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42.説得してみせよ





 反応できなくて困っている私に気が付いたのか、マスター・クルバが代わってくれる。


「閣下、ティナの異端奴隷達の貸出に否やはありませんが、コレらもこの娘が大枚を叩いて買ったモノ。先ほど壊すつもりはないと仰られましたが、確約を頂けますか?」


「フン、くどい。ワシがそう申したのだ。コレらの貸出及び、返却は決定事項だ。

 それよりも、冒険者ギルドのマスターよ。そなたの所ではもうひとつオトリを出したのであろう? そちらの生き餌は、元は公爵派の疑いがあるとか…、引き渡してもらおうか?」


 ニヤニヤと笑いながら司会者が、伯爵の指示を受けてクルバさんに近づいていく。


「おや、ご存じでしたか」


 クルバさんは軽く認めるだけだけれど、アンナさんは司会者を牽制する様に一歩前に出た。おー、バチバチしてるわ。


「ほう、シラを切るかと思ったが認める……か。ならば話は早い。早急に引き渡しに応じよ」


 あー、なんか大人同士で黒い話し合いになりかけてるのかしら?

 理解が大変だから、何処か他所でやってほしいな。これ以上、巻き込まれたくないし。


 何となく居心地の悪さを感じて、視線をさ迷わせる。ダビデは怯えてる、ジルさんは無表情。縛られ床に膝をついたままのアルオルは、さっきまでの動揺を感じさせない静かな佇まいだ。


 ここまで色々やっておきながら諦めた……って訳ではないだろうし、逆に不気味。


「……ニッキーと言う……」


 クルバさんの口から予想外の名前が出て、意識を話し合いに戻す。


「そちらのティナ同様、未成年冒険者ではありますが、見所のある若者です。そのニッキーを使い、オトリとなった者には二重スパイを頼んでおりました。

 まさか、執行局にそれを知られ、囮の関係者を捕らわれるとは予定外でした。捕らえたアムル家の者達は無関係です。速やかに解放をお願いしたい」


 どの家族かは知らないけど、巻き込まれた人がいたらしい。クルバさんのこの口調じゃ、おそらく一般人だろう。気の毒に。


「その証は?」


 伯爵が冷静に問いかけている。そもそも囮って誰さ? ギルドで軽く今までの流れは聞いたけれど、時間もなかったしホントにサラッとしか聞いてないんだよね。


 答えに詰まるクルバさんを見て、伯爵は配下に囮の人を強制的に連れてくる様に指示した様だった。そもそも、さっきの貴族の屋敷にニッキー達もいたみたいだし、身柄の確保はいつでも出来たのだろう。それをしなかったのは、冒険者ギルドへの配慮なのかな?


 抵抗もせずに、連れてこられてのは、ニッキーと痩せて小柄なご婦人だった。二人には抜刀された剣が向けられている。


 私がいることに気がついたのだろう、ニッキーが元々丸い目を更に見開いてこっちを見ている。ご婦人は自らに向けられた剣は完璧に無視して、跪いた奴隷、つまりアルオルを凝視していた。


「来たか。……やはりオークションで参加を認めなかった者か」


 あ! そうだよ、息子さんの遺産を注ぎ込む予定だったご婦人だ!!


 伯爵に声をかけられて、ご婦人は無言で床に倒れ込むんじゃないかなってくらい、深々とした礼をしたまま動かなくなる。


 ニッキーも真っ青のまま頭を下げている。まぁ、偉い貴族みたいだし、仕方ないのかな?


「お前がオトリか?」


「はい、私はマリーと申します」


「捕らえよ」


 迷うことなく命令する伯爵の声を聞いて、どこからともなく現れた執行局職員が近づいてくる。


「待って下さい!!」


 顔色真っ青のまま、それでも弾かれたようにニッキーが割り込んだ。


「マリーおばさんは、悪くない!! お願いです。貴族様、おばさんを連れていかないで下さい!!」


 ニッキーは、マリーさんと捕らえにきた執行局員だと思われる灰色の陰気な男の間に立ち哀願する。だが、それで止まるような人達ではないらしく、マリーさんを乱暴に掴み引き摺ろうとしていた。


「お止めください!

