30.解説するぞ?
「ご主人様のお望みとあれば」
膝をついたまま、ジルさんはそう言って頭を下げる。首には真新しい綺麗な首輪。ごめんなさい、ホントに素で気がつかなかったの。後でエンドレスで謝るから許して。
「くく、良いものを見せてもらった礼だ。ここの支払いはワシが持とう」
老貴族はジルさんとダビデを見て満足そうにそう言うと、支払いを従者に任せてまた別の建物に向かう。広場に面した建物の中でも最も大きな商店だ。
案内も受けず、迷いもせずに豪華な応接室に陣取ると、こちらのことはお構いなしに話し出す。
「娘よ、名は何と言う? コボルドは進化し、獣人のなかでも誇り高いと言われる狼獣人を膝を屈する程に調教済みとは見処がある」
ダビデが進化したのは偶然だし、ジルさんはいい人だから最初からこうですよ? なんか変な人だし、名前、名乗りたくないな。
「数にも入らぬ者でございます。我が名など、お耳汚しかと。どうかご容赦下さいませ」
「ほう、名乗らぬ…と?」
おう、威圧感が漏れだしてきた。でも引かない。この貴族、気持ち悪いし、名前は名乗んない。
「はい、どうかこの辺境の地に、高貴なる方にお褒め頂き、かつ恐れ多くも首輪を贈られたものがいたことを覚えていて下さいませ。これよりも、沢山の娘にお会いになる高貴なるお方です。私の名より、その存在を覚えておいて頂きとうございます」
広場で見せた貴族に対する最敬礼をもう一度やりながら、切々と訴えた。これでも名乗れと言われたら、仕方ないから名乗ろうかな。あと、私の事は忘れて良いから、と言うか忘れてください、切実に。
「ふむ、なるほどな。…では名も知らぬ娘よ、そなたの趣味、知りおいておこう」
そう言うと、老貴族は次の予定があると言って去っていった。去り際にさっきの司会をしていた肥えたおっちゃんに残りの手続きを指示する。
「では名前も知らない娘さん、手続きを進めようと思うのだけれどいいかな? まずは残金、金貨50枚を払ってもらえるかい?」
老貴族がいなくなって、少し砕けた口調で司会者が話しかける。
「残金? 70枚では? 最初のは保証金でしょう??」
「おやおや、理解してなかったのかい? 保証金を含めての買い取り金額だよ。さあ、お支払を」
そう言う司会者に金貨を渡す。
「えーっと、司会の……」
「ああ、私の名前なら気にしなくて良い。マイ・ロードも知らない娘さんの名前も尋ねる気はないよ。頼むから名乗らないでおくれ。久しぶりに我が主人の機嫌が良いんだ。娘さんの名前を聞いて、損ねたくないよ」
肩を竦めながら伝えてくる。
「はぁ、ならお言葉に甘えますが……。さっきの貴族の方は何者様なのですか? かなり高貴な方だとしか、分からなかったのですが…」
「おやおや、娘さんは本当に知らなかったのかい? まぁ良いか。どうせ誰かに聞けばすぐわかることだ。
マイ・ロードは執行局副長官、貴賤を問わず異端や国に仇なす者を捕らえ、調査する部署の責任者だね。執行局長官は国王陛下だから実質的にはトップにあたる」
うわっ、特大の地雷だ。なんでそんな大物がこんなところにいるのさ!
