38.箸休めーおっさん達のシティーアドベンチャー・下
デュシスの町に雪が降る。
深々と音もなく、例年よりも早く降り始めた雪はこのひとつき、一度も止むことなく降り続けていた。
「かぁ、もうすぐ1ヶ月だぜ? まったく、何とかなんねぇのかよ」
冒険者ギルドの入口脇で外を見上げながら、ジョンは誰へともなく声を上げた。
「寒いですもんねー」
朗らかに笑いながら、普段よりも一枚多く厚着をした、マリアンヌが笑いながら脇をすり抜けていく。掲示板に新しい依頼票を張り付けると、帰りがけにジョンを見上げて、不思議そうに話しかけた。
「ジョンさん、寒いなら中に入っていたらどうですか? さっきからずーっと外ばっかり見て、雪なんてもう見飽きたでしょ?
今年はどうなってるんでしょうね?こんなに早い時期から降り続けるなんて、私も初めてです」
「そーだなー。まぁ、もうすぐ止むんじゃないか?」
「またそんな適当なこと言って。うーん、ティナ、大丈夫かな?
こんなに雪が降るのに、町の外で暮らすなんて…」
「あー…、大丈夫だろ。あの嬢ちゃんは規格外だからな。案外ピンピンして、寒いからって暖かいエリアに移動してたりしてな」
年下の友人を心配するマリアンヌを歯切れ悪く宥めていると、ようやく待ち人が来たのか、町の浮浪児らしき少年から端切れを受け取り、駄賃を渡す。
「お疲れさん、また頼むぜ。……ティナなら大丈夫さ、楽しく暮らしてんだろ。
さて、俺は行く。マリアンヌも冷える前に奥に行けよ。どうせ客なんか来ねぇだろ」
手を振り雑踏の中に消えていく子供を見送り、ジョンもまた雪の中に消えた。そんなジョンの後ろ姿を見送り、すっかり閑古鳥が鳴いているギルドの奥にマリアンヌも入っていった。
「来たぜ」
そう言って無造作に扉を押し開けると、警戒した殺気があちこちから向けられた。
「……ジョンか。遅いぞ。繋ぎは来たか?」
「わりぃな、ケビン。雪で尾行られてないか確認するのに時間がかかっちまった。
来たぜ、今日はこれで最後だ。ほれ」
土間に直接置かれたテーブルの上に先ほど受け取った布切れを載せる。それを素早く手に取り灯りに近づけると、マイケルは納得する内容だったのかひとつ頷いた。
「ジョン、お疲れ様でした。さて、そろそろ我々も動かなくてはいけませんね」
「マイケル、この後はどんな風にするんだよ」
「ああ、ジョンにはまだ話してなかったですね。宿では話し合っていたんですが……」
「悪かったな、家族持ちでよ。ふん、淋しい男どもめ」
まったくだと言うように、カインも頷いていた。スカルマッシャーの常識人であるカイン、世知辛さは誰よりも知るジョンの二人を外した作戦立案に少々不安を覚えつつ、今後の予定を確認する。
スカルマッシャー以外のパーティーからは、冷やかしの声が上がった。この1ヶ月、極秘に動き続けてきた彼らの顔にも流石に疲労の色が濃い。
「さて、皆さん、まずは現状の再確認です。
この1ヶ月で執行局に囚われた住人の数は、把握できている限りで約40人。その内解放されたのが10人。死亡し捨てられたと思われる者が約20人。残り10人がいまだ囚われたままです。
町は恐怖に震えています。これ以上は看過出来ません。早急に公爵派と執行局の争いに決着をつけて頂き、この町から出ていって頂きましょう」
普段の穏やかな後衛職の表情を消し、炯々(けいけい)と輝かせてそう話すマイケルの顔も瞳は落ち窪み、髪には艶がなくなっている。今回の作戦の立案者としての重圧と、準備が整うまで住人達への暴虐を、指をくわえて見ていなくてはならなかったストレスでのものであろう。
「おう、それについては異論はないぜ。くそっ、執行局の奴ら、好き勝手しやがって!」
