41.この程度なら、酷くないよね?
睨みあったまま領主の館に付くと、捕らえた人達ごと全て中庭に通された。
中庭にある温室にテーブルが運び込まれていて、そこには老貴族と、マスター・クルバ、後は見たことのない貴族の少女がいる。
司会者と冒険者側の代表としてケビンさん、何故か私の3人が、温室の中に通された。中庭までは武装したままで良かったけれど、流石に温室の中に入るなら駄目だと言われて、ダビデに短剣は預けてきた。
あ、アンナさんもいる。植物の影になっていたから、分からなかったわ。
中に入ると貴族に対する礼をして、司会者は動かなくなる。どうやら老貴族の許しが出るのを待っているらしい。ケビンさんの斜め後ろについて、私も一礼する。正直はまだ苛ついているから、こういった駆け引きの場所には来たくなかったんだよね。
「まずは、ご苦労」
鷹揚に頷き、老貴族が労ってきた。それに対して、全員が深々と一礼をする。
「さて、では今回の顛末だ」
頭を下げて控えたままの私達には頓着せずに、老貴族が口火を切った。
「本来はそちらの依頼で行っていた事です。こちらとしては全員引き渡しすのが道理と思っております」
普段とは口調を変えて、クルバさんが交渉を始めた。
「ただし、我々冒険者ギルドに依頼された内容は、異端の公爵を救出すべく動いている者達の、炙り出しと捕縛だったはずです。今回、全員引き渡すのであれば、我々としては情報源すらも献上するという事。当然、依頼は完遂されたと判断してよろしいのでしょうな」
「ええ、私もそう聞いておりますわ。
ギルドが捕縛した人間を執行局が引き渡せと仰られるのであれば、当然、貴方様方はこのデュシスの町から公爵派の人間は一掃されたと判断して、王都に帰還なされるのですわよね? この地域は雪が深こうございます、急がないと春まで帰還できなくなりますわよ??」
羽扇で口元を隠しながら話す貴族令嬢を、チラッと盗み見る。
「……っ!!」
危なく声が出そうになって、慌てて口の中を噛んで堪える。私の方を訝しげに一瞥して、令嬢はテーブルで行われている交渉に意識を戻したようだ。
だってさ、ご令嬢、縦ロールなんだよ!? 金髪、縦巻きロール、羽扇で口元隠して、上品に笑うって、どこの悪役令嬢よ!!
いや、多分大人相手に必死に交渉しているんだろうけれど、真意の読めない微笑みを貼り付けて、ワインレッドの瞳は興奮で豪華絢爛な輝きを宿す、間違いなく高貴なその姿は……見事なドリル、立派なドリル。
これが笑わずにいられようか?!
後ろに1人控えている、薄紫の薄幸そうな正統派美少女も良い対比だわ。久々に、濃いキャラ達に出会った。
今日、この町に来てから色々巻き込まれて、ささくれだっていた心が少しだけ和んだ。
「辺境伯令嬢・イザベル。君は成人したとはいえ、夫を持たぬ身だ。留守にしている辺境伯の代わりにこの場への出席は許したが、立場を弁えたまえ」
「あら、伯爵様。私は事実を申し上げただけですわ。
そもそも、執行局は今回何をなさいましたの? 罪無き私の町の住人を捕らえ、拷問し捨てただけではございませんか?
