28.オネダリしても良いですか?
一歩外に出たら、そこは一面の銀世界でした。
寒っ!!
「なに、これ、なんで雪積もってるの??」
「あぁ、本格的に降り始めたか。昨日、雪招きが走っていたからな」
「雪招き、ですか? ボク、初めて聞きました」
「あぁ、ティナ達はここで初めての冬か? ほら、あそこだ」
そう言ってジルさんが指差したのは、木立の中、あれ、なんかいる?
「か、可愛い!!」
私のその声にビックリしたのか、走り去ってしまったけれど、雪と同化して見つけ難いが、白いマリモみたいな生き物がつぶらな黒い瞳を輝かせていた。
「あー、うん、そうだな、可愛いな。
ただアレは冬の使者だ。アレが出たと言うことは、雪が降る。ここは森でも奥地だからな。おそらく町にはまだ降っていないと思うが、遠からず雪に閉ざされることになるな」
なげやりに同意してから、げんなりとしてそう言うジルさんは本気で嫌そう。
「雪の間は恵みが少ないからな……」
そう言うと後は口を閉ざしてしまった。寒いのが嫌なのかしら? 地味にダビデも震えてるし、犬って案外寒さに弱い??
「なら、暖かい服と外を歩く用の防寒具、後は靴なんかも冬装備にしないといけないですね」
とりあえずこれを。と言って、毛布代わりにしていた厚手の布をダビデとジルさんに渡す。ジルさんにはもうひとつ、バスタオル大の布も渡した。
「これは?」
毛布代わりの布を被ってから、もうひとつの布の用途を聞いてくる。
「首に巻いて下さい。金属は体温奪いますから、寒いでしょう? 幾らかはマシなはずです」
私はオススメシリーズのフル装備だから顔くらいしか露出してないけど、二人は秋物だから寒そうなんだよね。
うーん、引っ越し先、森の南か南東にしようかな? たしかあそこは年中暖かいって聞いたし。状態異常攻撃持ちが多いから、注意も必要なんだけどさ。よし、今日町に行ったら、納品ついでに例の件も含めて、アンナさんに相談してみよう。
「さて、では移転しますね!」
隠れ家を収納していつもの丘に移転した。ジルさんの言う通り、デュシスの町にはまだ雪は積もっていない。でも、森と同じくらいは寒いよ。
「おや、薬剤師の。今日も納品かね? 今年はお嬢ちゃんのお陰で薬が手に入りやすくて助かったよ」
珍しく高齢冒険者が城門の受付をしていて声をかけられる。
「こんにちは。はい、ギルドへの納品と、約束があってきました。二人は私の連れです。入っても構いませんか?」
一応、ギルドカードを提示して許可を求めた。ほぼ顔パスになり始めているらしく、ちらりとカードを一瞥されて終わりだった。
「ああ、もちろん。今日は少し町の中が騒がしいからね。気をつけてお行き」
次の旅人を確認している冒険者に一礼して中に入る。
確かに、町が少しざわついている様な気がする。この時期にはお祭りなんかはなかったはずなのに、何故だろう?
「いらっしゃいませ! デュシスの冒険者ギルドにようこそ!! ってティナ! 久しぶり!」
「こんにちは、マリアンヌ!! アンナさんはいるかな? 約束があってきたの」
「はーい、チーフね。今、おと…じゃなかった。マスター・クルバに呼ばれて上にいるよ? すぐ戻ると思うから、少し待っててくれる?
