34.冬の必需品はハンドクリーム。文句ある?
満面の笑みを浮かべたまま、睨み合う。ダビデに扱いは任せたとは言え、当のダビデを人質にするようなお馬鹿さん達だ。少し、教育は必要だろう。
待て待て、私は一体何を考えている? 攻撃的になりすぎだろう。落ち着け、落ち着け、私。
悩んだときは優先順位を確認して、勝利条件を確定する。勝利条件も優先順位も分からなくなったら、最初に戻れ。そもそも私は何をしたい?
ー……私は平和に生きたい。飢えるのも、貧乏も嫌だ。それよりも私の意思に反して、行動しなくてはならなくなるのはもっと嫌だ。
大丈夫、これだけ分かっていれば揺らぐことはあっても見失う事はない。
「ジルさん、この二人を尋問室へ。ダビデ、怪我はない?」
転がった二人の間に立ち、抜き身の剣を突きつけているジルさんに、壊した部屋から尋問室に移動させようと話しかける。あそこなら、パイプ椅子と机くらいしかないし、荒事になっても大丈夫だ。
「はい、畏まりました。ティナ様」
恭しくジルさんは一礼して、新入り達を立たせようとしている。
「ダビデ?」
返事のないダビデの方を見ると、怯えて震えている。そっと静かに近づき、抱きしめた。
「大丈夫、もう怖いことはないよ。誰もダビデを虐めない。大丈夫、一緒にいようね」
「お嬢様…ボク、ボクっ! ゴメンナサイ!!」
エンドレスで謝るダビデを宥めて話を聞くと、自分のワガママで買い取ってもらった恩人達が、私に牙を剥いたのが申し訳ないらしい。
「気にしなくて良いよ。大丈夫、ダビデのせいじゃないから。私はさっきの人達と゛お話し合い゛をしなくちゃならない。ダビデはどうする? 一緒に来る? それとも待ってる?
それと…ごめんね。二人の扱いはダビデに任せる約束だったけど、あれだけヤンチャをされると放っておく訳にもいかないし、少しだけ介入するね。後で必ず話す時間は作るから」
「ご主人様……。ボクも一緒に行きます。お邪魔はしません。あのお二方はボクの恩人ですが、お嬢様のご意志を優先されて下さい」
微妙に震えながら、それでも責任感からか一緒に来ると言うダビデは本当に良い子だわ。
さて、そんな良い子を怯えさせた悪い子ちゃん達とお話し合いをしましょうかねぇ。
一度ダビデを落ち着かせてから、尋問室に向かうと、そこにはパイプ椅子に縛り付けられた二人の奴隷と、立ったままのジルさん。
せっかく綺麗に治したのに、また二人は怪我をしてる。ジルさんは獣相化していて、鞘から抜かない剣を杖にして仁王立ちになっていた。しれっと無表情だけど、誤魔化されないよ? 私がいない間に、痛め付けたよね??
「ジルさん、やりすぎです」
「ご主人様が、取り押さえろとお命じになったからな。捕らえただけだ。抵抗したから少しキツ目にやったがな」
「おやおや、ハニーバニー。飼い犬のしつけはキチンとしておくれ。恐ろしいじゃないか」
従者は痣の出来はじめている顔で、全く堪えていない風に茶化してきた。あー…こらこら、ジルさん、剣を抜かない。
「はぁ、双方、そこまで。ジルさん、挑発に乗らないで下さい。話が進みません。
従者さん、オルランドさんでしたっけ? 何が目的か知りませんが、危険を侵してまで私達を刺激して反応を探らなくてもいいです。さっきはそちらからのお誘いでしたが、少し゛お話゛しましょ」
表情を読まれないように、満面の笑みを浮かべたまま話しかけた。
「リトル・キャット。ようやく話してくれる気になったんだね。
嬉しいよ、子猫ちゃん」
「調子に乗るな」
従者も同じくにこやかに笑んだまま、切り返してくる。一歩たりとも引かないと言う、強い意思を感じた。それをジルさんも感じ取ったのか、殺気立ったまま、鞘でオルランドを小突きながら脅している。
ー……さて、私も腹を括らなきゃな。
ここに来るまでに考えたけれど、この元公爵と従者が、私たちの仲間になることはないと思わなくてはならない。特に救出部隊が出ている事も考えると、直接、武力、もしくは腕力に訴えて逃げ出す事も覚悟しておかなくては。
その場合、私との間に結ばれた契約をどうするのかは、予想も付かないけれど、どんな奥の手があるかも分からない。
手の内は出来るだけ明かさない、隙は見せない、この二人に執着していない事を分からせる。逃げたきゃ逃げろ、ただし私達に迷惑をかけるな、だ。
