き、門前町まで来たところで、ローブに衝撃が走る。慌てて振り向くと、縄ギリギリまで下がったアルオルに向けて群衆から雪玉が投げつけていた。そのうちのひとつが、流れ弾になって私に当たったのだろう。
「ティナっ!」
甘んじて受けているアルオルに向けて、雪玉を投げている住人に、文句を言おうとした所でアンナさんに止められた。そのまま、ジルさんに抱えられるようにして町を出る。
城門は冒険者のテリトリーだからまだ安全らしく、見送りがてらアンナさんに今後の申し送りをされた。
「住人が落ち着くまで来ない方がいいわ。一週間くらいかしらね? 食料は大丈夫? また何か動きがあったら連絡するから、通信機は持っているのよ?」
お互いに青い顔色のまま、口数少なく別れる。入るときにはなにもなかった台座には、複数の首が置かれ、城壁からは死体が吊るされていた。長く晒すと魔物を呼ぶことになるから、3日程度で撤去されるらしい。
**********
出掛けに隠れ家は撤去してきたから、もう一度設置する必要がある。とりあえず、アルオルに浄化をかけて水気を飛ばし、下位回復薬を飲ませた。パッと見だけでも、指先が霜焼けになっていたからね。
「さて、石化ダンジョンの近くに隠れ家を出そうか。少し歩くよ」
私達以外に人影がなくなって、ようやく本来の口調に戻って話す。ダビデをはじめ、みんなまだ公開処刑の衝撃から回復していないらしく、口数少ないまま歩き出した。恐らく私の顔色も大して変わりはなく青いままだろう。
私たちの中では、当たり前だが、特にアルオルの顔色が悪い。
二人を休ませなきゃ駄目だなと思って、町とは環境が出来るだけ違う場所を選んで隠れ家を設置する事にした。
麗らかな日差し、優しく流れる小川、緑の木々、寒々しかったデュシスの町とは似つかない場所を見つけて、設置場所をそこに決める。
一端、周りにいる魔物を削り、出入りの時に遭遇しないようにしようと話して散開した。アルオルは武装していないから、ダビデとお留守番だ。結局、二人の武装は返ってこなかった。
今度、機会があったらギルドを通して問い合わせよう。
ジルさんと一緒に強い魔物を中心に間引きして、ダビデ達を待たせていた所に戻る。
「ご主人様…」
私たちが帰って来たのを確認して、アルフレッドが近づいてきた。ジルさんは途中で採集した食べられる野草をダビデに渡しに行っている。
「あ、ようやく喋った。アル、大丈夫??」
「こちらを…」
そう言って私に捧げ渡してきたのは、トゲトゲの枝。無駄に長くしなやかなそれらは、まるで鞭…、ガチで鞭。
勢いで受け取ったままフリーズする私を見上げる、アルフレッドの瞳は潤んで悲しげだ。
ダビデはそんなアルフレッドを心配そうに見ているし、オルランドはおそらく私のいない間に話し合いがあったのだろう、今にも飛び出してきそうになってはいるが、悔しそうに待機している。
ジルさんは私に大丈夫かと問いかける視線を寄越していた。
****
長い長い回想を終えて、目の前を改めて見る。相変わらず、アルフレッドは膝をついたまま私を見上げていた。
今、思い出しても、一つ一つの選択には後悔も疑問の余地もない。私は、私の常識に基づいて、その場で出来る最良の選択をしてきたつもりだ。
強いて言うなら、あの時、あの新幹線に飛び乗ったのが間違いか? それとも閻魔様的アレを受けた事か? チョイ悪オヤジ風の推定神様を引っ張り出した事か??
自分の選択の結果を否定する様な事だけはしたくないと思っていたけれど、目の前で公開処刑を見せられて、更には命乞いって、切実に拒否したいよ。
ホントにどうしてこうなったんだ。
「コレ、ナニ?」
グルグルと様々な事を考えつつ、何とかその言葉を捻り出した。
「……ご主人様が今回の件で大変お怒りなのは感じておりました。近隣を探し、打つのに適当なモノを探した所、このような物しかなかったのです。これは朱茨の枝、刺には弱いながらも毒があります。お手を傷付けないようにご注意下さい」
そう言って、広場では見せたのと同じように身を屈めて、またアルは靴に口付けようとする。
背中に冷たいものが走り、飛び下がって避けた。
「な、な、な……!!」
パクパクと口は動くけれど、意味ある言葉にはならない。一体、貴方に何があったのよ!!
