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40.それがどうした

 すまないと謝ったっきり、オルランドは口を閉じた。


「オルランド、ご苦労。アルフレッド様、その様なご不便をおかけして申し訳ございません。すぐに解呪しますゆえ、しばしのご辛抱を」


 私に剣を突きつけたままそう言うおじいちゃんの顔をまじまじと見た。初めてみる顔だけど、例えるとするなら、冬の立木かな?

 油分がほとんどなくて枯れきっている。瞳だけは狂気を宿しているけれどもね。


「お頭…」


「ヤハフェ、良いんだ。それよりも、その子は我々が一線を越えない限り誠実に扱ってくれた。酷いことはしないでくれ……くっ」


 お頭と呼ばれた枯木じぃちゃんは、低く苦痛の声を上げたアルフレッドを見て、私へ突きつけていた剣に力を入れる。


「小娘、アルフレッド様への攻撃を止めろ。さもなくば、痛い目をみることになる」


 低く凄まれたが良く分からない。私は攻撃などした覚えはない。


 私の表情をみて痺れを切らしたのか、剣を一閃し太ももを切られた。ぐらりとバランスを崩した私の襟首を掴み、再度攻撃を止めるように告げる。


「意味がわかりません。私は攻撃などしていない」


 苦痛に漏れそうになる悲鳴を圧し殺して答えた。


「キティ、我々は今、キティを攻撃したせいで奴隷紋と呪印の双方が暴れているんだ。ただ一言、『許す』と言うんだ」


 私が理解できていない事に気がついたのか、脂汗を滲ませたオルランドがそう言った。アルフレッドは小さく震えながら耐えている。


『許す』


 私が一言そう言うと、二人とも深くため息をついた。どうやら、さっきの戦闘が反逆行為だって判定になったみたい。まぁ、そりゃそうか。あれで反逆じゃなかったら何なんだって事になるしね。


「アルフレッド様、時間がありません。オルランド、この娘にも薬は盛っているな?」


 頷くオルランドは半信半疑だ。まぁ、確かに薬は盛られたけれど、解毒してたしね。枯木じぃちゃんは何を確認したいのやら。


 腕をとられて無理矢理、別室に連れていかれた。

 そこにあったのは、なんとなく覚えがある魔方陣。その端には、痩せこけた成人男子がいた。


「あー…あー…」


 目の焦点は合わず、身体も前後に振りながら、虚空を見つめて何かを言っている。無精髭に青白い顔色、近付いたら確実に臭いそう。


 ここで何をするつもりなのか気になって、後ろを振り向こうとしたら殴られた。

 その音で気がついたのか、おかしくなっている人がこっちを見て、這ってくる。目が血走っていて恐い。


「く、クスリ、くす、クスリ…、早く、早く寄越せ。クスリ」


 それだけ言ってまたシャウトしている。あー…、解毒してなかったら、私もこうなってたのか。こりゃ、アンナさん達に、馬鹿って言われるわけだ。


 ドン引きしている私には目もくれず、一緒に入ってきた公爵派は淡々と準備をしている。アルオルも配置につき、私も魔方陣の一部に立たされて弓を向けられる。不用意に動いたり、逆らったりしたら殺すか無力化するつもりだろう。


「クスリ…クスリ」と譫言を言っている推定・上級隷属魔法使いには、目の前で小瓶を振られてやる気に火がついたらしく、杖を鷲掴みにして仁王立ちだ。


「小娘、これが欲しがったら、アルフレッド様とオルランドの魔法を解け。そこに立って、合図をしたら魔力を流すんだ。いいな?」


 捕らわれていたと思われる魔法使いと同じ小瓶を振られるが、ゴメン、私には効果ないんだ。


 さて、どうするか。予定よりも少し展開が早い。開きっぱなしの地図を確認する限り、執行局か冒険者かは知らないが、網は狭められている。もう少し時間を稼げば何とか全てが終わるな。


 公爵派も元々追っ手の襲撃くらいは織り込み済だろうから、ここで解呪して、さらに移転で逃げるつもりか?

