37.なお現在、同居人に毒を盛られています 草々
蟻塚の女王を退治して、ドロップ品の女王蟻の核を回収、ついでに沢山の蟻蜜もゲットしました。
蟻の蜜は美味しいのか? と言う、素朴な疑問で胸を高鳴らせて、ダビデが出してくれたクラッカーにつけて一口。蜂蜜よりは、サラサラとした粘りの少ない甘味でした。味は普通に美味しくてビックリ。蟻って美味しいんだね。
もちろん毒味という名目で、ジルアルオルにも食べさせましたとも。そんなこんなで休憩を挟みつつ、出しっぱなしにしてきた隠れ家への帰り道、オルランドがとある木を見上げてから珍しく口説き文句以外で私に話しかけてきた。
「ハニーバニー、ちょっとだけ採集をしたいんだが構わないかな? この木に生る実は栄養価が高くて、味わいもクリーミー。街のご婦人達にも人気なんだよ。珍しい果物が欲しいと話していただろう?」
さっきまでの怪我人とは思えないアクティブさだね。ただ、クリーミーな木の実は気になる。アボカドサラダ、好きだったし。
ダビデに視線で問いかけると、この木がなんだか分からないようで、小首をかしげられた。
「まぁ、良いけど、あまり長くは駄目よ? 日が暮れてしまうと危ないわ」
私の返事が終わらない内に、スルスルと木を登っていくオルランドを呆気にとられて見送る。
「うわ、身、軽いんだ……」
誰かに言ったつもりもないただの独り言だったのだけれど、アルフレッドが答えた。
「昔からオルランドは身も軽いし何でも器用にこなす、人からも好かれる。私には過ぎた従者だった」
「へぇ……」
なんか公爵様、馴染んできてるよね? そんなつもりないんだけどなぁ。
「お嬢様、ボク、オルランド様が戻るまで近くに何かないか探してきます」
ダビデはそう言うと、近くの藪に飛び込んで行こうとした。
「危ないから、駄目。目の届く範囲にいてね? 万一、ダビデが怪我でもしたらどうするのよ、誰がご飯を作るの」
マントの裾を掴んで止め、ダビデに頼む。私、この世界の貴族に出す料理なんか作れないよ。
「……餌付け」
小さい声でジルさんが呟いているけど、聞こえてるからね? 誰が誰に餌付けされてるのかしら?
「ジルベルト?」
「いや、何でもありません。ダビデ、手伝おう。俺と一緒なら構いませんね?」
軽く睨んでそう言うと、さっさとジルさんはダビデと一緒に近くの草を確認している。逃げたな。
ま、ジルさんと一緒なら、危険もないだろうから、いいけどさ。
「クスッ、仲がいいんですね」
あら、アルが初めて笑いましたよ?
「そうですか? そんな事はないと思うけれど」
「あるふぉ……申し訳ありません。ダビデがあんなに楽しそうにしているのは、私の所では見たことがないのです。…感謝します」
疲労で気が抜けてるのか、貴族っぽい口調で感謝を伝えられてしまった。あはは、この口調は駄目だ。距離感をもう一度確かめないといけない。
「あら、アルフレッド様? お礼を言われることではありませんよ。今のダビデは私のモノです。貴方と同じ様に、ね?」
言葉に詰まるアルフレッドを見ながら、内心溜め息をつく。危険を共に越えながら、仲間意識を持つなって結構しんどいよ。
小さな声で謝罪するアルフレッドを横目で見つつ、オルランドとダビデ達の帰還を待った。
あの後しばらくして、両手で数種類の果物の枝を抱えたオルランドが帰って来た。スパイスとして使ってもいい物だからと、ダビデに見たこともない木の枝を渡していた。
隠れ家に戻り全員を夕飯まで解散させる。今日のご飯は帰りがけに採ってきた木の実を使うらしい。
ダビデが料理に没頭する間、私は風呂を先に済ませることにした。
私は後ろから着いていっただけだけど、蟻塚は砂で出来ていたから髪の毛や皮膚に細かい砂が付着していて大変不快だった。ちなみに全員隠れ家に入る前に、軽く浄化はかけて砂を落としている。汚れを家に持ち込まないのは、掃除を簡単にするためにも大事だよね?
