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43.権利と義務と実力と

 領主館から連れ立ってギルドに帰ってくると、そのままクルバさんの執務室に連れていかれた。


 一緒に来たのは、マスター・クルバ、アンナさん、ニッキー、私、ジルさんにダビデの六人だ。スカルマッシャーさん他の冒険者達は、別の会議室に入っていった。


 そして元々、自由の風のリックさんが、ギルド長室で待っていたから、追加して7人が一部屋にいる。流石に7人もいると、狭く感じるね。


 私は応接スペースに座って待つ様に言われ、ニッキーとリックさんはマスター・クルバの執務机の前に立たされる。ジルさんとダビデは安定の私の背後に立ったまま控えている。


「ニッキー、今回、君が暴走した事によりどれだけ計画が狂ったか分かっているのか?」


 冷静に話すクルバさんにニッキーは素直に頭を下げた。


「すみません、でもどうしても……」


「どうしても、どうしたかったんだ? お前がやりたかった事はギルドの冒険者を危険にさらしてまでやるべき事か?」


 言葉に詰まるニッキーを一瞥して、クルバさんの怒りの矛先はリックさんに向いた。


「そもそも、Cランクともあろう者がなぜ未成年冒険者に出し抜かれている? 手を抜いたのか?」


「申し訳ない。油断した」


 リックさんは言い訳する事なく、そう言うと頭を下げる。そんなリックさんの姿を見て、ニッキーが慌てていた。


「リックさんっ! 自由の風の皆さんは、俺に良くしてくれました! なんで何も反論せずに謝るんですか?! 俺が逃げ出したんです!!」


「あー、それでもよ、俺たち自由の風はお前の護衛だった。どんな理由があれ、公爵派に奪われたのは失態なんだよ。今回は仕方ないが、次に守られることがあれば、ちゃんと護衛に相談しろよ?」


 力無く笑いながらニッキーの肩をポンと叩くと、改めてクルバさんに謝るリックさんは、やはりプロと言うことなんだろう。自分の仕事に言い訳をしないその姿勢は純粋に凄いと思う。

 けど、何で私はここにいるのさ? 本来他の冒険者が依頼の報告をする所なんて、聞いちゃいけないはずなんだけど。


「そこにいるティナに礼を言っておけ。お前達が破綻させかけた計画を、身を削ってまで成功させたんだ。後は下がって良い。自由の風への依頼は未達成とする。いいな?」


 身を削って?? そんな心当たりはありませんが?


 依頼の未達成も覚悟の上だったのだろう、リックさんはニッキーを連れて外に出ていった。途中に座っていた私に対して、軽く手を上げて謝意を伝えていた。ニッキーはまだ何か言いたそうだったけれど、ペコリとクルバさんに頭を下げ、ついでに私に手を振ってリックさんの後を追っていった。


「……さて、ようやく落ち着いて話せるな。今回の件で疑問点あるか? アンナも言ったはずだが、答えられる範囲で答えよう」


 応接スペースに移動してきたクルバさんは三人掛けのソファーに一人ポツンと座った私の向かい側に座る。その隣にはアンナさんが座った。


「えーっと、まずはひとつ。

 アンナさん、その格好、なに??」


 さっき見たときに、いつもの受付嬢の制服に革製の薄いグローブまではわかっていた。それだけでも謎だったのに、歩く度に重い衝撃音が鳴る膝下までの厚底ヒールのブーツってナニ??


「ティナ、初めに聞くのがそれなの?? まぁ、答えるけれど…ギルドの受付嬢は万一ギルドで冒険者同士の乱闘が起きても、鎮圧もしくは時間稼ぎが出来るように、全員それなりに戦闘訓練を受けているのよ。今回はその鎮圧用の格好ね」


「……アンナは受付嬢と両立して冒険者資格も持っている。Bランクの拳闘士だ」


 二人とも呆れながらも答えてくれた。真後ろ、ジルさんがいる辺りからもため息が聞こえたから、どうやら安定の変な質問だったらしい。


 では、仕切り直して真面目に質問しますか。


「では、マリーおばさんの件ですが、訳も分からないまま伯爵を説得しましたが、あれで良かったのですか? ギルドの計画を破綻させていませんか? 私が知らないところで何が起きていたのですか? 雪を止めるアイテムは結局どうなったんですか? アルオルはどうなるんですか? 捕られていたと言う住人は? 犯人は? それに私は身を削ったつもりなんかないですよ?」