 さっきも移転石大盤振る舞いしてたしあり得なくはないか。


 考え事をしている内に魔方陣が光り出していた。中にいる人員のほとんどが、魔法を行使する魔法使いを見つめているけど、オルランドだけは私を警戒しているのか見つめてきている。


 呪文が完成して、ひときは魔方陣が輝いた。


「小娘、いまだ!!」


 枯木じぃちゃんが叫ぶ。

 うん、もう、どうとでもなれ。結構、イラッとしてきたし。

 元々、私たちに関わらずに消えろって言ったのに、がっつり巻き込んだアルオルが悪い。もう少し時間があれば、解呪に必要なアイテム揃ったのに、それもスルーしてるし、この分だと公爵派はアルオルの現状を調べようともしてないでしょ?


 確かに上級隷属魔法の使い手なら、所有者の同意があれば、呪印も解呪出来るし、隷属魔法をキャンセルする事も出来る。……普通なら、だけど。

 今回は、二人の魔力が混ざって行使された魔法だから、ちょいと面倒なのよ。まぁ、それでも隷属魔法だけなら何とでもなるだろうけどね。


 時間を稼ぐ意味も込めて、魔方陣にこの前の3倍程度の魔力を叩き込んだ。魔方陣を描いていた触媒が焼け焦げて、煙が充満する。


 私に向かって矢が放たれるけれど、こんなのに当たる私ではない。1本目は横ステップで、2本目は軽く頭を下げて、3本目はご存知、真剣白羽取りだ。ついでに半ばから握って折ってやる。


 戦闘が開始されると同時に、壁際の複数箇所が爆発してグレーの影が飛び込んできた。周りにいる公爵派と戦闘になっているから、こいつらが執行局の人員か。

 なら、冒険者達はどこから?

 そう思っている間に、まだ無事だった壁に大穴があいて見馴れたメンバーが飛び込んできた。


「ティナ! 無事かっ?!」


 真っ先に盾を持って飛び込んできたのは、自由の風のリックさんだ。その後に、スカルマッシャーのケビンさんにロジャーさん、マイケルさん、スカルマッシャーさん達に守られる様にして、ジルさんとダビデ、それに服装はそのままで、グローブを着けて鉢金を巻いたアンナさん?!


 え、アンナさんって闘える人なの?! しかも肉弾系?!


「無事です! スカルマッシャーさんにしろ、自由の風さんにしろ、なんでここにいるんですか?!」


 公爵派と執行局の腕をすり抜けて、冒険者達の方向に向かいながら声を張り上げた。


 確か、スカルマッシャーさん達は別ルートの護衛だよね? 自由の風さんに至っては今回は関わってないはず。どうなってんの? 一体?!


「ティナ、ここに40歳くらいの女性とニッキーは来ていませんかッ?!」


 私が合流すると同時にマイケルさんに質問される。


「ニッキー?! なんでまた? 私が見たのは、クスリ漬けにされた上級隷属魔法使いだけですよ」


 そう言いながら、周りで繰り広げられている戦闘に全く頓着していない魔法使いを指差した。その相手を見て、アンナさんが顔色を曇らせ、後続の冒険者達に確保するように指示を出す。


 そう言えば、アルオルはどうなったのかと、思い出して周りを見回すけれど見当たらない。ついでに枯木じぃちゃんもいないね?? 何処に行ったのやら。隷属魔法を解呪しないまま逃げてどうするつもりなんだろう?


