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35.箸休めーおっさん達のシティーアドベンチャー・上









「行ったか」


「ええ、お疲れ様。これでしばらくは時間が稼げるわ」


 ティナが冒険者ギルドを出ていった頃、ケビンは呼び出された応接室でアンナと向かい合って座っていた。その顔には隠しきれない疲労が浮かんでいる。


「全く、ティナが奴らを落札したと聞いたときにはどうなるかと思ったがな」


「ええ、結果的には助かったって所かしら? ティナは歳のわりには落ち着いてるし、今回の件、ギルドの動きも感づいているみたいだったわ。これで、解放するなんて甘いことを言われたら、どう説得したら良いか分からなかったけれど」


 二人同時にため息をつく。ケビンはアンナに会う前にギルド長室で行った、慣れない貴族達との交渉ですっかり固まった肩を回しながら立ち上がった。


「ああ、全くだな。さて、多分意図はしてなかったんだろうが結果的に、ティナが稼いでくれた時間を有効に使おう。俺達スカルマッシャーは予定通り、この町に入り込んだ公爵派の救出部隊の始末でいいな? あとの情報収集は下に集まっている冒険者達で手分けをする」


「ええ、お願い。必要な資料は渡したし、今後ギルドに入ってくる情報も優先して流すわ。スカルマッシャーに初めに洗って欲しいのは、オークション参加者。特に艶街のマダムと、途中退場となった奥さんよ。塩鉱山の方は別の担当を付けたから、頭から抜いて構わないわ」


 疲労を押し隠して勝ち気に微笑むアンナに頷き、ケビンは外に出た。下の会議室では今回の依頼兼ギルド独自の作戦に参加する数パーティーがもう待機している。ランクこそBだが、誰よりも経験を積み、この町に精通している自負がある。この作戦の実働部隊の要として、必ず成功させると言う決意がその背からは感じられた。



「おっせーぞ、ケビン! でぇだ、上の意思は変わんねぇんだろうな?」


「ああ、双穹の。変わらん。皆、席についてくれ、最終確認をする」


 思い思いに集まって雑談に華を咲かせていたメンバーに着席を促す。自然とパーティーごとに集まって座る面々の顔を見渡して、最後に最も奥の仲間達が集まっている席についた。最も今は一人足りないが。


「今回はギルドの呼び掛けに答えて集まってくれて感謝する。面子を見れば分かると思うが、今回はデュシスの古株、その中でも信頼のおけるメンバーが抽出された。Aランク以上は目立つ為、不参加だ。簡単にアンナから説明があったとは思うが、再度、最終確認をする」


 そこで一度話を切り、全員を見据え続ける。


「今回の依頼の失敗は許されない。危険は大きい。そして主要な部分は、秘密として墓場まで持っていって貰う。報酬はそこそこ、決して見合っているとは言えない。それでも内容を聞くと言う者だけ残ってくれ。内容を聞いてから外れることは許されない。

 巻き込まれるのが嫌な者は10数える間に退出をして欲しい」


 そう言って目を軽く閉じ待ちの体勢になったケビンに、口々にヤジが飛ぶ。


「けっ、水クセェ。さっさと話せや」


「んだず。おら達をそしただ腰抜けと一緒にするなず」


「だ、そうだぞ? そもそもここで悩む様なヤツラならアンナが声を掛けん。俺達も腹を括って来てるんだ。時間の無駄だ。先に進めようぜ」


 双穹と呼ばれた男が代表してまとめた。ケビンはそんな同業者(なかま)たちに一度頭を下げると、腹に力を籠める。


「分かった。なら、全員参加でいいな? 今回の作戦は二段階を踏む。第一段階としては執行局からの依頼を果たす。その上で、第二段階としてギルドが今回の件の主導権を奪取、この町から執行局と元公爵一派を叩きだし、冒険者の町を取り戻す。執行局は今現在も住人を拘束している。それに、こんなに余所者がウロウロしていたんじゃおちおち旨い酒も飲めない。そうだろう、みんな?