全身を洗った後に、沢山ある湯船の中からぬるめで肌に纏わり付く滑らかなお湯を選ぶ。首まで浸かって全身の力を抜くと、自然と息が漏れた。
手足がゆっくりと浮き上がり、湯船の縁に凭れかけている頭に体重がかかる。
ー……あぁ、疲れた。
公爵と従者の目がある所ではいつもの行動が出来ない。こういう風になると、普段私がどれだけ好き勝手やってたか、身に摘まされるよ。
ー……さて、あの二人は今後、どう動くのか? 今日こっそり鑑定した結果、中々曲者っぽかったしなぁ。異才の軍師に闇夜の食人鬼ですか。それに、気になるのは、毒手と言う称号だ。毒を使うエキスパート、か? 少なくとも、私達への直接攻撃は出来ないように、魔法で制限をかけている。どうするつもりだ?
頭の中で疑問がグルグルと空回りを始めているのが自分でもわかる。
汗が滲んできた顔に、乱暴にお湯を掬ってかけた。
言葉は悪いが、出たとこ勝負。
今の私にはそれしか選択肢がない。相手の動きを待つって疲れるんだよね。自分が主導権を握ることが出来ればどれ程楽か。
ただ過信は禁物だから、何か後手に回ったときの為に万一の準備はしておこう。
そう覚悟を決めると、手早く身支度を整え自室へと戻った。
「お嬢様ー! ご飯ですよー!!」
上からダビデの声がして、私は作業の手を止めて部屋から出た。
階段を上がると、そこにはジルさんが待っていてくれた。
「あれ? ジルさん、どうしたんですか? わざわざ待ってなくても、リビングまで行けますよ??」
「いや、迎えは必要だろう」
「?」
いや、まぁ、ここで会えたのは好都合なんだけどさ。食事終わったら部屋にこっそり行こうと思ってたし。
私がまったく分かっていないのに気が付いたのだろう、ジルさんは諦めた顔をしてリビングに向かうように促す。
「あ、ちょっと待って下さい。コレ、預かっていて貰えますか? 使用は自由です。ジルさんの判断でマズイと思ったら即、使ってください」
そう言ってジルさんに渡したのは、万能解毒剤の小瓶だ。一応、数は5個。人数分だ。
「これは?」
「万能解毒剤です。もしも何かあったら使ってください」
「何を予想している? どうしてこんなものが必要だ?」
諦めを一変、警戒と怒りを滲ませて詰め寄られた。
「今日、あの二人を鑑定しました。……毒を使ってくる可能性があります。万一、私が無力化された場合は使ってください。おそらく、最初に狙われるのは私ですから」
ジルさんには以前、鑑定スキルがあることは話した。私が無力化されたら今度は戦闘力が高いジルさんが狙われるだろう。
こうなってくると、私の死後、後追い自死しないように設定し直したのはよくやったよ。
「ん? あれ、なら後追い自死設定になっていると思われるあの二人はどうするつもりなんでしょうね?」
「馬鹿か? なぜ自分の死後の話をしている? 死なないために行動するつもりはないのか??」
最近お馴染みになったアイアンクローをまた喰らいました。
「えぇ、ですから死なないために、これを渡しました。もし私が無力化されたら助けてください」
「……わかった。しかしどうやって毒を盛るんだ? 攻撃は禁じられているだろう」
「さぁ? 予想が出来ないので用心の為に渡すんです」
予想できないなら、最良だと思う方法を常に取っていくしかない。
「随分遅くなってしまいました。急ぎましょう」
私はジルさんと連れだってリビングに向かった。
「お嬢様、遅いです。冷めちゃったじゃないですか」
ダビデが尻尾をパタパタさせながら、給仕をし始めた。これも最初は私一人がテーブルについて、ダビデとジルさんが控えるって方式からスタートして即座に私が却下した。今は全員分一気に運んでお仕舞いにするスタイルまで簡略化している。
「あはは、ごめんね。ちょっと上がってくるのに時間がかかっちゃった。あれ?」
今日はダビデの他にオルランドも給仕に回っている。
「どうぞ、スイートレディ」
恭しくかつ仰々しく、舞台役者の様にプレートを差し出される。
今日のご飯は、サラダとサイコロステーキ、焼きたてパンにポタージュだ。昼間の果物はサラダに入っているのとドレッシングがわりにかけられているものだろう。
「ありがとう、ってなんで自然とオルが手伝ってるの?」
「人数が増えたので、オルランド様も運ぶのを手伝ってくださると」