まぁ、本気で逃がしたら、アンナさんに叱られるくらいは覚悟しなきゃならないけど。……お叱りくらいで済めば良いのかな。
最悪、自分の手を汚す選択を私は出来るのか? 今の一番の悩みはそれだ。相手が私の予測を上回るなら、命を奪う事も考えなくてはならなくなる。なんでこんなことになっちゃったんだか。
「ジルベルト、止めなさい。ダビデの側で控えていて」
意識して冷たい声を出した。この人達が近々何処かに去るなら、私達の関係をあからさまにすることは出来ない。しばらくは、奴隷と悪辣な主人をやるしかない。
ジルさんは私の真意に気が付いてくれたのか、それとも奴隷としての動きなのかは分からないが、無言で獣相を解くと、ダビデの脇、少し前に出て待機してくれている。万一の時にはダビデを守ってくれるつもりだろう。ウチの同居人達はみんな人間が出来てるんだよ、本当に。
「そうだぞ、犬っコロ。人間様の会話に入ってくるな。さて、楽しくお話しようか、スイーティー」
わざわざ、ジルさんを刺激するように話す従者を冷たく睨み付け口を開いた。
『嘘を付くことは許さない。誤魔化す事も許さない。誤解を招く表現もするな。沈黙を持って、回答にすることも不許可。返答せよ、元公爵殿、そしてその従者よ』
にやけた顔のまま、私の方を向いた従者と、今までほぼ話さない元公爵に向けて、魔力を乗せた言霊で命令を出した。
さっきは咄嗟の事で、制御が上手くできなかったけれど、今回は上手くいったかな? 公爵の顔と、従者の胸に刻まれた呪印が輝いている。
「わかった」
「承知したよ、子猫ちゃん」
しばらく、呪印の強制力と闘っていた様だけれど、最終的には二人ともそう答えた。その返答で、呪印も活動を停止した様で、輝きが消えた。
「はは、リトル・キャットは凄いな。全く躊躇いなく我々に命令してくるんだね。その意思の輝きは太陽よりも強く、冷徹なる心は溶けることなき氷河の様だ。
大丈夫、子猫ちゃんが望むなら、オレがその頑なな心を溶かしてあげるよ?」
「ふふ、そうですね、考えておきましょう。
それよりも、今はお話合いです。
まずは名乗っていただきましょうか? 異端のお二方」
「アルフレッドだ」
「オルランドだよ、子猫ちゃん」
「そう、なら、アルとオルね。……クスッ、不思議な偶然だ事、ジル、アル、オル、随分と続けて呼び易いわね」
わざと感情を逆撫でするように、揶揄を含めて話す。
「クッ! 犬と一緒にするな!!」
「マイ・ロード! 落ち着いて下さい。
子猫ちゃん、落ちたとはいえ、アルフレッド様は王族の血すら流れる元公爵家。その当主だ。せめて失礼のない口調で話してもらえないかな?」
案の定、流石に蔑みの対象である獣人と同列で呼ばれ、激昂した元公爵を宥めながら、オルランドがそう提案してきた。ほう、公爵は怒ったけれど、従者の方は案外冷静だね。
「あら? 公爵家は取り潰されたのでしょう?? ああ、でも、貴方達を救出したい人達はいるんでしたっけ?」
さぁ、どう返してくる? 一瞬の表情の変化も見逃すな。
「ああ、私を助けようとしてくれる、味方がいるのは知っている」
数瞬躊躇ってから公爵が口を開いた。従者は? 口を閉じたままだ。公爵が答えたから、強制力がなくなったのかな? なら質問は注意しないと。
「そう、なら、逃げれば良いんじゃない? 私は用件さえ果たしてもらえれば、それで良いもの。
ああ、でも、私達に迷惑をかけるのは無しよ? さっきみたいに、誰かを人質にするなら今度こそ容赦しないから。それさえ守ってもらえるなら、明日にでも出て行って頂戴」
「へぇ、子猫ちゃんは、大枚叩いて買った我々を解放すると?」
「あら、オル。誰が解放すると言ったの? 私達に迷惑をかけずに勝手に消えろと言ったのよ」
笑顔の質を少しだけ変えた。イメージは悪役令嬢。獲物を痛めつけ、弄び、逃がさず苛め抜く、悪意の塊。ただし、自分に酔っているから、与し易く、隙もある様に見せかけたい。
「おやおや、スイートクイーン。君は我々の予想を超えている様だね。なら、逃げられるようになったら、勝手に逃げさせてもらう。それで良いだろう?」
「ええ、隙があったらいつでも逃げなさい。……楽しみにしてるわ」
と言うか、本当にサッサと何処かに消えてください。こんなキャラをやり続けるのは辛すぎるし、早く私の平穏を返して!!