「ティナお嬢様!!」


 そう私を呼んで、ダビデが抱き付いてきた。両手で抱き止めると、フガフガ匂いを嗅がれる。


「えーっと、ダビデ、なんで匂いを嗅ぐのかな?」


「煙でよく見えないから、お怪我がないか確認していました。血の臭いがします! どこかお怪我されてますね?!」


 尻尾をブンブン振りながら、強くしがみつかれて身体を触られた。ゴメン、怪我も含めて、半分くらい覚悟の上だったんだけど心配かけたね。アルオルのいるところで打ち合わせ出来ないし、呼び出して警戒されるわけにも行かなくてさ。


「ごめんなさい。大丈夫。大した怪我じゃないから、すぐに治すよ。ビックリしたよね? 大丈夫だから、本当にごめんね。

 でもその後にすぐ、冒険者の人達から説明があったはずだけど、なんでここにいるの? ギルドで待っていて欲しいって伝えたよね?」


 頭を撫でながらそう宥めるけれど、ダビデは離れてくれなかった。


「ティナ様、我々はティナ様の護衛だと思っておりましたが、違うのですか? 足手まといだとでも?」


 困ったなと思っていたら、次に他所行きの口調のままジルさんが口を開いた。あー、こりゃ、かなりお怒りだわ。


「ゴメン。今回は私一人捕らわれた方が良いかと思って。敵がどんな風に接触してくるか分からなかったし、どれだけの人員が関わっているのかも分からなかった。

 なら危険な釣りの餌はひとりで十分でしょ? アルオルまで奪われたのは、予定外だったけど。私の居所は持たされたアイテムでギルドに通知されていたし、危険は最低限になっていたのよ。

 万一の時も、相手さえ正気なら、私だけは痛めつけられても、トドメを刺されることはなかったハズだし。

 ……説教は後で聞きます。とりあえず、今は状況を確認させてください」


 言い訳を並べたけれど、納得してくれないジルさんにそう言って、アンナさんに向き直る。腰に付けていた、アルオルには北の墓守に届けると話していたアイテムを返却しつつ尋ねる。


「アンナさん、状況を。ここは何処です?」


 広域マップにすればすぐわかるけれど、移転からの捕らわれコンボなら普通は分からないはずだし問いかける。


 執行局と公爵派、それに冒険者の三つ巴は、公爵派の敗北で勝負がつき始めている。


「……ティナ、ここは貴女が拐われた墓地の一角、ある貴族の墓よ。直線距離としては正反対だから、それなりにあるわね。

 スカルマッシャー達が護衛についていたもうひとつの囮だけれど、囮自らが敵、公爵派についていってしまったのよ。

 ……ニッキーはその囮と親しくてね。ニッキーには自由の風が護衛に付いていたのだけれど、どうしても囮と一緒にと話して、ひとりで隠れ家を抜け出した。そして、その囮と接触しようとしていた所を公爵派に捕らわれたらしいの。それで、脅された囮はスカルマッシャー達から逃げて、私たちが求めていたアイテムもそのまま囮の手の中にあるわ」


 ありゃ、結構所じゃなく不味くないか? 求めていたアイテムって、雪を止めるヤツでしょ?


「なにやってんのよ……」


 つい本音が漏れた。スカルマッシャーさん達は居心地悪そうにしている。リックさんは、軽く「悪かったな」って 謝っておしまい。そんな微妙な空気の中、聞き覚えのある声が響いた。


「やぁ、やぁ、これは素敵な趣味なお嬢さんじゃないか? 今回は災難だったね」


 驚いて声がした方に顔を向けると、グレーの地味な格好をした司会者がいた。後ろには、陰気な顔をした老貴族が続いている。


「これは、副長官様自らのお出ましとは、痛み入りますわ。私共、冒険者ギルドでも網を張っておりましたのに、皆様に乱入されていくつか取り逃すやもしれません」


 2歩前に出て、アンナさんがにこやかに微笑み、深々と頭を下げて挨拶を交わす。


 アンナさんが、初っぱなから喧嘩売ってます。大丈夫なのか?