 怒濤の如く質問した。まだまだ聞きたいことは山ほどあるけれど、息が続かなくてそこで一旦切った。


「……そこで待て。まずはそこまで答えよう。

 マリーの件は正直助かった。我々では執行局から、目零しを受ける事は出来なかった。あのままではギルド計画が破綻しかねなかったが、現状ではもっとも良い落とし所に落ち着いたと認識している」


 まぁ、お世話になってる人に迷惑が掛からずに済んだなら良かったのかな?

 

「次にお前の知らないところで何が起きていたかだが、どこまで知っているか分からないからな。アンナ、説明を頼む」


「はい畏まりました。では、ティナ、ギルドはデュシスの辺境伯令嬢、イザベル様と協定を結んでいたの。今回の一連の流れは、領主と我々の共同作戦だったと言うこと。主導権争いはあったけれど、それも貴女のお陰でギルドの勝利よ。

 マリーが捕らわれたのは予定外だったけれど、その他は大体計画通り。特に貴女が公爵派のメイン拠点を特定してくれたのが大きいわ。怪我をさせてしまったのは想定外だったから申し訳ないと思っているわ」


「ティナ様が捕らわれたのも、想定内なのか?」


 後ろから低いジルさんの声がする。あー、こりゃ怒ってるわ。さっき誤魔化しちゃったしな。キチンと話さないとダメかな。


「ジルさん、ダビデ、事前に話せなくてごめんなさい。でも、アルオルも居たし、呼び出して不審を懐かせるわけにはいかなかったから。 

 公爵派が、おそらく仕掛けてくるだろうから、その時に命の危険が無いようだったら、アルオルに同行して公爵派の主要拠点を調べてほしいって依頼をされたのよ。北の墓守に届ける予定のアイテムが発信器になっていて、ギルドには私の居所が分かるようになってたから、すぐにジルさん達も駆けつけてくれたでしょう?」


 宥めるつもりで、そう話したんだけれど今度はダビデから怒られてしまった。


「お嬢様!! なら何故ボク達に護衛がついて、お嬢様には護衛がつかなかったんですか? ボクは足手まといでもジルさんなら十分にお供出来たはずです!」


「あー……そこはゴメン。私は我儘だからね。ジルさんにしろダビデにしろ、万一にも怪我をして欲しくなかったんだ。

 もしも、公爵派に長く囚われる事になったとしても、私だけなら最悪でも殺されはしない。アルオルの隷属魔法を解除するまではって条件はつくけどさ。

 でも、ダビデとジルさんは違う。最悪殺しても良い扱いになる。そんなところに連れていくのは嫌だったんだ」


「我々は足手まといですか? ご主人様を守る事もお許し頂けないと?」


 ソファーに一歩近づいてジルさんが訴えてくる。


「いや、そうじゃなくて。今回はギルドの冒険者が到着するまで私は公爵派の主要メンバーと一緒にいなくちゃならなかった。そしてそれがどれだけ長くなるか分からないものだったの。結果的にはすぐだったけど、だから万一を考えてジルさんたちに護衛を付けて貰えるようにお願いしたの」


「そこまでにしてもらおうか? 内輪揉めは後でやってくれ」


 呆れたようにマスター・クルバが割り込んできた。確かに忙しい最中、時間取って貰ってる身だし申し訳ないことしたわ。


「ごめんなさい、続けてください」


「そうね、ティナが知るべき情報は後でまた話すわ。マスター・クルバの時間が押しているのよ。

 次に雪を止めるアイテムだけれど、スカルマッシャーが確保してこちらの手の内よ。そろそろ作動も止まるから、本来の冬に戻るわ」


「…捕らえられた住人達だが、公爵派への尋問でシロだと分かり次第、早急に解放される。公爵派への尋問は、死んだ者へも行われる事になっているからな。すぐ結果が出るだろう」


「死んだって、どうやって?」


 死人に口なしって言うよね?