 具体的な作戦は、マイケルから説明する。マイケル、頼む」


 野太い笑いが一段落した所でマイケルが立ち上がり、事前に準備していた執行局からの依頼票を掲げる。


「執行局からの依頼は大きく分けて二つです。

 ひとつ、デュシスの町に最近入った余所者を調べて、怪しい動きをしているものを報告すること」


 冒険者達からは、執行局の調査員が一番怪しいわぃ!とヤジが飛ぶがマイケルは気にする事なく更に声を張った。


「ふたつ! デュシスの住人の中に溶け込んだ内通者を見つけ、これを報告すること!」


 会議室はブーイングで満たされた。しばらくそのままにし、落ち着いてきたタイミングで先に進んだ。


「ええ、確かに腹の立つ依頼です。我々は、手当たり次第に捕まえる執行局(あいつら)(スパイ)ではない。ですから、我々は誠実に、しっかりと、我々にとっての余所者で、怪しい動きをしている人達を洗い出しましょう」


 後衛職らしく体格は細いが、周囲の冒険者を圧倒する程度の覇気は出しながら口先だけで微笑んだ。

 周囲の冒険者達の中でも、頭脳労働担当者はマイケルの真意に気が付いたようで、口々に小さく称賛しつつ、似たような笑みを浮かべる。

 意味の分かっていない脳筋達はこういった場所では、発言しないルールになっているのか、顔を疑問符で一杯にしつつも無言のままだ。


「では、誰がどの依頼を受けて、どう調べるか割り振りをしましょうか。大体の所は、上でそれぞれのパーティーの特性を考慮し決めました。どうしても納得できない場合は話し合いを再度持ちます」


「マイケル! まどろっこしいぜ。頭蓋骨砕(スカルマッシャー)きは豪快なパーティー名の癖に細かくていけねぇや。今回の作戦のヘッドはおめぇらパーティーなんだろ?! さくっと言えや、さくっとよ!」


 最初に口火を切ったパーティーがまたヤジを飛ばす。どうやら短気らしいこのパーティーから片付ける事にして、マイケルは話し出す。


「では、゛烈火゛から行きますか。烈火の捜索範囲はスラムと非合法地帯……裏町です。貴方達は喧嘩っぱやく、前々から裏社会に顔が利く。その顔の広さを生かし、存分に調べてきてください。おそらく余所者が一番入り込みやすいのがそこです」


「おう! 任せろ!! 裏社会にしろ、スラムにしろ、寛容なようでいて、余所者には厳しいからな。横の繋がりを舐めんな、楽しみにしとけ」


「では次に゛豊穣゛です。貴方達は農村出身で市場や近隣の村人達と親しい。そちらを中心に調べてください。生き物は物を食べなければ生きていけません。しっかりお願いします」


「んだ。めしは大事だぁ。任せてくれず。みんな冬で暇してっからなぁ、おら達がしゃべりに行けば、楽しんでくれるはずだず」


「゛双穹゛のメンバーは商人と職人達を。貴方達は良くも悪くもクリエイター集団です。それぞれのツテを辿れば調べることは難しくないでしょう」


「おう! 腕が鳴る。久々に作品と酒でも持って回ることにするか!」


「゛影踏み鬼゛は貴族街を。貴方達なら目立たずに張ることも出来るでしょう」


「承知。しかし貴族街は広い。俺達だけでは廻りきれない」


「大丈夫です、張ってほしいのは、今、我々パーティーのジョンが見張っている貴族の屋敷です。後で詳細を伝えます」


「おい、スカルマッシャー! おめぇらはどこが担当なんだ?」


 鬼火のリーダーが質問してきた答えをマイケルが言う前に、ケビンが口を開いた。


「俺達は、オークション参加者を洗う。塩鉱山の鉱山主は可能性が低いとされて、ギルドの別パーティーが既に一応の監視に向かっている。残る、艶街のマダム・バタフライと、まだ正体が分からない、雑貨屋を営むと話した奥方の担当だな。ついでにマダムとうちのパーティーメンバーは知り合いだからな、シロだと判断したら協力を仰ぐ」