裏町やスラムから拉致された住人が一番多いためか、悔しそうに拳を打ち鳴らしながら、烈火のリーダーが口を開く。死亡した住人達が棄てられるのも、裏町が多い。腹に据えかねていたのであろう。
「まったくだず。おらの友達の農家も囚われたず。幸い、すぐ解放されたけんども、今も足に後遺症が残ってるんだず!!」
近隣農家を回っていた豊穣も、また悔しそうに俯いていた。農家が足を痛める。それは来春からの農業に支障が出る、最悪は一家離散しかねないことだったのだ。
「けっ! 芸術もわからねぇボンクラどもが。たったあれだけの壁画で拘束しやがって!」
「いや、蒼穹の。アレはたったじゃねぇだろ。まさか、領主館の塀に、『執行局、出ていけ!! 公爵派死ぬ!!』ってデカデカと書くヤツがいるとは思わ……」
烈火が蒼穹に堪えきれないと話すが、それに鼻を鳴らし遮った。
「ふん! 洒落のわからない奴らめ!! 芸術とはそんなもんだ!!」
場に呆れたような空気が流れる。
「コホン、ともかく、準備は順調です。後は、オークションのご婦人が見つかれば…」
「あー、やっぱり駄目だったのか?」
「えぇ、残念ながら…。余程注意深く行動しているのか、それともそもそもここの人間ではないのか…」
首を振るマイケルに一同が落胆のため息をついている時、予告無く扉が開いた。
反射的に武器を抜く面々にたじろぎながらも、飛び込んできた人影はケビンを見つけて声を上げる。
「すまん! 大変だ!! 執行局がアムル一家を拘束した! 下は4つの子供から、上は76の祖母まで7人だ!!」
「影踏み鬼、それは本当ですかっ?!」
「あそこン子らは、教会にもよく行く。父親も、領主とも繋がりのある商会に勤めている、そしたがなんでだず!」
「分からん!! しかし、奴らとうとう子供まで捕らえやがった! ジョンから頼まれた貴族の館も人の出入りが激しくなっている。万一だが、もし公爵派と繋がってるなら、ヤツラ救出に動くかもしれない」
騒然とする周りの注目を集めるように、ケビンは音をたててクラブを地面に置いた。
「影踏み鬼、正確に報告しろ。他は少し黙ってくれ。
アムル一家が拘束されたのはいつだ? 罪状は何だ? 貴族の館が騒がしいとは具体的にどんな動きがある?」
「おう、アムル一家が拘束されたのは昨日の夜だな。近所の話では、公爵派を匿い、この異常気象の原因となった事に手を貸した可能性があるってことだ。
番頭として勤めている商会にも極秘で執行局の調べが入っているらしいが、相手は流通を牛耳る大店だ。執行局も無理は出来ないようだ。
貴族の屋敷だが、表面的には静かだが裏からの人の出入りが激しい。それに食料等の搬入も増えている。冬だからという理由ではすまない。おそらく何か仕掛ける気だ」
発言を求めるように手を上げるマイケルに、ケビンが許可を出す。
「嫌疑が固まっていない段階ではいかに執行局とは言え、あの商会に手出しは出来ないでしょう。それゆえ、アムルへの取り調べは厳しいものとなります。自白させるのが一番手っ取り早い。本人が自白しないようなら、子供すら使うでしょう…。
しかし、何故彼らが手を貸したのか、その疑いを持たれたのかが分かりません。アムル一家は公爵との接点はおろか、政治に関わっていると言うこともなかったはずです」
「勤め先の店もな。あそこは政治嫌いで有名だ」
「誰か人質にでもとられたか、恩義ある人間に無理を言われたか、はたまた何らかの理由で巻き込まれただけか……」
「……皆さん、我々スカルマッシャーがアムル一家の事を調べます。他のパーティーは担当の場所に戻ってください。次に集まるのは、何もなければ2日後。緊急の場合はアンナを通して連絡します」
「子供はどうするんだず!!」
豊穣のリーダーが悲鳴に近い抗議の声を上げた。スカルマッシャーと蒼穹のリーダーは互いに発言を譲り合う様に視線を交わした。