「はは、私から聞いたと言うことは秘密だよ、良いご趣味の娘さん。さて、そんな大物である、我が主人がなぜこんなところにいたのか、説明をしようか」
朗らかにそう言うと、司会者は説明を始める。
ー…そもそもの事の起こりは二年前。隣国、獣人最大の国との戦争が長引き始めた頃に遡る。
疲弊する国を憂いた国王と一部貴族が、隣国との停戦を模索し始めたらしい。その流れで、一時は戦闘も下火になったそうだが、停戦の話し合いで一変。
両国の過激派と呼ばれる一部軍部が蜂起し、話し合いの使者全員を殺害。その後、戦争は今も泥沼の様相を呈している。
内々に進められていた停戦交渉がなぜ過激派に、しかも両国同時に漏れたのか。この国の国王直接命令で調査されたところ、大貴族の一部が内通している疑いに発展。あまりに重大な疑いに、副長官である、司会者の上司も直接関与し調査したところ、今回捕らえられた、元公爵の名前が上がったそうだ。
元公爵一派を捕らえ調べたところ、両国を戦争により疲弊させ、公爵家が王家にとって変わろうとしていた証拠が次々と現れたそうだ。更に調べを進める中、魔族と内通し魔物を使役していた疑いも出て来て、完全にアウト。
家は取り潰し。本来であれば貴族と言うことで、蟄居、世代交代くらいで済むはずが、先代と若い当主以外の一族は死罪。その刑罰も国王の格別の慈悲により下されたと非難されたらしい。
先代は調べに耐えきれず死亡。
若い当主のみが生き残り、裁判の結果、有罪と判定される。
判決は「最も苦痛多き生と救いのない死を」と言うものだそうだ。結果、異端奴隷として、一定期間毎にあちこちの持ち主を回り、その間に死ななかったから、最後の永年売買としてこの雪深い辺境の町で売りに出されたそうだ。さっきの質問事項は刑罰に相応しい扱いをされるかどうかの確認だったらしい。
内心はどうせ冬は越せないと言う判断なんだろう。ここ、陸の孤島になるらしいし。逃亡も無理だし、万一逃亡を支援する人員がいても目立つし、活動は難しくなる。
仰々しい修飾語と芝居口調で話された内容をまとめると、そんな物語だった。ちなみに従者の方は、小さい頃からの側付きで、今回の陰謀にも関わった実行犯認定されて公爵と同じ判決になったらしい。
そんなこんなで国内が慌ただしかったせいで、ここ2年、各地で反乱やら混乱やらが起きており、死者も多くでた。オークションのおばさんの息子さんはその犠牲者だろうとの事だった。
何と言うか、壮大な物語過ぎて、「ふーん、そうなんだ」としか思えない。回復薬不足だ、強制徴用だとこっちに転生してからドタバタしてた事の根本的理由はこれだったんだね。
それよりも、ダビデの元主人って事と、話を聞く間にジルさんから漏れだし始めた怒気が気になります。早く終わんないかな。
「さて、事情が分かって貰えた所で、ステキなご趣味の娘さんにいよいよ二人を引き渡す時がきた! 引き渡しが終れば、あとは煮るなり焼くなり、娘さんが良いように楽しむといい。
さて、引き渡し所に行こうか。奴隷契約の更新もしなくてはならないからね」
もう、この人たちの誤解を解くことは諦めた。なんか私の予想の斜め上の誤解をされてそうで本当に嫌だ。苦痛多き生に救いなき死って、私はどんなキャラだと思われているんだろう。
ダビデの手を握り、引き渡し所に向かう。そこにはさっきジルさんの更新で見た魔方陣と良く似た、けれども更に精緻な紋様が描かれている。
魔方陣の見事さとは裏腹に、拘束されて転がされている二人は相変わらずボロボロだ。舞台の上でも元気だった方が、縄で拘束された身体を捻って暴れている。
「さぁ、ステキなご趣味の娘さん、悪辣趣味のお嬢さん、貴女のお望みの奴隷だ。魔方陣に入りなさい」
司会者が歌うように語る。それで私達が入ってきた事に気がついたのか、元気な方の奴隷が唸り出した。本当は叫びたいが喉を潰されているから出来ないのだろう。
促されるまま、魔方陣に入りぼんやりと立つ。目立たない位置にたっていた魔法使いが陣を作動させた。
あれれ?普段なら光っておしまいのはずがいつまでたっても光ったままだ。対になる場所にいる奴隷の二人は苦しそうにしている。
「え? なぜ??」
「やはり抵抗するか。まったく、この程度痛めつけただけでは足らなかったか」
舌打ちしながら司会者が、壁にかけられていた棒を取り、奴隷たちに向かうと無造作に殴り始めた。とっさに魔方陣から出ようとすると、魔法使いが止めてきた。
「買い手のお嬢様、落ち着いてください。あの奴隷達が魔法に抵抗し上手く隷属魔法が効かないのです。だから痛め付けて抵抗力を減らしています。私にもう少し魔力があれば、強制も出来るのですが」
「抵抗……魔力があれば何とかなるのですか?」
やめてー、止めてあげて。それ以上やったら死んじゃうよ。死んでも屈しないとか思ってるの? 命あっての物種だよ。ダビデの用事が終わったら解放するんだし、今は大人しく魔法にかかってよ。
「はい、まさかお嬢様は魔力が……あ、そうでしたね、ポーション技能者でしたか。なら魔力はあるはず。ではそこの魔方陣の魔石に触れて、魔力を通して貰えませんか?」
指差された先には、絵柄の一部になっていた魔石があった。促されるまま、その石に触れて魔力を通す。魔力量は、一流所の魔法職を参考に400程度にした。
柔らかな暖色の光だったものが、私の魔力を通した途端、青そして無色に変わる。光の奔流とも言える流れが二人の奴隷の身を焼いた。
二人の奴隷は、身体を限界まで海老反りにして、声なき絶叫を上げ、その後、力尽きたのかぐったりと動かなくなった。
光がそれぞれの胸と顔にある焼き印に吸い込まれていく。
「素晴らしい! 買い手のお嬢様、貴女はもしかしたら隷属魔法の才能があるかもしれませんよ!!」
「これはこれは! お見事!! ステキなご趣味の娘さんは実力者だね。この調子で是非ともこの二人を可愛がってやってくれたまえ!!」
外野が絶賛してくれるが納得できん。そもそも初級隷属魔法は使えるから魔法使いの言葉はまだ分かる。しかし、司会者、可愛がるの意味、違くないか?