「お前らなら感情に左右されて騙されることもねぇと思うから大丈夫だろうけどよ? んなら、そもそもの原因を買った、子供はどうするんだ? 薬剤師だったか??」


 懇意にしている少女の名前を出されて、ケビンは一瞬黙りこんだ。正直の所、ティナの情報を何処まで開示するのかが、一番揉めた所だった。しかし、同じ危ない橋を渡る冒険者達に何も話さないと言うわけにもいかない。仲間達からのどうするのかと言う、問いかけの眼差しを受けて渋々口を開いた。


「買い手の少女は大丈夫だ。公爵派でも執行局の犬でもない。俺達スカルマッシャーが世話役につき、先代ギルドマスターのクレフ殿が後見についている、新進気鋭の薬剤師だ。

 皆も一度は世話になっているはずだぞ。最近、ギルドでポーションの品切れがなくなっただろう? それはここのギルドがティナと契約を結んだからだ。

 少し前、この町の上位陣が軒並み依頼で外に出ていたとき、リーベ迷宮のスタンピードを止めた実績もある、結構な武闘派でもある」


 リーベ迷宮の名前が出たとき、部屋の中に静かなどよめきが起きた。いくら箝口令が引かれている事件とはいえ、スタンピードは大事だ。ここだけの話、と言うことで酒場などで囁かれていた。


「あの、リーベの……疾風迅雷に嫌がらせされたって言う…」


「ああ、そしてあいつ、ティナと言うが、ティナは町の外、魔物が出るフィールドを転々として暮らしている。下手に俺達が接触し護衛につくよりも、そのままフィールドで暮らしている方が安全だと言う結論に達した。

 ……それに、執行局はティナを知らない。イチから洗うとなればかなりの時間と手間がかかる。調度良い時間稼ぎになる」


 アンナとも話していて最もよい時間稼ぎと判断されたティナの住み家だが、いくら執行局とは言え、これを特定するのはかなりの労力と時間がかかるだろう。冒険者ギルドの仕込みが完了されるまでの時間は簡単に稼げるはずだ。