 彼女は我ら冒険者ギルドの協力者です。我ら冒険者は、半分は国権の外にいるものです。庇護も受けぬ代わりに膝も屈さぬ、いつ死ぬとも知れぬ無法者の集団。その代わり、一度身内と判断した者を、決して見捨てることはありません。

 彼女を貴殿らの好きにさせるわけにはゆかぬのです」


 クルバさんが席から立ち上がって執行局を止めようとし、その意を受けて、アンナさん、ケビンさんがマリーさんと執行局員の側に寄る。でも流石に手出しは出来ないみたいで移動させないだけで精一杯だ。


「伯爵さま、そのマリーとか言う者が、公爵派であると言う証は逆にあるのですか?」


 ティーカップを右手に持って、流し目のまま伯爵に問いかけたのは、ドリルちゃんだ。…なんか、私だけ物凄く傍観者だなぁ。


「証拠など要らぬ。我々は国に仇なす者を見つけ出し、処理する執行局だ。無罪の証は相手が立てれば良い」


「あら、では、か弱き世の中すらも知らない辺境の田舎者に、中央貴族の中でも、最高位とされるあなた様を納得させられる程の証拠を揃えよ。と、そうおっしゃると言うの? それはまた、随分ですこと……」


 呆れた様にため息を付き一口冷めた紅茶を飲むと、思い付いた様にその場にいる全員に提案する。場の空気と言い、その仕草といい、すっかりドリルちゃんのペースだ。


「では、こう致しませんこと?

 今から、誰か一人が、この田舎者(マリー)が公爵派ではない、もしくは国に仇なす者では無いことをあなた様に説明する。

 それであなた様が納得なされる、もしくは興味を引かれれば、この田舎者の処断はワタクシども、デュシスの町が行います。

 そうでなければ捕らえ、好きなだけお調べになればよろしいでしょう」


「それを受けることで、ワシに何の利点がある?」


「……端的に申せば、退屈しのぎ、ですわね。

 御自身の領地の秋の実りを監督すべき頃から、季節外れとはいえ雪舞うこの時期まで、公爵派を追い続けたのです。ストレスは元より、娯楽にはとても飢えていらっしゃるのではありませんか?

 それに、万一、この田舎者に慈悲を下さる気になられたら、執行局、ひいては、皆が分かっていることではありますが、国王陛下の慈悲深さは町中、年端もいかない乳飲み子までら全ての者が知ることになりましょう」


 堂々と詰まることなく語りきったドリルちゃんは、どうするのか、と言わんばかりに微笑みを切らさずに伯爵を見詰めた。


「……良いだろう。だが、話を聞く相手は、指定させて貰うぞ。

 ティナとか申したな? 素敵な趣味の悪辣娘よ。慈悲深く奴隷達を扱い、紅蓮の装束を纏わせる娘よ。

 そなたもまたこの田舎婦人の無事を望むなら、わしを説得してみせよ」


「えっ……」


 うわ、予想外のところから、特大の火の粉が飛んできた!!

 心から驚き、堪えきれずに声が漏れた。他人事だって観戦してたのバレた??


 そんな私を面白そうに見つめる伯爵と司会者。口惜しそうにして羽扇を握りしめるドリルちゃんと、そのドリルちゃんを心配そうに見るパトリシア嬢。


 クルバさんは氷点下の視線を寄越し、アンナさん、ケビンさんは何か伝えたそうだ。ニッキーはすがり付く視線をよこし、当の本人、マリーおばさん(?)はウチのアルオルを今だに凝視中。


 どうなってんだ、こりゃ。


「他の者は一切口を開くな。その娘のみ発言を許す。さあ、娘よ、この田舎者を見逃す利点を述べよ」


 あー、どうすればいいんだ? 私、このご婦人と今回のドタバタでは、初顔合わせなんだけど!!


 でも、ギルド的には助けたい人なんだよね? 同世代の未成年冒険者で唯一、私を仲間と認めてくれたニッキーも、助けたいんだよね? お世話になっている、アンナさんとケビンさんもどうにかしたいんだよね?