「死体の記憶を見る魔法や、魔法で質問を決めて、その答えを死体から出る血液で判別する尋問用の魔法なんかもあるから、方法はイロイロよ」


 あまり楽しそうにない表情でそう言う。具体的に言いたくないくらい、エグい方法なんだろう。


「さて、あまり時間もない。今後の事を話そう。もし今回の件でもっと知りたいことがあったらアンナが対応する。

 とりあえず、ひとつ確認だが、ティナ、お前、異端奴隷達の怪我を治したのは何故だ? まさか、また甘いことを考えているんじゃないだろうな?」


「甘い?」


「アンナから聞いた」


 そう言ってチラリと私の後ろに視線をやるクルバさんは、多分ダビデ達二人を自由にするつもりだって事を言ってるんだろう。


「アンナさん?」


「ごめんなさい、でも、マスター・クルバやスカルマッシャー達は知っていた方が良いと思ったの。大丈夫、皆、理解してくれているわ」


 理解はしていても、賛成しているかどうかは別だと思う。何か言いたげな顔のまま、二人は私を見ている。


「そんな事よりも、どうなんだ? あれらも解放するつもりか?」


「まだ分かりません。怪我は見苦しいので治しましたけど、この後どうなるかも分かりませんし。アルオルが本当に返却されるのかも含めて、不透明だと思っていますよ?」


「おそらく、異端奴隷達は返却される。ただしらその時には執行局か伯爵個人から、お前に対する勧誘があると思った方がいいだろう。そして、お前が回復薬を作れる、それも高位回復薬が作成出来る可能性が高い事もバレていると覚悟しなくてはならない。一体、どうする気だ?」


 あー、やっぱりそうなんだ。誰もアルオルの怪我が治っている事に突っ込まないから変だとは思ってたんだよね。どうしようかな?


「ひとつ確認です。私が伯爵の誘いを断ることにより、このギルドや私と関わりのある人達が何か不利益を被る可能性はどれくらいありますか?」


 私がその質問をした瞬間、マスター・クルバが感心した様な顔をした。


「後先を全く考えずに好き勝手しているかと思ったが、多少は考えているのか? 身を削っている自覚すらないとは、よほどお人好しか考え無しの馬鹿かと心配したぞ」


「マスター・クルバ、言い過ぎですわ。ティナはただ世間に慣れていないだけです」


 真顔で失礼な事を言う大人達に睨んでいると、後ろからも吹き出す音がする。


「もう、みんなで失礼ですよ。ただ今回の件は最初から最後まで巻き込まれた様なもので、その出来事のほとんどに私の意思は介在してません。だから、ぼんやりしていると思われていただけです」


 膨れっ面になりながらそう言った。そんな私に対して、諭す様にマスター・クルバが話し出した。


「巻き込まれる事を許容した時点で、お前も意思表示している。

 勘違いするな。未成年とは言え、お前の選択は全てお前の責任になる。そして、それは所有奴隷の運命をも決めることになんだ。

 忘れるな、我々が後ろ楯だとは言え、お前にとって絶対的な守護者であった゛親゛はもういないんだ」


 最後はどこか哀しげに言い切られた。大丈夫、分かってますよ。その場、その場で場当たり的に選択してきたとは言え、後悔する様なことはひとつもしていない。同じシチュエーションで同じ選択を求められたら、同じ結果を望むって確信を持って言える。


 アンナさんは無表情で私を見ていた。おそらく、私の親の事も最低限は知らされているのだろう。


「……親? いない??」


 小さくジルさんが呟く声がする。けれど、クルバさんはそんなジルさんにキツイ一瞥を送ると、先に進めた。


「さて、説教はここまでだ。

 ティナが誘いを断る場合の弊害だったな。正直に言えば、おそらく多少の嫌がらせはあるだろう。ただし冒険者も冒険者ギルドも国の枠外にあるものだからな。自ずと限界はある。それでお前はどうしたい?」


「貴族のお抱えなんて、真っ平ゴメン。権力闘争何処か私の知らないところでやってくれ。人生、平和が一番。私は私の身の丈にあった生活を望みます」


 キッパリ言いきったら、大人達に笑われた。どうしたいか聞かれたから言っただけなのに失礼な!