納得できないまま取引が終わり、二人を引き渡された。意識のない二人をどうやって運ぼうかなと考えていたら、大八車をサービスで付けてくれるという。荷台の上に二人を並べ、ようやく近くで観察する。
血と泥で汚れて、肌や髪の色は判別不明。焼き印はまだ血を流し続けている。身体は始めにあったときのダビデよりはふっくらしてるし、栄養状態は悪くなかったのだろう。かろうじて腰回りにボロ布が巻き付いているけれど、それ以外の露出している肌はおそらく傷だらけだ。汚れているから、打撲とかは分からないんだよね。さて、どうしたものか。出来たら即座に治してしまいたいけれど、ここでやったら目立つよねぇ。
「ティナ様、俺が引きます」
そう言ってジルさんがさっさと大八車を曳いて歩き出す。どうやら市場の出口を目指しているみたいだ。
「ティナお嬢様、ごめんなさい。ボクのせいで…」
ダビデは後ろから車を押しながら謝ってくる。寒そうで見ていられないから大八車の二人には私が普段毛布変わりに使っている布を掛けて、人目から隠した。
「うん、なんか良くわからないけど、激しく誤解されてたよね? なんなんだろうね、一体。ジルベルトは理解していたみたいだから、後から解説よろしくね。
うーん、本当は冬物の買い出しとかしたかったんだけど、一回外に戻ろうか。とりあえず、この人たちなんとかしないと、死んじゃうかも知れないしさ」
*****
急いで外に出て、人目のつかない所で不凍湖へ移転する。その後、南へ下り、雪が積っていない場所まで飛行して隠れ家を展開した。
隠れ家の中に入ってようやく安心して、深いため息をつく。
「はぁー、疲れましたね。……っイタタタタタッ。ジルさん、痛い!!」
リビングについて、まだ意識の戻らない二人を床に並べて、ポーションを使った後に浄化でもかけてキレイにしようと考えていたら、無言で近づいて来ていたジルさんに、アイアンクローで吊り下げられました。
ちなみに、右手に私、左手にダビデ。ジルさんはお怒りです。
「痛くしてるからな。まったく、ダビデ、何を考えている! ティナもティナだ!! 馬鹿かお前は! 悪ノリし過ぎだ!!」
「ジルさん、ごめんなさい。謝るから放して」
「ジルさん、お嬢様、ごめんなさい。ボクまさかあんなに高い買い物になるとは思わなかったんです!!」
二人で謝ったら、吊り上げられたそのまま手を放されて、尻餅をつく。
「ごめんなさい、まさか女の子用だとは思わなかったの。本気で素で格好いい作りだなと思って。明日にでも買い直すからっ!」
「な、に、を、言っている?!
コレはあの貴族と周りの印象を確定するためのわざとだと思っていたが、素か?
素なのか!?
お前、馬鹿だろう!
俺はご主人様がそんな無意識に悪辣な事をする趣味があるとは知らなかった。たった一週間の付き合いとはいえ、それはさぞかし欲求不満で大変だっただろうな!
これからはご主人様が自分の悪癖を隠さなくて良いように、心行くまで発散出来るように行動するよ!!」
何? 何なの?? ジルさんが怒ってるのは、女の子用の物を強制的に身に付けさせられたからじゃないの?
「悪辣ってなんですか?! オークションでもそんな事言われましたが、私はただ、ダビデが欲しいと言ったから参加しただけです! みんな、悪辣だの、良いご趣味だの、意味不明な事を言って! この人たちだって、ダビデの用事が終わったら解放するつもりですよ!!」
キレたジルさんに対して私も叫び返す。
ダビデとジルさんの空気が凍ったんだけど、何故?
「あー…、ティナ、本当に、本気で、まったく、自覚なく、含むところもなく、あの受け答えしたのか?」
当然です! 周りがどんどん勘違いしただけですよ!!