あの後、いきなりオルが吐血してびっくりさせられた。どうやら私が手加減なく蹴りつけた時に、肋骨が砕けたらしい。それであれだけ元気にやり取りできるんだから、この世界の人間って案外頑丈なんだね。わたしなら呼吸するだけで痛くて、身動き取れなくなってるよ。
とりあえず、ハーフポーションを取ってきて、縛り上げたままオルに無理やり飲ませて一段落。ようやくメインイベントに移れる。
「さて、と、そろそろ良いかしら? ダビデ、こっちにいらっしゃい」
ダビデを二人の正面に座らせて、私は後ろに立つ。ダビデの頭越しに二人に殺気混じりの笑みを向けた。
「私の用事はね? この子が貴方達と話したいと言うこと。お互いに心置きなく行動するためにも、早目に済ませてしまいましょう?」
『アル、オル、私と私の同居人に攻撃を仕掛けることは許さないわよ』
再度念押しに命令してからジルさんに合図を出して、縄を切ってもらう。
二人は血流を確認するように、腕を動かしていた。
「アルフレッドお坊っちゃま、オルランド様、お久しぶりです」
「アルフォンソかい? 久しぶりだね。大きくなった」
へたった耳のまま、おずおずと挨拶するダビデに、穏やかに笑って元公爵が話す。
「あるふぉんそ??」
「ボクの前の名前です。アルフレッド様にはそう呼ばれていました」
「へぇ。あ、話の腰折ってごめん。後は口出さないから、ゆっくり話して」
ありがとうございます、と頭を下げるダビデに微笑みかけてから、ジルさんと一緒に入り口近くまで下がる。
「我々と話したいことがあるとか聞いたが、なんだ?」
オルランドが静かにダビデを威嚇する。私と話すときと随分口調が違うなぁ。イタリアンな口調は女限定か??
「アルフレッドお坊っちゃま、ボクらを何故手放したのですか? せめて一言教えて欲しかった。アルフレッドお坊っちゃま方を見付けたときに聞きたかったのはそれだけです。
ボクは凄くお坊っちゃまとオルランド様に感謝しています。今回の御二方を見て、ボクらを逃がすために全員を売ったのだろうとは、分かりましたが、何故、理由を教えてくれなかったのですか? 何かボクらで出来ることはなかったのですか??」
「ふん、犬ごときが……」
「オルランド、やめてくれ。
アルフォンソ、僕もまさかここまで話が大きくなるとは思わなかったんだ。お前達を売るのに、あのタイミングなら公爵家所有の奴隷として、いくらか条件良く手離せた。
お前達に何も言わずに、全てを進めて悪かったとは思っているけれど、あの時はああするしかなかったんだ」
「ごしゅじんさま……」
どうやらダビデと元公爵殿との間はかなり親しかったみたいだね。これなら席を外しても大丈夫かな?