「あ、そうなの? 確かにそうだよね。なら自分の分は自分で運ぶスタイルにしようか? ダビデ、大変だもんね」
流石、従者。妙な所で気が利くわ。学食、もしくは給食みたいに、お盆もって列に並んで、自分で運ぶスタイルにした方が効率的かな? ついでに食器下げるところまで各自でやることにして、不公平が出ないように洗い物は当番制にしようか。
「お嬢様…、ボクの仕事を取らないで下さい!!」
私が不穏な事を考えているのがバレたのか、ダビデに悲鳴をあげられた。
「ティナお嬢様、給仕は下の者の仕事ですよ? お嬢様が動かれる事ではありません」
悠然と席に座ったまま食事の準備が整うのを待つアルフレッドがそう言った。いや、お前は手伝え。
「あら、アルフレッドは給仕される側なのね?」
当然のごとくオルランドが食事の準備をしているのを待っているから、ツッコミをいれた。なんと言うか、奴隷やってきた割には染まってないんだよね、この人。
「申し訳ありません。お嬢様のお望みとあれば運びますが、私が運ぶよりも慣れている人間に任せた方が良いかと思いました」
笑いながらそう言いつつも、立つ気配はまったくない。案外いい性格してるのかも知れない。
「まぁ、いいわ。早く食べましょ」
食前の祈りをしてから各自食事を始めた。この世界では豊穣神に祈りを捧げて食事を始めるのが一般的らしい。最初は驚いたけど、すっかり慣れたよ。
「あれ? ねぇ、ダビデ、お茶の味が違う気がするのだけれど、フレーバー変えた?」
一口お茶を飲んで、いつもよりも甘い気がしてダビデに声をかけた。
「はい。今日採ってきた蟻蜜と、オルランド様に頂いた疲労回復に良いハーブを追加で入れています。お好みに合いませんか?」
「いえ、美味しいわ。ありがとう」
少し舌に残るそのお茶を飲みながら食事を終える。
何だか身体が熱い。何処か頭がぼんやりしていて、何かが変だ。
「キティ、どうしたのかな? 眠そうだけれど」
食器を片付けたオルが近づいてきて、額に手を当てる。
ー……そっか、私は眠いのか。
「自室で休んだ方がいいんじゃないかな? 送ろうか、スイートハニー」
「はい、お願いします」
ぼんやりと答えてから、ハタと気が付く。何か変だ。
「いえ、やはり大丈夫。一人で戻れます。明日もフィールド探索に出ます。皆さんそのつもりでいてください」
心配そうに見守るダビデとジルさんにお休みを言い、地下二階に降りた。
部屋に入ると同時に後ろ手に鍵をかける。マップを出して確認したら、ダビデはキッチン、ジルさんはお風呂、残り二人は自室にいるみたいだ。
迷わず私は、自分自身に鑑定をかける。
リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル(♀)
年齢:14歳
・
・
・
状態異常:酊酩
あった!
迷わず状態異常を今度は詳細鑑定する。
状態異常:酊酩
ル・ポポの実とクク草を同時に摂取したため、成分変化が起き酊酩状態となった。
ル・ポポの実は美容に良い成分が大量に含まれており、街の貴族たち御用達の果実。クク草は苦いが、そのまま食べれば、痛み止めの効果もある冒険者達がポーション切れを起こしたときに最後に頼る雑草である。
同時摂取の症状としては、火照り、判断力の低下、暗示、疑心暗鬼、幻覚、幻聴等がある。
なお、強い常習性がある。
っておい!! これ、クスリと書いて、ヤクと読むヤツじゃないの?? 確かに攻撃はしていない、してないけど廃人にはしようとしてるよね?
あんにゃろー!! こんな手の込んだ毒を使えるのなんか、オルランドしかいないわよ!
無詠唱で即座に、解毒&体内浄化&内臓機能強化の豪華三点セットを使った。ついでに健康体も発動して毒素の排出を促す。
「……やってくれたわね」
誰もいない部屋に私の声だけが響く。油断した私も悪いけど、初日から仕掛けてくるとは思わなかったわ。
マップを再度確認して、オルランドに動きがないことを確認してから、キッチンに向かった。
「ダビデ、ちょっといいかな?」
「あれ? お嬢様、おやすみになったのではなかったんですか?」
「うん、ちょっとね。ねえ、ダビデ、夕飯に出してくれたお茶はまだある?」
ダビデたちが何でもなくて、私だけがおかしくなったなら、原因はお茶しか考えられない。分かりやす過ぎるけれど、可能性は一つずつ潰していこう。
「はい、こちらの壷にいれています」
ー……鑑定!!
