1.鬱のときは気持ちよく……
ピンポーン
「お疲れ様でした。人生のダイジェストはいかがでしたか? 満足のいく人生、幸せで平和なものだったでしょうか?」
虚ろな目で思考の海の中に埋没している私に、スピーカーから声が聞こえてきた。
いままでのおっさんとちがい、落ち着いた経済ニュースでも読むような女性キャスターの声に変わっていた。
「貴方の転生をサポートする、思念体86号と申します。今からは声も出せますし、個別のご照会等も、答えられる範囲で答えます。
また訓練メニューの作成や、移転先情報の検索等も承ります。どうぞよろしくお願いいたします」
あー、声出せるんだ。なんだか知らぬ間に、壁も重厚な木製っぽい作りになってるし。周りが見えないとココ、圧迫感あるね。
あと挨拶されたら、答えるのが社会人の勤めだ。ちと、頑張ろう。
「ご丁寧に、ありがとうございます。ご存知かとは思いますが、高橋有里です。色々とご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いいたします」
思ったより、落ち着いた声で挨拶出来た。思念体? ってなんやねん!とかエセ関西語で考えてしまうほどには、まだ混乱しているが、大丈夫、ダテに社会人10年以上もやってない。無意識に、取引先とのやり取りをする口調に切り替わっていた。
「高橋様ですね、こちらこそよろしくお願いいたします。
さて、先ほどの、人生のダイジェストですが、なにやら、ショックを受けていらした様ですが、大丈夫ですか?一応、こちらは、みなさまが気持ちよく(後腐れなく)旅立たれるように、作成したものなのですが……」
困惑した声で問いかけてくる相手の顔を見られない事を少し残念に思いつつ、誤魔化すほど精神が回復していない私は、正直に答えることにする。
「申し訳ありません。ろくでもない人生だったなぁ、と思いまして。
弱い生き物を面白半分で苛め、自分のその時やりたいことのために嘘をつき、欲望に負け、血族を残す訳でもなく、かといって社会へと積極的に関わるでもなく。
せめて、両親は育ててくれた恩を少しでも返すために見送ろう、と、そう考えていたのに、それすら出来ずに早死にしてここにいる。駄目なヤツだったなぁ……と」
謝罪から始まる心情は何処までも暗く重いもので、申し訳なくなる。こんなことを聞かされても困るだろうに、この人(なのか?)たちは気分軽く旅立たせるために、きっとコレを作成いしただろうに。
「……ッ、こちらこそ、申し訳ありません!!」
案の定、責められたとでも思ったのか、思念体さんは即座に謝罪してきた。
いや、思念体86号さん、あなたが悪いんじゃないですよ。人間いつかは死ぬんです。そして死ぬ時は選べない。だから、死んだときに後悔をする生き方をしていた私が全面的に悪い。貴女が気にすることではありませんよ。
「そうは言われても、これでそんな風に思われるとは…」
泣きそうな困惑した声で、答えられ、られ? あれ? 声に出てた?!
「あ、声には出ていません。私は思念体ですので、相手の思念を読み取ることができるのです」
へー、すごいなぁ、って、考えてることバレバレ?こっぱずかしいわッ!
「あの、その、読み取るの止めてもらえませんか?恥ずかしいので、マジで勘弁です」
「あ、はい。では私に呼称をつけていただけますか?それで、個が確立しますので、思念の受容等も制限できる様になります」
呼称? 呼び名、ニックネーム的なもの? 思念体86号さんじゃ、やはり呼びにくいしね。センスないけど、考えてみますか。
思念体86号さん、86号さん、ヤエロさん、ハチロクさん、パッチロさん、……男っぽいなぁ、うー、……もじってハロさん?
うん、ハロさんにしよう。私にネーミングセンスを求める方が間違いだわ。
「え、ハロですか? まぁ、高橋様から呼ばれる間だけの名前ですから、大丈夫ですけど、本当にハロですか?」
「はい、ハロさんです。ハワイっぽい感じですよね。あと、私のことはユリと呼んでくださいな」
困惑している相手に畳み掛ける様にそう言うと、特大のため息が聞こえた。
「……わかりました、では、私は今から"ハロ"です」
そう言うと、目の前に紺のリクルートスーツをきた妖精さんが現れた。
艶やかな、焦げ茶色の髪は後ろに一本で括られ、健康的な色合いの肌に、歩きやすい低いヒール。体長50㎝。巨乳。トンボの羽。
えー、これはどこの需要なのでしょうか?