……ちょっとだけ、モヤモヤするけど。
「アルフォンソ、そこのスイートクイーンが、我々の扱いをお前に一任したと言うのは本当か?」
「はい、お嬢様にお願いして御二方を買い取った時に、全ての面倒はボクが見るようにと言われています」
チラチラと私の顔色を伺いながら、ダビデはそう言うと、困った様に笑った。
「そうか、なら、マイ・ロード、アルフレッド様を酷く扱うなんて事はしないな? お前はどれだけマイ・ロードに甘やかされて来たか、自分でも知ってるだろう?」
常に浮かべていた軽薄な笑顔を消し、凄むオルランドの顔は必死…かな? どれくらい異端奴隷をしていたか知らないけど、必死に守ってきたんだろうねぇ。立場を失った今でも、アルフレッドを我が主君と呼び掛けるくらいだし。
「当然です! ボクが御二方を悪く扱うだなんて、そんな事はしません!! アルフレッドお坊っちゃま、オルランド様、どうかお疲れを癒して下さい。良いですよね? ティナお嬢様」
話していた三人の視線が私に集中する。ジルさんも、そんなにガン見しないでよ。緊張するじゃないか。
「ダビデがそれで良いなら。あー、あるふぉんそ、って呼ぶべきかな?」
もしダビデが昔の名前で呼んで欲しいと言ったら、改名だね。
「いえ、ボクはダビデです。どうかそう呼んで下さい。
ありがとうございます、ティナお嬢様。あの、お食事を準備します。その間、お二方には大浴場を使って頂きたいのですが、よろしいですか?」
「大浴場?」
アルフレッドが訝しげに呟いている。
「はい。お坊っちゃま! ここの大浴場は凄いんですよ!! 凄く立派で、本当に凄いんです!!」
興奮して話すが、その言い方だと、多分何も伝わらないよ。
「構わないよ。ただ、ダビデの話が終わったのなら、私も少し話したいんだけどいいかな? 大丈夫、酷いことも、怖いこともしないから、ね?」
どうぞ、と席を譲ってくれたダビデにお礼を良い、再度二人の正面に立ち見下ろす。
「おやおや、ハニーバニー。一緒にお風呂のお誘いなら、もう少しお互いを知ってからにしておくれ」
「ふざけんな。……失礼。
アルフレッドとオルランド、勘違いしないように最初に言っておくわね?
お前達はもう奴隷よ。ダビデと同列か、私の中での優先順位を決めるなら、ダビデの方が上。昔の関係がどうだったか知らないけれど、ダビデに命令出来るとは思わないでね。
あと働かざる者食うべからず。それなりには働いてもらうからそのつもりで」
私との会話になると途端に口説きモードに変わったオルに条件反射でツッコミを入れてから、言い放った。
「おやおや、さっきは我々の扱いについては、アルフォンソに一任すると話していなかったかい? キティ、嘘はいけないよ?」
「アルフォンソではなくて、ダビデよ、そう呼びなさい。
ええ、そのつもりだったわ。でも、ねぇ……、ダビデにこのまま任せると貴方達が勘違いしたままになりそうだから。
忘れないでね? 私は執行局に許可されて貴方達を買ったの。その意味は、わかるわよね?」
私自身はさっぱり分かりませんけどね!! ジルさんの解説を聞く限り、私を警戒させるならこの台詞が一番効果的だろう。
お前達の敵は見張り役のダビデじゃない。与し易く独善的な、悪辣な娘さんの私だ。間違えるな!
ダビデを相手にしていたときの私達を侮った雰囲気が消え、再度警戒心も露にする。うん、それでいい。お互いに油断はせず、馴れ合わず゛別れの時゛を待とう。
ニコリと笑顔を浮かべて先を続ける。
「今日はお互いに疲れているし、このまま休むわ。明日からは、このフィールドの攻略にかかるからそのつもりでいてちょうだい」
「……フィールド?」
アルが珍しく尋ねてきた。そう言えば、ここが何処かとかまだ話してなかったっけ。場所を教えるついでに、念押しでもう一芝居打っておきますか。
「ええ。ここはデュシスの町から南東に下った、石化ダンジョンの近隣の森よ。主な生息魔物は昆虫系。
私の狙いは蟻の巣と蜂の巣。蟻蜜にしろ、蜂蜜にしろ、冬の間の甘味には良いし、それにこの辺りの森は年中暖かいから、薬草や食べられる果物なんかも豊富だもの。回復薬作成技能を持つ私にとっては、とても魅力的なの。
私の冬の間の必需品はハンドクリームよ。乾燥はお肌の大敵だもの。そうねぇ、ロイヤルゼリーを入れたり、蜂蜜入りのものも作りたいわ。ええ、せっかくだから、ボディミルクや化粧水も作りましょ。とても素敵な思い付きでしょう?