「……今は何も出来ない。現状が分からない間に仕掛けても、魚に逃げられる。
ようやくこの雪が公爵派の仕業だと分かり、どうすればやむのかも分かった。ヤツラの拠点も大体は洗い終わっている。
今、無理をすれば全て元の木阿弥だ。
大体、執行局も子供にまで無体なことはしないだろう。今は堪えてくれ」
そこまで言うと、一呼吸おき、自分に言い聞かせる様に続けた。
「捕らえた公爵派を締め上げた所、オークションの奥方が雪を止ませるアイテムを持っているらしい。それを回収し次第、網を閉じる。執行局に先を越されれば雪を止ませる事よりも、公爵派の壊滅を優先させるだろう。そうなったら、デュシスの町は大変なことになる」
「だからと言って、子供を見捨てんのかず!!」
「見捨てはしない。ただ、今は何も出来ないだけだ。恨むなら恨め。これは今回の作戦実行者としての決定だ」
歯を食い縛り暗い瞳をしつつも、悩むこと無く言い切るケビンの覚悟に誰もそれ以上の反論は出来ず、各々の持ち場へと戻っていった。
「ケビン、お疲れ様です。全てを貴方が背負わなくても良いのです。少しは頼ってくださいね」
スカルマッシャー以外のパーティーが去った後、留守を守る別のパーティーに挨拶しつつ、マイケルは口を開いた。
「ふん、誰かが言わなくてはならないことだ。なら俺が言うべきだろう」
肩をすくめて気にしていないと装うケビンの頭を、助走し飛び上がったジョンが平手打ちした。
「あ~あ、ウチのリーダーは真面目でいけねぇや。あのよ、ケビン、俺たちゃパーティーだ。お前がどう思っているかくらいわからぁ。強がんじゃねぇよ。ここには身内しかいねぇ」
「まったくだ。お調子者もたまには良いことを言うな」
「すまん…」
場の空気を変える為か、これ以上ないくらい軽く諌めたジョンに、カインも同意した。そんな二人を見て、ケビンも恥ずかしそうに笑うと、いつもの雰囲気を取り戻す。
「さ、ジョンに諌められるなんて世も末だが、移動しよう。今日中に奥方を見つけられるといいが、3日前からギルドも探しているしな、そろそろ何かは見つかるだろう。
俺たちは、アムル家へ一度行くぞ。何か分かることがあるかもしれん」
口々に返事をする仲間たちを引き連れて、雪吹きすさむ町へと出ていった。
*****
「おう!! ケビン! よーやっと見っけたぜ!!」
「リック?」
雪で視界が効かない中、大通りの向かい側から声をかけられた。着ぶくれした大柄な人影と小柄な影は、スカルマッシャーに向けて小走りに近づいてくる。
「お、全員揃ってんな。良かった、ほらよ、ニッキー、お望みのスカルマッシャーだ」
そう言って自分の影になっていた人影を前に押し出し、自分は欠伸混じりに周りを見渡す。
「ニッキー? あぁ、ティナの友達の…」
記憶を探るような顔になってからカインは、約一月前の買い出しの時に見かけた勘の良い少年を思い出した。同じタイミングで思い出したのか、ロジャーも大きく頷いている。
「あぁ、あの時の……。どうかしたのか?」
「スカルマッシャーさんが、人を探していると聞きました。アンナさんが話していた特徴に当てはまる人を知っています」
緊張した顔のまま、それでも言い切ると、その後を続けるかどうか悩むように口を閉ざす。
「探している……? ッ!? ちょっとこっちに来い!!」
有無を言わせず、手近にあった馴染みの酒場に連れ込むと、盗聴を警戒するように、スカルマッシャーの面々は窓や出入口を固めた。
「おいおい、大事だな。何なんだ? 一体全体よ」
なし崩しについてきたリックは驚きを隠せないでいる。だが、それ以上に、引き摺られるように連れ込まれたニッキーは目を白黒させていた。
「ニッキーだったな? 君が知っている人物と言うのは、どういう人なんだい?」
逸る気持ちを押さえて柔らかく問うカインだが、表情に何処か焦りが透けて見える。そんな大人達の異様な雰囲気に呑まれつつも、ニッキーは口を開いた。