「へっ! 性格わりぃな。なら、そのティナが町に来ちまったらどうするんだよ? 下手したら貴族に取り込まれるぜ」


「しばらくは町に来るなと説得済みだ。分かっているとは思うが、今開示した情報は秘匿しろ。下手に広まったら、またポーション不足に喘ぐハメになる」


「わーった。しっかし、フィールドを転々として暮らす薬剤師ってありえねぇ」


「んだ。最初は、おら達に利用されて可哀想だと思ったんだけんど、そしただ規格外なら気にしなくてよさそうだず」


「わかってもらえて何よりだ。さぁ、時間がない。報告は、アンナを経由してくれ。

 始めるぞ!!」




 **********









 あの後、影踏み鬼への引き継ぎを済ませ、ジョンが戻ってきた。ようやく全員揃ったメンバーが町に繰り出す。


「おう、ケビン。随分とカッコいい事をしたらしいな」


 気を張って貴族の屋敷を監視していたジョンが、ニヤニヤと笑いながら絡んできた。


「ジョン、そう言わんでくれ。似合わないのは自覚してる。しかし、仕方なかったんだ。ああでも言わないと、締まらないだろう」


 トレードマークのクラブを担ぎ、照れた様に頭を掻きながらケビンは言い訳を始めた。


「くくっ、そう言うなって、随分さまになっていたと他のパーティー連中が言ってたぞ。今後は敬意を込めて、アニキと呼びたいとさ。

 さぁてと、ではアニキ、最初は何処から行く?」


「アニキはやめろ。まったく、お前はどうしてそう茶化すのが好きなんだ。少しは真面目にやれ、真面目に!」


「何言ってやがるんだ。頭の固い、スカルマッシャーの中で唯一柔軟な対応が出来ると評判の俺だぜ? いつでも真面目に決まってるだろ」


 自身も欠片も思っていないことを悪びれもなく言いきるジョンに、周囲から乾いた笑いがおきた。


「けっ、なんでぃ、みんなしてよ。まったく、見る目ないぜ」


「はは、ジョンはいつでも明るいな。さて、リーダー、このまま進めば艶街だが、マダム・バタフライを訪ねると言うことで良いのかい?」


 全員の後ろから、後方に注意を払いつつ歩くカインが問いかけた。


「ああ、その予定だ。もう一人の奥方はまだ正体不明だからな。ギルドが今、探している。分かり次第接触を持つことになる。せめて入札に参加してくれていれば、目撃情報も多いんだが、途中で退場したからな。足取りが分からん」


「マダム・バタフライねぇ。あいつは蝶と言うよりは、蛾だろう? まさかあんなに出世するとはなぁ、まったく思わなかったぜ」


「ジョン、相手は艶街の顔役ですよ。昔馴染みとは言え、あまり失礼な口調で話さないようにしてください。怒らせると厄介です」


 先行していたジョンは、へいへい、と軽く同意して振り向いた。メンバーと目があった一瞬の間に、指先を微かに動かし合図を送る。それに気が付いたマイケルは、微妙に目を細めた。


「どうした?」


「つけられています。我々を囲む様に距離を置き、付かず離れず監視している様です。……カイン、何か感じますか?」


 マイケルは自然に見える動きで口元を手で覆い、唇の動きを読ませない様に注意を払いながら仲間達に告げた。後方から静かに距離を詰めてきていた狩人のカインに確認を求める。


「森とは気配が違うから確実とは言えないが、2グループいる気がする。ティナを襲った連中と、さらに気配が希薄なヤツラだな。おそらく後者は執行局だ」


 雑談を装って伝えてくる内容は、ケビン達が予想していたものより深刻だった。監視が付くのは想定内だが早すぎる。このままでは活動に支障をきたす恐れもある。スカルマッシャーで作戦の立案を主に担当しているマイケルは、高速で頭脳を回転させ始めた。


「マダムの所まではこのまま。

 我々が真面目に調査を始めたと知れば、執行局の監視が弱まる可能性があります。それに、艶街は入り組んでいる。撒くにしろ、撃退するにしろあの土地の方が良いでしょう」


 無言で視線を交わすと、今までと同じペースでスカルマッシャーは歩き続けた。







「あら、いらっしゃいませ。珍しいお客様だこと。歓迎しますわ」


 艶街につくとマダムが経営している娼館の裏手、マダム・バタフライの個人宅を訪ねた。この場所は、マダムと古馴染みだったジョンが知っていて、玄関に出てきた青年に名前を名乗ると、待たされる事なく応接間のひとつに通されたのだ。


 上品な家具でまとめられたその部屋には、既に艶街の顔役の一人、男女は愚か種族さえ問わず色を統べるとされるマダム・バタフライが艶然と立って待っていた。まだ日も高いと言うのに、匂い立つような妖艶な色気が漂っている。


 ちなみに残り二人は、酒と薬、そして賭け事を仕切る顔役だ。この艶街では顔役の三人に逆らったら生きては行けないと言われており、それは事実だ。


「よう! 久しぶりだな。マダム……ぷっ」


 そんな恐ろしくも美しいマダムの顔を見たとたん、片手を上げて挨拶したジョンは、堪えきれないと言うように吹き出した。

 一緒に入ったパーティーメンバー達は、我関せずと無表情を貫いている。


「あら? ワタクシの顔を見た途端に吹き出すなんて、失礼な方ね」


 しなを作りながら咎めるマダムの姿を見て堰を切ったようにジョンが笑いだした。


「ぷ、あは、あはははは!! ゲホッ、はは……苦し、腹痛てぇ、あんまり笑わせんなよ! ダン!! お前がマダム・バタフライとか冗談だろ。お前は、蝶と言うより、蛾だ、蛾。これからはマダム・モスとでも改名しろよ!! ハハハハハハ、グッ、ハハハ」