その分、毒を持つ魔物や植物も多くて危険だけれど、文句はないわよね?」
自分の事しか考えていない悪辣娘っぼく、何か言いたそうな二人を笑顔で脅しつけ納得させた。ダビデに声をかけて、二人分の新しい着替えを渡し、大浴場に案内する様に伝える。
その時に新入りの二人には、地下二階、今いるこの階より下には行かないように告げておく。まぁ、下には私の寝室と書斎とかしかないけれど、何処まで『命令』ではない私の言いつけを守るか試すのにはちょうど良いだろう。
ダビデに案内されて二人が大浴場に消えると、ジルさんと二人っきりになる。マップで三人が大浴場に入った事を確認して、緊張を解いた。マップはそのまま表示させ続けている。
「我慢してくれてありがとうございました」
おそらく私やダビデが話している間、ずっと我慢していたであろうジルさんにお礼を言う。強張っていた肩から力が抜けたのが端目に見ても分かる。
「ティナ、お前、何のつもりだ? 何故あんなことを言った? あの二人はここに閉じ込めておいた方が安全だろう」
唐突にフィールド攻略を話したから、流石に混乱させたみたいだ。悪いことをしちゃった。ただ、詳細に話すと私の思惑にジルさんを巻き込むことになる。どうしようかな?
「ティナ、何を企んでいる?」
「バレちゃいましたか。ただ、話したら私の計画、というか、思惑? 、意思にジルさんを巻き込むことになるんです。だからあんまり話したくないなと思ってました。ここは何も聞かずにいて貰えませんか? 多分、ジルさんは快くは賛成できない思惑ですから」
「話せ」
「え?」
「話せと言った。どんな思惑だろうと、知らないで踊らされるのなどは御免だ。話せ、その上で出来る協力はする」
「聞いてから、やっぱり協力は出来ないはナシですよ? 聞いたら最後、ガッツリ巻き込みます。聞かなければ、知らなかったと言う言い訳が出来ます。それでも知りたいですか?」
しつこく聞く私に苛ついてきたのか、ジルさんにアイアンクローでまた吊るされました。そのまま、さっさと話せと脅されて口を開く。
「もう、分かりました。分かりましたから下ろしてください。
……痛いなぁ、もう。少しは手加減してくださいよ」
うっすらと冷気漂う尋問室で向かい合って座る。
「なんと言うか、今回の件では私も反省したんですよ。流され過ぎて、本来の目的である『身の安全と、ジルさんとダビデを自由にする』っていう二つを危険に晒しています。まぁ、同じ状況で同じ選択を迫られたら、同じ回答しか出来ないから後悔はしていないんですけどね」
昨日から考え続けていた事をゆっくりと話す。決定打になったのは、冒険者ギルドの警告と説教だけど、昨日彼らを引き取った時からどうしてこうなったと考えてはいたんだ。
「だから優先順位をつけました。ジルさんとダビデとの約束、成人したら自由にすると言った事を守る為にも、今はこれ以上騒ぎを起こす事は出来ません。
でもごめんなさい、私は奴隷を所持し続けるのも嫌なんです。元公爵と従者には、正直の所消えてもらいたい。あ、殺すって事じゃないですよ? 人殺しになる踏ん切りはまだついていません」
とりとめなく話す私を、ジルさんは静かに聞いてくれている。
「彼らに消えてもらう方法は何か?
奴隷市場への転売は無理でしょう。殺すのも今のところは私が無理です。誰かに譲るのも、危険を押し付ける様で嫌です。自分でも我が儘だなとは思うんですけどね」
「つまり、ティナはあいつらを逃がすつもりだと?」
「一概に逃がすって訳でもないんです。あー……、こんなこと言ったら幻滅されそう。言わなきゃ駄目ですか?」
お返事は無言のアイアンクローでした。ジルさん、最近暴力に訴えすぎ!! ストレスでも溜まってますか?!