ダビデ君おっきくなったね! 後ろにいるのが噂のオオカミさん?」
朝の繁忙が終わる頃を狙ってきたから、案の定ギルドは暇だったみたい。カウンターからわざわざ出て来て私たちをブースに案内してくれた。
「うん、身長ダビデに追い抜かれそうでちょっと違和感あるよ。
あ、ジル…ベルト。こちらはマリアンヌ、ここのギルドの受付嬢で、マスター・クルバの娘さんね」
危ない! いつもの様に、ジルさん呼びするところだった。
「はじめまして、ジルベルト。ティナの友達だよ。よろしくね」
うぉ! ナチュラルに呼び捨てたよ、この子は。
「はい、よろしくお願いいたします。マリアンヌ様」
うわ! ジルさんも伏し目のまま敬語使ってるし! 違和感しかないわ。
「マリアンヌ様、お久しぶりです! ボク、大きくなりました!!」
尻尾をパタパタ振りながら、ダビデはマリアンヌに挨拶している。あそこはいつも通りだな。
「ティナ、町では呼び捨て、俺も奴隷らしい行動をする。忘れるな」
マリアンヌとダビデが盛り上がっている隙を突いて、ジルさんが小声で伝えてくる。そっか、演技か。
「あら、ティナちゃん、早かったわね」
奥からアンナさんが顔を出した。
「ダビデ君、種族進化おめでとう。オオカミさんもどうやら落ち着いたみたいで良かったわ」
「アンナさん、その節はダビデを預かって頂いてありがとうございました」
とりあえず先日のお礼を再度伝える。感謝の念は大事だよね。
「お嬢様から聞きました。ボクを保護していて頂いてありがとうございました」
ダビデも一礼して感謝の念を伝えている。
「どういたしまして。ところで、そちらのオオカミさんはなんて呼べばいいのかしら?」
「狼獣人のジルベルトと申します。どうかジルとお呼び下さい」
「そう、ジルね。ティナ、一週間どうだった? 一応、上級魔法の使い手は押さえてあるけれど、どうしても合わないなら手放してもいいのよ?」
華やかな笑顔のまま聞いてくるアンナさんに、所有する旨を伝える。
「楽しかったですよ。すっごく、食料収集もやり易くて!! アンナさん、お魚嫌いですか?」
「え、魚? 好きだけれど、もしかして自由の風達が話していたのは本気だったのかしら?」
そこからひとしきり、一週間の報告をした。湖での漁の事を話した時には、呆れられた後に大爆笑されたけど。
非常識娘が仲間内で定着しそうな勢いです。
「それで、コレ、お土産です!」
ドン! と出したのは、魔物のドロップ品、魚の輪切り(複数)。話し合いの結果、食べきれないとなって、お裾分けすることにしたんだ。
「え、ティナ、コレ、お土産のレベルじゃないよ?!」
「ティナちゃん、これはお土産ではなく、納品になさいな。Cランクの素材収集よ」
「えー、いつもお世話になっているから、良いんです! 貰って下さいね。
確か、ギルドの受付嬢は五人と言っていた気がしたので、1人1個。あと、内勤の人に分けて貰えればと思って、少し多目に持ってきました。嫌いじゃなければ食べてください」
無理に押し付ける。いや、押し問答してたら、生臭くなってきて、慌ててアンナさんが買い取り品の倉庫に入れる一幕もあった。どうやら普段では食べられない高級品だそうで、私のお土産が伝わったのだろう、ギルドの奥から野太い歓喜の声が聞こえてきた。内勤のギルド職員って、男の人なんだね。
「えーっと、まだ時間大丈夫ですか?」
マリアンヌが受付に戻って、アンナさんだけになったブースで声をかける。ちなみに席に座っているのは、私とアンナさんだけ。ダビデとジルさんは後ろで立ったまま待機だ。私たちから話し掛けられない限り、発言することもない。これが奴隷の基本なのだそうだ。
「ええ、何かしら?」
「奴隷市場に今から行くんですが、その前に教えて欲しいことがあります。
聞き難いのですが、特殊奴隷、一般奴隷を問わず、獣人を自由にすることは出来ませんか? 手段は問いません」
「やっぱり、そう考えるのね。
良いかしら、ティナちゃん、ひとつ約束して頂戴。
獣人を自由にするなんて事は、軽々しく口に出しては駄目よ。余程親しい人、それも信頼できる人にしか話してはいけないわ。
身の安全の為、場合によっては、私達、冒険者ギルドでも守りきれないかも知れないの」
くっきりと眉に皺を寄せ、釘を刺される。
「分かっています。『異端審問』ですね? 私も注意はしますが、だからこそアンナさんに聞いています。
教えて下さい、何かありませんか? 無論、すぐに動くような事はしません。こちらとの成人までの契約は守ります。お願いします、何か知っていたら教えて下さい」
異端審問への恐怖はあっても、図書館も新聞もネットもないこの世界で調べ物をするなら、分かる人間に聞くのが一番早い。
ギルドのベテラン受付嬢なら適任だし、この冒険者ギルドと私は利害で繋がっている。悩んだ末に、アンナさんに尋ねてみることにしたのだ。
「知っているのね。なら良いわ。質問相手に私を選んだ嗅覚も誉めてあげる。
……そうねぇ、ここからはベテラン冒険者やギルド関係者なら誰もが知っている程度の雑談よ?」
回答の前に、万一の時を考えての予防線を張る。
うん、こう言う小技が使えるだろうから、アンナさんを選んだんだ。
「混沌都市は知っているかしら?