私の想像力が元なら、色々やり直しを要求したい。
妖精なら、緑の服にツインテール。透明な羽だけはそれで良いとしても、間違っているでしょ? 色々と!!
「ユリ様、なにやらおっしゃりたいことがあるようですが、口に出していただけますか? 先ほどまでと違い、思念を読み取ることは難しくなっています」
「見た目が予想と違っていたので、少々驚いただけです。お気になさらず。
ひとつお伺いしたいのですが、見た目は前々から決まっていたのですか? それとも……? あと、周りにいた方々は……?? ついでに様づけは止めてください」
様付けで呼ばれると、何か面倒事を頼まれるような気がしてやなんだよねー。初めに照会は受け付けるって言ってたし、と、声だけは変わらないハロさんに質問すると、落ち着いた声で回答がきた。
うーん、流れるような説明で落ち着くわー。さっきまでのおっさんの説明は聞き取り難かった。
「ユリさんが呼称を着けた時点で、外見は設定されました。口調等もユリさんの理解しやすいものとなっています。
思念体の中には、とても砕けた口調となったものもいますし、ロリっぽいものに切り替わったものもいます。そんな中で、随分つまらない……いえ、失礼致しました。普通に設定されて、私自身も驚いております」
あー、つまらなくてすみませんねぇ。普通が一番なんですよ? ついでにナビゲーター役みたいだから、冷静で有能ならさらに言うことなし! と、口には出さずに反論する。ハロさんは色物枠が良かったのかな?
「いえ、イロモノが良かった訳ではなく、ほとんどがテンプレな『ザッツ・異世界への案内人!』となった中で珍しいなと考えただけです。
なお、今回は私への思念だった為、聞こえてしました。お詫び申し上げます」
また返事がきたー!! と文句を言おうと思ったら先制で謝罪が飛んで来ました。
むむ、やるな、こいつ。
「また、他の移動者の皆さまですが、それぞれに思念体が付きまして、最初の選択後、順次訓練施設に移動していただいております。訓練施設は、各人毎に準備されておりますので、いっぱいになることや混み合うことはありません。ご安心下さい」
ほう、選択。一体何を選択するのやら。
「では、ユリさん、ご選択下さい。
貴女は先程、いままでの人生を確認されました。その上で、いままでの人生の清算を一部でもされますか? されませんか?」
…意味わからん。説明プリーズ!
「人生の清算って何をするのですか?もう少し詳しく説明して下さい」
さっきも言った様に、私の人生はろくでもなかった。ぶっちゃけ、心の中はいまだに荒れ狂っている。
清算って何をすることになるのか、第一、清算していいものなのかわからない。判断できない。
「具体的にですか?
先程ユリさんの中では、罪や悪いことをした、と思うことが多かった様に感じました。その分の罰を受けてから、次にいきますか? と言うことです。
メリットは、受けた刑罰に比例して手持ちのカルマポイントが増えること。
このカルマポイントは訓練でも増やすことが出来ます。ポイントは訓練の最後に、手に入らなかった技能やアイテム、能力値等に振り分けることが出来ます。ポイントの種類は変わりますが、持ち越しも可能です。
デメリットとしては、かなり苦しい事。
場合によっては、記憶の一部破損、トラウマの醸成等の可能性が高いことがあります。
この刑罰は本来、ユリさんの人生が予定通り終わった後に執行される予定だったものであり、生前の善行との相殺をしない状態でのものとなります。
つまり、人生が長い方ほど、この刑罰を受けることで得るメリットも大きくなります」
長いです。最初のほう忘れかけてます。
要するに、来世に行く前に、今世の落とし前をつけるかどうかってことかな? そして落とし前をつければいくらか有利に次に進む事が出来るっと。
「ハロさん、それは要するに、地獄の閻魔様が罪人に罰を言い渡す的な、アレですか? それを受けるかどうかは本人次第? で、受けたかどうかで次の人生のスタートが少し違ってくると言うことで間違いないですか?」
話をしていて、我ながら顔がひきつっているのがわかる。
地獄のオシオキを好んで受ける人ってどんだけMだよ。てゆうかか、ホントに死後の世界なんだね。しかも処罰を受ければポイントが貯まって、色々なモノに変えられるってゲームっぽい。
……RPG専門のゲーマーの血が騒ぐ。
「大体あっています。そして受ける強さもレベル1~5迄で選べます。ちなみにレベル1で、長時間の正座レベル。レベル5で、ガチの地獄責め苦となっています」
レベル1とレベル5の差が激しいな! おい!