頷く私を見て、ジルさんは特大のため息をついて、頭を抱えてしまった。そしてそのまま動かなくなる。
「そうか、そうだな、俺の主は規格外の非常識だったな。すまん、うっかりしていた。なら、解説するぞ?」
しばらくして復活すると、完全に据わった目付きでそう言われた。なんか怖いけど、ようやく誤解の詳細が聞ける。あのとき何が起きてたのさ。
「まず最初の質問だ。貴族が司会者命じて訊ねさせていた内容は、どれだけ奴隷達を過酷に扱うかの確認だった。
ティナは薬剤師で、コボルドに与えると言ったな?
そこから、"普通は"効果の分からない、悪趣味で未知の薬品を思う存分試す為に奴隷を買い取る事を希望したと、思われたんだよ。薬剤師と言うよりは、愉快犯もしくは、マッドサイエンティスト寄りだな。そもそも人体に入ることを前提としていない薬なんかを思い付きで面白半分に飲ませる相手としての購入だ。
しかも、普段はダビデ、コボルドに与えるだと。
それも怪我を治してだ。
コボルドは普段、人間に虐待されている。自分が虐待されている相手を好きに扱っていいと言われれば、その扱いは並の奴隷よりも更に数段酷いものになるのは確定だ。普段虐げられている者こそ、こういう時は残酷になるからな」
「へ?」
私もダビデも目が点だ。なに、そんな風に見られていたの?
「しかも、二人同時に引き取ると言っただろう?
仲間同士、この場合は、幼い頃から一緒の公爵と従者だ。
例えばそうだな、1つは何が起こるか分からない愉快な新薬入り、もう1つは普通の食事を準備して並べ、奴隷達に好きな方を選ばせる。薬入りの答えを教えても良いし、教えなくても良い。
従者が毒味をするのか、公爵を裏切るのか。はたまた、幼い頃からの絆を反古にするのか。
公爵を守る事を従者が希望するなら、それを盾に実行不可能と思われる事を命じてもいい。
お互いに憎しみあっているなら、その発散をさせても良いし、更に責めてもいい。
…ほらな、二人の方が楽しみ方は沢山あるだろう。
……胸糞悪いがな」
最後は吐き捨てる様に言われてしまった。えー、そんな判定になってたの?
「でも、ちゃんと誤解だと話しましたよ?」
「アレな。あれは未成年の小娘がそんな爛れた趣味を持つなんて知られたくないと、わざと言ったと思われただろうよ。
しかも、最後にダビデが何を言ったか、覚えているか?」
「ボクの元主人……」
「その通り。つまり、だ。
『名前も知らない、悪辣で良いご趣味の薬剤師の娘さんは、自分のお気に入りの玩具である犬妖精のおねだりを聞き、コボルドを昔虐待していたであろう元主人とその従者を買い与え、新薬の実験と玩具のストレス解消と言う実利を行おうとしている』があの場での、共通認識だな」
「うわぁ……」
何と言うか、誤解過ぎて、言葉もないよ。
「そして、そんなご主人様に興味を持ったあの老貴族と道具屋に行き、古参の奴隷達の首輪を選んだ。そこで、最弱種族の玩具には、最高品質の『戦士の首輪』、本来は戦闘種族である俺には『高級愛玩女奴隷の首輪』を選択した。
あの腐れ貴族が爆笑するはずだ。これ程皮肉な事はないからな。
だから、ただの奴隷である俺達ですらそんな扱いだ。貴族が新しく買った二人の扱いに、どれ程期待したかは想像に難しくない」
パクパクと口だけが動くけれど、なんか、どう話していいか分からない。
「ごめんなさい! お嬢様!! ボクがねだったせいでこんなことに。お嬢様が恥をかくなんて思わなかったんです!!」
同じくフリーズしていたダビデが私より早く復活して、謝っている。
「え、え、うそ、まじで? 本当に、本気で、私、そんな変な趣味を、嬉々としてやる、アブナイ趣味の人だと、思われてるの??」
恭しくジルさんが頷いている。
「ウソ! ヤダ。誤解だよ。そんな風に思われてるなら、町歩けない!! ほとぼり冷めるまでしばらく行かない、勘弁してよ!!」
パニックを起こした私に、ジルさんは冷静に新入りの二人を指差す。
「さて、ご主人様? このままだと、そんな恥をかいてまで手に入れた奴隷達が死にそうだが、いいのか?」
確かに騒いでいる間にも、二人の顔色はどんどん悪くなっている。
「ダビデ、これ、使って。私のとっておきだよ」
無造作にアイテムボックスから霊薬を2つ出した。このメンバーなら隠す必要もない。