ここから西の森を抜けて、更に南西へと下ると、迷宮都市国家連合がある。そこは沢山のダンジョンと、ダンジョンから出るアイテムを求める商人達そして冒険者の町の連合体よ。
そこで、未踏破、もしくは長期踏破者無しの迷宮をクリアすると、どんな願いも叶うの。もちろん、そこの最高権力者である、ダンジョン公で叶えられる願いならだけれど。
ただし、犬妖精も解放を望むなら、コボルドの市民権を認めている混沌都市で踏破するしかないわね。あそこはある意味、全てにおいて"平等"だから。
昔、貴族に妻を奪われた夫が他国の大貴族の妾になった妻を取り返したり、借金だらけの男が一夜にして億万長者になったこともある。
愛しい恋人の助命を願った人もいたし、異端と断じられた奴隷が自由を勝ち取ったこともあるわ。
私が知るのはそれだけよ」
うん、完璧です! 無知でも出来そうなその解決方法、気に入りましたよ!!
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた。真偽はともかく、ギルドの利益を考えたら、方法は"ない"と答えるのが一番だと、私でも思うのに答えてくれた。それが本当にありがたい。
「あら、なんの事かしら? 私は誰でも知っている雑談をしただけよ?」
「あはは、なら、物知らずの私に楽しい話をありがとうございました。長くなってすみません。最後に買い取りをお願い出来ますか?」
長い間ブースに籠っていたら不審を持たれる可能性もあるし、対外的にはギルドのお抱え薬剤師兼、なんちゃってお遊び冒険者だと思われている私だ。薬さえ卸していれば周囲の目も誤魔化しやすいだろう。万一の時も、アンナさんは逃げ切れる様にしておかなくては。
「いつもありがとう。お陰で今年の冬は死者が少なくなりそうよ。
そうそう、昨日の夕方、徴兵されていた住人が戻ったの。だから今日は何処か町が浮わついているでしょう?」
「それでですか。城門で町が騒がしいって聞いて、何かと思っていたんです」
納得だわ。春からずっと戦争と、戦争を続ける為の物資作成で取られていた家族が帰って来たら、そりゃ嬉しいよね。
「そうね。それもあるけれど、もうひとつあるのよ。これから、奴隷市場に行くならすぐ分かるんじゃないかしら? ちょっとしたお祭り騒ぎだから」
「え? 奴隷市場が騒がしい…ですか?」
ー…げ、バイオレンスは勘弁よ。行きたくないなー。
明らかに顔色を曇らせた私を宥める為、アンナさんは話を変えてポーションの買い取りに入った。
今回は魔力回復ポーションを主軸にしたラインナップにしてみた。帰って来た職人達はしばらく家族と過ごす時間を優先する為に、消費魔力の多い魔力ポーション作成は嫌がるから助かると言われて、大変感謝された。
「ほら、ティナちゃん。どうせジルの更新で行かなくちゃならないのよ! 諦めて行ってらっしゃい!!」
買い取りが終了してすぐにブースを追い出されかけた。
「はい、わかってます。諦めて行きますけど。
アンナさん、その前にひとつ。また住み家の設置場所を変えるつもりです。森の南部及び南西の魔物分布とか注意書きなんかがある資料があったら、後で見せてもらえませんか?」
「あら? 魚釣りはもういいのね。前にも話したけれど、南部は危ないわよ。分かってるのかしら?