「ふん、お前達が鈍いから我々が手を出したのだ。無礼者め」


 老貴族は鼻を鳴らしている。

 見れば、捕らえられた公爵派はそれぞれの陣営に連れてこられている。うわぁ、一触即発ってこう言う事をいうんだ。


「異端奴隷どもはどうした?」


「うふふ、泳がせております。こちらには、所有者がおりますから、何処にいるかなどすぐに分かりますもの」


「ほう、冒険者ギルドにはその様な技術があるのか。ならその技術ごと娘をこちらに貸してもらおうか」


「あら、それは出来ませんわ。この娘はギルド構成員、Dランク冒険者ですもの。今もギルドの要請を受けてここにいるのですから」


 バチバチと見えない火花が二人の間に散っている。私の周りは、冒険者達が固めはじめていた。


 ー……イテテ、マイケルさん、脇腹を摘ままないで下さい。


 話を合わせろと言うように、マイケルさんに脇腹の肉を摘ままれる。


「素敵なご趣味の娘さん?」


 司会者が回答を求めるように私に声をかける。


「はい、そうです」


 この場合、それ以外どう言えと? 状況! 誰か私に状況を教えて! 何、隷属魔法だか呪印だかは知らないけど、相手の位置を特定する機能までついてるの??


「では、あまり離れるとよくありませんから、ティナ達は行かせます。さぁ、マイケル、ティナと一緒に。自由の風は申し訳ないけれど、私のサポートについてもらいます」


「待て、冒険者のみで行かせる訳にはいかぬ。こちらの人員も同行させる。……お前達、ゆけ」


 数人のグレーな一団を指差して、私たちと同行するよう指示を出したらしい。司会者も一緒にこちらに向かってきた。


 冒険者からは、スカルマッシャーの三人、ジルさん、ダビデ、それと私だ。


 執行局からは、司会者を筆頭に全身灰色軍団、5名。


 合わせて11人が壁の穴から外に出る。


「マイケルさん、アルオルの居所なんて分かるんですか?」


 外に出て深呼吸をしてから、マイケルさんに問いかける。あの墓の中は、埃っぽくて大変だったんだよ。室内での爆発は、粉塵にご注意下さいだ、まったく。


「ああ、あまり知られてはいないけれど、呪印には所有者が奴隷の位置を大体特定する機能がある。だから反抗的な奴隷や、隷属魔法の強化に使われているんだ」


「へぇ、ならなんであの老貴族が知らなかったんですかね?」


「知ってはいただろう。ただ、膨大な魔力を使い、更にそれなりの精密制御が必要だからな。無理だと判断したのだと思う。

 それよりも、ティナ、足を治さないのか?」


 太腿を見られながらそう聞かれた。言われてみれば、怪我してたんだっけ。


 無言でポーションを取り出して、傷口にかける。みるみる傷は消えて、ついでにローブの切り裂かれた箇所も直った。そう言えばオススメシリーズは自動修復機能つきだったっけ。


「で、どうすれば?」


 何事もなかったかの様に尋ねる私に、慣れていない執行局の人員は驚きを隠しきれていない。


「素敵なご趣味の娘さんは、魔法使いなのかい?」


「メインは、弓と魔法攻撃の後衛です。ポーション作成はあくまでオマケですね」


 肩をすくめて答える。その後、マイケルさんの指示の元、言われるがまま魔力を操ってアルオルを探す。……ふりをしながら、広域マップでニッキーとアルオルを探した。あの二人と、雪を止めるアイテムを持っている人が同じ場所にいるとは限らないからね。用心は重要よ。


「ここから、西に少し、距離は大してありません。場所の位置的には、貴族街……かな?」


 前に一度カインさんと一緒にいった茶葉専門店から近い位置に、アル、オル、ニッキーの反応がある。これ以上詳細にはもう少し近づかないと分からなかった。


「わかった。なら向かおう。その内、ジョンからも連絡が来るはずだ」


 執行局を牽制していたケビンさんが移動を促した。


「ジョンさん?」


 そう言えば居なかったね。


「カインとジョンは、ニッキー達を追っている。巻かれなければ、遠からず繋ぎが来るだろう」

 