そしてますますゲームだわ! これは、もう受ける一択かもしれない。
「で、どうされますか? まだお悩みでしたら、先程の画像をもう一度見てから決めますか? ちなみに執行レベルの違いによるポイントの違いについては現在開示出来ません」
ポイントはわからないのか。残念。でも、どういう形にしろ、受けるのは決まり。そして、画像はゴメンだ。
「う、受けます! 受けますから、画像はお許しを」
またアレ見せられたら、本当に再起不能になる。我ながら、情けない声がでた。
まぁ、罰を受けたからといって許されるなんて甘いことは考えていないし、過去は過去。やったことは変わらない。
あとはレベルを選ぶだけか。もう少し内容の詳細を聞いてみないとな。
質問しようとする先を制して、ハロさんが畳み掛けてきた。
「ではレベルの選択をお願いします。
レベル4以上からは出血を伴う責め苦となります。レベル5ではほぼ確実に後遺症が残ります。ただし、肉体的な損傷は、訓練施設移転時に全てリセットされます。
オススメはレベル3です」
「レベル3? 真ん中ですか?」
淡々と、医者が治療法を説明する、もしくは、薬剤師が薬効を説明する様にハロさんは説明を続ける。
「はい、肉体的、精神的苦痛のバランスが整っており、後遺症等の確率も低く押さえられています」
そこで説明は途切れて、恐らく私の選択を待っている。どうやら、時間が押してきているらしい。
うむ、どうしようか?ここはナビゲーターの言うことを聞いて、3にするか、しかしなぁ…。
「ハロさん、4の場合、後遺症が残る可能性はどれくらいですか? また、それぞれのレベルで後遺症が出た場合、訓練期間に治療又は矯正は可能ですか?」
気になることを聞く。
ハロさんが焦りはじめているのは感じるし、スムーズにいかないのは申し訳ないけれど、なんとなく大事な選択の気がして、気楽に選べない。
「あ、はい。4の場合は半々位です。後遺症とはいえ、精神(魂)的なもののみです。それと、訓練期間に治療又は矯正との事でしたが、可能ではあります。
ただし、訓練期間の一部を使うことになりますので、オススメは出来ません」
半々、なら、まぁ、いいか。
このマイナススパイラルに入った思考回路を戻す為にはそれなりのショックが必要だし。凹んで凹んで、底を突き破って、はじめて浮上するんだからなぁ。
まったく、我ながら困った性格だわ。ポイントも少しでも多く欲しいし。でも地獄は無理! チキンでごめんね!!
「ハロさん、レベル4でお願いします」
「はい?! レベル4ですか? 失礼ですが、ユリさん、私の話を聞いていましたか?? オススメ出来るのは3までだ。と申し上げたはずです」
完璧に動揺した顔で聞き返してくる。でもハロさん、ビミョーにニアンス変わってます。
私は頑固な鬱気質。
否定されると、ついつい強固にやりたくなる。
それにもし万が一、万が一でなくても良いけど、私が壊れてもそれは自業自得。行いが悪すぎたってだけだし。
でも、根性なしだから、5は選べない。
私はMではない。ただ、このマイナス思考の波に飲まれて、自分を責めて責めて、逃げ場無く追い詰めたくなっているだけ。
だから私はいっそ晴れ晴れとハロさんに宣言した。
「えぇ、レベル4でお願いします」
そう、ここでもまた、わたしは選択を間違えた。
鬱気質、それは、私にとって、重症化すればなにもする気が起きないもの。
けれど、中途半端なときは、己を責めて責め抜くもの。
自分を苦しめて安心する厄介な精神だ。
まったく、この後自分がどうなるかも知らないで、あの選択の時に戻れるなら、「清算をせずに、来世に進む」1択だわ!