でも、そうねぇ、少し待っていて頂戴。南部は危ないから、注意書きの地図と資料をまとめた物が売りに出ているのよ。さっきのポーションの代金で十分に買えるし、もし本気でそっちに行くつもりなら、買って損はないわ」
もちろん、即買いました。後で落ち着いたら読み込もう。安全が少しのお金と勉強で買えるなら安いもんだ。
ー…博学スキル、仕事しろ!!
いや、違うな。私の運用が悪いのか。後でゆっくりアンナさんの話のウラも含めて調べよう。時間をかければ出来るはずだ。
****
さて、やって来ました。奴隷市場。
今回は、ジルさんが道案内をしてくれて、東門から入り縁を歩く様なルートで集積所に向かった。
ここは、大きな荷物や荷車なんかが置いてある場所だから、人目にも付きにくいし、商品もあまり目に入らない。
「なんだか中央の方が騒がしいですね?」
さっきから、中央広場の方から歓声が聞こえるんだよね。
「ティナ様、オークションが開かれているのかもしれません」
相変わらずジルさんの口調はおかしい。町から出るまでこれを貫くつもりらしい。なら、私も砕けた口調で話そうと思う。
「オークション? ああ、なんかそんなのもあるって聞いたことあるよ。そっか、それで騒がしいんだ」
雑談をしている間に集積所に着いた。入り口にいる守衛さんに、冒険者ギルドから連絡が来ているはずの旨を伝えると、話が通っていたらしく、すぐに奥に案内される。
前回ダビデと一緒に来た時とは別の部屋で、なんと言うか仰々しい装飾のきいた部屋だった。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドからご依頼は受けております。ティナ・ラートル嬢ですね? そちらの狼獣人の契約更新と言うことで間違い御座いませんか?」
上品な紳士が魔方陣の近くには立っていて確認してくる。
同意すると、私は小さな方の円に、ジルさんには大きな円に入るように促す。円は複雑な意匠で刻まれていて、私の方は外に出るようなイメージで、ジルさんの方は内に向くような物が対になるように刻まれていた。
前回と同じように、一度魔方陣が光ってジルさんに吸い込まれてそれでおしまい。
「はい、おしまいです」
「ありがとうございました。ところで隷従の首輪はどうやって外せば良いのでしょうか?」
「お嬢様が魔力を通して外れろと命じれば取れますよ。ただ、そこのコボルドもそうですが、首輪を付けていない様子。市場内は構わないと思いますが、外を歩くには問題があるのではありませんか?」
心配そうに聞いてくる紳士に、これから首輪を買いにいく予定だと伝えてジルさんの悪趣味アクセサリーを外す。
「それでしたら、広場に面した道具屋が品揃えが良くオススメです。今日は少し混み合っているかもしれませんが、行ってみたらいかがでしょうか?」
親切な紳士にお礼を伝え、集積所を後にした。二人に首輪がないことは気付かれない方が良いと助言されたから、ジルさんはさっきまで巻いていた布を、ダビデは私のスカーフをバンダナ風に巻いて首元を隠している。
「フゥー、緊張しましたね」
「お嬢様、口調、口調」
パタパタしながらダビデがツッコミを入れてくる。
「あ、ごめん。気が抜けた」
ジルさん、小さく舌打ちしない。聞こえてるよ!