 あー…なるほど。尾行の得意な、盗賊のジョンさんと狩人のカインさんが後を追い、金属鎧組のケビンさん達は本丸、公爵派の拠点への強襲に参加。その間に、うっかり護衛対象に逃げられた、自由の風さん達と合流したってところなのかな。


 私たちは一団となって、小走りに貴族街に向けて移動を始めた。




 貴族街に足を踏み入れた所で浮浪児のひとりが、ケビンさんに近づいてきて何かを言い、駄賃をもらったと思ったらすぐに町の雑踏に消えていった。


「ジョン達は前々から張っていた、下級貴族の屋敷だ。ティナ、ここまで来ればもう少し詳細にわかるのではないか? 距離と大体の方角を教えてくれ」


 私が掴んでいた内容を教えると、周りは一様に頷いている。執行局のひとりが司会者の指示を受けて、何処かに消えた。


 そこからは私の先導ではなく、全員が無言で走り出した。


 しばらく走ると、貴族たちの私邸が連なる地区に入った。貴族街と一口に言っても、貴族達が買い物をする商業地区と、私邸が連なるベットタウンからなっている。普段は閑静なその地区に、10人の武装した集団が走るのは、ある意味一種異常なものが合ったのだろう。領主の城から城勤めの騎士が文官を伴って走ってくる。


「な、何事ですかっ!!」


 行く手を阻む文官さんを、灰色軍団の司会者が黙らせた。何処の世界でも、公権力って凄いね。


 私達、執行局、領主の兵と更に人数を増やした一団は、貴族の屋敷を目指して雪のデュシスの町を進んでいった。





「執行局だ! ここを開けろ!!」


 固く門を閉じていた貴族の屋敷に到着し、灰色軍団はそう叫ぶと間髪いれず攻撃魔法を放った。ひしゃげてプスプスと煙が出ている門をくぐり中に入る。


 四方八方に散っていく執行局を見送り、ケビンさんは入った中庭に佇んでいる。


「ケビンっ!!」


 押し殺した叫びが聞こえて周囲を見回すと、庭の一角が持ち上がり、カインさんが顔を覗かせて手招きしている。


 灰色軍団を指揮するので忙しい司会者と、それを牽制する城勤めの兵士達に気が付かれないように、手早くその中に入った。


「カイン、ジョンは?」


「ニッキーと奥さんと一緒です。つい先ほど、異端の公爵達が戻りました。外の状況はどうなっているのですか?」


 響く地下での会話のため、小声で情報交換をしているケビンさん達の話に聞き耳をたてる。


 ふーん、公爵派は奥さんとニッキー、それにアイテムを人質に自分達を自由にした上で無事に逃がせと要求するつもりなんだ。……甘いなぁ、今までの話を総合すると、執行局がそんな要求、受け入れるとは思えないよ。せいぜい良いところ「全員殺せ」じゃないかな?


 カインさんに案内されるまま地下道を歩き、広間っぽい所に着いた。次の部屋に人質とジョンさんがいるらしく、スカルマッシャーさん達は戦闘準備を整えている。ちなみに、私はなにもしないようにって釘を刺された。ジルさんとダビデは元々私の護衛のつもりだから、戦闘には不参加だし。

 執行局がいつ合流するか分からない状況で、私に暴走されると困ると言われると反論も出来ない。自分が非常識なのは最近自覚が出てきた。


 無言で頷きあって配置につくと、ロジャーさんが扉を蹴り開ける。中から魔法と飛び道具での攻撃が来たけれど、スカルマッシャーさん達の鎧に弾かれている。後衛のマイケルさん、カインさんが反撃する中、ケビンさん、ロジャーさんが室内に飛び込んでいった。戦闘が激化するなかで、マイケルさん、カインさんが追加で室内に入っていく。