実行犯を捕らえたのも、前々から逃げ続けていた賞金首のヤハフェを捕らえたのも、冒険者ではございませんの?」
優雅に扇を動かしつつ、小首を傾げて問いかける。流し目を送るその姿は、一端の゛女゛だ。ドリルちゃん、凄いわ。
「お嬢様……」
後ろにいた正統派美少女が、イザベル嬢を嗜めた。
「パトリシアは黙っていて」
ピシャリとイザベル嬢は扇を、閉じて威嚇する。
「伯爵様、私共デュシスの町の住人は心から王権に従い、仕えております。こうして、自らの危険を省みず危険を冒し、一網打尽にしてご覧に入れたのもその発露の一端でございます。
今、ここに連れてこられております公爵派には死体もあります。どうか、執行局の死しても尚情報を得るという秘術を使い、他に潜伏しております仲間がいないと判断なされましたら、捕らえている住人を解放して下さい」
クルバさんが淡々と訴えている。それに、咳払いで答えると、老貴族はケビンさんを、指差し尋ねた。
「そこの冒険者、今回の計画はそなた達が作ったと聞いた。詳細に報告せよ」
ケビンさんは深々と再度頭を床につくほどに下げてから口を開く。
「伯爵閣下に直接お声がけ頂き、恐悦至極でございます。私はこのデュシスの町で冒険者をしております、ケビンと申します。一応、Bランクパーティー、スカルマッシャーを率いている身でございます……」
そこから滔々と、今回の計画内容を話し出した。内容はギルドで聞いていたまんまだったから、割愛するけれど、私の知らない所で随分多くの冒険者達がこの件に関わっていたようだ。
「……さて、そうして下準備を終えましたので、後ろに控えております、Dランク冒険者、ティナ・ラートルを呼び出し、共に執行局から下げ渡された、異端奴隷どもを連れてくる様に申しました」
「ほう、ティナ……か」
私の方を見て、ニタァァァリとまた嗤う伯爵に、ケビンさんを習って頭を下げた。
「お久しゅうございます。その節は、過分なるお慈悲を頂戴致しました。深く御礼申し上げます」
礼儀作法スキルの補助も借りつつ、無難に受け流したつもり。
なんでか辺境伯令嬢が一瞬目を細めて、後ろの薄紫のドレスのパトリシア嬢だっけ? その子が驚いた顔をしたけれど。クルバさんは相変わらずの渋面だ。
「そなたは先日の見所のある娘ではないか。異端奴隷どもを引き取り、この一月どうしておった? 町にはおらなんだ様だがな」
先を続けようとしたケビンさんを指先ひとつで制して、質問の矛先を私に変えた。さて、どう答えようかな? 嘘もいけないけど、誤解されないようにしないと、私も公爵派のひとりだと思われたら嫌だしな。
「町の外で暮らしておりました」
とりあえず簡潔に答えた。
「ほう、町の外で…な。異端の二人では楽しめたか?」
は? 楽しむ? 何を??
相変わらず意味わかんない人だなぁ。苛ついているんだから、あんまり刺激しないで欲しいんだけど。
「いえ、特段。ただ、魔物が出るフィールドで他の者達と一緒に過ごしただけです」
口数少なく返す私に業を煮やしたのか、司会者が伯爵の許可を得て話しかけてきた。
「素敵なご趣味のお嬢さん、君は1ヶ月もあったのに、何もしていないのかい? それは随分とお優しい事だ」
クルバさんが咳払いをしているし、その後ろのアンナさんは何か話したそうにしている。
「ええ、特に、何も。公爵派が仕掛けてくる時に、あの二人がいなければ困ると思いましたから。
蟻と戦ったり、蜂と戦ったり、後は……そうそう、毒蜘蛛とも戦いました。元公爵と従者が、私のダビデに手を出してきたので、少しだけお灸は据えましたけれど、それくらいですね」
「お灸?」
司会者が詳しく尋ねてきたから、その時のシチュエーションを簡単に教えた。話終わって前に視線を戻すと、老貴族が肩を震わせている。口も微妙に歪んでるから、爆笑したいのを堪えているのだろう。
「この娘の奴隷、たしかコボルドと狼獣人、異端奴隷二人をここに。それと、記憶を映像にする術者を呼べ」
老貴族の命令は速やかに実行されて、ダビデとジルさん、ついでに拘束されて犯罪者扱いのアルオル、見たことのない術者が揃った。犯罪者扱いって、そうか、アルオルは犯罪者だから構わないのか。
「そこの犬の記憶を映像化しろ。内容は毒蜘蛛との戦いだ」
老貴族が指示を出すと何も言わずに手を翳してくる術者から、ダビデを後ろに隠して守った。貴族相手にこの反応は不味いのかもしれないけど、知ったことか。
「お嬢さん、大丈夫だよ。゛今回は゛苦痛もないし、抵抗しなければちょっと眩しいくらいだ。大丈夫、君のお気に入りを壊したりはしないよ」
「ティナ、伯爵の言うとおりにするんだ。大丈夫だ、ダビデを傷付ける様な事にはならん」
私の反応を見て、クルバさんと司会者が同時に宥めてきた。
マズイ空気を感じたのか、ダビデが自分から出てきて術者の所に向かう。
ゴモゴモと何かを唱えていたと思ったら、ダビデの頭、ギリギリに手を翳す。淡い光が出てきたと思ったら、その手の上に一昔前の映写機で写す映画の様に画像が流れてきた。
あら、これ、毒蜘蛛戦じゃないの。
麗らかな日差しの中を、当てもなく歩いている私とジルさん、そして、後ろからついてくるアルオルがいる。これはダビデ視点の映像なんだね。
ジルさんの耳が動くと同時にダビデの足も止まったのか、画像のブレも収まる。
私が笑顔で何か話しかけている。この映像には音無しだけど、確かまだ毒蜘蛛の接近に気が付いてなくて、どうしたの? って聞いてたんだっけ……。
********
「どうしたの? 何か音でもしたの??」
森を進む最中、突然先頭を歩くジルさんが足を止めた。そして耳をピンと立てて前方を警戒している。少し遅れてダビデも何か音を拾ったのか、同じように警戒し始めた。
「アルオル、前に」
答えずに前方の音を拾うのに集中している二人はとりあえず放置して、アルオルに指示を出した。
今日は、森で採集をするって名目で全員を連れ出したけれど、この先に手頃な毒蜘蛛の巣があって、それが目的だったりするんだよね。
こっそり地図を開いて確認する。敵対反応を示す赤色のマーカーは昨日位置のままだ。
……アレ? それ以外にもうひとつ、大きめの赤マーカーが凄い勢いで向かって来てる??