「早く首輪買って帰ろう。帰りに服屋さんに寄って冬物を買って、食材と、歩き回って疲れるだろうし、なにか屋台で夕飯代わりの物を買おうね」
そんな風に、これからの予定を確認しながら広場に向かう。段々に道が混んできて、最後には歩くのも厳しくなった。
「ティナ様、こちらに」
ジルさんが人をかき分けて道を作り、誘導してくれる。こういう時、小さいと不便だ。
アンナさんやマリアンヌと比べても、特別小柄って訳ではない。でも、この世界は男の人の方が全体的に大きいから、男社会の冒険者社会にいると、チビッ子とか、ちっちゃいとか言われしまうし、不便も感じてしまう。
ようやく広場の入口に着くと、普段は空の舞台の上に沢山の人がいた。舞台自体も季節外れの花と布で飾られていた。
一段高くなった場所には、この寒いのにほぼ全裸、腰に申しわけ程度に布を巻いた数人の人、女だと思われる小柄な丸みのある人影は、胸にもなにか巻いている。
その下には、司会なのかな? 派手な衣装の肥えた男が群衆に語りかけている。舞台の脇に置かれた豪華な椅子には、普段、町で目にすることのない豪華な衣装の男女が数人。おそらく貴族だろう。
舞台の下には柵で囲われた木の椅子もあるが、そこに座っている人は少なく、大体が立ったまま見物している。これはオークション参加者の席と、冷やかしだろう。
広場の縁を歩いて目当ての道具屋に向かう。
オオォォォォォォ!!
ひときは大きな歓声が上がり、奴隷が落札されたらしい。
音にビックリして振り返ると、更に二人、舞台に引きずり出される所だった。……文字通りに引き摺られている。
1人は片足しかなく、腕も片手は潰れている。ここからはまったく何も聞こえないが、残った足を持たれて階段を引き摺り上げられているのに抵抗しないと言うことは、おそらく意識はないのだろう。
もう1人は激しく抵抗していて、サスマタだっけか? 牧場とかで使うみたいな大きなフォーク、もしくは時代劇の捕物で使うU字のヤツみたいな物で取り押さえられ、首を持たれて引き摺られている。こっちの人は、両腕が根元からない。刃物で勢い良く切られたと言うよりは、獣にでも食いちぎられたか、切れないナイフで無理やり切ったような傷口だ。
二人とも、不安定な台座に立たされて晒し者にされた。首に縄をかけて、暴れたり、台から落ちれば締まる様になっているようだ。
ー…うげっ。勘弁してよ。
台の上で意識がないと思った人も何とか片足でバランスを保っている。二人が正面を向いた時、それに気が付いた。
片足の方は両目が潰されていて、何かしらの液体を流している。その上で、額と両頬に焼き印か、刺青らしき影もみえる。
もう1人の方は、瞳こそ無事だが、顔全体が切り刻まれていて、特に喉に大きな傷があった。心臓の上を中心に胸全体を覆う様に押された焼き印はまだ新しい様で、血を流しているのが分かる。
ー…これだから、奴隷市場は野蛮で嫌なのよ!
「ダビデ、ジルベルト、早く行こう」
見るに耐えなくて、ジルさんとダビデを急かし離れようとした。
何故か左手で握ったダビデの手が動かない。
「ダビデ、どうしたの? 行こう??」
軽く繋いだ手を振って話しかけた。ダビデは舞台の上を凝視したまま動かない。
「ティナ様、いかがされましたか? ダビデ、ご主人様の命令だ。急げ」
一度歩き出したジルさんも、こちらに気が付いて戻ってきてくれた。
「ねぇ、ダビデ。どうしたの? 早く買い物に行こう?」
舞台の上では司会が奴隷の内容を説明しているのか、声を張り上げている。途切れ途切れに聞こえる内容によると、今回のオークション、最後の出品らしい。
舞台下の椅子は一度全て空になってから、数人の大人がまた座っていた。服装を見る限りあまり裕福ではない商人か何かだろう。
何がダビデの興味をそんなに引いているのかわからない。
「お嬢様、前に仰って頂いた事は、本気ですか?」
「ダビデ、こんな所で何を言っている。ティナ様に失礼だろう」
「ジルベルト、いいの。ダビデ、前にって何かな?」
「ボクにお祝いを、プレゼントを下さるとおっしゃったことです」
あー、確かに言ったね。何か欲しいものでも思い付いたのかな?