「なら、このままの生活を望むと言うことで良いな? 異端奴隷達の所有で多少は変わらざるをえないとは思うが、そこは自業自得だ。諦めろ。

 なら、伯爵にはテリオ族故に、国に所属するつもりはないと言えばいい。こちらでも動いておく」


「分かりました。でも、ギルドサイドは無理しないでくださいね。最悪この国から逃げるだけなんで大丈夫です」


「お馬鹿、貴女が逃げたらポーションは誰が作るのよ。未成年の間の契約は忘れないでちょうだい」


 呆れられて怒られた所で、いきなり執務室のドアが許可無く開いた。私は扉に背を向ける位置で座っていたから、誰が入ってきたのか確認するために、勢いをつけて振り向く。


 身構えるジルさんの影から扉を見ると、複数の冒険者が入ってくる所だった。


「何事だ?」


 不快感も露にクルバさんが問いかけるが、それに答えること無く先頭にいた戦士が私に掴みかかってきた。ジルさんガードで止められたけれど、そのまま私に訴えてくる。


「お嬢ちゃんがティナだか? 異端の公爵の所有者、ギルドの臨時薬剤師で間違いないだなっ?!」


「はい、そうですけど……?」


 凄い勢いで問いかけられて、困惑しつつも頷いた。何か緊急の用件なのかな?


「んだば、異端奴隷の責任をとって貰いたいんだず!! お前の所有する奴隷のせいで、おらの友達は執行局に捕らわれて拷問され、後遺症が残ったんだず! だから、お前が責任をとって友達を治して貰いたい! 回復薬、作れるって聞いたず。なら在庫もあるはずだずっ! 今すぐ、高位回復薬を出すんだず!!」


「豊穣のッ!!」


 最後に、普段は関わりのない受付嬢と一緒に入ってきたケビンさんが、咎める様に叫んだ。


「豊穣の大地、何を叫んでいる? 全員、誰の許可を得てここに入った?」


「んだけんど、今ここでティナを捕まえなけりゃ、また消えてしまうんだず! お前の所有する奴隷が原因で、住人に被害が出てる。それを治す術を持っているのだから、助けるのが当然だず!」


 言い合いになっている、クルバさんと冒険者の会話に割り込んだ。


「あの、すいません。状況が分かりません。

 住人に被害って? あとそれの責任を私がとるのはなんで?」


「ティナ、すまん。後で頼む予定だったが、豊穣のが暴走した。

 アルオルがこの町に来たせいで公爵派が来た。公爵派が来たせいで執行局が来た。執行局が来たせいで、住人が公爵派との疑いを受け、拷問され後遺症が残った。

 アルオルに責任を取らせようにも、国に裁かれた結果、来たからな。下手をすれば反逆になりかねない。だからアルオルを買ったお前に責任を取らせようと考えたんだ」


 ケビンさんが状況を分かりやすく説明してくれたけど、それって八つ当たりじゃないの? そもそも、私だって国で裁いたからオークションで買ったんだし。


「それ、私のせいなんですか?」


「違う。しかし、住人感情は理性ではないからな。そう思う人間もいると言うことだ」


 私の疑問をきっぱりと否定して、豊穣と呼ばれた冒険者を睨むクルバさんを見る。


「しかしマスター・クルバ、この娘は異端奴隷を買い取るくらいの資産があるんだず! なら、異端奴隷が来たせいで、働けなくなった人間を助けるくらいワケないはずだず! 一般市民には高額過ぎる高位回復薬だって人数分を手にいれる事も難しくない。

 なら助けてくれても良いはずだず!!」


「義務と権利と可能かどうかの実力は違う。お前はティナに善意を強制し、一方的に搾取するつもりか? 落ちたものだな」


「そんな事は言ってないず!」


 睨み合うクルバさんと、豊穣の大地さんの間に挟まれて、どうしたものかと考えた。この人と一緒に入ってきた他の冒険者さんたちは、なんの用件なんだろう?