「その前に、スカルマッシャーさんが探しているのは、この町で雑貨屋を営む40代の女性だと聞きました。小麦色の髪の生活に疲れた様な小柄な婦人、間違いないですか?」
「あぁ、心当たりがあるなら教えてほしい」
「何故その人を探すんですか?」
「ガキ、お前が気にすることじゃねぇよ。さっさと教えろ」
痺れを切らしたジョンが、ニッキーを脅すがそのジョンの襟首をロジャーが捕まえて、出入口まで引き摺って行った。
「詳しくは話せないが、そのご婦人が我々が必要としているものを持ってるんだ。頼む、知っているなら教えてほしい」
「オレが知っているのは、姉の婚約者の母だった人です。名前はマリー。スラムの近くで小さな雑貨屋を開いていたけれど、一年前の秋に、一人息子を失って、店も畳んで、嘆き悲しんでるって聞きました」
暗い声で話すニッキーの内容を聞いて、スカルマッシャーのメンバーは視線を交わした。条件には合致する。
「そのマリーさんは今どうしているか、分かるかい?」
「いえ、最後に会ったのは姉の葬式の時だったけど、その時には何処かの大店に勤めている番頭さんのところで、住み込みの家政婦をしていると話して……」
話している途中でジョンがパンと手を打ち、会心の笑みを浮かべた。
「繋がったッ!! 礼を言うぜ、小僧!! おい、アムルの家に急ごうぜ。捕まったのは家族だけだ。またそこにいる可能性がある!!」
「え、え?」
飛び出していくスカルマッシャーたちを呆気にとられて見つめたニッキーも、またスカルマッシャー達を追って走り出した。
「ついてくるな!!」
自分達を追ってくるニッキー達を、追い払おうとカインは怒鳴り付けるが、口を開く余裕のないニッキーは走る速度を上げることで、答えに変えた。
「くそっ、リック!!」
「なんだよ、ケビン!」
大人たちは足場の悪い道をフル装備で全力疾走しているにも関わらず、息を切らすこともなく怒鳴り合っている。
「ニッキーを頼む! ここまで関わったんだ! 否とは言わせない!! いいな! もしもの時には、自由の風を動員しても守れ!!」
「だぁからよ! 一体何が起きてんだよ!! てめぇら、巻き込むなら説明しやがれ!!!」
そう毒づきながらも、万一の時にはニッキーを庇うことができる間合いに位置取るリックに、ケビンはニヤリと笑った。
「時間がない! 脳筋のお前に理解させるのは諦めた!! 何でもいい、ニッキーに危害を加えようとする相手から守れ!!」
「てんめぇ、それが他人に物を頼む時の態度かよ!!」
「……リック、では俺から頼みましょう。はぁ、はぁ。パーティーを組んでいる間、貴方にかけられた数々の迷惑、その一つを忘れてあげましょう。だからその子を守りなさい」
「あぁ?! マイケル、なんだよ! おれが何したって言うんだよ!?」
「そんな事を言っていいんですか? マーメイド刺身…スケルトンと花札…煮物に出汁事件。ハァハァ…ここで語ってほしいようですね、あぁ、それともアリッサに語りましょうか」
後衛職として体力がないマイケルは、息切れしつつも楽しげに話した。
「くそっ、わーったよ!! 守りゃいいんだろ? ニッキー、俺から離れんなよ!」
「着いた!! 入るぞ!!!」
閉鎖されているかと思われたアムルの家は、人影もなく静まり返っていた。最悪は破るつもりで玄関に手をかけると、鍵も懸かっていなかったようで、静かに扉が開いた。
中に入ると、ジョンとカインは微かな異臭を感じて、全員に警戒を促す。
「どうしたん……」
「シッ。血の臭いだ」
緊張する大人達を不思議に思い、尋ねたニッキーにマイケルが答える。
ジョンとカインは聞き耳を立てているようだ。遠からず、ひとつの物音を拾い、奥を示す。