嘘はつかないよ。珍しいダビデのおねだりだし、金銭的に足りて、私で手に入るものなら何でも買ってあげよう。
「うん。町で何かプレゼントをする約束だったよね? 決まったの? 何でもいいよ、何が欲しいの??」
「では、お嬢様、オネダリしても良いですか? ボクはアレが欲しいです」
そう言って潤んだ瞳のまま、指を指した先は舞台。フラフラと揺れる二人の奴隷だ。
「はいっ? アレって、舞台の上で揺れてる二つのアレ?!」
「はい! お願いします。どうしてもアレが欲しいです。どうか、どうか、お願いします。アレを買って下さい!」
えー…、断っちゃダメ? 第一なんで?? 欲しい理由は何?!
無言で固まる私に、ジルさんが受付が終わりそうだと伝えてくる。ダビデが焦って、さらにすがり付いて頼み込んできた。
こんな喧騒の中でも舞台の声が聞こえるなんて、流石獣人だね。
「ダビデ、どうしても、どーッしても、欲しいの? 他の何かじゃダメ?」
「お嬢様が絶対に駄目だと仰るなら諦めます。他の何かもいりません。どうかお願いします!!」
あー、もう! そんな風に言われると、何でも良いと言った手前、駄目って言えないじゃない!! まぁ、参加しても落札出来るとも限らないし、落札出来なかったら仕方ないよね? 諦めても大丈夫だよね??
「落札出来るかどうかは分からないからね、そこは理解して。万一、落札出来たとしても、面倒はダビデがみるんだよ? いいね、約束できる??」
頷くダビデを確認して、一世一代の覚悟で声を上げる。このままでは確実に舞台まで声が届かないから、風魔法を使って舞台まで声を運んだ。
ーまさか私が奴隷のオークションに参加する日が来るなんて……。
「待って下さい! そのオークション、参加できるなら私も参加します!!」
舞台から私を見つけるまでの間に、ローブの中でアイテムボックスを小さく開き、財布として使っている無限バックを取り出した。中には私の手持ち資金のほぼ全てが入っている。
ジルさんに野次馬を掻き分けて貰いながら、一直線に舞台に向かう。途中から私が参加希望だと気が付いた野次馬が避けて道を作ってくれて助かった。
「おや、可愛らしい参加者様だ。ようこそ、オークションへ。今回の参加資格は聞いていましたか?」
にこやかに笑みを張り付けて司会者は話しかけてくるが、その目は笑っていない。冷静に私を値踏みしている。
「いえ、偶然ここを通りかかって、思い付きでの参加です。まったく何も聞いていません。教えて頂けますか?」
「おや、それはそれは。まず参加には、保証金、金貨20枚が必要です。参加資格は、貴族ではないこと、そして売り主に気に入られることです」
「はい、保証金は問題ありません。そして私は貴族ではありません。売り主の方に気に入って頂けるかはわかりませんが、それ以外は問題はないと思います」
近づいてきたオークション関係者に、無造作に金貨を渡す。驚きに目を見開いている野次馬達の視線がうざい。
「おや、これは素晴らしい。では、中へどうぞ。今から、売り主様の質問に答えて頂きます。その上でオークション参加者を決めます。
最終の落札者以外の保証金は全額お返ししますから、安心して下さい」
さて、勢いで参加したけど、どうなることか。出来たら落札したくないな。
売り主さん、私の事、気に入らないでね!!