 ……なら、頑張ってみるしかないかな? でも、この貴族のツボって良くわからないんだよね。


「どうした? 何もないなら捕らえるが?」


 迷いながらも市場で見せた高位貴族に対する最敬礼を、出来るだけゆっくりと優雅に行った。頭の上で、息を飲む音が複数するから、普段の私とのギャップに驚いたのだろう。おばちゃんだってやる時はやります。


「申し訳ありません、考えておりました」


「ほう、何を考えておったのだ?」


「いと高貴なる方に、どう話せば良いか、考えておりました」


 先を促すように顎を動かされて、内心弱りきる。今の隙に何か機知に富んだ事を考えるなんて、無理。なら、話ながら考えよう。


 外してはいけないのは、アルオルをこの国がどういう目に合わせたいのかって事だ。

 それにこのおばさんの事を、執行局は公爵派として黒にとても近い灰色判定されているらしいってこと。さっきクルバさんが二重スパイって言ってたから、潜入もしくは寝返りのどちらかだろう。ならほぼ黒。無罪だから解放しろは、通じないと思った方がいい。

 問題は、私自身はおばさんがどういう風にギルド、執行局、公爵派の利害に関わっているか全く知らない点だ。


 事実として確定しているのは、二重スパイで、私の他にもうひとつ出た囮で、ニッキーを助けるために二重スパイと知られた上で公爵派に捕まった、ギルドや私に縁がある人達が助けたいって思ってる人だと言うこと。


 話の組み立てを考えろ。どうすれば、腐れ貴族(ジルさん談)の興味を引ける?


 深呼吸をして、覚悟を決めた。話し出したら止めることは出来ない。最後まで走るしかなくなる。


「……突然のご指名に、私の中でも混乱し、まだまとまっていないのです。どうか、分かりにくく、冗長に話す無礼をお許しください」


 諸々のスキル、ついでに『幸運』、なんでもいいから働いてね! 口からデマカセ、嘘八百とまではいかないが、真実を誇張し、都合良く伝える技術くらいはなんとかあるぞ!! 伊達に社会人経験有の元局候補じゃないんだ!


 面倒だけどやるだけはやってみよう。


「閣下、私が初めてこのご婦人に出会いましたのは、閣下にお目にかかったオークションでございます。そこで、このご婦人は何と申していたか、閣下は覚えていらっしゃる事でしょう」


 そこで一息つく。溜めは大事だ。ゆっくりと十分に理解できる速度で、切々と語りかける。


「ご子息が無念の死を遂げた、その理由を尋ねたいと申されていたのです。私はその話を異端奴隷を買い取った後、そこにいる受付嬢アンナに話しておりました」


「はい、さようでございます。私は、異端奴隷をティナが買い取った次の日、ギルドに参った本人より直接オークションでの行動を詳細に聞きました」


 問いかける伯爵の視線に、アンナさんが迷うことなく答えた。まぁ、事実だし、問題はなかろう。


「またそちらにおりますニッキーとは、私がこの町に参りました時よりの付き合いでございます。食用に耐えないとされる、雑草……失礼を致しました。草を市場で売り糊口を凌いでいる、未成年冒険者でございます」


 …ゴメン、ニッキー、雑草とか思ってないから、後で謝るから許してね!! 最初は、臭い葉っぱとかいってたし、ちょっとだけ我慢して!


 私の狙い通り、雑草売りと聞いた伯爵はニヤリと笑い、ニッキーを見る。生理的に怯えを呼び起こす笑い方だから、ニッキーは更に顔色が悪くなっている。


「私は、アンナ嬢に申しました。

 もしも、私の所有する異端奴隷達に、そのご婦人が会いたがっているなら、それも構わない、その代わり、私もその場に立ち会わせて頂くのが条件だと伝えてほしい。まぁ、その時点では、どこの誰とも分からなかったのです。ただの冗談のつもりでした」


 少しずつ興味が引けているかな?