 切れ切れに笑いながらそれでも話を止めないジョンに、マダムはツカツカとハイヒールを響かせ足早に近づくと、ジョンの胸ぐらを掴み上げて、低く凄んだ。


「うっせぇぞ、ジョン。あんまりフザケタ事ばっかり抜かしてるとな? 締めて艶街に沈めっぞ。今の俺なら簡単なんだよ!! この苛めっコが!!」


「悪ぃ、わりぃ、そう怒んじゃねぇよ、ダン。俺達の仲だろう? スラムから這い上がるのに、俺は冒険ギルドの、お前は艶街の門を叩いた。違いはそんだけだ。なのによ、いつの間にかお前はそんな美人さんになっちまってよ、しかも、クク、マダムとか呼ばれてるだろう? これが笑わずにいられるかよ」


 にんまりと悪びれなく笑うジョンの顔を見て毒気が抜かれた様に脱力する。そこでようやく、入り口で立ったままのスカルマッシャーのメンバーに意識がいった様で、慌ててソファーを勧め自分も席についた。


「失礼した。幼馴染と会って少しはしゃいだようだ。改めて、艶街で゛イロ゛の顔役をしている、マダム・バタフライことダンと言う。そこのジョンとは物心ついた頃からの付き合いだ。

 さて、あまり時間がない。今日も店を開けなくては行けないからな。用件を聞こう」


 演じても無駄だと判断したのか、男の低い声で話し出す。見た目は妖艶な美女のまま、声だけはドスの効いた男の声であり、その違和感は凄まじい。


「けっ、はなっからその口調で話せや。チビっと教えて欲しい事があるんだ。ほれ、後は任せた」


 そう言うと、ジョンはさっさと立ち上がり、応接室の隅に置かれていた酒を手酌で酌むと、飲みながら部屋の調度品を見て回り始めた。


「仲間が失礼をして申し訳ない。私は、スカルマッシャーのパーティーリーダーをしているケビンと言います。マダム、いくつか教えて欲しい事があります」


「あら? 何かしら?」


 マダムと呼ばれた男は再度低いが艶やかな声に戻り、無意識にしなを作った。


「我々は今、貴女が参加したオークション関連の依頼を受けています。その中で、確認……」


「かぁー!! 面倒クセェな!! おい! ダンよぅ、お前、金で誇りを売ってねぇか??」


 当たり障りのないように問いかけようと、説明するケビンを遮り、ジョンがいきなり問いかけた。


「あ? てめぇ、何言ってやがるんだよ。俺がいつ誇りを売っただと? この立場を手に入れて、ようやく舐められねぇで済んでんだ。その俺に、誇りを売ったかだと? ふざけんな」


「なら良いんだけどよ、なら何で元公爵のオークションに参加した? おっそろしくボロボロだったって聞いたぜ? お前の所で働かせるなんて、馬鹿なこと考えたとは思えねぇんだよ!!」