「奥、誰かいる。低い声が聞こえる。確認する。サポートを。ニッキーはここにいろ」
出来る限り静かに移動して、奥の扉を引き開ける。濃厚な血の臭いと共に、素早く室内を見渡すと、床に血溜まりが出来ていて、スカートから覗く足が力無く投げ出されていた。
カインが駆け寄ると、呼吸を確認して素早くポーションを取り出す。迷うことなく、傷口にかけた。
柔らかい輝きが辺りを満たす中、入ってきたのとは別の扉から、灰色の装束に身を固めた男達が雪崩れ込んできた。
「何者だ!! 我々は、デュシスの冒険者ギルドから依頼を受けて調査しているッ……!」
相手を誰何するマイケルの声を無視して、武器を振りかざし襲い掛かってくる男達から、強引にマリーを守りながら、スカルマッシャーは前線を構築する。
後ろ、リックとニッキーがいる辺りからも、剣撃の音が響いてきているが、そちらに人をやる余裕はなかった。
双方無言で切り合う事、数合、甲高い笛の音が雪を切り裂き響き渡ると、それを合図にするように襲いかかってきた男たちは、町に消えた。ジョンはそれを見ると、片手を軽く上げて合図を送り、ひとり尾行を開始する。
「おう、大丈夫か?!」
飛び込んできたリックの剣は血で汚れていたが、自身にも、護衛対象であるニッキーにも怪我はないようだった。
「ああ、大丈夫だ。さぁ、我々も……」
「マリーおばさん!!」
そこでロジャーに背負われたマリーに気がついたのか、ニッキーが駆け寄り声をかけた。その声に反応するように、瞼が震え、そしてマリーの瞳が開く。
「あら……ニコラス君。どうしたの? こんなところで……」
まだ前後の記憶がはっきりしていないのか、何処かぼんやりした口調で話す、顔色の悪いマリーの手をニッキーは握りしめた。思いの外冷たいその指を振りながら、しっかりしろと話しかける。
「おばさん、何やってんだよ!! ギルドがおばさんを探すってよっぽどだろ?! 何か危ないことしてるんだよね?! おばさんが危ないことをするなんて、ルチオ兄さんだって、そんなこと望んでないよ!!」
何かを勘づいたのか必死に訴えるニッキーに、マリーは悲しげに微笑んだ。
「ごめんね、ニコラス君。悲しいのは、おばさんだけじゃないのにね。
でもね、どうしても知りたかったの。本人達の口から聞きたかったの。おばさんはどうなってもいいのよ。私の可愛いルチオが何故死ななくてはならなかったの? どうして、あそこでああなってしまったのかしら?
ニコラス君のお姉さんも、自分を責めて死んでしまったわ。あの子が悪いんじゃないのにね。痴話喧嘩で徴兵に応じるなんて、ルチオが馬鹿だったのよ。……ごめんね、ニコラス君」
弱々しく抵抗しロジャーの背中から降りようとするマリーを制し、ケビンが移動を開始する。
人目を避けるように道を歩き、先程まで打ち合わせをしていた民家に戻った。二階にある個室にマリーを寝かせると、スカルマッシャーたちは尋問を開始しようとする。しかし、ニコラスと呼ばれたニッキーだけは外に出て待つように言われても、頑として退出しようとしなかった。
「俺がいた方が、マリーおばさんも話しやすいでしょう。秘密は守ります。どうか居させてください」
「スカルマッシャーさん、だったかしら? 構いません、どうかそのままで。何をお聞きになりたいの?」
「ニッキー、これはかなり危険なんだ。このままここにいるなら、強制的に巻き込まれる事になる。いいんだね?」
迷い無く頷くニッキーに周りの大人たちも諦めて、話を始める。こっそり自分だけ逃げようとしたリックはロジャーに捕まった。
「奥様、では、教えて下さい。奥様は何処まで関わり、何を知っていますか? そして、この降雪のキーアイテムは貴女が管理していると聞きました。何故そんなことになったのですか?」
「ふふ、全てご存知なのではないのですか?