 熱心に聞く伯爵の表情の変化を見逃さない様に、見つめながら続きを話す。


「次にこの町に参りましたのは、本日でございます。

 以前私は、閣下の部下である、司会者殿にこう聞きました。この二人への判決は『もっとも苦痛多き生に、救い無き死を』それに間違いはありませんか?」


 私の問いかけに、伯爵は鷹揚に頷いた。

 なんか、ノってきたわ。ついでに着地点も見えてきた。ノってきた、と言っても確実に悪ノリだけどね! 今の私は女性弁論士!! ここは私の弁論場!


「では、苦痛とは何なのでしょうか。

 その身体を痛め付ける事ですか? 精神を追い詰める事ですか? 

 救い無き死、とはどの様なモノなのでしょうか。

 苦痛の(のち)に耐えきれぬと死を望む、その果てにあるモノなのでしょうか? 誰からも必要とされず、役に立たず、意味もない死なのでしょうか?」


 そこでわざとそれまで伯爵に固定していた視線を外し、ゆっくりと全員の顔を確認する。


 アルオル、マリーおばさんの所で意味ありげにしばらく止めた。そして再度伯爵に視線を戻す。


「閣下、私は『救い無き死』の答えは持ち合わせておりません。この者達がどんな理由であれ、その『死』に理由を付けてしまえばそれは『救い』になるからです。かといって、考える間もない『死』など、ただの事故。そのようなものは『救い無き死』ではありません」


 困った顔をして、わざと下を向いた。一拍おいたら、少し声のトーンを上げる。さて、そろそろクライマックスだ。説得してみせましょう!


「ですから、私は彼らの『もっとも苦痛多き生』の為に、そのご婦人の自由を望みます。(えにし)のある、味方だったかもしれぬ、そんな者に責められて辛くない人がおりますか?

 純朴に息子を愛する母の嘆きを聞き、心動かされない者はおりますか? 全てを捨て去ってまで、真実を求めた、母の叫びを…」


 あー、司会者がめっちゃ良い笑顔になっているよ? 伯爵の方はそれなりって所かな? なら、もうひと押し。


「閣下、私は、そこにおります異端奴隷達のみの事を申しているのではありません。町の住人も含めての話です。

 『精神的な針のむしろ』良い響きだとは思いませんか? この者達がこの地にいる限り、安寧も赦しもないのです」


 最後は確信を持った笑顔で締め括る。自分が心から信じていなければ、説得力なんか生まれない。ついでにこの執行局の人員は、伯爵はじめ、みんな変な風に想像力豊かそうだから、わざと何をするかは言わずにシチュエーションだけを伝えた。


 コイツらは、アルオルをトコトン苦しめたい。地獄に叩き落としてもまだ甘い、殺してほしいと心底懇願するまで責め立てたいんだろう。


 ……だからこそ、最後は想像にお任せだ。


「ふ……ふふ、流石は悪辣娘だ。かなり心引かれたぞ。良いだろう、田舎者の処分は、デュシスの町に一任する。イザベル、好きにするが良い」


 あー、勝った、勝っちゃったよ。最期の笑い出すまで、伯爵はどんな想像したんだよ。すごく気になる。気になるけど、聞きたくない。


 話している最中から、三文芝居の舞台女優になった気持ちだった。恥ずかしいし、出来たら二度と一人弁論大会なんてゴメンだね。


 ホッとしているドリルちゃんをはじめとするデュエットの住人達とは裏腹に、アルオルの顔色はトコトン冴えない。まぁ、二人とも図太いし何とかするだろう。最悪、二人がデュシスから離れれば良いだけだし。

 ん? てことは、要らないけど二人の所有者である私もこの町から離れるの? 今のところその予定はないし、アルオルには個別に頑張ってもらうとしよう。自業自得だわ。


「感謝いたします」


 立ち上がり、淑女の礼を取るドリルちゃんに合わせて、デュシスの住人達全員が頭を下げた。マリーおばさんは、ドリルちゃんの合図で入ってきた執事っぽい男性に何処かに連れていかれてしまった。

 それを見送るニッキーは心配そうだけれど、自分がこれ以上出来る事ないと分かっているのだろう、ケビンさんの後ろに移動して控える。


 ニッキーと目があったとき、微かに口が動いて、感謝を伝えられた気がする。そんな和んだ空気の中で、伯爵がまた口を開いた。もう良いよ、このまま解散しようよ。私、もう疲れた。


「娘よ。そなた、王都で働く気はないか?