「あの、豊穣の大地さん以外の皆さんはなんで?」


「おう! 豊穣が暴走するなら見物したくてな!」


「ふん、豊穣の友人が助かるなら、俺たちの友人も助けて欲しかったからな。画家の友人が反逆的とされて囚われたんだよ。領主の屋敷にアートを描いたせいでな」


 口々に事情を話してくれた。うーん、どうしたら良いものか。私自身は、回復薬を供出するのはやぶさかではないけれど、数が足りるのか、どうやって配るのかって問題もあるしなぁ。


「あの、ちょっといいですか?

 そもそも、町の人達で執行局に捕らわれて、後遺症が残った人って何人くらいいるんですか? あと私が持ってるポーションは、肉体は治せても、精神の修復は出来ないですよ?大丈夫なんですか?」


「ティナっ! 貴女が責任を負うことはないのよ!」


「すみません、アンナさん。ちょっとだけ待ってください。

 豊穣の大地さん、助けるなら平等に、全員を助けなければ不満と不審が残ることになります。人数と怪我の程度を教えて下さい」


 冷静にそう聞くと、豊穣の大地さんは少し悩んでから答えた。


「今、現在戻ってきている人間は、皆、肉体的損傷を負っているず。人数はおよそ10人。それ以外にも捕らわれたと予測されているのが、50人程度を居るず。ただしその50人の内、何人生きて戻るかは分からないんだず。精神の方は、治す術が少ないのはみんな知ってるから仕方ないんだず」


 最大に見積もって、高位回復薬60個、予備も考えて70もあれば足りるかな? ならすぐに作れるし在庫は問題ない。


「分かりました。次に、どうやって配るかです。

 マスター・クルバ、もし私が回復薬を出した場合、怪我を負った人達は素直に受け取ってくれると思いますか?」


「……無理だろう。逆に意固地になって受け取らない、使わない人間がでてもおかしくはない」


 あー、やっぱりそうか。私が原因だと思い込んでる人なら、犯人からの施しは受けないとか言いそうだもんね。


「なら、私の名前は出さず、ギルドからの善意、もしくはドリルちゃんから渡してもらう事は出来ませんか?」


「ドリル……?」


 あ、しまった!! 間違えた!!


「ごめんなさい、間違えました。デュシスの領主令嬢、イザベル様です」


「……ドリル……プッ」


 画家の友達がいると話していた冒険者が、小さく吹き出すのを合図に、部屋にいた冒険者達がみんな笑い出した。


「ティナ、名前を間違えるのは失礼にあたる。今後は注意しろ。

 ……全く締まらん事だ」


 ごめんなさい、クルバさん。でも名前よりも分かりやすいと思うのよ。


「そうだな、回復薬をギルド名で配ることはおそらく可能だろう。だがそれをしてお前になんの利点がある?

 町の住人は、お前が回復薬を出したことを知らない。異端奴隷を所有するお前に対する風当たりが改善する事はない。丸損になるぞ」


 コレは、私に説明するフリをしつつ、周りの冒険者達に聞かせたくての台詞だろうね。最初にギルド名で配ることを提案したのは私だ。ならそれくらいは予想してるし。


「んー……、自己満足ですかね? 私は私が出来る最大限の事はしたって言う、免罪符を手に入れることが出来ます。

 回復薬はアンナさんに預けます。私は速やかに今回被害があった人たちの手元に薬が届けば文句はありません。

 ……ギルドとして最大限に上手く活用して下さい」


「かぁ、めんどくせぇ!! おい、小娘! 今、2つだけでも良い、ポーション持ってないのか? それをコイツらに渡せば、俺たちはここから出ていく! 後ろ暗い打ち合わせは俺達がいなくなった後でゆっくりやってくれ!!」


 暴走見物の冒険者がキレて割り込んできた。安いものじゃないんだから、有効活用を模索するのは当たり前だと思うけどね?