ダビデ特製フレーバーティー
数種類の野草を入れて作ったフレーバーティー。
壷を鑑定したらそれしか出なかったから、葉っぱを取り出して個別に鑑定していく。
ー……あった! この葉っぱだ!!
「ダビデ、この葉っぱは?」
「はい? オルランド様が今日採ってきたモノです。美味しい香りがつく木の葉だと言われていましたが、何かおかしかったですか?」
不思議そうに、ダビデが聞いてくるが、さて、どうフォローしようかな?
下手に、食べ合わせで毒になったって伝えたら、ダビデ、気にするよねぇ。
「そうなの? でも、出来たら、今後の私のお茶にはコレは入れないでくれるかな? 体調に合わなかったみたいなの。でも、オルランドには秘密にしてね。せっかく取ってきてくれたのに悪いわ」
「はい、分かりました。ティナお嬢様。オルランドさんには秘密にします。では、明日からはいつものお茶にしますね」
お願いね、と言って自室に戻る途中、風呂上がりのジルさんに見つかってしまった。ジルさんもさっきの私の様子を変だと思っていたらしく、一体何があったと問い詰められた。
下手したらこのまま、解毒剤を飲まされる勢いだったから、そのまま私の部屋に案内する。
ざっとさっきまで起きていた事を教えると、無表情、無言になり立ち上がる。そのまま部屋を出て行こうとするジルさんを掴んで止めると、睨まれてしまった。
「何故止める?」
「何処にいくつもりですか?」
「当然、あいつらの所だ」
やっぱりね。だけど、今それをやられると困るのよ。
「止めてください。今回の件は騒ぐつもりはありません。
初日から仕掛けてきたんです。おそらくオルランドもバレる恐れがあることなど、覚悟の上でしょう。その上で私たちの反応を探っているとは思いませんか?
今回は大事になる前に気が付けましたが、これ以上巧妙になったら私では気が付けない恐れもあります。
今回は泳がせましょう」
必死に説得したら何とか理解してもらえたけれど、ジルさんの中で、アルオル嫌いのパラメーターがまた上がった気がするよ?
「ティナ、明日以降だが、やはり同行するのか? こうして現実に仕掛けてきた現状を見る限り、危ないとしか言えないぞ」
「んー……そうですねぇ。私も家で大人しくしていた方が無難なのはわかるんですけどね。明日は軽く蜂と戦ってから、帰りに毒蜘蛛退治の予定でしたし。三人だと、危ないかなーと」
「俺達が危ないのは気にするな。それどころか、もっと危険な所に放り込んでやって構わないと思うぞ。お前は甘すぎる」
「んー……明日まで悩んでいいですか? あ、でもジルさんに危ないことして欲しくないしなぁ、どうしようかなぁ」
柄になく優柔不断に悩む私をジルさんがヒョイと担ぎ上げるとベットに叩き込まれた。
「毒がまだ抜けきってないようだな。今日はとりあえず寝ろ。明日考えれば良い。いいな?」
「はーい。おやすみなさい」
心配するジルさんに申し訳なくて、私は大人しくそのまま目を閉じた。
翌早朝。昨日早く寝たせいで、まだ暗い時間から目が覚めてしまった。朝風呂にでも浸かろうかと、気配を殺して扉を押した。
いつもと違う重い手応えを感じて驚いた。そして、そのまま固まる。扉の隙間からは、床に丸まった毛布の端が見えた。
「あぁ、ティナか、おはよう、早いな。もう大丈夫か?」
扉に寄りかかる様にして寝ていたのだろうジルさんから、のんびりと朝の挨拶を受ける。
「おはようございます。何やってるんですか?」
「何って、護衛」
まだ寝ぼけているのか、何処かぼんやりとした口調でジルさんが返事をする。
「何時からですか?」
剣を抱いたまま寝ていたジルさんを部屋に招き入れながら聞いた。
「昨夜からだ」
「もう止めてくださいね? 夜はキチンと自室で寝てください」
「駄目だ。危ないだろう? 夜間は俺が扉の前で控えているからな、安心して休め」
「何いってるんですか。昼間はフィールド探索、夜は私の部屋の前で護衛?? 過労死するつもりですか?」
「大丈夫だ。最低限の仮眠はとっている。問題はない」
「私の心に大ダメージです! 心配してもらえるのは有り難いですけど、本当に大丈夫ですから。止めてください」
朝っぱらから押し問答の末、夜は私が部屋に入って鍵をかけ、守護結界を張るのを確認したら、ジルさんが自室に戻ることになった。……過保護過ぎる。そんなに頼りないかなぁ?