 そなたの才ならば、すぐに頭角を表すであろう。ワシが後ろ楯につくぞ」


 ゲッ、一難去ってまた一難?? またなんか嫌なこと話してるよ。


「あら、伯爵さま、駄目ですわよ? そのティナは私共デュシスの者ですわ」


 雰囲気を変えて、話し出す貴族二人に呆気にとられた。マリーおばさんが終わったと思ったら、今度は私の取り合いですか。この二人、本当に仲が悪いんだね。


「閣下、イザベル様、ティナはデュシス……いえ、冒険者ギルドの所属です。勝手な売買は辞めていただきたい」


「あら、マスター・クルバ。ティナは未成年でしょう? ならば後見役がいなければ、領主家が後見となります。ですからデュシスの者ですわ」


「おや、知らないのかね? イザベル嬢は、実質、領主代行とは言え表には出ないから仕方ないが、この娘の後見は冒険者ギルド先代マスターのクレフ老が行っているとのことだ。故に、何よりも本人の意志が尊重される」


 貴族達が勝手な会話をしているが、知ったことか。私は貴族絡みなんて厄介な立場はゴメンだわ。クレフさんに感謝しないとなぁ。お陰でスッゴい守られてるわ。


 まだ優雅にそれと気が付かれないように、角を突き合わせて、火花を散らす貴族に呆れながら観戦していると、アンナさんが近寄ってきて脇腹をつねられた。


「……痛いです。やめてください」


 貴族達に気が付かれないように、小声で訴えるが、私をつねる指の力が弛むことはない。


「ティナ、貴女デュシスの町を出る気なのかしら? 何故、貴族にキッパリと断らないの?」


 耳元で囁かれる内容にはトゲがある。


「え、これ、私の反応待ちですか?」


 驚いて振り返ろうとしたら、つねる力が強くなった。だから痛いってば! この指の力から感じる限り、アンナさんは本当に戦う人なんだろう。


「……伯爵様、デュシスのご令嬢様、どうか発言をお許しください。

 お誘いは大変ありがたく思いますが、私は冒険者ギルドに助けられ、また感謝もしています。これからも一冒険者として生活していくつもりです」


 まぁ、こんなものかな? デュシスから出ていくとも言わず、出て行かないとも言わず、冒険者を続ける予定だときちんと断ったし。デュシスの町には大した恩義はないけれど、クレフおじいちゃんを始め、冒険者の人達及びその関係者の皆さんにはお世話になってるしね。


「……と、言うことです。この娘の意思はお分かりいただけたかと思います。これ以上は、無駄な議論。今は公爵派の狩りの最中です。終わりにして頂きましょう」


「ふん、喰えない男だ。ここまで懐かせるために何をした?」


 不愉快そうに見つめる伯爵と、鼻白んだイザベル嬢に一礼してクルバさんは、この場を締めた。


「我々冒険者に依頼された件は、これにて完遂されたと判断いたします。詳細な報告書は、出来次第、お届け致します。また別の依頼がありましたから、どうぞギルドへとご用命を。

 さぁ、帰るぞ」


 最後の一言は、私達に向けての言葉だ。それに乗り遅れる事なく、全員がそれぞれに一礼して、温室を後にする。……ケビンさんの報告、結局途中だったけど良いのかなぁ? あと、アルオル置いて来たけど、この後、どうなるの? 本当に10日したら帰ってくるの?