「お嬢様! これいつものポーションと違う気がします。本当に使って良いんですか?」
さっきの話を聞いたせいか、ダビデが確認してくる。
「ん? 大丈夫だよ。前にジルさんも使った、超強力な回復薬だから、安心して使って。ダビデ、この人達に用事があるんでしょ? 早くしないと、死んじゃうよ?」
一度私にヒシッと抱きついてから、ダビデは大急ぎで薬を使った。あっという間に傷が治り、欠損していた四肢が戻る。
「あれ? なんでだろ?? 焼き印の痕が消えないね?」
他はすっかり治ったのに、焼き印だけは痣になって残ってしまった。
「おそらく、魔石が混ぜ込まれた呪印の刺青だろう。解呪しなければ治らないな」
無表情に二人を見ながらジルさんがそう言う。ダビデは分からない様で、汚れている二人の身体を綺麗にしようと奮闘している。
「ダビデ、浄化で汚れ落とすから一度離れて。ジルさん、呪印ってなんですか?」
ダビデが離れた事を確認して、浄化を唱えて汚れを落とす。
あら? 二人とも白色人種だったのね。
目が潰されていた方、元公爵様はハニーブロンド、従者の方は濃紺、藍色に近い髪だ。この世界は地球ではなかった変わった髪や目の色の人達も多い。瞳はまだ不明。ただ、二人とも系統は違うけれど整った顔立ちだから、少し楽しみだ。
「呪印か? 隷属魔法を更に強力にし、二重三重に拘束するための呪いだな。ご主人様が最後にかなりの魔力を注いだ事だし、おそらく自発呼吸すら難しいレベルで拘束されているはずだ。
まったく、抵抗すればするほど、苦痛が襲うのが隷属魔法だと分かっていただろうに、愚かな」
んー、ジルさんの口調に寝ている二人に対する怒りを感じるよ? そもそも、引き渡しの前にも怒ってたし。ジルさんも何かこの二人と縁でもあったのかな?
「ジルさんはこの二人、嫌いですか?」
単刀直入に聞いてみる。ダビデもジルさんも驚いた様にこっちを見ていけど、なんでだろうね。
「何故?」
「いや、引き渡しの時、司会者さんと話している間にどんどんおっかなくなってましたよ?」
「直接の面識はない。……が、少々思う所はある。ダビデの用事が終わってからでいい。俺にも少し時間を与えてくれ」
「ええ、まぁ、ダビデがいいなら良いですけどね。私は用事ないですし。
さて、ねぇ、ダビデ、今更だけどさ、なんでこの人たちを買ってくれってねだったの?」
本当に今更な質問をする。いや、気にはなってはいたのよ。でもタイミングを逃しててさ。
「お嬢様、この方はボクの最初のご主人様です。ボクをとても可愛がって下さり、料理も覚えられる様に計らって下さいました。
ある日、突然売られてしまってとても悲しかった。だから何故ボクを売ったのか聞きたかったのです。
でも今なら分かります。多分、元ご主人様はご自身の凋落に巻き込むまいとされたのでしょう。
ボクは今、幸せです。だから、優しくして下された元ご主人様にお礼が言いたいです。
まさかこんなに高い買い物になるなんて思わずに、ごめんなさい」
ダビデ、可愛いなぁ。私の癒しだよ。
「そうなんだね。お礼、言えるといいね。で、ジルさんの用事は何なのですか?」
ほっこりした気分のまま、ジルさんに問いかける。
「その喉笛、食い千切りたい」
ジルさん?! 何があったの! ほら、ダビデも怯えてるよ!!
「ジ…ジルさん?! なんで?!」
「コイツらのせいで、俺達部隊は、壊滅的打撃を受けて捕らわれた。目の前に敵がいるんだ。恨みを晴らすなと言う方がおかしいだろう?」
「えーっと、前に少し聞いた、ジルさんが捕らわれるきっかけでしたっけ? もしかして、さっき話に出ていた、停戦協定の話し合いで護衛についていたんですか?」
「あぁ、俺は栄えある赤鱗騎士団の所属だったからな。神の下賜品の名前を関する、不跪なる騎士団。堂々と戦い、負けたのなら禍根は残さない。だが姦計により嵌められた事は忘れん」
本気で怒っているのだろう、話している最中無意識にジルさんは獣相化している。あー、こりゃ、ひと波乱あるな。
ダビデはひたすら怯えて、オロオロしてるし。
その場はとりあえず、新入り二人を客間に寝かせて解散になった。ダビデは今日、二人にずっと付き添うらしい。
ジルさんはずっとリビングで立ったまま、暖炉の炎を見つめていた。
ダビデの恩人で、ジルさんの敵か。
……参ったな。