「彼らが逃げる際にネックになるのは、隷属魔法、呪印、隠れ家の立地です。
その内、隷属魔法は元々救出部隊も考慮にいれているでしょう。場所は、何処に売られるか分からなかった身です。何らかの方法で居場所を特定できると考えていた方が無難です。それに、冒険者ギルドサイドの動きを見張って特定することも不可能ではない。
さて、最後に残った呪印ですが、これは元々の隷属魔法の使い手の魔力に私の魔力が混ざって行使されました。これを解除するのは、結構大変なんです」
そこまで話したら、ようやく手を離して貰えた。痛むこめかみを撫でつつ先を続ける。
「バレてるから言いますが、私も初級の隷属魔法が使えます。呪印は隷属魔法の派生らしくて、調べたら解呪の方法が分かりました。
必要なものは、不凍湖の水、毒蜘蛛の糸、女王蟻の魔核、将軍蜂の毒針、石化鶏の嘴、上位回復薬に万能薬です。回復薬と万能薬は実は持ってたりします。この森でも稀に材料が採れるらしいです。
こんなに沢山集めるのは大変だし、呪印の持ち主達にも協力して貰いたくなりますよね? まぁ、解呪の為だと言うつもりはありません。あくまでも私の役割は悪辣薬剤師。奴隷達を手足の様に使う女主人です。
いつもみたいに全開で魔法は使えません。手の内を彼らに明かすのは危険すぎます。その分ジルさんが主力になるから負担が増えます、ごめんなさい」
「そこまでは分かった。だが、やはり逃がすためとしか思えないが?」
「呪印が解除される、もしくはその目処がたてば、おそらく救出部隊が動き出す、またはあの二人が動くでしょう。逃げられても良いし、ギルドが目的を果たしてもいい。万一ダビデに、彼らと共に行くと言われると哀しいですけど、元々、何処か行きたいところが決まるまでの約束でここにいて貰っているので、仕方ありません。
ここに閉じ込めておくよりも、外に出た方が彼らも動きやすいでしょうし。……ほら、幻滅したでしょ? 私は、私の手を汚すことなく彼らに消えてもらう事を考えているんです」
私の手を離れた瞬間から、『生死は問わず』だ。回りくどくなったけど、理解して貰えたかな?
「つまり、ご主人様はあいつらに一刻も早く出て行って欲しい。その為には、呪印が邪魔だ。だから呪印を解呪するために動く。ただし、味方とは言えないあの二人の前でいつもの非常識魔法は使えない。だから俺の負担が増える。ここまでは間違ってないな?」
「うん、その通り。よく分かりましたね」
「だが、ならば何故正直に話さない? 奴らに解呪するのに必要な品物を集めるために協力しろと言えば済むことじゃないのか? わざわざ、自分が憎まれ役になってまでやることか?」
「それも最初は考えたけど、正直に話したら、今度は執行局サイドとの関係が不味いんです。執行局の腕が何処まで長いか分からない現状では、何処でどう監視されているかも分からない。だから、執行局には、あの人たちの勘違い通りの扱いをしていると思わせておきたい。
それに万一、元公爵と従者が武力に訴えてきた場合、私達の関係を知られていたらダビデを人質にとるのが最も効率的だとバレてしまう。ダビデは私の弱点になる。そこは否定できない事実です。
ダビデには何も話しません。あの子が正直に全てを話しても、それは悪辣な主人がコボルドをからかう為についた嘘だと思われるだけですから。その方が、ダビデの価値を低く見られて、私には好都合です」
言いきる私をジルさんはあり得ないモノでも見るように見つめている。
「……わかった。なら俺は何をすれば良いんだ。巻き込むんだろう?」
「…ありがとうございます。ジルさんにお願いしたいのは、ダビデの護衛です。あの二人がダビデに何か仕掛けるなら、排除してください。手段も結果も問いません。
ただ、あの二人が普段、何か怪しい動きをしていても、多目に見てくださいね。ガチガチに拘束して、暴走されても困ります。私に対する悪意は、命に関わらない限りスルーで大丈夫ですから」