私は息子の死を受け入れられずに、公爵と話すため、謝罪してもらうために、彼らに協力しました。残念ながらオークションの参加資格は与えられずに、役割を果たすことが出来なかったのですけれどね。
私を役立たずと言って一度は切り捨てた彼らですが、執行局と貴方達冒険者に追い詰められて、身の危険を感じたのでしょう。とあるアイテムを預かる様にと接触して来ました。
上手く隠しきれば、公爵に会わせると言われて断りきれなかったの」
「おばさん……」
「そうしていたら、昨日になって突然、執行局が無関係のアムル様達を拘束して凄く驚いたわ。彼らもそうだったらしくてね、さっき預けていた物を返せと、言ってきたの。
返すならば、公爵に会わせるように言ったんだけれど、そうしたら刺されてしまったわ。おばさん、馬鹿よね、あんな奴等を信じるなんて……」
咽び泣くマリーの肩を慰める様に抱くニッキーを痛ましく見守りながら、マイケルは質問を続けた。
「それで、その預かった物は……」
「ふふ、ええ、大丈夫、渡してはいません。箱の中に偽物を入れておきました。本物は、あの子が愛した人に抱かれていますわ」
涙に濡れた顔のままそう言うと、突然後悔に身を震わせ始めた。
「どうしましょう、私のせいでアムル様達が大変な目に。助けなくては、私が執行局に出頭します」
そう言って立ち上がるとフラフラと出口に向かうマリーの前に、ケビンが立ちふさがった。
「奥様、話はもうそう簡単ではないのです。
執行局は罪のない住人をアムル家と同じように大量に捕らえています。もう、こうなったら、執行局が納得するレベルで公爵派を一網打尽にしなくては、いつまでも続くでしょう。
冬は本来我々、現地住人の味方でした。しかし、今回の異常気象のせいで、雪は味方ではなくなってしまった。未確認の話ですが、執行局ではなく、領主に直接、雪を止ませて欲しければ、公爵を引き渡せと投げ文が入ったと言う噂もあります。
我々に協力してください。危険は伴いますが、出来る限り守ります」
「何をしろとおっしゃるの?」
「一日だけ我慢して下さい。明日、我々をアイテムの隠し場所に案内して頂きたい。それだけで十分です」
「私にオトリになれとおっしゃるのね?」
「おばさん!? 駄目だよ。危ないよ!! おばさんが死んだら、ねぇちゃんも、ルチオ兄さんも悲しむよ!!」
状況が分かり慌てて説得するニッキーに柔らかく微笑むと、マリーは返事をした。
「分かりました。ここまでやったのですから、今さら自分の命を惜しむような事は言いません。でも、一体どうなさるおつもり?」
「今回の件に関わっている人間は案外多いのです。ご心配なく。
ニッキー、明日全てが終わるまで、君には護衛をつけさせてもらう。リック、自由の風を動員しろ。元公爵派が襲ってくる可能性が高い。なんならここで隠れているだけでもいい。詳細は任す」
手早く指示を出すと、ケビン達スカルマッシャーは、階下に降りた。入れ替わるように、留守番役のパーティーが監視の為に室内に入ってきた。
リックは一度肩を竦めると、スカルマッシャー達を追って下に降りる。
「おい、ケビン……」
「マイケル、ギルドに協力を仰げ。
公爵派との交渉に乗る振りをするようにと、後、アンナに相談して可能であれば、ティナを呼ぼう。あの子を頼るのは癪だが、あれがいれば、戦力の増強になる。それに、目の前に目的の人物がいれば、公爵派も全力で奪取を狙うはずだからな。ティナへの説明はどうするか……。
カイン、影踏み鬼に繋ぎをとれ。ロジャー、護衛を。出入りを確認して、明日の発動に備えろ。全員、忙しくなるぞ。
……なんだリック、何か用か?」
階下で指示を出すケビンを見て、リックは首の後ろを乱暴に掻きながら口を開いた。
「なんかわかんねぇけどよ、大事なのは分かった。ウチのパーティーを呼びたい。出掛けていいか?」
「ああ、構わない。マイケルもこれからギルドに向かう。途中まで一緒に行けば良いだろう。ここがバレて襲撃されるとしたら、今夜だ。万全に備えてくれ」
「わーった」
手をプラプラと振りながらそう言うと、足早にリックとマイケルは連れだって外に出ていった。
決戦まで後1日。
1ヶ月かけた仕込みの結果が分かる日だ。
ケビンは久々に血がたぎるのを感じて、愛用のクラブを握りしめた。