「おはよう、ハニーバニー。今日も君の笑顔と同じくらい太陽が輝いているよ!」
リビングに入ると、明るい声で挨拶をされた。アルフレッドはこちらを見て、一礼しただけだ。
挨拶を返そうとする私の前にジルさんが割り込む。
「……なんだい、犬ッコロ、オレは今、地上の女神と話しているんだ。避けてもらえないかな?」
オルランドは余裕の笑みを浮かべながら、今日も安定してジルさんに喧嘩を売っている。まったく、困ったものだ。
「ふん、ご主人様が直接お声をかけるなど勿体無い。新入りなら新入りらしく、下がっていればいい」
見えない火花が散る二人を呆れた思いで見つめる。これじゃ、何か気が付いたってオルランドにあからさまにバレるよ。
「おはようございます、ティナお嬢様。今日のご機嫌は如何ですか?」
ジルさんとオルランドを避けて近づいてきたアルフレッドが、笑みを貼り付けながら挨拶してきた。
「おはよう、アル。昨日はよく寝られたかしら?」
「はい、お陰さまで。お嬢様はいかがでしたか?」
気にしすぎなのか、何処か探るような顔のまま尋ねてくる。
「ええ、何故かとても眠くなって、早く休んでしまったの。私も疲れていたのかも知れないわね」
「左様ですか。では大事をとって『今日もお休み』になったら、如何ですか?」
日常会話を装って魔力の籠った言霊が飛んできた。コレが暗示の効果かな? なら何が起こるか、乗ってみるのも手か。
「そうねぇ、確かに、働いてばかりなのもいけないわよね? 今日は休みにしようかしら……」
わざとぼんやりとした口調で、アルフレッドに同意をする。アルフレッドはニヤリと一瞬笑った様に思えた。
ー……一体何を企んでいるのやら。
「おはようございます、ティナお嬢様!! 今日のパンはいくつ焼きますか??」
おかしな雰囲気になりかけたリビングに今日も元気なダビデの声が響く。そのダビデの声で目が覚めた様に装って、日常生活を始めた。
その後約1ヶ月、時々同じ毒を盛られつつも、原因を解明して対処する日々が続いた。思いもかけない所から仕込んでくるから大変だったよ。
ジルさんは終始、怒り狂っていて、あの二人を責める様にと何度も詰め寄られたがはぐらかした。確かに判断力が低下する薬は盛られているけれど、あの二人が暗示してくるのは『休め』だけだ。
ー……一体何がしたいのやら。
将軍蜂の毒針、毒蜘蛛の糸をゲットして、さてそろそろ隠れ家の設置場所を大きく変えて、石化ダンジョンに入ろうかな、と思っていた頃、待ちに待った、マスター・クルバから渡された通信機が鳴った。どうやら準備が整ったらしい。仕上げに、元公爵と従者が必要だから連れてこいと言われた。
「皆さん、明日、デュシスに行きます。そのつもりでお願いします」
すっかり癖になり始めた、ぼんやりとした口調で話す。この1ヶ月で演技が板についてきたよ。
「おや、ハニーバニー。どうして町に?」
「ええ、マスター・クルバに呼ばれたの。何故かは知らないわ」
アルとオルの瞳が、不穏に輝いた。ジルさんはあからさまに警戒した顔をしている。
「お嬢様、最近調子が悪そうです。ボク、出来たら行かない方がいいと思います」
ひとり蚊帳の外で状況が分かっていないダビデが心配して、そう言ってきてくれる。
「ティナお嬢様、それはいけません。ギルドマスターの命令は絶対です。『デュシスの町に行きましょう』」
初めて明確にアルフレッドが仕掛けてきた。
ギルドの仕掛けに気が付いているのか、いないのか。その仕掛けすら利用して逃げるつもりなのかな? まぁ、何でもいいけど。
流石に、食べ物に毒を盛られては、庇う気もなくなる。
ようやく厄介者がいなくなると思って、私は嬉々として町に行く準備を始めた。