 丁々発止とやり合う二人を見て、マイケルがケビンに目配せをし、このまま続けさせようと決めた。


「あン? あのオークションかよ、ありゃ、客寄せパンダだ。もし落札出来りゃ、しっかり働いて貰うつもりだったがな。確かにボロボロだったが、ありゃ、見目はいいぜ。

 あそこで俺が入札資格を得られれば、貴族どもの覚えも目出度くなるしな、奴隷市場の商人にも顔が売れる。

 ああ、まったく、惜しいことをしたぜ。あのまま落札できてりゃ、今頃、元公爵を痛め付けたい、蹂躙したいと望むお客で行列だ」


 遠い目をして回想するダンを、ジョンは冷静な目で観察し問題ないと判断したのか、仲間達の方を向き直り、酒を一口煽った。


「俺は、こいつはシロだと思う。マイケル、魔法の反応はどうだ?」


「ええ、おそらくは大丈夫でしょう。マダム、これから大変失礼な質問をいたします。どうかお許しを。

 貴女は、執行局、もしくは元公爵一派の依頼、または何らかの思惑に影響を受けていますか?」


「あぁ?! お前らがジョンの仲間じゃなかったら、殺してるぜ? 答えは否だ。あんまり馬鹿にするんじゃねぇよ」


「分かりました。ありがとうございます。ええ、俺もマダムはシロだと思います」


「お前ら、これだけ失礼な質問をしたんだ。理由くらいは教えてもらえるんだろうな?」


 視線を交わし頷き合う冒険者達を睨み付け、マダムは釘をさす。これ以上何か言われるなら、別室に控えさせている若衆を呼ぶつもりで、金のベルを手元に引き寄せた。


「悪かったよ、ダン。実は俺達はギルドの依頼で、この町で元公爵一派に組み込まれた住人(スパイ)を探している」


「あぁ? お前こそプライド売ったのかよ。ギルドの依頼ったって、元は執行局だろ? 執行局の犬になるなんざ。世も末だな。俺達の友情もここまでだ。出てってくれ」


 扉を指差し、出ていけと指を振るマダムに頓着することなく、ジョンは音をたてて、ソファーに沈みこんだ。


「お前こそ、あんまり冒険者舐めんじゃねぇよ。誰が執行局の犬だと?! オイ、ここの盗聴対策は大丈夫か?」


「ふん、俺を誰だと思ってる。艶街のマダム・バタフライだ。当然完璧さ」


「なら、話すぜ。いいな? ケビン」


「ああ」


「俺達はな、確かに今は執行局の犬だ。だがな、さっさとヤツラに出ていってもらわなけりゃ、住人達に被害が出る。だからここは飲み込んで、ちと手ぇ、貸せや。どうせここにも、ヤツラは網を張ってるだろ?」


 事前に話し合って決めていた内容をマダムに伝える。完全には信じていない顔で、しばらくスカルマッシャーを観察していたが諦めた様に目を外し、サイドテーブルから細葉巻を取りだし、くわえた。


「ふん、それも事実の全てではないんだろうな。だが、確かにヤツラはお客さんとしては最低野郎共だ。さっさといなくなって欲しいな」


 吸うかい? と差し出された煙草に手を伸ばし、火を点けつつジョンはマイケルに合図を送る。


「マダム、協力を。我々はヤツラを叩き出します。欲しい情報は、艶街の余所者の事怪しい動きはないか等です。そしてもし、オークション参加していた奥方の事で気が付いた事があれば教えて下さい」


 流し目でマイケルを見つつ、マダムは曖昧に頷いた。口を開こうとしたその時、扉が静かに叩かれ、応接室まで案内した青年が入ってきてマダムに耳打ちをする。


「残念だけど、時間切れだわ。

 話は分かったけれどごめんなさい、奥さんの事は分からない。おそらく小さな雑貨屋よ。町の大通りの店なら知っているもの。

 艶街の噂話は集めるのに時間がかかるわ。使いをやります。それまで待ってちょうだい」


 滑らかに立ち上がり、スカルマッシャー達にも立つように促す。そのまま、玄関につながるのとは反対の廊下を歩き始めた。


尾行(つけ)られてたようね? その顔だと分かっていたのかしら?? 表で、執行局が捕物中だと報告が来たわ。今、外に出ると危険よ。裏から艶街を抜けなさい」


 そう言って裏口を開けると、空からは雪が降り始めていた。薄いドレスのままスカルマッシャーを送ってきたマダムは寒そうにその身を抱き締める。


「本格的な雪になる前に、厄介なお客様方にはご退場願いたいわねぇ。さ、お行きなさいな。またこちらから連絡するわ」







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