 私の服の裾は、ダビデがしっかり握っていて間違っても乱入できないようにされていた。


 そんな中、ジルさんとダビデの耳が同時にピクリと動いた。ジルさんはそのまま、私達に覆い被さる様にしてのし掛かってくる。


 地面を震わせる爆発が起きる。戦闘中の隣室で起きた爆発で、壁は崩れて一部屋に繋がった。天井からも落下物があり、上にいるジルさんを通して衝撃が伝わる。……って、こんなことしてる場合じゃないや。


 慌てて3人分の結界を張り、ジルさんの肩を叩く。ゆっくりと横に倒れ込んで避けたジルさんの肩には金属片が刺さっていた。鎧との継ぎ目に上手く嵌まったらしく、かなり深く刺さってしまっている。


「ダビデ! ジルさんを押さえて、金属片を抜いたらポーションを使うよ!!」


 埃で白く汚れたダビデに指示を出して、高位回復薬を押し付けた。私はそのままジルさんに刺さった金属を力ずくで引き抜く。金属が抜ける時に、飛び散った血が顔と服にかかった。


 驚きながらもダビデが回復薬を使い、ジルさんの傷が癒えていく。


 ー……あぁ、良かった。助かった。間に合って良かった。もう少し場所が悪かったら、心臓直撃でジルさんを喪う所だった。


 鎧があるところなら、大丈夫だったとは思うけれど、ふつふつと怒りが湧いてくる。マップで確認する限り、スカルマッシャーさん達は怪我をしていても、死んではいない。ニッキーとご婦人も、ロジャーさんとジョンさんに庇われて無事。


 アルフレッドとオルランド、枯木じぃちゃんも息があるようで、こちらに向かってきている。


「ダビデ……、これをスカルマッシャー達に使いなさい」

 

 意識して低い声を出す。意識してなければ、ヒステリックに叫び出しそうだった。


「待ちなさい」


 枯木じぃちゃんに誘導されて逃げる二人に声をかける。まさか私がいるとは思っていなかったんだろう。音をたてて振り向くと舌打ちをした。


 アルオルは困ったような顔だ。今さら後悔しても遅いよ。


 地図を確認する限り、執行局たちがここまで辿り着くまでにもう少し時間がかかる。こいつらを殴る時間は十分にある。


「ティナ嬢……」


 アルフレッドが私の名前を呆然と呼ぶ。


「小娘、ちょうどよい所に来た。お前も一緒に来てもらおうか」


 枯木じぃちゃんがぬらっと光る長剣を抜きつつ、私に近づいてきた。まっすぐで普通より短い、忍び刀だ。


 私も無限バックから、ポイズンナイフ(壊死)を取り出す。初めて接近戦用の武器を抜いた私を見て、オルランドが声を上げる。


「リトル・キャット! 君は前に我々には執着しない。勝手に消えろと言ったはずだ!!」


「うるさいわね。叫ばないで。

 ええ、確かに勝手に消えろとは言ったわよ?

 でもね、こうも言ったはず。『私達に迷惑をかけるのは無しよ? 誰かを人質にするなら今度こそ容赦しないから。それさえ守ってもらえるなら、明日にでも出て行って頂戴』

 ……ねぇ、どうして私の友達が人質になっているのかしら?

 なんでお世話になった冒険者の人達が怪我をしているの?

 何より、何故お前達の為に、ジルベルトが血を流さなくてはならないの??」


 公爵派と執行局の政治的アレコレ。

 デュシスの町に出るかもしれない被害。

 冒険者ギルドの庇護下にいる為の遠慮。

 成人までの安全な寝床と定収入のおじゃん。


 ……それがどうした。えぇ、それがどうした! だ!!