ガサっと大きな音を発てて何かが上から降ってきた。ダビデに抱きついて後ろに大きく飛ぶ。
ベチョっと地面に落ちて形を崩し始めているのは、粘度の高い物質。見た感じはトリモチっぽい、半透明の塊だ。所々に、赤や緑のボールが入っている。
「ポイズンクイーン!!」
ジルさんがそう叫んで、木の幹をおもいっきり蹴りつけた。
バランスを崩したのか、木の上から重量感のあるものが落っこちた。
腹を見せて落っこちてきたソレは、8本の足を器用に使って直ぐに起き直り、こちらを威嚇してくる。
ギチギチと顎を鳴らして威嚇してくるその姿をじっくりと観察して、後悔した。
軽トラくらいの大きさのタランチュラぽい生き物が目の前にいた。複眼の真ん中には少女の顔が貼り付いている。少女の瞳は虫の複眼に変化し、焦点は合わず、透明な液体を流している。涙だとは思いたくないな。なんか狩り辛くなるじゃない。
腹と足を覆った白い毛が、蜘蛛の呼吸に合わせて微かに震えている。
蜘蛛の正面にはジルさん。私の前には、アルオルが並び、腕の中にはダビデがいる。
ダビデを放して前衛に支援魔法を掛けようと、呪文を唱え始める。
蜘蛛は私達が戦う意思があることを確認した為か、近くの木によじ登った。
木葉に隠れて攻撃を仕掛ける毒蜘蛛をジルさんが果敢に攻めている。オルランドは持たせていた飛び道具で、蜘蛛に攻撃を仕掛けている。
私の支援魔法が全員にかかり、少しずつ確実に蜘蛛にダメージを与え始める。
あと少しで蜘蛛に勝てそうだと言うときだった。蜘蛛は地面に降りて、飛び上がり尻を向けると、糸を飛ばしてきた。
狙いは今までほとんど動いていないアルフレッド。私達と蜘蛛の直線上にいた。
オルランドが慌てて、アルフレッドを庇う位置につこうとするがこのままでは間に合わない。一瞬迷った素振りを見せてから、採集用に持たせていたロープを使い、ダビデを捕らえた。
ほら、アメリカとかのカウボーイとかが、牛の角に縄を引っかけるアレよ、ローピングだっけか、カタカナ名って苦手。アレでダビデの腹にロープを引っ掛けて、アルフレッドの前に放り投げる。
あまりにも鮮やかに決まって、呆然と見守ってしまった。
ダビデを捕らえた蜘蛛は、糸でぐるぐる巻きにしてダビデを背中に担ぎ上げると、森の中に逃走した。
ー……ダビデの画像はそこで一端途切れるけれど、私はあの時の恐怖を忘れてはいない。
「ダビデ!!」
叫んで追いかけようとする私を、ジルさんが進行方向に立ち塞がった。
「落ち着け! ティナ、あの蜘蛛はここ周辺の主だ! 勝つことは難しい。追っても無駄だ!!」
「煩い! 私が本気を出せば良いだけでしょ!!」
「ハニーバニーの本気かい? それは楽しみだね」
諸悪の根源がふてぶてしく笑う。
「オルランド! 何て事をしたんだ! これではアルフォンスが死んでしまう」
「マイ・ロード、貴方の御身には変えられません」
外野で熱い展開がされているけれど、関わっている暇はない。
『ダビデを追う。邪魔するな』
面倒になって、魔力をのせた言霊で命令した。ついて来る、来ないは本人達に任せるが、私の邪魔はするな。
高速で離れていくマップのマーカーを見ながら、必死に足を動かす。ダビデを示す青色のマーカーは健在だったから、少し安心した。
赤色のマーカーの移動が止まったのは、目星をつけていた蜘蛛の巣の近くだった。昨日まではこんなのなかったのに、ひどく立派な巣があり、巣のアチコチにクリスマスのオーナメントの様に捕らえた獲物がぶら下げられている。
「お嬢様!!」
全身蜘蛛の巣に巻き取られて、顔だけは外に出たダビデが叫んでいる。
「ダビデ! 大丈夫だよ!! すぐ助けるからね!!」
叫び返す私の声に反応したのか、隠れていたタランチュラが巣の上に現れた。
「おやおや、これは。子猫ちゃん、どうするのかな?」
結局全員、私を追ってきた中で、最も早く着いたオルランドが状況を見て茶化してくる。その後、程なくジルさんとアルフレッドが巣の下に到着した。
他人事の様に笑うオルランドに無性に腹が立って、無言でアルフレッドの横に移動した。
「ティナお嬢様?」
不思議そうに私を見るアルフレッドに、静かに告げる。
「貴方が狙われたんだから、ゴハンになるなら貴方よ」
その言葉と同時に、蜘蛛の巣の上部へ全力で蹴り飛ばした。血相を変えて、オルランドが救出に動こうとする。その背後を取ってオルランドも同じく蹴り上げた。お前が諸悪の根源だ。なにもしないはずないでしょ!!