「仰りたいのは、何故、でしょうか?」
コクコクと頷くと、アルフレッドが悲しげにため息をついて、訴えてくる。四つん這いから上半身を起こして、膝立ちの格好だ。
「お怒りなのもごもっともです。我々の今までの態度は、決して奴隷として許されるものではありません。どのような折檻を受けても当然です。例え責め殺され様とも、言い訳のしようがありません。
……ただ私は、ご主人様の慈悲を乞うだけです」
あまりと言えばあまりの変わりように、助けを求めて周りを見た。ダビデもジルさんも吃驚していて無理そうだ。
「えーっと、アルフレッド? 一体何があったの? 確かに怒ってはいたけど、いたけどさ!」
1ヶ月近く被り続けていた、ぼんやりとした口調も、悪役っぽいしゃべり方もお空の彼方に放り投げて、問いかける。勘弁して、マジで。この10日ちょいで頭でもやられたの??
アルオルは図太く、ふてぶてしく、決して膝を屈さないプライドの塊でしょ??
「ご主人様、表を打たれますか? 背中からになさいますか?」
そう言ってアルフレッドは迷うことなく上半身の服を脱いだ。思いの外、綺麗なままの肌で、あー…、まぁ、なんと言うか、怪我とかは無いようで何より、ってそれどころじゃないわ!
「話を聞いて! ……って、危ないっ!!」
動揺したせいか、周りの安全確保が疎かになってしまっていた。森の奥からデッカイカブトムシ(ただし顔だけ爬虫類)が飛びだしてくる。こいつ、樹液の変わりに生き物の血液吸うんだよね。
ジルさんが咄嗟に切り捨ててくれて、事なきを得たけれど、このままここで話すのは危険かな? いったん隠れ家を設置して、中でゆっくり事情を聞くことにした。
アルに服を着るように言い、隠れ家を設置するアイテムを出す。魔力を込めると、『オススメ♪カスタマイズ!』のポップな丸文字が踊る。その内容を見て、もう一度私は固まった。
「ティナお嬢様、どうしたんですか?」
長く固まったせいか、一番隠れ家の設置に慣れたダビデが質問してくる。
「あー、なんかね、オススメ♪カスタマイズ!って表示が出ててさ、内容が『闘技場』『拷問部屋』『牢獄』『独房』『反省室』なのよ。どうしよう? 要らないよね? そもそも、こんな機能あったんだねー」
気楽に受け流そうとしたら思いもかけないところから待ったがかかる。
「いる」
「へ? ジルさん、何が欲しいの? 訓練用に闘技場とか??」
「とりあえず、全部」
はいぃぃぃ?!
再度聞き返しても、全部欲しいと言うジルさんに押しきられる形で、一応全部追加して設置した。設置にかかる魔力は上がったが、誤差の範囲だ。
入り口を降りて、すぐのリビングは変わらない。アルオルは所在なげに立ったままだったから、座るように促したら、ジルさんに止められる。
「尋問室に行くぞ」
妙な確信を持ってそう言われ、全員で尋問室に移動することになった。
部屋に入ると相変わらずこの部屋の空気はちょっと冷たい。ただ今までとは変わって、部屋の隅に下り階段が出来ていた。それも左右二ヶ所もだ。
アルオルとダビデにはここで待つ様に言って、二人で立派な方を降りれば、そこにはむき出しの地面の闘技場があった。古代ローマとかの資料で見る、コロッセオ風の作りだ。
階段を上がり、反対側にあるボロい方の階段を再度下りる。妙に長い階段を下りきると、正面に両開きの扉、左手には通路が広がっている。扉側の壁には所々出っ張りと小さな窓みたいなものがあった。
なんだろね、ここ??
両開きの扉の中をチラッと覗くと、ここの用途が分かったのか、ジルさんはひとつ頷き、上に戻るように言った。
上には、お留守番していたダビデとアルオルが待っている。
「ごめんね、寒かったよね。さぁ、戻ろうか」
「ティナ様、戻ってどうする。ここでアルオルに事情を聞くんだろう?」
呆れた風にジルさんに突っ込まれた。
「いや、ここ寒いし、快適な所で話した方が良いかなって」
「……ダビデ、すまんがティナ様に何か暖かい上着と飲み物を頼む」
「あ、はい。任せてください。ティナお嬢様、お茶で良いですか? すぐにお持ちしますね」
いや、私じゃなくてね、アルオルがね?