 温室から中庭に出ると、ケビンさん以外のスカルマッシャーのメンバーが集まってきた。私たちの武器は、カインさんが持っていてくれたらしく、私、ジルさん、ダビデとそれぞれに武器を手渡してくれた。クルバさんは、それ以外にも中庭に散開していた冒険者達にも合図を送り、全員が出口に向かう。さっきも温室の中で話していた通り、引き上げるのだろう。


「あの、アンナさん!」


 思いきって、前を行くアンナさんに声をかけた。


「ティナ、色々知りたいことはあると思うけれど、もう少しだけ待ってね。ギルドに着いたら、わかる範囲でなんでも質問に答えるわ」

 

「……分かりました」


 まだ敵地内って事なのかな? アンナさんは振り向きもせずにそう答えると、領主館の出口を目指し足を早める。


「……マスター・クルバ、お待ち下さい! ジョンおじ様!!」


 甲高い少女の声が後ろからすると同時に、軽い足音が響く。


「よう! パトリックじゃないか?! 今日も領主館にいたのかよ? ダンが嘆いていたぞ」


 足を止めずに後ろを振り返ったジョンさんは、駆け寄ってきた少女に向けて片手を上げて、挨拶をしている。薄紫のスレンダーなドレスに身を包んだ、可憐な正統派美少女……ん? でも、パトリックって男の子の名前、だよね?


「もうっ!! この格好の時は、パトリシアと呼んでくださいって、何回言えば分かってくれるんですかっ!

 お父さんも話していた通り、本当に意地悪なんですからっ!!」


 小さく二つの握り拳を作り、軽く叩く仕草をしながらジョンさんを怒っている可愛らしい少女をじっくりと観察する。


 小さな顔、大きな瞳、薄紫の輝く長い髪。凹凸は少ないが、柔らかそうな細いラインを同じく細身のドレスに納めている。この寒いのにそんな薄着のままだから、こっちまで寒くなりそう。


「ジョンおじ様、お話はまた後で。

 マスター・クルバ、お嬢様よりの御伝言です。

『後程、お呼び致します。快く訪ねてくださると信じます。その時は是非、今日の少女の事を教えて下さいませ』

 以上です。

 尚、執行局からも伝言を預かっております。

『異端奴隷返却については、後刻打ち合わせをする。何処に連絡すればよいか』

 ご返答をお願いします」


「訪問の件は了承した。

 執行局へは、ティナへの連絡を希望する場合は、デュシスのギルドに連絡を願いたい。所有者である冒険者・ティナにはこちらから連絡すると、そう伝えてくれ」


 チラリとパトリシア? パトリック? ちゃんを見た、クルバさんはそう言うと、今度こそ足を止めずに領主後にした。


「パトリシア? パトリック??」


 ひとり混乱する私に、ジョンさんが軽快に寄ってきて、解説してくれる。


「デュシス領主の長女、イザベルの友人が通称パトリシアだな。中身は男。名前はパトリック。

 ホレ、ティナ嬢ちゃんも参加したオークションにいた、俺よりもデカイ気持ち悪い男女がいただろ? そいつの息子」


 オークション? 気持ち悪い男女?? 誰だろ?


「ティナ、細身だけれど、ジルより大きな美人が入札に参加していただろ? その美人の息子さんだよ」


 カインさんにそう言われてようやく、記憶が繋がった。性別不明のご婦人が確かにいたね。あの人の息子さんと言うことは、今流行りの男の娘ってやつ? ドリルちゃんの友達は、やっぱりキャラが濃いね。疲れてなければ、全力で突っ込んでやるのに。


「あの美人の正体は、マダム・バタフライ。色街を仕切る顔役の一人です。敵に回してはいけませんよ?」


 今度はマイケルさんが補足してくるけれど、それとほぼ同時にジョンさんが悪態をついた。


 その前に、色街って何? お店経営してるって話してたけど、そんな権力者だったわけ?


「けっ! あんなのは、蝶じゃなくて、蛾だ、蛾! 蛾の名前がダンだな。ちなみにあの息子は、通称、血吸い蛭って呼ばれてる。ティナ嬢ちゃんは何故か興味持たれちまったみたいだからな。気を付けろよ」


「……何だか知らない話ばかりで、知恵熱出そうです」


 怒濤の展開についていけず、途方にくれて呟く私の声に、周りの大人達は堪えきれないと言うように、大爆笑している。


 その後は何事もなくギルドに戻って来れた。さて、色々質問して、今後の対策練らなきゃなぁ。あー、面倒だわ。




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