「私は、私らしく生きると決めた。次に死ぬ時に、後悔しない様に頑張ろうと、そう思った。流され過ぎてそれすら出来ないのなら、何のためにあの時、取引をした? 訓練に耐えた? 必死に知識と力を求め続けた……?」


「ハニー・バニー??」


 怒りに身を任せ、魔力を解放する。脚力を上げて、一気に距離を詰めた。


 一撃目は枯木じじぃに防がれたが、体重を移動して、流れは止めずに次を放つ。変化と流れを作るために、蹴りや殴打も混ぜた。次々と息つく間もなく、攻撃を放ち続けると、少しずつ枯木じじぃの反応が悪くなり、最後には避けるとこも出来なくなった様だ。唯一、致命傷だけは避けているみたい。一応、刃で傷付けると色々後が面倒だから、短剣の腹で殴っている。


 十分に殴り、死にはしなくても、もう動けないだろうと言うところで、次はオルランドに殴りかかった。


 オルランドの顔に短剣を柄を叩き込もうとした所で、襟首が何かに引っ掛かって中に浮く。ジタバタと暴れつつ、後ろを振り向いたら、ロジャーさんの大剣にぶら下げられていた。


 その後ろにはダビデに回復薬を使われたんだろう他のスカルマッシャー達と、埃まみれのジルさんとダビデの姿も見える。


「ティナ、落ち着け。ヤり過ぎだ。殺してはいないだろうな?」


 仰向けで倒れた枯木じじぃの懐をあさって、アイテムを回収したジョンさんが息があることを伝えると、安堵の空気が流れる。


「ロジャーさん、放してください!! 一発殴らせて!!」


「おーい、嬢ちゃん。コイツら嬢ちゃんの奴隷だろ? 後で、逃走分も含めてしっかり罰してやればいい。今はそれよりも、少しばっかり落ち着いてくれや」


 ジョンさんが宥めてくるけど我慢ならない。アルオルにはこれ以上逃げないように、カインさんが珍しく腰に下げていた鉈を抜いて監視中だ。ジョンさんがその上で盗賊技能を使って縄脱け出来ないように、縛り上げている。


「………ハァ。分かりました、ニッキーとご婦人は無事だったんですか?」


「大丈夫だ。まだ眠さられているが、二人とも無事だ……」


「そこまでだ!! ……おや、もう勝負はついていたんだね。デュシスのギルドもあまり馬鹿に出来ない様だ。さて、関係者を全員こちらに引き渡して貰おうか?」


 私達が入ってきたのとは違う扉が開き、灰色軍団と司会者が飛び込んできた。私達に拘束されているアルオルを見て、床に伸びている枯木じじぃを確認して危険はないと判断したのか、引き渡しを要求された。


 ロジャーさんの長剣にぶら下がっていた私は、執行局の入場と同時に床に下ろされている。


「……けっ、ごめんだね」


「これは冒険者ギルドが確保した者達です。当然、ギルドに連れていきます」


 マイケルさんとジョンさんが言い返して、執行局と冒険者の間に火花が散った。


「あのー…では、間を取って、領主館に連れていくと言うのではいかがでしょうか?」


 無言で睨み合う両者の間に、怯え混じりの声がかかった。誰かと思えば、貴族街で兵士と一緒に来た文官だった。


「領主の館でしたら、執行局でも、冒険者ギルドでもなく、コレらを尋問する設備も整っています。今回の一件は、私共デュシスの住人も心を痛めております。

 執行局副長官様も、ギルドマスター様も領主館に居られます。どうでしょう? 双方に悪くない提案だと自負しております」


「いいな?」


「ええ、構いません」


 執行局と冒険者双方が頷き、微妙な距離を保ちながら動き出した。


 当然の様に、私達も行かなくてはならないらしく、逃げられないまま初めて領主の館とやらに、足を踏み入れることになった。



 ー……あー、やだなぁ。これ、アルオルに私も共犯にされたらどうしよう? 二人を買ったのがそもそもの間違いだね。



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