言っても無駄そうだから、さっさと終わらせる事にする。今もまだ右手に持っている、朱茨の枝(複数)をさっさとどうにかしたい。
パタパタと走り去るダビデを見送ってから、改めて二人に向き直った。アルオルは断罪を待つように膝立ちの姿勢に戻っている。
「えーっと、じゃぁ、教えてくれる? 今回の一件、アルオルは何処まで知っていて、何処まで関わっていたの?」
私に毒を盛っていたんだから、無関係って訳はない。
「今回の計画は、元々、万一の場合に備えて、以前、私が絵を描いていたものです。オルランドやヤハフェはそれに従ったに過ぎません。どうかお怒りは我が身に」
アルフレッドは迷うことなく言いきると、深く頭を下げる。
「ん? つまり、私と言うか、アルオルの所有者に習慣性の高い毒を盛り、高位隷属魔法の使い手を拐い、薬漬けにし、自分達が自由になる計画を立案してたってこと??」
「そうです。我が一族が囚われた際、万一にも奴隷と落とされた場合には発動する計画でした」
「へー、なら変じゃない? アルオルが奴隷に落とされたのは随分前だよね? なんでこの町に来るまで計画が実行に移されなかったの??」
「それは……、この町なら我々が逃げたとしても、冬なら外部との連絡は取り辛く、所有者を殺すことになっても、辺境ゆえに魔物の被害にあったと、そう偽装する事も容易に可能だった為です。
この計画は最後の手段。決して失敗しないよう万全を期していました」
「…ティナが関わったのが、運の尽きか」
冷え冷えとした視線のまま、アルオルを見ていたジルさんがそう言う。
「私? 何故??」
「ティナ様でなければ、薬漬けになっていただろう。公爵派も逃げ切れていたかも知れない。今回の不確定要素はご主人様だ」
言われてみればそうかも。
「あー、なんか、邪魔してごめんなさい?」
悪いことをしたなぁと思って謝ったら、逆にアルオルの体が硬くなった。謝ってるのになんでさ。
「謝るな。こいつらはお前を殺そうとしたんだ。当然の結果だろう」
怒りの滲んだ口調でそう言うと、剣を乱暴に鳴らす。その姿を見て、オルランドが覚悟を決めたように話し出した。
「……ティナ様、実行犯は俺です。貴女に害を及ぼしたのは俺なんです。
どうか、どちらか一方を責め殺すと決めているなら、俺を殺してください。どのような事でも受け入れます。どんな死に方を命じられても、決して逆らいません。
その代わり、どうか、アルフレッド様のお命だけはお許しを」
そう言って、深々と頭を下げると動かなくなる。
「オルランドっ!」
驚いた様にアルフレッドがオルランドを叱責しているが、私自身は、オルに初めて名前で呼ばれた事に驚いていた。
「初めて、猫だの兎だの言わずに話しかけてきたね。
……ねぇ、オルランド、聞いて良い? 折檻で、どちらか片方を死なせなければ、私の怒りが収まらないって場合は、自分を殺してくれって言うんだね。
普通、全ての罪は自分にある。自分が死ぬから、アルフレッドには手を出さないでくれって頼むんじゃないの?」
よく映画とかだと、忠臣って呼ばれる人たちはそういう反応するよね?
「……それは。
ハニー・バニー、もし我々が個別に罰を受ける事で両方が生き残れるなら、俺は二人とも生き残る方を選択する。アルフレッド様には苦痛を味わせる事になるから、断腸の思いではあるがな。
俺の命はひとつだけだ。もうアルフレッド様にお仕えし、お守りするのは俺だけになってしまった。ならば、生にも執着しないといけない」
顔を上げ、ほんの少しだけ今までの雰囲気を取り戻して、オルランドがそう言った。
どんな苦しみを負っても、命があれば、またアルフレッドの役に立てるか…忠義だねぇ。何がそこまでこの人を駆り立てるのか。私には理解不能。
悩んでいる間に、ダビデがお茶と毛布を抱えて戻ってきた。私用に椅子が準備されて、毛布にくるまったまま座ると、暖かい紅茶が渡された。
怒りの収まらないジルさんと、心配そうなダビデが私の後ろに控える。
ー……さて、どうしたものか。