狙い違わず、オルランドはアルフレッドの脇に着地する。蜘蛛の巣の粘着力に負けて、動けなくなっている二人に、ニッコリとした笑みを向けた。
「少しそこで反省してなさい。ダビデを助けて、気が向いたら救出してあげる」
蜘蛛の巣から逃れようと暴れる二人から発せられる振動に気が付いたのか、イソイソと蜘蛛が二人に近づいて、繭玉ならぬ蜘蛛玉を作っている。多分、蜘蛛の表情が分かれば、びっくりしてるんだろうね。いきなり仲間割れして、生け贄、寄越した感じだもん。
ドン引いているジルさんに声をかけてから、飛行呪でダビデと蜘蛛の巣を繋ぐ糸の近くに寄る。最初は、水圧か風で斬り飛ばすつもりだったけど、強度がありそうだから、小さな炎で焼き切ることにした。
静かに糸に炎を近づけると、油を含んだかのように、ボッと勢いよく燃え尽きる。あまりの勢いに、後ろに仰け反ったら、蜘蛛の巣に触りかけた。危ない、危ない、アルオルの二代目になるところだったわ。
「……ッ、うわ!」
ダビデが地面に叩きつけられる前に、うまくジルさんがキャッチする。粘度の高い糸に苦戦している様だったから、水玉をダビデに優しく当てて、粘着力を低下させてからジルさんに糸を切って貰った。
「お嬢様!! ありがとうございます!」
地上に降りた私に走り寄ってきたダビデに怪我が無いことを確認してから、蜘蛛の巣を仰ぎ見た。
「おー……見事な糸玉だね」
二人分一気に玉にしたらしく、巨大な糸玉が出来上がっている。
「ティナ、どうする気だ? 見捨てるか?」
「ジルさん!! お嬢様、どうか、アルフレッド様とオルランドさんを助けてください」
「ん? どうしよっか?」
未だに燻る怒りのままに、糸玉を見る。
蜘蛛は威嚇するように糸玉の上に陣取って半身を持ち上げ、脚の内2本を空に向けている。
「お嬢様!! 戦えないボクを身代わりにするのは、当然の選択です!! 何故、お怒りになるのですか! 早くしないとお二人がっ! お願いです、助けてください!!」
涙目ですがり付かれて、ため息をつく。ダビデのおねだりには逆らえない。
「あのね、ダビデ、貴方の身の安全はとても大事。次にアルオルが何か仕掛けたら、本当に許さないからね?」
威嚇する蜘蛛に向き直って、呪文を唱え始めた。
『炎を纏いて のたうつは蛇
我が意に沿いて 舞い踊れ』
蜘蛛の巣の何ヵ所かある全ての地上や木との接触点から、糸を伝い炎が走る。糸が枝分かれしている場所では、炎も枝分かれし、沢山の糸玉と、蜘蛛に迫る。蜘蛛の糸って、ホントに良く燃えるわー。
ついさっき作られたアルオル入りの糸玉以外は、中身も死んでるし多少グロくても問題ないさ。
炎は退路を失った蜘蛛と巨大な糸玉を飲み込み、見事な火柱を上げたー……。
***********
「………その後、蜘蛛は死ななかったので、ここにいるジルベルトが止めを刺しました」
ダビデの記憶と共に解説を入れていたけれど、画面が「ファイアー!!」した所で切れてしまったから、簡潔に結末を伝えた。
「あり得ませんわ……」
ドリルちゃんが呟いた。確かに貴族の子女に見せるにはちょっと刺激が強すぎたかな? 蜘蛛とかデカイし、鳥肌ものだものね。
「……ぶ、……くく、はは。相変わらず良い趣味だ! 娘よ、お主、これでも゛楽しんでいない゛と言うつもりかね?」
老貴族は口元を手で覆ったまま、必死に笑いを堪えている。音無し、余計な状況報告割愛バージョンで画像を見ている間、ずっと身体が震えていたよ。笑いたきゃ大声で笑えってんだ。
その他のメンバーは、マスター・クルバは無表情、薄紫のパトリシア嬢はドン引き。アンナさんとケビンさんはひきつってる。
えー、アンナさんにはギルドで報告済なのになんでさ。
「素敵なご趣味のお嬢さん?」