「……ティナ、お前が良いと言うならこちらとしては有り難くその提案を受けよう。豊穣と蒼穹には一時的にギルドの在庫を渡す。

 それでいいな? それと今回の暴走については評価から引かせてもらう。全員、そのつもりでいるように」


「おい、俺もかよっ!」


「当然だな、烈火。全員だ、これ以上評価を下げられたくなければ、さっさと下がれ。評価だけではなく、報酬も削るぞ?」


 殺生だ、横暴だと、口々に嘆きながら冒険者達は全員退室していく。ケビンさんには小さく手を振って挨拶した。


 静かになった部屋で、残った誰からともなくため息が漏れた。


「なんだか、本当に大事になっちゃいましたね。忙しい思いをさせて申し訳ありません。

 コレ、少し多目ですが、配って下さい。足らない場合は連絡を、残ったらギルドの取り分として頂ければと思います」


 執務室の扉がしっかり閉まっていることを確認してから、アイテム・ボックスを開いて、作り置きの高位回復薬100個の内、75個を取り出してアンナさんの方に押す。さっき考えたのより多いのは、ギルドに対する迷惑料のつもりだ。


「ティナ、勘違いするなよ? お前がアルオルを買おうが、買うまいが、今デュシスの町で起きていることは、必ず起こったことだ。お前が責任を感じることはない」


「分かってますよ。ただ、もし、アルオルをすぐ殺す人がオークションで落札してたら違う結果になってたのかな、とか考えてるだけです」


「そうなったら、公爵派と執行局、それに冒険者ギルドの三つ巴で本気の殺し合いだったでしょうね。町の住人の被害もこんなもんじゃなかったわよ」


 宥められて、執行局からアルオルの引き渡し方法の連絡が来たら、また集まることにしてギルドを後にする。


 町の住人から粘つく様な視線を感じるのは、自意識過剰かな? 行きに感じた変な魔法の気配は消えているから、もしかしたら雪を降らせるアイテム関連の何かだったのかもしれない。


 なんとなく話す気になれなくて、ダビデとジルさんを連れて寄り道もせずに、町の外に出た。


 知らず知らずの内に特大の溜め息が出る。


「ティナ様……」


 心配そうにジルさんが話しかけてくるけど、もう少しだけ時間が欲しかったから、無言のまま浮遊術を唱え、いつもの丘の陰についた。


「疲れたね……帰ろっか」


「ティナ、大丈夫か?」


「ん? 肉体的に大丈夫かって質問なら、大丈夫ですよ。知らなかった事実やら、これからの事やらで精神的にはヘトヘトですけどね」


「お嬢様……」


「心配しないで、ダビデ、大丈夫だから」


 あー、気になることは先に済ませてしまおう。


「ジルさん、少しだけいいですか?

 アルオルの喉笛を喰い千切りたい、その意思に変わりはありませんか?」


「ああ、当然だな。この一月で更に許せなくなった」


 心配そうな表情を一転、暗い目をしたままジルさんは言いきった。


「……ごめんなさい、それを許可出来なくなるかもしれません」


「なぜ?」


「本当に返却されるとするなら、アルオルも私の同居人になります。理由のある殺し合いなら、まだ許容出来ます。でも甘いと言われても、一方な断罪は行えません。

 トドメを刺さないと約束してもらえるなら、忌憚のない話し合いの場を作る事はやります。その場で殴り合いの喧嘩をしたいと言うなら止めません。

 でも、ごめんなさい、ジルさんがおそらくアルオルを一生許せない事は予想してます。でも、殺させる訳にはいかなくなってしまいました」


 ジルさんの顔を見ていられなくて、話終わる時には下を向いていた。そのまま深く、ジルさんに頭を下げる。


「……ティナお嬢様」


 心配そうなダビデの声がするけれど、今顔をあげることは出来ない。


「……少し時間をくれ」


「ありがとうございます」


 すんなり受け入れてくれるとは考えてなかったから、時間をかけて検討して貰えるだけでも有り難い。


 10日くらいで、アルオルが返却されてくる。それまでにジルさんの意志が固まってくれればそれでいい。


 ジルさんが私たち達と離れる事を選択するなら、マスター・クルバやクレフおじぃちゃんにお願いしてでも、何とか早く自由になって国に帰還できる様に、方法を探さなきゃなぁ。隷属魔法かかったままでも、国に帰ったら何とかなると言うなら、それでも良いし。


 ー……どれだけ今までジルさんを頼りにしていたか、ようやく分かったわ。震えがくるほど哀しいなんて、初めての経験だわ。


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