「……失礼致しました。はい、必要に迫られてやっただけですから。それに、あの程度で済ませたのです。感謝して欲しいくらいです」
ー……ホントだよ。糸玉の中にはダメージいかないように、防御結界張って、万一に備えてたし、ビジュアル的にビックリする程度のオシオキで済ませたんだから、私の自制心を誉めてほしいわ。
あの時の事は、ウチのダビデに手を出すなら、命かけるつもりで来てね? って言う、私からの無言のメッセージだ。
それ以来、アルオルがダビデにちょっかいをかけることはなくなったから、やったことは無駄じゃなかった。
あの時の恐怖を思い出したのか、アルオルの顔色が悪い。ようやくどれ程私が怒り狂っているのか、気が付いたかな?
怒りが滲む冷たい視線をアルオルに向けていると、喉を湿らせるように啜っていた茶器を置いて、マスター・クルバが今度は話し出した。
「ティナ、お前はオルランドに盛られている薬をあえて飲み続けたと言ったな? それは何故だ」
アンナさんから報告を受けていたのか、薬の話にいきなり飛んで私自身が驚いた。老貴族は笑いを引っ込めて、興味深そうに片眉を上げている。オルランドが弾かれたように顔を上げて私を凝視する。
「マスター・クルバ、私の能力では、あまりに巧妙な仕掛けをされると、見破ることが出来ません。だから、命の危険がなく、解毒剤もあるモノだった為、飲み続けました。
現に今、私にはなんの影響も残っていません。
それに、私が薬の影響下にあると思わせた場合、何が起きるのかも気になっていました」
私がわざと薬を飲んでいて、更には効いていなかったと知ったオルランドは、驚いた後に心当たりがあったのか、納得してうつむいた。
アルフレッドの方は、分かりやすく唇を噛んでこっちを睨み付けている。やっぱり何かは知ってたんだね。
「ほう、報告では、上級隷属魔法使いがかなり厄介な毒を盛られて、公爵派の言いなりになっているとの事だが、別の毒だったのかね?」
「上級隷属魔法使いが何の毒を盛られていたか分からないので、私には分かりません」
「ふむ……時もない事だ。娘に対する質問はこの程度にしようか。心愉しい時間であったぞ。
娘よ、そなたがこの二人でどのように楽しむか、是非ともやらせてみたくなった。ウム、少なくとも、お前は公爵派ではないな」
瞳を喜悦で輝かせて頷くと、虚空で指を一回転させた。温室を取り巻いていた気配の幾つかが消える。
ほう、どうやら私が公爵派では無いことを確認するために、1ヶ月どう過ごしていたか話させてたんだね。
少しだけ緊張を解いて、周りを見る。
私達が入ってきた時に比べて、明らかに中庭にいる人数が増えている。それにまだまだ運び込まれているね。中には明らかに死んでるのもあるけど。
「さて、ではそろそろ先に進もう。
冒険者ギルド及び、領主側の言い分は分かった。なれど、我らもすぐにここを立つ訳には行かぬな。異端の一派はここで殲滅せねばならん。
術者の負担が大きいから出来たら避けたかったが、死体から情報を取る。その上で無関係だと分かった者達については、解放しよう。
それと、そこにいる異端奴隷どもだが、こやつら公爵一派の目的だからな。少し我々に貸して貰うぞ」
「え?」
貸すって事は返ってくるの? ぶっちゃけ、危なすぎるし、私じゃ制御不能だから引き取ってほしいんだけど。
「ティナ」
私の名前を呼んでケビンさんが嗜めるように首を振る。そうだった、相手は上級貴族、返事は畏まりましたの一択だったわ。
「ふふ、安心せよ。
娘よ、今後も、そなたに任せた方が色々と愉しそうだからな。壊しはせん。尋問を効率良く行う為、それと少々心を折る意味も込めて、そうだな……10日程も借りようか」




